君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(06)



 それから数日後、俺はすっかり日課となってしまった洗濯に精を出していた。
 洗濯といっても、洗うのはシーツやタオルの類ばかりである。
 たまにパピリオのかぼちゃパンツも洗うことがあるが、色気がないことこの上ない。

「はあ〜〜、腰が痛てえーー」

 腰が痛いのも当たり前である。しゃがみながら、たらいと洗濯板で洗濯をしているのだから。
 以前から思っていたのだが、逆天号は家電製品が乏しい。
 洗濯機や掃除機は見たことがないし、テレビもどこから拾ってきたのかわからないような古い型を使っている。
 まあ単純作業はハニワ兵がこなすし、ちょっと手の込んだ家事は俺がするから、ルシオラたちは不自由していないのであろうが……

 ただ今はルシオラたちの信用を勝ち取らなければいけないから、下働きとはいえ手は抜けない。
 美神さんの下で積んだアシスタントという名の丁稚としての経験が、もっとも生かされている瞬間かもしれなかった。
 もっとも家事の腕前ではなく、あくまで精神面の話であるが。

「お〜〜い、ポチーー♪」
「パ、パピリオ……様」
「新しい服を作ってあげたんでちゅ」

 これって、確かあの服だよな?

「着てみて! 着てみて!」

 俺はパピリオから服を受け取ると、広げてみた。
 ……やっぱり、あの服だ。



「思ったとおり、よく似合うでちゅーー!」
「……」

 肋骨服に肩パット付きの黒マント、そしてアヤシゲなヘルメットをかぶってみると、ヒーロー番組に登場する悪役の姿そのものである。
 以前もそうだったが、俺は口をパクパクさせるのが精一杯だった。

「……気に入らないかなあ」

 パピリオの口調が少し変化した。またこの娘に、気をつかわせてしまったようだ。

「そ、そんなことないッスよ! なんかこうやる気がビンビンと湧いてきました!」

 サービス精神旺盛な俺は、あわてて演技に力を入れた。

「フハハハハ! 死ね、愚かななる地球人類ども! なんちって」
「えへへ、よかった♪」

 パピリオがにこりと微笑んだ。

「私のこと──ずっと覚えててね!」

 パピリオは、タタタタッと走り去っていった。
 その時俺は、大事なことを思い出した。
 そうだ。パピリオは、自分が一年しか生きられないことを知っていたのだ。




 パタパタパタパタ

 ロープに吊るした洗濯物が、風でこぎみよくはばたいていた。
 俺はロープの端を、ポールにギュッと結びつける。

「よし、洗濯完了っと」
「ぷっ。クスクス……」

 その時、近くで女の笑い声が聞こえてきた。

「なーに、そのヘンなかっこう!? どっかの古本屋のコスプレ店員みたい」

 逆天号の羽根の上にいたルシオラが、ツーとすべり降りてきた。

「ちょっと涼みに出てたのよ。座標誤差修正に、通常空間へ出る時間だしね」

 ゴオオォォン ゴオオォォン

 逆天号の周囲で大きな音が響くと、亜空間から通常空間へと移った。
 逆天号は大海原の上を飛行している。
 ちょうど西の水平線に夕陽が沈もうとしており、空も海も夕陽で真っ赤に染められていた。

「ちょっといい眺めでしょ?」
「へー、ちょうど夕陽が沈むところですね」
「昼と夜の一瞬のすきま……短時間しか見れないからよけい美しいのね」

 ルシオラは手すりにつかまったまま、ゆっくりと俺のほうを振り向いた。

「その服、パピリオが作ったんでしょ?」
「え!? は、はあ、そーですけど」
「あのコ、なんでペットなんか飼うか知ってる? 動物が育つのが好きなの。自分が大きくなれないの知っているのよ」

 ルシオラは正面を向き、そっと目を細めた。

「魔界、神界とのアクセスを妨害できるのは、あと一年が限度。その間にアシュ様の復活を果たすのが私たちの仕事だから、土偶羅は私たちの寿命を一年に設定して作ったの」

 知ってはいたが、やはりこの言葉をルシオラ本人から聞くと、胸がチクチクと痛む。

「あ、あんたち、あと一年しか生きられないわけ……!」
「寿命を短く、その分パワーを大きくしたのよ。一年後アシュ様が復活すれば私たちは用無しだし、失敗は許されないもの」
「でも──」
「人間のおまえの寿命はあと50年以上……パピリオは、きっとお気に入りのおまえに自分の思い出を残したいのね」

 ルシオラは俺の正面に立つと、スッと手を出した。

「私はまだおまえを信用したわけじゃないけど──とりあえずそのバカな服を着てくれて感謝してるわ!」

 ルシオラが俺の手をぎゅっと握る。その手は小さく、そして柔らかかった。

「もう行くわ。陽が沈んじゃった!」
「あ、あの……」

 俺は立ち去ろうとするルシオラを呼び止めた。

「もし、一年以上生きられるとしたら、何をしたいかって考えたことはあります?」

 ルシオラは、意外そうな表情を浮かべた。

「……考えたこともなかったわ。そんなことは万が一にもありえないから。今は一日一日を、悔いのないように生きていくのが精一杯ね」

 ルシオラは俺に背を向けると、デッキを降りていった。






「うわあぁぁぁ!」

 デイゲーム中のグラウンドに、プロ野球ピッチャーの悲鳴があがった。

「霊力9.8マイト、結晶存在せず。なんだい、またハズレ?」

 デイゲーム中の野球場を襲撃したのは、俺とベスパだ。

「私は帰るわ。あと頼んだよ、ポチ!」
「はっ。おまかせを、ベスパ様!」

 球場に怒号と悲鳴が飛び交う。

「大変なことになりました! 試合中に乱入した魔族が、クワガタ投手に暴行を──」
「この裏切りものーー!」
「人類の敵!」

 一人現場に残った俺に向けて、観客席から罵倒する声がいっせいにあがった。

「好きでこんなことやっとるんと違うぞ!」

 前もそうだったが、多くの人から悪口雑言の限りを浴びせられるのは、なかなかツライことである。

「クワガタのカタキじゃーー!」
「やっちまえ! 乱闘じゃーー!」
「この野郎!」

 ジャイアンズの選手たちがベンチから飛び出し、いっせいに俺に襲いかかってきた。

「バ、バカ、やめんか!」

 バリッ! バリバリバリバリ……

「普通の人間じゃ、こいつにかなうわけないのに……」

 その時、雑魚モンスター『大魔球1号』が現れ、横島に襲いかかった選手たちを一掃した。

「おのれっ!」

 どこからともなく西条が現れた。霊剣ジャスティスを構えて、俺に斬りかかってくる。
 俺は手にもっていた杖で、西条の一撃を受け止めた。

「おいっ! 美神さんたちはどうした? 今日はここを襲うって連絡しただろう」
「みんな、忙しくてこれないんだ」

 鍔迫り合いをしながら、声をひそめて西条に話しかける。

「忙しい? 宴会の約束じゃねーんだ。おかげでまた一人犠牲者が出たじゃないか!」
「隊長には何か考えがあるんだろう。令子ちゃんもおキヌちゃんも特殊訓練中なんだ」
「特殊訓練!?」
「そーゆーことわけだ。早いとこ怪物の弱点を教えたまえ」
「……」

 俺はわざと黙って答えなかった。

「みなさーーん! こいつの本名は──」

 西条がマイクを構えて大声で叫ぶ。まったく、西条はこういうやつなんだよな。

「ま、待て! 雨だ。大魔球は雨に弱い!」

 近くにいた消防車が呼ばれ、大魔球に放水する。
 弱点をつかれた大魔球は力を失って地面に落ち、西条にとどめを刺された。

「くそぉっ! 覚えていろ、愚かなる人類ども!」

 悪役らしく捨てゼリフを残して、俺は空中に浮かび上がり退散していった。




「おっ、あんなところにいた」

 首輪についている誘導装置に導かれるまま、空中を飛行していた俺の前方に逆天号の姿が見えてきた。
 俺は逆天号に着地すると、ハッチを通って中に入る。

「危険物感知せず。ドアロック、解除」

(まだ全然信用されてないよな。チェックを受けないと中に入れてくれないし。まぁ前もそうだったから、仕方ないけど)

「これか!」
「やっぱり──」

 突然ベスパとルシオラが、俺の背後に現れた。

「わっ! な、なんです!?」
「発信機さ。あんた尾行されてたのよ」

 ベスパが、俺のマントの端に付いていた発信機を取り外した。

「外を見てみな」
「く、空母ですか!」
「小賢しい。あんな玩具で我々とヤル気とはな」

 土偶羅がフンと鼻を鳴らす。

「……でも、おかしいわ。飛行機がいないし、それにあの魔方陣はなに?」

 逆天号の司令室から外を眺めると、はるか遠くに原子力空母が見えた。
 ルシオラの言うように甲板には艦載機は一機もなく、巨大な魔方陣が空母の甲板に描かれている。


「アシュタロス一味に告げる! 無駄な抵抗はやめて、すみやかに降伏しなさい!」」

 空母から隊長が呼びかけてきた。たしか、この次って……

「横島くーん! 無駄な抵抗はやめてー」
「似てると思ったら、やっぱりお前だったのかーっ!」
「この裏切り者!」

 俺のクラスメートが、いっせいに呼びかけてきた。やっぱりこれか。

「コラーーッ! おばはん! 全部俺の関係者じゃないか! 何考えとるんじゃーー!」
「……ってことは?」
「もしかして、人質?」

 ベスパとルシオラが額をつきあわせて、ひそひそと話す。

「な、なんという卑怯なことを! でも気にせず主砲発射ーー」

 土偶羅が発射ボタンに指をかける。

「どちくしょうおおおーーー!」

 俺は司令室を駆け出していった。




「もしもしっ! こちら横島」

 俺は通信鬼を呼び出し、連絡を入れた。わかっているが、ひとこと言わずにはいられない。

「横島クンか!? こちら西条」
「なんなんだよ、あれは! 作戦なら俺にもきちんと説明してくれ!」
「ぼ、ボクにもわからんのだ!」
「わからんですむかああああ! それに無断で発信機つけたろ! 俺の身もヤバイじゃないか!」
「よく聞け、横島クン。隊長が何を考えているのか全くわからん。こっちから連絡するまでは、君は独自の判断で行動しろ!」

 ブツッ! ツー・ツー・ツー

 そこで通信が切れた。

「もしもしっ! 西条!」

 コンコン

 そこにドアをノックする音が聞こえた。俺はあわてて通信鬼を隠す。

「ポチ、いる?」

 ドアの外から声をかけてきたのは、パピリオだった。俺はトイレの水を流し、外に出た。

「は、はい。すいません、急に。ちょっと腹の具合が──」
「もう心配いらないでちゅよ。土偶羅様が攻撃をちょっと待ってくれるでちゅ」
「お、俺のために──」


 俺はパピリオと一緒に司令室に戻った。

「あ、あの──」
「早かったね」
「ちゃんと手は洗った?」

 ベスパとルシオラが、俺に声をかけた。

「……悪かったな。向こうの出方がわかるまで、手は出さんから心配するな」
「えっ!? 土偶羅……様」
「気にしなくていいよ」
「別におまえのためだけって、わけでもないから」

 すまなそうな口調の土偶羅と、優しさのこもったベスパとルシオラの言葉に、俺はじわーっときてしまった。
 本当に温かいんだよな、こっちの方が。


「飛行物体、多数接近!」

 前方から多数の艦載機が接近してきた。そして逆天号とすれ違いざまに、多量の煙幕を発生させる。

「あれだけの飛行機を、煙幕を張るためだけに?」
「ただの煙じゃないわ。霊波を帯びてる。視界ゼロよ!」

 霊波レーダーを見ていたルシオラが、警告を発する。

「何かの罠にはちがいないが、視界を奪ってどうする? 我々の優位はかわらんぞ」
「正面に逆天号と同じ大きさの飛行物体! 高エネルギー反応を検知。撃ってくるわ!」

 ギュワアアァァァーーー!

 前方の飛行物体から発射された高出力のエネルギー波が、逆天号に襲いかかってきた。

 ガクッ ガクガクガク

 ギリギリのタイミングでかわしたが、余波による衝撃で逆天号が激しく揺さぶられた。

「うわあぁぁぁ」
「応戦しろ! こっちも撃て!」

 逆天号が断末魔砲を発射した。
 その一撃は前方の飛行物体を捉えたかに見えたが、命中寸前にフッとその姿が消えてしまう。

「かわされた!? なんだあの相手は!」
「それにあっちの主砲も、断末魔砲と同じ音が──」
「ま、まさか人間ども、我々と同じ威力の魔法兵鬼を!? 信じられん!」
「空母も人質も、魔法兵鬼から注意をそらすためのオトリだったのよ! 異空間に退避を──」

 その時、逆天号のすぐ前面に先ほどの飛行物体が姿を現した。

「ダメだ、進路を塞がれた。撃て!」

 カッ!

 しかし相手の方が早かった。逆天号はその攻撃を回避できず、右の翼に命中してしまう。

「やられた!」
「異空間潜行装置大破! 異空間に脱出できなくなりました!」

 そろそろヤバイな。この頃の隊長は目的のためには手段をまったく選ばなかったから、うかうかしているとこのまま撃沈されてしまいそうだ。



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