君ともう一度出会えたら
作:湖畔のスナフキン
(02)
俺は修行のために、山に入った。
妙神山には行かなかった。未来のことを知らない少竜姫さまがそれを見れば、俺に対して疑念をもつ恐れがある。
いずれ歴史の流れは大きく変わるであろうが、早い段階から大きく変化すると、俺の記憶が役に立たなくなってしまう。
人影もまばらな山中で、俺は修行の日々をおくった。
多少は肉体を鍛え霊力も強化したが、それが本来の目的ではない。
肉体を酷使する一方、山の霊気を全身に取り入れ、霊魂と肉体の波長を少しずつ調整していった。
──過去に戻る前のことだ。
アシュタロスとの戦いが終わったあと、俺は日常の生活に戻った。
やがて俺は高校を卒業し、そのまま美神除霊事務所の正社員となった。
仕事は面白かった。
GSとしての能力は美神さんを越えていたから、GSアシスタントだったころに持っていたコンプレックスも次第に解消していった。
単独でする除霊も増えた。俺一人で行う除霊は歩合制である。
仲介料こそ美神さんにごっそり引かれたが、収入も右肩上がりで増えていった。
だが、気がかりな思いがあった。
以前はわからなかったが、周りの女の子が寄せる好意に、少しずつ気がついた。
おキヌちゃんが優しいのは性格だと思っていたし、シロが俺になつくのも俺の弟子だからそうしていると思っていた。
タマモは相変わらずクールだったが、時々色っぽい目つきをしていた。それも前世が傾国の美女だからだろうと思っていた。
だがそれだけじゃないってことが、だんだんわかってきた。
もともと俺は煩悩の塊のような男だったから、女の子が好意を寄せてくれることは素直にうれしかった。
だが手を出そうとすると、どうしても引っかかる思いがあった……そう、ルシオラのことだ。
自信があまりなかったと言えなくもない。ルシオラを除けば、女の子ときちんと付き合えたことがなかったから。
ただそれだけではなかった。
美神さんやおキヌちゃんは、ルシオラのことをよく知っている。シロやタマモも話くらいは聞いているはずだ。
……転生したルシオラが、俺の娘として生まれることに。
話が先走り過ぎかもしれないが、誰かと付き合ってやがて結婚したとしよう。
しかし俺は結婚した女性に、転生後とはいえ愛した女性を生ませることになる。
それはルシオラを生ませるために、相手を利用したことにならないだろうか?
どんなに相手を好きだと言っても、愛していると言っても、しょせんは俺の願いのために相手を利用していることにはならないのだろうか?
相手がそのことを承知してくれればいいのかもしれないが、そう単純に割り切ることは俺にはできなかった。
結局俺は、周囲の女の子と距離を置くしかなかった。何も気づいていないフリをして。
その一方でルシオラとの思い出も、俺の胸からは消えることはなかった。
娘として転生する以外のかたちで、彼女に会える方法はないのだろうか。
考え続けていた俺は、やがて一つの可能性を見出した。
そう、過去をやり直すことはできないかと……。
山に入ってから四週間後に下山した。目的はほぼ達成している。
普段の生活では以前よりもやや霊力が強くなった程度であるが、精神を集中させた時に発揮する力は大幅に強化されている。
1対1の戦闘であれば、ベスパやパピリオとも互角に戦うことができるはずだ。
下山してアパートに戻った俺は、普段の生活に戻った。
学校に行った後、美神さんの事務所に出勤する。
「あら横島クン、久しぶり。学校の方は大丈夫?」
久しぶりにみた美神さんは、とても若々しく見えた。
もっとも美神さんを最後にみたのは逆行前だから、当然といえば当然である。
美神さんの顔を見た俺は、逆行前にキスされたことを思い出してしまった。俺は思わず赤面してしまう。
「どうしたのよ、急に顔を赤くして?
まぁ、いいわ。今日は3件も仕事の予約が入っているからね。早く準備してちょうだい」
危ないところだった。この時代の美神さんにあの時のようなことはありえないし、変に勘づかれたら半殺しでは済まないかもしれない。
さすがにルシオラと再会する前に、あの世に送られたくはなかった。
雪之丞と弓さんが正体不明の魔族に襲われて入院したという知らせを聞いたのは、下山してから四日後のことであった。
俺は美神さんとおキヌちゃんとともに病院に向かった。逸る気持ちを必死で抑える。
「いったい何があったの?」
「いきなり攻撃を受けて、センサーみたいなもので霊力を探られた。パワーをむりやり吸い出す
荒っぽいやり方さ」
「ひどい……全身のチャクラがズタズタじゃない」
「おかげで、怪我は大したことないのに立てやしねえ」
雪之丞は目を点のようにしながら、ボソボソとあの時の様子を語りはじめた。
弓さんの方は口を開くのも大変らしく、横になったまま動こうともしない。
「西条のダンナは……オカルトGメンは連中のことを何か知ってないのか?」
「あいにく西条さんは、別件でいないのよ。データは調べてもらったけれど、それらしい魔族や妖怪は
記録にないって──」
「一つはっきりさせたいんだ、雪之丞!」
壁際にいた俺はつかつかと歩き、雪之丞のベッドの脇に立った。
「映画館の前で弓さんと何をしていた! え!? デートだなっ!」
「い……いや、それは──」
雪之丞が、急にしどろもどろの口調になる。
「あんた、いい加減にしなさい!」
バキッ!
美神さんの一発が入り、俺は壁に叩き付けられた。
いや……わかっていたんだ。わかっていたんだけれど、ちょっと道化になってみたかった。
「そいつら誰かを、あるいは何かを探している感じだったのね?」
「何か心当たりがあるのか?」
雪之丞が美神さんに尋ねる。
「え!? なんでもないわ。ただ小竜姫やワルキューレたちには知らせておいた方がよさそうね」
美神さんがそう言った次の瞬間、俺は強い霊圧を感じた。非常に強い霊力をもった存在が、この部屋に近づいてくる。
「こ、これは!?」
「間違いない。あの時と同じだ!」
いよいよか……。
俺は期待に胸を膨らませつつも、警戒体制をとった。
最初に会った時は敵どうしだったからな。万が一ということもある。油断は禁物だ。
BACK/INDEX/NEXT