君ともう一度出会えたら
作:湖畔のスナフキン
(03)
「あらいやだ。前に調べた男じゃない」
「ちがうでちゅ、ルシオラちゃん。髪の長い女の方でちゅ」
「もーさっさと帰ろうぜ。そんな簡単に見つかるなら苦労しないって!」
俺の正面の壁からルシオラが、背後の壁からはパピリオが、そして天井からベスパが現れた。
「そうねえ。でもせっかくだから、この女だけ調べて行きましょ」
ルシオラだ……間違いない、ルシオラだ。
心の奥から、じわりと熱い思いが込み上げてきくる。俺は彼女の影を追い求め、未来で何年も苦悩してきた。
ただ今の段階では俺は彼女を知っているが、彼女は俺を知らない。この先しばらくは、注意して行動する必要がある。
「美神さん、戦っちゃダメです! この人たち、ものすごく強い!」
「わかっているわ、おキヌちゃん」
美神さんは突進するふりをして、窓から脱出しようとした。
だがルシオラは窓から脱出しようとする美神さんを鞭で捕らえると、探査装置のリングを投げて美神さんの体を調べる。
「分類『神魔混合』、霊力『5.6マイト』。なーに、低すぎて話にならないじゃない」
「美神さん、しっかりしてください!」
俺は床に倒れた美神さんの体を抱えた。
美神さんの体はぐったりとしていたが、注意深く見てみると魂が既に分離していた。
「なーんだ、見掛け倒しでちゅね」
「そうよねえ。そんなに都合よく見つからないわよね」
「まて、コラ!」
俺は引き上げようとするルシオラたち三姉妹を呼び止めた。
このまま黙っていれば見逃してくれるだろうが、そうなってしまうと後の行動がいろいろと難しくなってしまう。
「どう思う?」
「調べるまでもないわね、ベスパ。霊力はせいぜい10マイト」
今はわざと霊力を抑えている。下手にパワーを解放して相手に警戒感を持たせたくはない。
今の俺は小者にしか見えないだろうが、おかげで油断していて隙だらけだ。
「美神さんのカタキだ!」
俺はすかさず『凍』の文珠を生成し投げつけた。ルシオラたちは一瞬で凍りつく。
……まあ、これしきの攻撃では、ダメージにもなっていないだろうが。
「驚いた。今の絶対零度近くまで下がったわよ」
「一瞬だけど霊力にして300マイト近くはあったね。溜(めたパワーを一気に放出わざか──」
「おっもしろ〜〜い! パピリオ、こいつ気にいったでちゅ〜〜」
パピリオがパンと手をたたいた。よし、予定どうりのリアクションだ。
「ルシオラちゃん、こいつ飼ってもいい?」
「また? しつけはちゃんとするのよ」
「うんっ!」
速攻で話がまとまった。逃げ出す暇もない……もちろん逃げる気はまったくないのだが。
「よしっ、今日からお前の名前は『ポチ』でちゅ!」
パピリオはそう言うと、俺の首に例の首輪をはめた。
ルシオラたちが窓から外に飛び出すと、首輪が俺を一緒に空中へと引っ張り上げる。
俺はルシオラやパピリオたちともに、異空間へと引きずりこまれた。
俺は逆天号に連れ込まれると、すぐに檻(に入れられてしまった。
「ほーら、ポチ。あんたのご飯でちゅよ。腐った肉でちゅ」
「そんなもん、食えるかーっ!」
パピリオが首輪についた鎖をぐいっと引っ張る。
「落ち着いて立場を考えたほうがいいでちゅよ。私のペットになるか、他のペットのえさになるか。
二つに一つでちゅ」
子供は天使と悪魔の顔を持つというが、この時のパピリオは、間違いなく悪魔の顔をしていた。
未来では俺にすごく懐(いていたんだが……。
「私は仕事に行きまちゅから、その間によーく考えておくんでちゅね」
パピリオが部屋を出て行くと、俺は檻(の隅(の暗がりに目を向けた。
「そこにいるんだろ、ヒャクメ」
「横島さんっ!」
暗がりから出てきたヒャクメが、俺に抱きついてきた。
「よかったー! 一人でもうどうしようかと……」
ヒャクメはスレンダーな体型に見えるが、こうしてみるとけっこう柔らかい感触がする。
うん、役得だ。
だがヒャクメはビクリと反応すると、腕を伸ばして俺から離れた。
「横島さん……何か変わりましたね」
あれっ!? なにか変だ。以前にこんなリアクションはなかったはずだが?
「細かい話は後にしましょう。美神さん、出てきてください」
「さすがヒャクメ、気づいていたのね」
俺の体に潜んでいた美神さんの霊体が、俺の体から外に出てきた。
「それにしても、何であんたがここに?」
「今から説明します」
ヒャクメはアシュタロス補足に向かった神族・魔族混成チームが敵の逆襲にあい、自分が捕まってしまった経緯(を話しはじめた。
「──でも、このままじゃ小竜姫に勝ち目はないですね。
私、ここでこの兵鬼が、世界中の拠点を破壊するところを見てきました」
ヒャクメは敵の攻撃兵鬼である逆天号の攻撃力を、ほぼ把握していた。
「霊力増幅器の性能が違いすぎます。旧式の妙神山の装備じゃ返り討ちだわ!
すぐに警告しないと!」
「今の私は幽体だけだから、船からすぐに脱け出せるわ。檻(を開けて一足先に妙神山へ行くから、
あんたたちは自力で脱出してちょうだい。」
「ドアのわきに開閉スイッチがあるから、それでお願いします」
美神さんは檻(の鍵を開けたあと、壁を抜けて脱出する。
だがその後、ヒャクメが俺に話しかけてきた。
「さて横島さん、説明してもらえますか?」
「何のことかな?」
「とぼけないでください、横島さん。以前と霊波の質が変わってますね。
うまく隠していますが、私の目は誤魔化せません」
「……」
俺が答えずにいると、ヒャクメは全身についた感覚器官の目をいっせいに開き、俺を凝視し始めた。
「ヒャクメ、調べなくても大丈夫だ。俺は間違いなく横島忠夫だよ。
ただヒャクメが知っている俺とは、少し違っているかもしれない」
ドーーン!
その時、逆天号の船体が激しく揺れた。
妙神山からの砲撃が命中したらしい。
「ヒャクメ、時間がない。船体に穴を開けるから、そこから脱出してくれ。
美神さんたちにはヒャクメの手助けが必要だ」
「横島さんは?」
「俺はここに残る。あいつらを内部から探る人間が必要だ。通信鬼を出してくれ」
「横島さん、どうしてそれを?」
「いいから、早く!」
俺はヒャクメから通信鬼を受け取ると、異空間に隠した。
そして檻(を出ると、文珠で周囲の檻(を次々と爆破する。
やがて爆破した檻(の中から、パピリオが飼っていた化け物たちが飛び出し、あたりかまわず暴れはじめた。
「これでよしと」
「横島さん、あなたはいったい……」
「俺は横島だよ。ただ5年後の未来からきた横島だけどね」
その時、三つの首をもった巨獣ケルベロスが、俺たちに向かって突進してきた。
俺はヒャクメの手を掴むと、その突進をギリギリのタイミングでかわす。
ズシーーン!
ケルベロスは外壁にぶつかるとそこに大穴を開けた。
「すまないが先に脱出してくれ。もう少ししたらそっちに戻るから、それまで他の人にはこの事を
話さないで欲しい。約束できるか?」
「戻ってきたら、事情を話してくれますね? それから未来からきたのなら、結末はわかりますか」
「大丈夫、俺たちはアシュタロスに勝つ! ただ、その勝ち方が問題なんだ──」
その時、遠くからベスパの怒鳴り声が聞こえてきた。
「ヒャクメ、美神さんたちをよろしくな!」
俺はヒャクメを外壁に開いた穴から外に逃がすと、物陰にかくれてベスパたちがやってくるのを待った。
「おまえか、このクソ犬! 霊波エンジンのシリンダーがメチャメチャじゃないの!」
ベスパはフルパワーで、ケルベロスをシバキ倒した。
「パピリオ、あんたがこんな道楽やっているから。もう全部殺しちまいな!」
「えーーん。怒っちゃいや、ベスパちゃん」
さて、これからしばらくは下っ端生活だ。プライドを全部捨てないと、たぶんやっていけないだろうな。
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