新婚生活の風景

作:男闘虎之浪漫



「ただいまー」
「お帰りなさい、ヨコシマ」
「お帰りでちゅ〜」

 都内の除霊の仕事を終え、横島は事務所に戻った。
 横島の帰りを待っていたルシオラとパピリオが、横島の帰りを迎える。


 横島は高校を卒業した時に、美神の元から独立した。
 独立する時に、ルシオラとパピリオが横島に付いてきてくれた。

 除霊事務所を開業してから、しばらくは目の回る忙しさであった。
 横島は必死になって仕事を取り、ルシオラとともに一つ一つの仕事を精力的にこなしていった。
 ルシオラもパピリオの面倒を見きれなくなったので、事務所の営業日の間は修行という名目で妙神山で預かってもらうことにした。
(パピリオはまだ子供なので、たまにしか仕事を手伝うことができない)

 それでも一年くらいたつと、事務所の経営も何とか軌道に乗ってきた。
 元々GSの報酬は極めて高額であり、顧客の信用さえ勝ち取ることができれば、売上を伸ばすことはそう難しくはない。
 ましてや横島もルシオラもお札や精霊石は使わないので、人件費以外の経費はさほどかからず自然と利益を生み出していった。
 仕事のスケジュールにも少し余裕が出来たので、パピリオもこちらで生活する日が多くなった。

 そんなある日、横島は意を決してルシオラにプロポーズした。
 むろん、彼女はプロポーズを受け入れた。
 二人はささやかな結婚式を挙げた。それから数ヶ月が過ぎている。


「今日の仕事はどうだったの?」
「んー、全然問題なし」
「はやく帰って、パピと遊ぶでちゅ」
「もうちょっと仕事をしたいんだ。先に帰ってていいよ」
「パピリオ、悪いけど先に帰ってて」
「しかたないでちゅ。仕事を終えたら寄り道しないで、まっすぐ帰ってくるでちゅよ」

 パピリオが窓を開けて外へと出ていく。眷属を呼び、人目につかないよう姿を隠して飛んでいった。

「あとどれくらいかかりそう、ヨコシマ」
「GS協会に提出する報告書がだいぶ溜まっているからなー」
「私も手伝うわ」

 カチャカチャ

 パソコンのキーボードを叩く音が、部屋の中でかすかに響く。
 ルシオラは事務仕事も堪能である。横島にとって本当に得難いパートナーであった。


「ふー、今日はここまでにしようかな」

 あっという間に数時間が経過した。すでに夜の9時をまわっている。
 パソコンの電源を落として事務所の戸締りをした後、二人はオフィスを後にした。




 横島は都心郊外に、3LDKのマンションを借りている。
 都内の事務所から私鉄に乗り40分ほどの場所である。
 二人は最寄の駅で電車を降り、そこからは徒歩で家に向かっていた。

「ねぇ、ヨコシマ」
「ん?」
「もう少しお金が貯まったら、マンションか一軒家を買いたいね」

 並のサラリーマンが聞いたら、羨望の眼差しを集めそうな内容の会話をさらりと口にする。

「やっぱり賃貸じゃ駄目かな?」
「私たちは夜と休日くらいしか家にいないけれど、近所付き合いとかあるし、それに詮索好きな人も多いのよね」

 ルシオラは服装に気をつければ、周囲と比べてもほとんど違和感はない。(男たちの視線が集まりやすいことを除けば)
 しかしパピリオの姿は、けっこう目立つ。
 学校にも通っていないので、昼間から近所をうろうろしていると、けっこう人目を引くらしい。

「パピも学校に通わせないといけないかなー」

 本当はルシオラもパピリオも生まれてから数年しかたっていないのだが、外見や性格には大きな差がある。
 最初に会った頃のパピリオは、中身も外見も10歳くらいの年齢だった。今でも見かけは小学校の高学年生くらいである。

「理想を言うと、美神さんの事務所のような物件が一番いいんだけど。あそこは周りが住宅街じゃないから、近所付き合いもほとんどないし」
「おまけに人工幽霊と結界が付いているから、GSにとっては超一流物件だな」
「がんばって稼いでね、ヨコシマ」
「へーへー」


「ただいまー」
「ただいま」
「お帰りでちゅ」

 居間からゲーム機の音楽が聞こえてきた。
 ゲーム好きなパピリオは、一人で遊ぶときはたいていゲーム機で遊んでいる。

「ルシオラちゃん、お腹へったでちゅ」
「すぐ支度するから、待っててね」
「ヨコチマー、ご飯できるまでゲームするでちゅ」
「ふっ、また返り討ちにされたいらしいな」
「そう甘くはないでちゅ。時間があったからたっぷり練習したでちゅ」

 最近は格闘モノにはまっているようだ。
 横島は素早く部屋着に着替えると、ゲーム機の前に座り込んだ。


「ご飯できたわよー」

 横島とパピリオは勝負を中断し、キッチンへと向かった。

「昨日の残り物でごめんね」
「俺はいいけど……、ルシオラとパピはそれだけでいいのか?」

 パピリオは、パンケーキに蜂蜜をたっぷりとかけて食べ始めた。

「あたちは蝶の化身だから、やっぱり蜂蜜が一番好きでちゅ」
「私もどっちかというと、甘いものがあればそれで間に合っちゃうのね」

 ルシオラも、少量のバターとメープルシロップをかけたパンケーキを口にしている。
 横島も甘いものは嫌いではないのだが、毎日食べていると飽きてしまう。根は和食党なのだ。
 しかしその辺りは、ルシオラの方がよく気配りをしている。
 今も温め直しただけとはいえ、横島のためにおかずが二品とご飯とみそ汁がよそられていた。


 横島は、食事の後に風呂に入った。
 湯舟につかってくつろいでいると、脱衣所でバタバタ物音がするやいなや、素っ裸のパピリオが中に入ってきた。

「ヨコチマ! パピも一緒にお風呂に入るでちゅ」

 横島は慌てて立ちあがったが、足を滑らして背中から湯舟に倒れ込んでしまった。

「あ、あのな〜、いい歳した娘が男と一緒に風呂に入るか!」
「ヨコチマはルシオラちゃんと結婚したから、パピにとってもお兄ちゃんでちゅ。兄妹(きょうだい)でお風呂に入っても全然おかしくないでちゅよ」

 パピリオの言うことにも一理ある。

「ルシオラー、パピが一緒に風呂に入りたいって言っているけどどうする?」
「ごめんねー。今手が離せないから、パピの面倒見てあげて」

 どうやらルシオラはお気に入りのドラマを見ていて、テレビの前に釘付けになっているようだ。
 いったんこうなるとドラマが終わるまで、余程のことがない限り動かない。
 横島はあきらめて、パピリオの相手をすることにした。


 パピリオは体を洗ってシャワーを浴びると、横島と一緒に湯舟に入った。
 湯舟は広く、横島とパピリオが一緒に入ってもまだ多少の余裕がある。

「ヨコチマ」
「ん、何だ?」
「ルシオラちゃんとは、一緒にお風呂に入ったことは??」
「い、いやそれはだな、残念ながらまだないぞ……」
「わたちとヨコチマが一緒に入ってもまだ余裕があるから、ルシオラちゃんも一緒に入れるでちゅね」

(……それもいいかも……)

「ヨコチマ顔が赤いでちゅよ。それに何でお腹をタオルで押さえてるんでちゅか?」

 パピリオに突っ込まれても、身動きがまったく取れない横島であった。




 風呂から上がった後、パピリオは横島に添い寝して欲しいと言い出してきた。
 どうやら一緒に風呂に入っただけでは、物足りなかったらしい。
 横島が少し渋い顔をすると、決めゼリフを突きつけてきた。

「ヨコチマは、ルシオラちゃんに添い寝してもらってるくせに!」
「しょーがねーだろー。夫婦ってそういうもんなんだから」
「ルシオラちゃんとばかりずるいでちゅ。パピにも添い寝して欲しいでちゅ」

 少し論点がずれているような気もするが、女の我侭(わがまま)とは古今東西こんなものなのだろう。

「仕方ないな。今晩だけだぞ」
「わぁーい♪ やっぱりヨコチマは優しいでちゅ」
「絵本を読んでくれってのは、勘弁して欲しいな」
「そこまでパピは子供じゃないでちゅ」

 十分子供だろ、というセリフは言わないでおくことにした。


「パピはもう寝た?」
「何とか寝かしつけたよ」

 横島がパピリオを寝かしつけている間に、ルシオラは入浴をすませていた。
 ガウンを羽織りゆっくりと髪を乾かしているルシオラの後姿には、結婚前にはなかった(つややか)かさが感じられる。

「ヨコシマ、先にベッドルームにいってて」
「いいけど、なんで?」
「今はヒ・ミ・ツ♪」

 何かたくらんでいるらしいが、訊かないことにした。


 横島は寝室のダブルベッドで横になった。
 ベッドは十分な幅があり、寝室のスペースのかなりの割合を占めている。
 ゴロッと横になったままルシオラを待つが、なかなか部屋に入ってこない。
 待っているうちに、悶々とした気持ちが込み上げてきた。

(そう言えば、前にもこんなことがあったな……)

 ルシオラと会って間もない頃、逆天号が損傷して田舎の貸し別荘に潜んでいた時……

(ルシオラが誘惑してきて、俺はそれを真に受けてずっと部屋で待っていたっけな……)

 初体験への期待とGメンの使命感との板ばさみ、そして自らの精神的な未熟さのため、ただただ煩悶するばかりであった。

(結局、ルシオラとベスパの会話を耳にして、俺は逃げ出したっけ……)

 少し情けない選択だったような気もするが、あの時はあれしか思いつかなかった。
 すぐにルシオラに追いつかれてしまうが、その後の行動は、我ながら一世一代の大決断であったと思う。


「ヨコシマ、お・ま・た・せ♪」

 ようやくルシオラが寝室に入った。やけに嬉しそうな顔をしている。

「ねぇ、これみて♪」

 ルシオラは羽織っていたガウンをゆっくりと脱いだ。
 そしてガウンの下から現れたのは……

「あっ、これひょっとして──」
「覚えてる? あの時に着ていたキャミソールよ」

 ルシオラが身につけていたのは、白のキャミソールとフレアパンツであった。

「あれからいろいろあったから、あの時の下着は無くしちゃったんだけれど、この前デパートで同じ型の下着を見かけたから買っちゃったの」
「……すごくいいよ、それ」

 横島は、ごくりとツバを飲み込む。

「あのね、この下着を身に着けていたら、昔のことをいろいろ思い出したの……。どうせ長くない命だから好きな男に抱かれて死にたいなんて、自分勝手なことを考えていたのね……。ヨコシマの迷惑も何も考えないで」
「ルシオラ……」
「ヨコシマはそんな私のことを気遣ってくれて、そして私のために戦うって言ってくれて……」

 今思い返すと、何の成算も見込みも立っていなかった。
 しかしあの時の決断が、自分の人生の大きな分岐点であったように思う。
 横島は生まれて初めて自らが命を賭けて守るべき存在を見出したのだ。
 そして横島は戦いに勝利し、今は命を賭けて愛した女性をその手に抱いている。

「あの時はヨコシマにお(あず)けさせちゃったから、これから利息を付けて返していくわ……。今日も、明日も、その次の日も……」

 ルシオラは横島に近寄り、そして長い口づけを交わした。
 それから下着をゆっくり脱ぐと、そのまま横島の頭を自分の胸に抱きかかえる。
 顔全体にルシオラの胸の感触を感じた横島は、その時点で己の理性を全て投げ捨てた。

「ルシオラー!!!」
「いゃん♪」

 横島とルシオラの夜は、まだまだ終わらない。


(お・わ・り♪)


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