君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(12)



 コンコン

 俺は基地内にある一室のドアを(たた)いた。

「どうぞ」

 俺はドアについている電子ロックの暗証番号を入力した。
 電子音が鳴り、ロックが解除される。

 ガチャ

 俺はドアのノブを回し、中へと入った。

「ごめんよ。なかなか来れなくて」
「ヨコシマ!」

 ソファーに座って本を読んでいたルシオラの姿が目に入った。

「邪魔した?」
「ううん、大丈夫よ」

 ルシオラはソファーに座りながら、部厚(ぶあつ)い本を開いていた。
 どうやら、百科辞典を丸ごと読んでいるらしい。

「時間が余っているから、人間の社会のことをいろいろ勉強しようと思ったの」
「ごめん。結局、軟禁状態になっちゃったな」

 横島はルシオラを監禁しないよう美智恵を説得したが、非常事態ということで却下されてしまった。

「でも事情聴取も強制ではないし、この部屋にいる限り行動は自由だから。今まで働き詰めだったから、ちょうどいい休養かもしれないわね」

 部屋は八畳ほどの広さであった。
 部屋の中にはベッドとソファーが置かれており、また床には品のいい絨毯(じゅうたん)が敷き詰められていた。
 テレビも見られるようになっており、部屋の中で普通の生活をすごせるようになっている。

「すごいな。これ全部読んだのか」

 俺はソファーの脇に積み上げられた本の山を見て、驚いた。
 物理・化学などの自然科学や電気・機械・材料などの工学関係、さらには歴史・哲学・文学系の書籍まで積まれていた。

「斜め読みだけど、まだ半分くらいね」
「頭いいんだな〜〜」

 俺は心底、感心した。
 なにしろ高校受験から後、真剣に勉強をした記憶がない。
 高校生の頃は美神さんのところでバイトに明け暮れていたし、高校卒業後はGSの仕事と修行にひたすら打ち込んでいた。

「そうだ。食事をもってきたけど、一緒に食べない?」
「えっ、でも私は……」
「大丈夫だって。ルシオラの好きそうな物ももってきたから」

 俺は持っていた手提げ袋から、食べ物を取り出した。

「えーと『谷川岳のおいしい水』に、『奄美(あまみ)産黒砂糖』と」
「私のためにわざわざ買ってきたの?」
「さすがにコンビニじゃ売ってないから、デパートまで行ってきたけどね」
「私、グラスをもってくるわ」

 ルシオラは部屋の片隅にある台所から、グラスを二つもってきた。
 そして買ってきたミネラルウォーターを、グラスに注ぐ。
 一方俺は、自分で買ってきた弁当のフタを開いた。

「じゃ、食べようか」
「ええ」

 ルシオラはグラスの中のミネラルウォーターを、ストローで一口飲んだ。

「あっ、おいしい」
「これ、けっこう値も張るし売り場も限られているんだよな。でも当たりでよかった」

 俺は弁当を頬張りながら答えた。



「大事な話があるんだ」

 俺は食後のコーヒーを飲みながら、ルシオラに話を切り出した。

「何の話?」

 ルシオラがカップに入ったコーヒーを一口すすった。
 もっともルシオラが飲んでいるコーヒーには大量のミルクと砂糖が入っており、カフェオーレとほとんど変わらない。

「明日、南極に出発する」
「それって、まさか……」
「そう。アシュタロスのところに行く」

 ルシオラの表情が、みるみるうちに緊張してく。

「アシュタロスが核ミサイルで(おど)しをかけてきたんだ。美神さんを連れてこなければ、世界中の大都市を灰にするってね」
「間違いないの?」
「非公式だけど、アメリカとロシアの原子力潜水艦のうち数隻が連絡を絶ったという通達があった。たぶんアシュタロスの配下に乗っ取られたんだろう」
「おそらくパピリオの眷族(けんぞく)のしわざだわ」
「誰がやったにせよ、俺たちにはもう打つ手はない。相手の本拠地に乗り込んで、一か八かの決戦をするしかないってわけさ」
「……勝てないわ。あのアシュ様を相手にして、勝ち目があるわけないじゃない!」

 ルシオラが沈うつな表情を見せた。
 アシュタロスがどれほど底知れない力の持ち主であるか、身近で仕えてきたルシオラは、身に()みて理解しているに違いない。

「何とかなるさ。俺と美神さんはそのための訓練をしてきたんだ。それにまだみんなには明かしていないが、俺には秘策がある。少なくとも負けることはないと思う」
「……信じていいのね?」
「大丈夫。まかせなさいって」

 ハッハッハと、俺はわざと大きな声で笑った。

「もう茶化さないでよ。真剣なんだかどうか、わからないじゃない」
「そうそう一つだけ、お願いがあるんだ」
「何かしら?」
「ひょっとしたら、向こうでルシオラを必要とすることがあるかもしれない。一緒には行けないから文珠で強制転送することになると思うけど、連絡のためにこれを渡しておくよ」

 俺は通信鬼をルシオラに手渡した。

「わかったわ」

 ルシオラは返事をすると、飲みかけのカップを置いて俺の隣に座った。

「でもヨコシマって、本当に不思議。普段はどう見てもたいしたことなさそうなのに、いざって時は必ず何とかしてくれる。まるでトランプのワイルド・カードみたい……」

 ルシオラがそっと肩を寄せてきた。
 俺はルシオラの肩に手を回すと、そのままルシオラを抱きしめた。

「期待して、待っているからね」

 俺の胸の中で、ルシオラがそうささやいた。



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