蛍の舞

作:男闘虎之浪漫



「よし、そろそろ出発しようか、ルシオラ」
「ええ」

 横島とルシオラは、休息していた山小屋をあとにした。
 横島とルシオラが北アルプスの山中に入ってから、二日が経過している。
 二人がこんな山奥に来たのは、レジャー目的ではなく除霊の仕事のためである。
 山中の登山道から少し外れた沢に幽霊が出没し、登山に訪れる人を(おびや)かしていた。
 その(うわさ)が少しずつ登山客の間に広まっており、客足に影響が出る前に何とかしなくてはと、近くの山小屋のオーナーから横島除霊事務所に除霊の依頼が来ていたのである。

「ヨコシマ、荷物は大丈夫?」
「大丈夫だって。これくらいの荷物は、美神さんのところにいた頃と比べれば、軽い方さ」

 横島は大きな登山用のリュックサックを背負っていた。ルシオラもリュックサックを背負っていたが、横島の背にあるそれと比べれば、大きさはだいぶ小さい。

「緊急避難用のテントと寝袋と着替えと食料、それに最低限の必需品だけだから。美神さんのところにいた時は、これに加えて除霊用の道具を山ほど背負っていたからね」
「本当に美神さんって、人使いが荒かったのね」
「まあお陰で、体はずいぶん鍛えられたけど。持久力だけなら、体育系のヤツにだって負けないさ」

 横島はマッチョとは縁遠い体つきであったが、スタミナと持久力は並の人間のレベルをはるかに超えている。
 その一因が美神のアシスタントをしていた頃にしていた荷物運びという名の肉体労働にあったことは、まず間違いない。




 山小屋を出発してから1時間半後、横島が手にしていた見鬼クンが反応を示した。
 その反応を手がかりにして、二人は尾根の登山道から沢へと下りていく。

「目撃者の証言によると、複数の場所で霊と遭遇(そうぐう)しているから、地縛霊ではないな。たぶん一定の範囲を行動できるんだろう」
「私が背後に回って逃げ道をふさぐわ」
「頼んだぜ」

 沢が近づいてくるにつれ、見鬼クンの反応がどんどん強くなってきた。
 横島はルシオラに目で合図をすると、ルシオラが別方向に分かれて進む。

 横島は沢まで下りた。周囲には数十センチほどの大きさの石がごろごろと転がっており、中央を小さな川が流れている。
 そして川の下流の方向、約10メートルほど先に悪霊の姿が見えた。
 悪霊も、横島の姿に気がついた。
 横島は背負っていた荷物を近くの岩の上に置き、悪霊に向かって身構えた。

「あんたには何も恨みはないが、あんたのお陰で多くの人に迷惑がかかってんだ。ここはおとなしく成仏してくれないかな?」

 だが悪霊はグルル…と()えると、横島めがけて突っ込んできた。

「話し合いは、ダメってわけか」

 横島は左手にサイキック・ソーサーを出現させると、突進してくる悪霊を受け止めた。
 バチバチッと火花が飛び散り、悪霊は後方へと弾かれてしまう。

「今度はこっちから行くぜ」

 横島は右手に霊波刀を出現させた。横島は前進し、身構える悪霊に向かって一撃を加える。

 ザシュッ!

 悪霊の霊体の一部が、大きく斬り裂かれた。

「それっ!」

 横島はさらに踏み込み、二回・三回と悪霊を斬った。
 たまらず悪霊は、後ろを振り向き逃走していく。
 横島もあとを追っていくが、辺りに石や岩がゴロゴロと転がっているため、思うように進んでいけない。

「ルシオラ!」
「大丈夫。結界は張り終えたわ」

 逃げる悪霊の行く手にルシオラが姿を現した。
 悪霊はルシオラを避けようと、向きを変えて逃走しようとしたが……

 ガツン!

 ルシオラの横を通り過ぎようとしたとき、大きな音を立てて動きが止まった。
 まるで目に見えない壁にでも、ぶちあたったかのようである。

「結界を張ったといったでしょ。もう逃げられないわ」

 ルシオラの手には細い糸が握られていた。その糸は、沢を横断して張られている。

「これは特製の糸でね、霊力をよく伝達するの。私がこれをもって霊力を流せば、十分簡易結界になるのね」

 そこに横島が追いついてきた。
 逃げられないとわかった悪霊は、横島に向かって(おそ)いかかる。

「悪いな。これで最後だ」

 横島は霊波刀を振りかぶると、(おそ)いかかってくる悪霊を真正面から斬った。
 横島はすかさず振り返ると、真っ二つになった悪霊をさらに霊波刀で横なぐりする。
 その一閃で悪霊は完全に霊力を失い、姿を消していった。






 夕陽が遠くの山の尾根に沈みかけた頃、横島とルシオラは依頼主の山小屋に到着した。
 その山小屋のオーナーは自分で山小屋の管理も行っており、依頼主の勧めもあってそこに泊まることにした。

 二人は早めの夕食をとった後、小屋の外にある縁台に並んで座った。
 外は既に暗くなっており、空には星が輝き始めている。

「星空がきれいねー」
「都会に住んでいると、なかなか見れないよな」

 山中の夜空には余計な(あか)りがないため、都会では見えないような暗い星までくっきりと見えた。
 空気も澄んでおり、手を伸ばせば(つか)めるのではないかと思えるほどである。

「ルシオラ、今日はありがとう」
「なんで? いつものことじゃない」
「だってこんな山の中なのについてきてくれてさ。空を飛べば速いし体に負担もかからないのに、人目につくからといって俺と一緒にわざわざ歩いて登ってきてくれてさ」
「……バカ」

 ルシオラにしてみれば、横島と一緒にいたかっただけである。今回の仕事は、半ば二人でハイキングにきているようなものだ。
 横島は隣に座っている横島の手を、ギュッとつねった。

「イテテテテ! な、なんだよ、急に」
「本当に鈍いんだから。もう知らない!」

 ルシオラはプイッと横を向いてしまった。
 横島はよくわかっていなかったが、とりあえず(あやま)ることにした。

「ごめん、俺が悪かったよ」
「……」
「今日のお礼に、一つだけ何でも言うことを聞くからさ」

 その言葉を聞いたルシオラは横島の方を振り向くと、笑顔を浮かべた。

「じゃあ、一緒についてきれくれる?」




 ルシオラは山小屋を離れると、除霊をしたときの沢と別の沢へと下りていった。横島もルシオラのあとをついていく。
 幸いなことに月が満月に近く、(あか)りがなくても辺りの様子は十分に見えた。

「どこまで行くんだ?」
「この辺でいいかな」

 沢につくと、ルシオラは小さな川の流れに沿って歩きだした。
 やがて小さな石ころが平らに敷き詰められている場所を探すと、そこで足を止める。

「少し離れて見ててね」

 そういうと、ルシオラは片手を大きく上げた。
 すると周囲の草むらから蛍の群れが出現し、ルシオラの周りを囲んだ。

「これって、ルシオラの……」
「そう、私の眷族(けんぞく)よ。水のきれいなところじゃないと住めないから、ヨコシマに見せるのは今回が初めてね」
「これを見せたかったのか?」
「まだまだ、これからが本番よ」

 ルシオラは手にしていたバックから、小さなラジカセを取り出した。
 ルシオラがスイッチを入れると、軽やかな音楽が流れ始める。ルシオラはその音楽に合わせ、軽やかなステップで踊りはじめた。
 ルシオラが踊りはじめると、眷族(けんぞく)の蛍たちもそのリズムに合わせて、周囲を回って飛び始めた。
 ルシオラのステップに合わせて、蛍たちが光の点滅を繰り返す。
 横島はその光景に目を奪われた。

 ルシオラと眷族(けんぞく)の蛍たちとの共演は、さらに続いた。
 ルシオラが大きな動きをすると、蛍も大きな軌道を描いて飛ぶ。
 動きが小さくなると、蛍の軌道も小さくなった。
 さらにステップの速さにあわせて、光の点滅の間隔も変化する。
 横島は今までに見たこともない幻想的な美しさに、完全に酔いしれていた。


 やがて音楽が終わった。
 踊り終えたルシオラが一礼すると、眷族(けんぞく)たちはルシオラを離れ、さっと飛び散っていった。
 横島は拍手することも忘れ、ただ呆然(ぼうぜん)としていた。

「どう、ヨコシマ? よかったかな……」

 ルシオラが少し不安げな声で(たず)ねたとき、ようやく横島は我にかえった。

「もうスゴイ! 最高にきれいだよ、ルシオラ!」
「それだけ?」
「いや、他にもいっぱい言いたいんだけど、そっち方面にはボキャブラリが乏しくてさ。あまりうまいこと言えなくてごめん」

 困った様子で頭を()いている横島の様子を見てようやくルシオラは安心したのか、横島に近づいて隣に立った。

「ヨコシマ、少し座らない?」
「ああ」

 二人は、近くにあった平たい岩の上に腰を下ろした。

「自然の蛍ってきれいだよな。俺、じっくり見るのは初めてのような気がする」

 周囲の川辺や草むらの上に、先ほどの蛍たちが飛び回っていた。
 ゆらゆらと飛びながら光の点滅を繰り返すその光景は、先ほどとは異なる美しさが感じられる。

「ねえ」
「ん?」
「あのコたちと私、どっちがきれい?」
「自分の眷族(けんぞく)にジェラシーしてんのか」

 ププッと横島が笑い声を漏らした。

「もお! 真剣に答えてよ」
「決まってるじゃないか。俺が好きなのは、こっちの蛍さ」

 そういうと横島は、隣に座っていたルシオラの(ほほ)にキスをした。

「……本当?」
「本当だってば」
「じゃあ、もう一回」

 ルシオラは上目使いで俺を見つめると、そっと目を閉じた。

 ……………………
 ……………………
 ……………………


 しばらくして、二人はゆっくりと体をはなした。

「来年もここに来たいね、ヨコシマ」
「ああ」

 いつのまにか多くの蛍たちが、二人の周囲を飛んでいた。
 その様子は、あたかも光の()に包まれているかのようであった。


(お・わ・り)


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