ハッピーバレンタイン!?

作:男闘虎之浪漫



「世間はバレンタインか。こんな日に限って、仕事が忙しいんだよな──」

 ぼやきながら今日1日で3件目の仕事に取りかかっていたのは横島である。

「おキヌちゃんは幽霊だった頃から毎年もらっていたし、今年はルシオラも期待できるな。それからシロとタマモ。美神さんは無理っぽいけど……」

 今日は仕事の件数が多いから他のメンバーにサポートを頼んだのだが、よりによって全員に断られてしまった。
 一見冷たい応対のようだが、裏を返せば今日のイベントのために準備をしているとも受け取れる。

「よし、封印したな。あと2件か。さっさと終わらせるか!」



 その日の美神除霊事務所は、いつになく騒がしかった。

「おキヌちゃん、スポンジが焼けたわ」
「生クリームができたでござる」
「タマモちゃん、チョコを刻んで湯せんして!」
「面白いでちゅ〜」

 台所で奮闘しているのは、おキヌ・ルシオラ・パピリオ・シロ・タマモである。
 ルシオラがスポンジを焼き、シロとタマモでチョコクリームを作る。
 パピリオは型に溶かしたチョコを流し込んでいる。
 料理に関しては一番の腕前をもつおキヌが、他のメンバーをサポートしながら最後の仕上げを担当していた。

「ヨコシマ、今日は遅くなるのかしら?」
「美神さんが書類仕事が溜まっているのを理由にして、横島さんにだいぶ仕事を押しつけたみたいなんです」
「美神は手伝わないんでちゅか」
「おキヌちゃん人聞きの悪いこと言わないでよ。本当に書類が(とどこお)っているんだから。それに、私は少女イベントには参加しないことにしているの!」

 女三人集まれば、かしましいと世間では言われているが、6人もいればその騒がしさは想像を絶する。
 しかも一人を除けば、全員が同じ作業に取りかかっているのである。
 イベントを通り越して、既にお祭りのようになっていた。



「ただいま〜〜」
「おかえり、ヨコシマ!」
「横島さん、おかえりなさい」
「おかえりでちゅ〜」
「先生! お疲れさまでござる」

 仕事を終えて戻ってきた横島を、事務所のメンバーが総出で迎えた。

「えっ、みんな急にどうしたんだい!?」
「今日はバレンタインデーだから、ヨコシマのためにみんなで準備したのね」
「みんなって、美神さんも?」
「私はそんな少女イベントには参加しないわよ」
「でも材料費は、美神さんが出したんですよ♪」
「私は横島のために出費したんじゃなくて、おキヌちゃんやシロたちのために出したのよ!」
「美神は素直じゃないでちゅ〜」
「はい、じゃこれ受け取ってね♪」

 ルシオラが代表で、横島に力作のチョコレートケーキを渡した。
 横島の目は、すでに嬉し涙でウルウルである。

「クーーッ! みんな、ありがとう!」



 事務所からの帰り道、めずらしくルシオラが駅まで横島を見送りに出てきた。

「ヨコシマ、今日は楽しかった?」
「最高だったよ。バレンタインデーは、毎年(さび)しい思いばかりしていたからなー。でもなぜ今年だけ、こんな大イベントになったんだろう?」
「あのね……」
「ん?」
「たぶん私のせいなの」
「ルシオラが?」
「私、バレンタインデーってよくわからなかったから、みんながいる時におキヌちゃんに聞いたのね。そうしたらおキヌちゃんが、みんなで手作りのプレゼントを渡したいと言い出して、それにシロちゃんやタマモちゃんが賛成してあんなふうになったの」

(ヨコシマには言えないけれど……これって絶対牽制(けんせい)よね。抜け駆けするなってことなんだろうな)

「そうだったんだ。誰も仕事を手伝ってくれないから、何かあるとは気づいていたんだけどね」

 自分では(さっ)しがよいつもりでいるかもしれないが、まだまだ横島は鈍感である。

「ヨコシマ」
「なんだい?」
「ちょっと、そこで待っててね」

 通りかかった公園の入り口でルシオラは横島を立ち止まらせると、もっていたバッグから紙包みを差し出した。

「はい、ちゃんと食べてね♪」
「ルシオラ、これ──」

 横島は虚を突かれたのか、一瞬立ちつくしてしまう。

「えへ。みんなには内緒で準備していたんだ」
「……月並みな返事しかできないけれど、本当に嬉しいよ」
「お礼もいいけど、お返しも欲しいな♪」

 ルシオラが上目遣いで、じっと横島をみつめる。

(だ、大丈夫かな?)

 横島は周囲を見回して人影がないことを確認する。
 そしてルシオラの頬に手をあて、そのまま口づけを交わした。


(お・わ・り)




 ──── おまけ ────


 ガシャ。
 横島がアパートの1階にある郵便受けを開けると、きれいに包装されたプレゼントが出てきた。
 重さからすると、たぶんチョコレートだろう。

(名前が書いてないな。誰からだろう? 小鳩ちゃんか誰かかな?)

 横島は部屋に戻ると、包みを開く。
 包装紙の片隅に『R.M』というイニシャルが小さく書かれていたが、横島は最後まで気づかなかった。



【後書き】

 2003年のバレンタインデーに夜華の小ネタ掲示板に投稿した作品です。
 季節はずれとは思いつつも、作品のストックが尽きたため公開しました(;^^)。


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