二人きりの夜

作:男闘虎之浪漫



「ただいまーー」

 横島が自宅のマンションに戻ってきたのは、夜の10時すぎであった。

「おかえりなさ〜〜い」

 ルシオラが玄関に迎えに出てくる。
 白のワンピースの上に薄手のカーディガンという服装であった。
 結婚して半年。ルシオラの新妻(にいづま)ぶりにも、まだ初々しさが残っている。

「ご飯にする? それともお風呂?」
「ハラが減ってるから、先にメシにするよ」


 その日の夕食は肉野菜炒めと冷奴、それに漬物とみそ汁であった。
 それらの料理の一つ一つに、ルシオラの真心がこもっている。

「おいしい?」

 ルシオラはあごの下に手をあて、食事をしている横島の横顔を見つめていた。

「も、もちろんさ」

 結婚する前は仕事に追われていて、外食やコンビニ弁当といった食事であった。
 それが結婚したとたん、毎日が新妻(にいづま)の手料理である。
 世間一般の新婚男性と同じく、横島の体重も着実に増えつつあった。

「ごちそうさま」

 横島の食事が終わると、ルシオラが食器を片付けはじめた。

「そういえばパピリオは?」
「言わなかったかしら? 明後日まで妙神山で泊まりこみの修行よ」

(ということは、今日と明日の夜は二人きりってことだな〜。二人きりでできることは……)

 ピン!

 横島は(ひらめ)いた。

「ルシオラーー」
「なーに?」
「一緒に風呂に入ろう」

 ガクッとルシオラが姿勢を崩す。

「いきなり何を言うのよ!」
「だって二人きりだろ〜〜。せっかく二人きりなんだから──」
「急にそんなこと言われても困るじゃない。流れをきちんと読んでよ!」
「ど、どうせ、どうせ俺なんか、結婚してもセクハラ男なんじゃーー!」

 ガンガンガン!

 横島が柱に何度も頭を激しくぶつける。

「もう〜〜、ホントにバカなんだから」

 ルシオラが、横島を背中からそっと抱きしめる。

「今晩だけだからね」




 横島は脱衣所で服を脱ぐと、先に風呂場に入った。
 横島の家の風呂場は広い。湯船も大人が二人楽に入れるほどのサイズである。
 普段は一人、そうでない時はパピリオと一緒に入浴している。
 もちろんルシオラと一緒に風呂に入るのは、今回が初めてであった。

 横島は頭からかけ湯をかぶると、湯船に入った。
 風呂遊びが長くなっても湯あたりしないよう、湯の温度はぬるめにしてある。

 ドッキン ドッキン

 横島の胸が期待のあまり、限界まで(ふく)れ上がった。気を抜くと鼻血が吹き出て、湯を汚してしまいそうだ。

 カラッ

 脱衣所の引き戸が開いた。(くも)りガラスの向こう側にルシオラのシルエットが見える。

(ううっ、えーのー、もう最高じゃ!)

「ヨコシマ、入るわね」

 ガチャ

 風呂場のドアが開く。
 胸を押さえながら浴場に入ったルシオラは……湯浴み着を着ていた。

「ええーーーーっ! 生のルシオラが見れると思ったのにーー!」
「もうっ、そんなに驚かないでよ。これでもすごく恥ずかしいんだから」

 ルシオラの胸元から膝上までが、白の湯浴み着で隠れている。
 それでもわずかな胸の谷間が見えており、横島の視線がそこに釘付けとなった。

「あまりじろじろ見ないでね」

 恥ずかしさのためか、ルシオラの頬が紅くなっていた。


 ルシオラが湯船の中に入ると、湯船の中の湯がいっぱいになった。
 ルシオラは恥ずかしいのか、洗い場の方に視線を向けていた。
 横島もそっちの方を見ているが、どうしても視線がルシオラの方にチラチラといってしまう。

「ルシオラ、こっち来ない?」
「えっ、でも……」
「いいから」

 横島がルシオラの手を握って引き寄せた。
 ルシオラもおずおずしながら、横島の隣に体を移動する。
 横島は、そのままルシオラの背中に手をまわす。
 毎日のように触れ合っているとはいえ、いつもと違う場所ですると刺激も(おの)ずと異なって感じられた。

「ヨコシマ──」
「ん?」
(うれ)しい?」
「もちろん! いい女と一緒に風呂に入るのは、男の永遠の願望だからね!」
「私、いい女……かな?」
「ルシオラ以外に誰がいるのさ」
「でもヨコシマのことだから安心できないわー。他の(ひと)と、同じことをしたことがあるんじゃないの?」
「そんなことないさ。やったことといえば、風呂に入った美神さんを(のぞ)いたことくらい──」

 ピクッ

 ルシオラの目つきが険しくなり、こめかみがピクピクと動きはじめた。
 どうやらいってはならない一言を、いってしまったらしい。

「ふーーん、おキヌちゃんやシロちゃんからそれとなく聞いていたけど、やっぱり美神さんにそんなことをしてたのねーー(怒)」
「い、いや、その、なんだ、ハハハ……。俺ちょっとのぼせちゃったから先にあがるわ」

 横島は何とかその場を逃れようとするが、すかさずルシオラに手を(つか)まれてしまった。
 そのまま湯船の中に引きずり戻される。
 ルシオラは横島の背中から胸に手をまわすと、そのまま自分の胸に抱え込んだ。

「全部白状するまで、手を放さないからね!」

(ああっ! 背中にルシオラの胸の(ふく)らみが! だ、ダメだ、動けん!)

 横島はその姿勢のままルシオラから小一時間ほど問い詰められ、その間甘美(かんび)な地獄を味わったのであった。



 それから二週間後──

「ただいまーー」
「おかえりなさーーい。お風呂が沸いてるわよ」
「あれ、パピは?」
「また泊まりで妙神山にいってるわ。ね、また一緒にお風呂に入ろ♪」

 横島はギクリとする。

「い、いや、他に何かやることがあるんじゃ……」
「いいのよ。せっかく二人きりなんだし。今日はヨコシマの子供の頃の話が聞きたいわー」

 ルシオラにとって横島と一緒のお風呂とは、横島を詮索(せんさく)する場と化しているようである。
 わずかばかりの抵抗も(むな)しく、横島は風呂場へと引きずられていった。


(お・わ・り♪)


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