君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(05)




 シャアァァァ!

 巨大な亀の化け物──キャメロンが、奇妙なうなり声をあげつつ、額の一つ目から霊波砲を連射する。

「ダメだ、手がつけられん! 心霊装備のない者は外に退避!」

 西条が一部の隊員に、撤退の指示を出すのが聞こえた。

「えいっ!」

 美神さんが隙を見て亀の甲羅に切りつけたが、いとも簡単に弾かれてしまった。

「横島クン、ヒャクメ! こいつの弱点は?」

「すみません、見えないです……」

「お、俺も知らないッス」

「この役立たずーーー!」

 美神さんが俺に足蹴りを加えてきた。本当は知っているんだけど──

「美神さん、そんなことしている場合じゃないでしょう」

 いつものようにおキヌちゃんがフォローに入ってくれた。

「あの化け物、連中の作った雑魚なんですよ。それがこんなに強いなんて──」

「ざ、雑魚!?」

「ええ。パピリオが拾ってきた亀を、ルシオラって女が術をかけて化け物にしたんです」

「ちょ、ちょっと! それじゃあの女幹部たちは、あの亀よりさらに強いパワーをもっているじゃ
 ないの!」

「わ、私は少なく見積もって1000以上と……。それに連中が本気を出して戦っているところを
 見たわけじゃないですし──」

「あーもーやる気なくした! 雑魚を相手にこれじゃ、どの道もうダメだわ!」

 美神さんがとうとうキレた。さて、そろそろ隊長がバイクに乗って颯爽と登場するはずだが……

 キシャアァァーー!

「うわーーっ!」

 キャメロンの霊波砲が近くに命中し、俺たちは吹き飛ばされてしまった。
 えっ!? なんで隊長が来ないんだ?

「ヒャクメ! 誰かこっちに向かってきていないか」

 ヒャクメが周囲を見回す。

「いえ、結界の外も見てみたのですが、誰もいません」

 今までは過去の歴史をほぼトレースできていたが、どこかで齟齬が生じてしまったのだろうか?
 俺はヒャクメの近くにより、そっと耳打ちした。

「ヒャクメ、まだ俺のことはみんなに話していないよな?」

「大丈夫です、横島さん。この状況をどうにかできるんですか?」

「俺が後始末をつけるから、みんなを結界の外に避難させてくれ」

「気をつけてくださいね。それから、あとで詳しい話を聞かせてください」

「もし万が一俺が戻らなかったら、首の付け根に埋まっているヨリシロを取り出すんだ。
 それでヤツは倒せる」

 そのあと俺は、美神さんの傍に駆け寄った。

「美神さん、ヤツの弱点を思い出しました!」

「え!? それはどこ?」

「ただ、爆発する危険があるので、美神さんたちは退避してください。俺が始末をつけます」

「美神さん、ここは横島さんの言うとおりにしましょう」

 ヒャクメが美神さんを外に引っ張り出した。続いておキヌちゃんや西条たちもスタジオの外にでる。
 俺とキャメロンだけがスタジオに残った。



「さて、ちょいとばかり腕試しだな」

 俺は軽く腰を落とし、半身の姿勢を取った。
 体内のプラナと呼ばれる生体エネルギーを活性化させ、全身のチャクラを開放する。
 体内のプラナとチャクラを通して外部から流入するプラナの力で、肉体の波長を少しずつ調整していく。

 その瞬間、俺の心に猿神(ハヌマン)に弟子入りを志願した時の記憶が浮かび上がってきた。








「横島、なぜそんなに強くなりたい。今のままでも十分強いだろう」

 俺の目の前に、年老いた猿神(ハヌマン)が、胡坐(あぐら)をかいて座っていた。

「霊力だけみても、おまえほどの人間はそうはいるまい。文珠まで考慮すれば、実質トップ
 クラスじゃろうが」

 俺は言葉に詰まった。だが俺の計画を打ち明けるわけにはいかない。どうやったら説得できるだろうか。

「……俺はあの戦いの時、俺を愛してくれた女を助けられませんでした」

「アシュタロスの時のことじゃな。あの時ワシは天界に戻っていて、何も手出しができな
 かった。今でも口惜しいわい」

「もし俺がもっと強ければ、大事な人を助けられたかもしれない。
 そう思って、ずっと悔やんできたんです」

「しかし人間のおまえが、神族・魔族クラスまで強くなろうとしたら、生半可な修行では追い
 つかないぞ」

 猿神(ハヌマン)が俺の目を食い入るように見つめた。

「だからあなたのところにきたんですよ、老師。
 あなたが大陸でしたことは、既に調べています」

「フン! 大陸の連中の記録好きにも困ったもんじゃ」

「それでもずいぶん手間がかかりましたよ。
 あなたは滅多に弟子を取らないから、残された資料も少なくて」

 猿神(ハヌマン)はどっこらしょっと言いながら、座っていた岩から立ちあがった。

「普通のGSは霊力のみを鍛える。まあ通常はそれで問題ないんだが、それでは人間としての
 限界はとても超えられん。限界を超えるには、別の手段が必要となるわけじゃが」

「霊力と肉体の同期ですね。プラナを活性化させて全身のチャクラを開放し、自分の霊波と
 肉体の波長を共鳴させて、そこからパワーを引き出す──」

「肉体の波長は霊波に比べればまだ調整が効くからな。ただ、それとて簡単ではない。仙道の
 修行も取り入れるから、一からやり直す覚悟が必要だぞ」

「もとより承知です」

「こいつを教えるのも三百年ぶりぐらいかの。最近は骨のあるヤツもめっきり減ったもんじゃ。
 それから、ワシがよしというまで下山はさせんからな……」








 肉体の波長の調整が終わった。これで霊魂から生じる霊力が肉体を流れるプラナと共鳴し、大幅な力の増幅が可能となる。
 文珠を使って合体したときほど爆発的なパワーは得られないが、それでもそこそこのパワーを引き出せるはずだ。
 俺の推測では、文珠なしでもこいつを倒せるはずだが──


「こいよ、亀」

 俺はサイキック・ソーサーと霊波刀をかまえた。
 相手に敵と認識させるために、俺は霊波砲を一発ぶちかます。

 キシュワァァーー!

 怒ったキャメロンは、霊波砲を数発、連続して撃ってきた。
 俺は正面からきた一発を、サイキック・ソーサーで受け止める。
 ズンとかなり重い衝撃が伝わってきたが、美神さんのように弾き飛ばされることもなく、その場で攻撃を受け止めた。

 よし、いける!
 俺は動きの鈍いキャメロンの側面にまわると、霊波刀で胴体に斬りつけた。

 ザシュッ!

 俺の霊波刀はキャメロンの甲羅を破り、深々と食い込んだ。

 ゴ…グワアァァ!

 キャメロンは体の向きを変えると、俺に向けて霊波砲を発射する。
 俺はサイキック・ソーサーで防御しながら攻撃をかわすと、隙をみてキャメロンの甲羅の上に飛び乗った。
 そのまま首の付け根の急所に向けて、霊波刀を突き刺す。

 グギャア! グシュルルル…………

 霊波刀の共振を頼りにヨリシロを探し当てると、一気にそれを体外に引き抜いた。
 キャメロンはヨリシロを抜かれると、元の亀に戻り消滅していった。







 隊長がテレビ局にやってきたのは、俺がキャメロンを倒した直後であった。
 キャメロンを倒したいきさつについては、適当に話をしてごまかす。
 だが、ごまかせないヤツが一人だけいた。

(ちょっと、横島さん。どうしたんですか、あのパワーは)

 ヒャクメが俺に小声で話しかけてきた。

(瞬間的とはいえ、五千マイト近くのパワーが出ていたじゃないですか)

 そうなのだ。この技は霊力を発した瞬間に増幅させる技だから、霊力そのものは変わっていない。
 しかもテンションが下がるとたちまち霊波と肉体の同期が取れなくなってしまう。
 長時間持続しにくいのが、この技の欠点でもあった。
 持続させるためには、またさらなるパワーを引き出すためには、もっと修行を積まなければならないが、今はもうその時間的余裕はない。

(悪い、ヒャクメ。あとで必ず説明するから)

 キャメロンは動きが鈍い欠点を突いて、倒すことができた。
 しかしベスパやパピリオが相手では、こううまくはいかないだろう。
 パワーアップしたとはいえまだ相手の方が力が上だ。文珠でサポートしなければ、互角に戦うことは難しいかもしれない。



「今日から私もICPO付きです。本部からの指令を伝えます。
 ただ今からあなた方は、全員私の指揮下に入ること!」

「えーっと、俺たちもですか?」

「当分の間は、令子もほかの皆さんもICPO付きです。異議は認めません」

 よかった。少しずれが生じたが、大筋では狂っていないようだ。

「私はICPOと日本政府に、全権を委任されています。未熟なあなた方だけでは、アシュタロスに
 対抗できないからです。以後、指揮官として鍛えなおしてあげますから、覚悟なさい!」

「ママ……ひょっとして今のママって、私が中学生の時の──」

「その話は今は無しよ、令子。任務中は私情は忘れなさい。
 それから皆さんも、私のことは美神隊長と呼んでください」

 以前はこの時、GSアシスタントから大出世したと大喜びしてたっけ。
 そっとおキヌちゃんを横目で見ると、「私、女性捜査官ですか!?」とはしゃいでいた。

「さて、横島隊員」

「はっ、隊長!」

 俺はもったいぶって、敬礼をする。

「オカルトGメン・対アシュタロス特捜部として、最初の作戦行動を命じます。重要な任務です!」

「なんなりと命じてください!」




 逆天号の一室で、ルシオラ・ベスパ・パピリオの三姉妹が、テレビのニュース番組を見ていた。

『テレビ局が正体不明の魔族に襲撃されました。この襲撃により、歌手の奈室安美江さんが負傷
 して入院しています』

「あーっ、今日の事件がもうテレビで放送されているでちゅ」

『現場は一時騒然となりましたが、出動した特命捜査官の活躍により妖怪一体を退治。敵幹部は
 逃走しました。その映像をご覧ください』

 画面が切り替わり、危ない目つきの男が画面に登場する。

『ハーッハッハッハ! おろかなる人間どもよ、いずれお前たちは我々の前にひざまづくのだ!』

 画面に映し出されていたのは……俺だった。

『この男は「ポチ」と呼ばれております。今のところ、その正体はわかっておりません』

「なかなかやるじゃん!」

「愛情のたまものでちゅね♪」

「ターゲットはハズレだったけど人間たちが縮みあがって、これからの仕事がやりやすくなるかもね」

 これで俺は人間の敵か……。いや、わかってやっているんだが……。

(──当分の間、敵中から情報提供してください。信用され、正体を悟られないように──)

 これが隊長の下した命令であった。予定どうりとはいえ、やはり俺にとってはツライ内容である。
 ティーポットをのせお盆を運びながらも、手がプルプルと震えてしまった。

(ハァ。本当にシビアだよな、あの隊長は。五年たってもあの人には、まだまだかなわない……)

 俺は周囲に気づかれないよう、小さな声でボヤいた。



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