君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(10)



「マリア、霊体ゲノムの増殖剤(ぞうしょくざい)を投入」
「イエス・ドクター・カオス」
「次に分離剤(ぶんりざい)を」
「イエス・ドクター・カオス」
「ゲノムのパターンは見えたか?」
「ただいま・解析中です」

 カッチカッチカッチカッチ……

 時間が刻々と過ぎていった。

「まだなのか、カオス?」
「こればかりは急かされてもどうにもならん。マリアの分析が終わるまでまて」
「しかし夜明けまで、あと一時間半しか──」
「解析が・終了しました・ゲノムのパターンを・ディスプレイに表示します」

 50インチの特大ディスプレイに、ルシオラの霊体ゲノムが記号化された状態で表示された。

「よしっ!」
「何かわかったか?」
「しばらく黙っとれ! 今、見ておる」

 カオスは画面を注視している。
 ときおりマリアと専門用語を交えた会話をかわしていたが、俺には意味がよく理解できなかった。




「わかったぞ!」

 カオスが大声をあげたのは、夜明けまであと30分のときであった。

「小僧、この女の名前は?」
「ルシオラだ」
「マリア、ルシオラの頭部をスキャナーにかけてくれ。後頭部の断面を拡大表示するんだ」
「イエス・ドクター・カオス」

 マリアがルシオラをベッドに寝かせると、CTスキャナーに似た装置の中に通した。

「よし、見つかった」
「お、おい。どうなっているんだ、カオス?」
「説明しているヒマはない。小僧、手を貸せ」
「何をすればいいんだ?」
「ルシオラの脳に収束した霊波を照射する。ここに手を当てて、よしといったら霊波を出すんだ」

 カオスは、機械の一部に俺の右手を当てさせた。

「マリア、照準を調整」
「調整・完了しました」
「よし、霊波を出すんだ!」

 俺は右手に霊力をこめた。スキャナの機械を通じて、ルシオラの後頭部に収束された霊波が放射される。

「もう少し霊波を強く!」
「こうか!?」
「よし、そのままだ」

 やがてディスプレイに表示されていた何かの束が、ぷつりと切断された。

「よし、完了だ」
「終わった……のか?」
「例えていえば、爆弾の信管を外したようなものじゃ。爆弾そのものはまだ残っているが、とりあえず爆発することはなくなった」
「ルシオラは助かったんだな!」
「まだこれから本処置をしなくてはならないが、当面の危機は脱したはずじゃ」
「すまん、カオス!」

 俺はカオスに頭を下げた。

「このまま昼まで様子を見よう。すまんが少し寝かせてくれ。トシじゃから、徹夜仕事は体がキツくてかなわんわい」
「カオス、ありがとう」
「もし昼まで何もなければ、あと二日か三日でウィルスを除去できるじゃろ」


 俺とルシオラは昼まで待機していたが、何事も起こらなかった。

「ヨコシマ。私……助かったのね」
「ああ、もう大丈夫だ。あとの治療も、カオスがきちんと始末してくれる」
「でもこれでは終わらないわ。土偶羅様やベスパたちは私を探すでしょうし、それにアシュ様のことが……」
「大丈夫、何とかなる。いや、きっと何とかしてみせる!」

 俺はルシオラの手をギュッと握りしめた。
 そうとも。俺はそのために、過去に戻ってきたのだから──。






 俺とルシオラは数日の間、厄珍堂地下の研究室に潜伏していた。
 ルシオラの霊体ゲノムに仕掛けられた監視ウィルスが解除されるのに、それだけの日数がかかったこともある。
 オカルトGメンには連絡を入れなかった。
 厳密に言えば、俺の今の行動は命令違反である。
 前は一人で脱出したから何とでも言い逃れができたが、今はルシオラを連れている。
 オカルトGメンは、逆天号を降りているはずのルシオラたちを捜しているはずだ。
 いま俺がのこのことGメンに戻れば、命令違反について追求されるのは避けられない。
 いずれは戻らなければならないが、そのタイミングを見極める必要があった。


「何を見ているの、ヨコシマ」

 ある方角の壁をじっと見つめている俺に、ルシオラが話しかけてきた。

「オカルトGメンの基地に、アシュタロスがきている」

 俺は手に『透』『視』の文珠を握っていた。

「まさか、アシュ様が直接乗り出してくるなんて──」
「正確に言うと、アシュタロス本人ではなくてアシュタロスを模した人形だ」
「なぜそんなことを?」
「たぶんGメンと、何かの取引をしたいんだろう。アシュタロスが欲しがっているエネルギー結晶をもつ人間は、あそこにいるからな」
「どうするの? ヨコシマ?」

 その時、透視していたオカルトGメンの会議室で、ベスパの眷属(けんぞく)が隊長の首筋を刺した。
 まもなく隊長は意識を失い、床へと倒れ込んでしまう。

「行こう、ルシオラ!」
「何が起きたの?」
「オカルトGメンの美神隊長が、ベスパの眷属に刺された! おそらく血清を交換条件にして、エネルギー結晶をもつ美神さんを誘い出すはずだ。隊長は美神さんの母親だからな!」
「私が一緒にいって、大丈夫?」
「ルシオラがいた方がいいんだ。ルシオラがいれば、隊長が助かるはずだ」

 俺は手短に、姉妹のルシオラから血清(けっせい)が作れることを説明した。

「どのみちアシュタロスと戦って勝つには、Gメンに合流しないと不可能だ。うかうかしていたら、エネルギー結晶をヤツに奪われてしまう──」
「わかったわ!」




「君は今までいったい、どこで何をしていたんだ!」

 西条の怒鳴り声が、取調室の中に響き渡った。

「だから言っただろ? 俺は彼女を連れて逃げ出した。追っ手を巻くために今まで隠れていたんだ」
「そーじゃなくて、連絡も入れずに、何で勝手な行動をしたかと聞いているんだ!」

 俺とルシオラは、オカルトGメンの東京支部に顔を出し、西条を呼んだ。
 俺たちは西条の指示で拘束され、取り調べを受けている。
 こうなることは予測していたので、ルシオラには何も喋るなとあらかじめ伝えておいた。

「……それは隊長に直接報告したい。隊長に会わせてくれ」
「隊長は、ここには来れない」
「なぜ?」
「それは秘密だ」
「俺にもか?」
「そうだ。今の横島君には不審な行動が多過ぎる。疑いが晴れるまで、秘密を漏らすわけにはいかない」
「隠したって無駄だよ。妖蜂(ようばち)に刺されて、重態なんだろ?」
「なぜそれを!?」
「これさ」

 俺は文珠を出して、西条に見せた。

「き、君は味方を監視していたのか!」
「仕方ないだろ。お前みたいにいきなり捕まえて、留置所に放り込むのもいるからな」

 西条はようやく観念した。

「……君のいうとおりさ。隊長は遅効性の毒で、重態になっている」
「たぶん隊長を助けられると思う。実際に助けるのは、俺ではなくてルシオラだけどな」
「助ける方法があるのか?」
「ああ、たぶんな。ただ条件がある」
「言ってみたまえ」
「俺と彼女の自由を保証することだ」
「……いいだろう。ただ最終決定権は隊長にある。それまでの暫定措置だ」
「よし。それじゃ俺とルシオラを、隊長のところに案内してくれ。それから、ドクター・カオスもだ」
「今、民間のGSに非常呼集をかけている。ドクター・カオスもすぐに来るだろう」
「わかった」

 俺は別室で待たされていたルシオラと合流すると、西条に案内されて都庁地下の基地へと向かった。




 俺とルシオラが都庁地下の基地について間もなく、非常呼集で呼び出されたカオスもやってきた。
 俺が事情を話すと、カオスは早速、血清(けっせい)の作成に取りかかる。
 血清(けっせい)の効果には目を見張るものがあり、その日の晩には隊長は意識を回復した。


「お呼びですか、隊長」

 基地に着いた次の日に隊長に呼び出された俺は、療養中の隊長が使用している基地内の一室に入った。

「ええ。先ずはそこに腰掛けて」

 俺は隊長のベッドの脇にある、小さな椅子に腰掛けた。

「いろいろと()きたいことがあるけれど、先ずは礼を言うわ。私が助かったのは、あなたとあなたが連れてきたルシオラのおかげね」
「そんな。当然のことをしたまでです」
「でも彼女を連れて逃げたのは何故? いい仲になっちゃったってこと?」
「ははは……、まぁそんなとこです」
「あなたたちから聞いた別荘も調べてみたけど、もう無人で誰もいなかったわ。彼らの行方も気になるけど、アシュタロスが令子の存在をつきとめた以上、あまりそちらにはかまっていられないわね」

 そこまで話すと隊長は俺から視線を外し、ベッドの上の天井をじっとみつめた。

「横島クン、アシュタロスは次にどういう手を打ってくるかしら」
「俺には分かりませんが、ただこちらが出なければ、別の手を使って美神さんを連れてくるよう要求するでしょう」
「そうね。かといって今の状態でのこのこと出ていけば、令子がアシュタロスに捕まってそれでおしまい。どうしたらいいのかしら?」

 俺は困惑した。次に何をすべきかはわかっている。だがそれを、俺の口から話すわけにはいかない。

「……とにかく、時間が欲しいですね。可能な限り時間稼ぎをしないと──」
「そうね、時間が必要だわ。それにしても、ずいぶん変わったわね、横島クン。私が今まで知っていたあなたとは、まるで別人のよう」

 俺はドキッとした。ひょっとして、何か勘づかれたのではないだろうか──?

「ハハハ……、いや向こうではいろいろと苦労しましたから」

 俺は少し大げさに笑うと、手で頭をボリボリと掻いた。



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