君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(04)




 俺は逆天号の中の小部屋で目がさめた。
 俺が割り当てられた部屋は、俺のアパートよりもさらに狭く、三畳ほどのスペースしかない。
 あれからパピリオのペットとなった俺は、(おり)から出してはもらえたものの、掃除など下男のような仕事を割り当てられた。
 もちろん首輪は付けたままである。

 起きて着替えをすると(下着だけは支給してもらえた)、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。

「はい、なんでしょう」

 ガチャリとドアのノブを回して開けると、俺の目の前に立っていたのはルシオラだった。
 目の前に彼女の顔をみて、一瞬ドキリとする。

「ルシオラ……いえ、ルシオラ様。何の用でしょう?」

「起きてたのね、ポチ。シャワー室で水()れがあって、外まで水が出てきてしまうの。見てくれない?」

「は、はい。わかりました」

「それからパピリオが、居住区の掃除をよろしくって」

「大丈夫です、はい」

「終わったら広間にきてね。そこで作業しているから」

 それだけ言うとルシオラは去っていった。だが彼女を見送った後も、俺の胸は強く鼓動しっぱなしだった。
 その姿も、声も、ほのかな(にお)いまで、俺が覚えている彼女の思い出とまったく同じである
 中学生の頃、好きになった女の子と廊下ですれ違う時に胸がドキドキしたこともあったが、今の衝動はあの頃とはとても比較にならない。
 自分の思いを周囲に気づかれないよう、感情を抑えるのに一苦労していた。




「できました! 転生計算鬼『みつけた君』です。
 手元にあるメフィストのデータを残さず入力。そしてボタンを押せば、あとは数分から数時間で
 生まれ変わりを高精度で予測するってわけ。あてずっぽうで捜すより、はるかに効率がよくなり
 ます」

 俺がシャワー室の水()れを修理と居住区の掃除を終えて広間に入ると、ルシオラが土偶羅(どぐら)・ベスパ・パピリオに、計算鬼の説明をしているところであった。
 ルシオラは明るい笑顔で、熱心に話していた。本当に機械いじりが好きなんだなあ。

「あのー、居住区の掃除が終わりましたです、はい」

 俺はめいいっぱい愛想笑いを浮かべ、仕事が終わったことを告げた。

「よーし、えらいぞポチ」

「ありがとうございます」

 俺は頭を下げると、パピリオが背伸びをして俺の頭をなでた。

「シャワールームの水()れも直してくれた?」

「へい、もうばっちりで!」

 俺はルシオラにむかって、ぐいっと親指を立てる。

「パピリオのペットにしては、役に立つじゃん」

「ほんと。細かいところに気がきくし、大助かりだわ」

「パピリオの愛情が通じたんでちゅ」

 以前はずいぶん腹ただしい思いをしつつも、ルシオラたちに()びを売り相手の好意にすがって生活していた。
 自分でも、ずいぶん卑屈だったと思う。

「それじゃ、この部屋も片付けてくれるかしら? 急いで作ったから散らかしっぱなしなのよ」

「喜んでやらせていただきます!」

 俺はもみ手をしながら、愛想よくルシオラに返事をした。
 ……いや、卑屈なのはわかってるってば。

「じゃ、計算が終わるまで私たちは休憩しましょう」

「ポチ、あとでおやつをあげるでちゅ」

 ルシオラたち三姉妹が部屋を出ていくと、俺は通信鬼を呼び出した。

「ヒャクメから連絡は?」

「キイーーッ!」

 通信鬼は、プルプルと首を横に振った。
 何も連絡はないようだ。

「仕方ないなー。ルシオラたちが戻ってくる前に連絡が取れないと、一般人の犠牲者が増えるぞ」

 前は一発で美神さんを見つけたからな。
 計算が終了したらいつでも使えるように、『障』の文珠は既に準備している。
 やがてピーという音が鳴り、計算鬼が計算結果をディスプレイに出力した。

「計算終了シマシタ。めふぃすとノ転生先ヲ確定。名前ハ『美神令子』、確率ハ99.8%デス」

 以前と同じ結果が出た。俺は文珠を使い、計算結果を狂わせる。
 その時、俺のもつ通信鬼に連絡が入った。

「横島さん、聞こえますか?」

「ヒャクメか! よかった。やっと通じた。美神さんはいるか?」

「私もいるわよ!」

「大変です! ヤツら美神さんを──」

 その時、横島のいる部屋の外から複数の足音が聞こえてきた。

「ヤバイ! また連絡します」

 俺は急いで交信を切り、通信鬼を隠した。

「計算は終了シテイマス

「どれどれ。『奈室安美江(なむろあみえ)』、職業;歌手、確率66.8%か」

 土偶羅が計算鬼の表示を確認する。

「ようし、手始めはこいつだ。魂を引きずり出して徹底的に調べろ!」







「なにーっ! 人気歌手の奈室安美江(なむろあみえ)を狙っているって!」

 通信鬼の向こうから、西条が驚く声が聞こえてきた。

「文珠で転生先の計算を狂わせたんです。それでアイツら、美神さんと勘違いして……」

「でもこれはチャンスかもね。戦艦から降りている今が、アイツらを叩くチャンスかも」

「これから、テレビ局に向かいます」

 俺はそこで交信を切った。まだ時間的に余裕があるから、その間に待ち伏せの準備をするだろう。




 数時間後、俺とパピリオはテレビ局のスタジオの天井に身を潜めていた。

「さー、ますます盛りあがってきました! 次のゲストは、人気絶好調の『奈室安美江(なむろあみえ)』ちゃんです!」

「キャーー! カワイイ!」

「アミエちゃーーん!」

 俺の真下のステージでスモークが舞い上がり、長い茶髪をきれいにカールした奈室安美江(なむろあみえ)が入場してきた。
 彼女が入場すると、観客席からどっと声援があがる。

「ポチ、はじめるでちゅよ」

 パピリオは懐から一匹の亀を取り出すと、ステージに投げつけた。
 ステージにぶつかった亀は、そのまま5mほどの大きさにまで大きくなる。

 ギャーーース!

 下で巨大化した亀が唸り声をあげると、パピリオは俺の首輪をつかんでステージ上空に飛び出した。

「ジャジャジャジャーーン! パピちゃんの登場でちゅ」

 観客の視線が俺とパピリオに集まった。

「せめて覆面(ふくめん)を──。これじゃ俺まで悪人と思われちゃうじゃないですか!」

「キャメロン、やっておしまい!」

 パピリオの指令で巨大化した亀が、ステージの上にいた司会の男性と女性に襲いかかろうとした時──

「芝居もここまでね!」

 司会の男性と女性、それに安美江(あみえ)覆面(ふくめん)を取った。
 覆面で変装していたのは、美神と西条、そしておキヌであった。

「オカルトGメン、見参!」

「ギャラリーも全員公安関係者さ!」

 観客席にいた観客も覆面(ふくめん)を外し、ポケットやバッグの中から拳銃を取り出した。

「結界展開! ヤツらを一歩も外に出すな!」

「結界出力は三千マイト。これでもう、逃げられませんわねーー!」

 ヒャクメが意気揚々として、パピリオに告げる。

「全部ワナってわけでちゅか。本物の奈室安美江(なむろあみえ)はどこでちゅ?」

「今頃は安全な場所に退避しているわ。あきらめなさい!」

 その時ステージの脇のドアがバタンと開き、着飾った女性とその後ろからスーツ姿の男性が中に入ってきた。

「おはようございます。道が混んでて遅刻しちゃいました!」

 どうやら、本物の奈室安美江(なむろあみえ)のようだ。

「え!? な、何かあったんですか?」

 安美江(あみえ)はステージ内の緊迫した空気を感じ、一瞬たじろぐ。

「くおらっ! マネージャー、あんた何も聞いてないの!」

「え? え? え?」

 マネージャーは何も聞いていないらしく、オロオロとしている。
 どうやら連絡にミスがあったようだ。

「なーんだ。そこにいるじゃん!」

 パピリオが、リング状の霊力探査装置を投げつけた。

「キャーーッ!」

 霊力探査装置が発する衝撃で安美江(あみえ)は気絶し、そのまま倒れ込んでしまった。

「わーっ! 一般市民が!」

「や、やっちまったよ、おい」

 俺と西条が驚きの声をあげる。

「霊力22.45マイト、結晶存在せず。
 あれ!? ハズレでちゅか。それじゃもう用はないから帰るでちゅ」

「このっ! 逃がさないっていってるのよ!」

 美神さんがポケットから竜の牙とニーベルンゲンの指輪を取り出すと、長剣と小さめの盾に変化させた。

「パワーは約千マイト、これで互角よ! 小竜姫たちの仇を取ってやる!」

「互角……、なに寝ボケてるんでちゅか」

 突進する美神さんの前にキャメロンが立ちふさがると、美神さんめがけて霊波砲を発射した。

 ドン!

 美神さんはそれを盾で受けとめたが、パワーに圧倒的な差があり弾き飛ばされてしまう。
 キャメロンが発射した霊波砲は盾で受け流され方向が変化するが、そのまま建物の壁と結界を突き破ってしまった。

「どうやったか知らないけれど、たかが千マイトでやる気でちゅか?
 お前なんかウチのペットで十分でちゅ」

 パピリオは指を立てて、チッチッと振る。

「あとは頼むでちゅポチ。早目に帰ってくるでちゅよ」

 そう言い残すとパピリオは、結界を脱出して引き上げていった。

「結界に穴が──そんな馬鹿な!」

「これだけの結界じゃ、足りないっていうの!」

 結界が安々と破られ、西条とヒャクメは動揺を隠せない。

「ヒャクメ! あいつの本当のパワーは!」

「ご、五千くらいです……」

「え!? 単純計算でこっちのパワーの五倍あるじゃないの! 何それ!? 話が違うわーー!」

「そんなこと言ったって……。こうなったら、知恵と度胸で四千マイトの差を埋めてください!」

「そんなに埋まるかーー!」



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