君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(13)




 ヒュンヒュンヒュンヒュン

 俺たちの乗ったヘリコプターが、大氷原の真ん中に着陸した。

「……どうやら着いたみたいね」

 東京を出発した俺たちは、政府の用意したチャーター機に乗って南極へと向かった。
 前回は蛍の姿をしたルシオラが案内したが、今回はベスパの眷族(けんぞく)が俺たちを南極へと案内した。

「……誰か先に降りなさいよ。到着よ」
「お先にどうぞ」

 美神さんとエミさんが、不毛な会話を続けている。

「じゃ、俺から降ります」

 前回は俺も一緒になってぐずっていたが、先の流れがわかっているから、今回は躊躇(ちゅうちょ)しなかった。




 キィィーン!

 ベスパの眷族(けんぞく)が光を発し、それとともに目の前の空間が大きく(ゆが)み始めた。

「!!」

 空間の(ゆが)みが広がると、その先に周囲とまったく異なる風景が広がった。
 凍っていない荒地の上に、天高くそびえる巨大な塔が出現する。

「バベルの塔か……」
「異界空間に、こんな巨大な構造物を……」

 唐巣神父とピートが、感嘆の声をあげた。

「遅かったね。待ちくたびれたよ」

 ふと気がつくと、目の前にベスパとパピリオの姿があった。

「ベスパ! それにパピリオ! お前たちも無事だったんだな」
「黙れ、裏切り者!」

 ベスパが俺に向かって罵声(ばせい)を発した。
 だがここは反論せずに、ぐっと(こら)える。

「ルシオラの姿が見えないね……。やはりダメだったのか」
「『10の指令(テン・コマンドメント)』は俺たちが解除した。ルシオラは生きている」

 俺の言葉を聞いたベスパとパピリオは、一瞬顔色を変えた。

「ルシオラちゃんは、生きてるんでちゅか!」
「喜ぶのはまだ早いよ、パピリオ。ポチが本当のことを言っているか、まだ信じられないからね」

 ベスパとパピリオは、期待半分・疑い半分といった表情をしていた。

「事情があって、ルシオラはここには連れてこなかった。だが事件が片付けば、ルシオラともまた会えるさ」
「私たちはルシオラに会えるだろうが、お前たちはここでアシュ様に始末されると思うけどね。まあ、いいさ。ついてきな!」

 俺たちはベスパのあとを追って、異界空間の中に入った。

「異空間の中は、暖かいわ〜〜〜〜」
「とりあえず、このブサイクな服は脱げそうね」

 冥子ちゃんとエミさんが、防寒服を脱ぎ始める。
 残りのメンバーも身動きを軽くするため、防寒服を脱ぐことにした。




 ゴオオオオッ

 俺たちの目の前で、巨大な岩の(とびら)が上がっていった。

「横島クン、これからはちゃんと私の(そば)にいるのよ」

 美神さんが俺に話しかけた。
 俺はコクリとうなづく。

「止まれ!」

 塔の入り口で、ベスパが口を開いた。

「この先は、美神令子ひとりだ。こい!」

 ベスパが美神さんの手を引っ張った。
 それと同時に、上がっていた岩の(とびら)が落下してくる。

「いかん! 彼女と横島クンを離すな!」

 西条が俺の後ろで叫ぶ。
 だが俺は西条の言葉より一瞬早く、塔の中へと飛び込んでいった。







 勢いよく塔の中に飛び込んだ俺の前に、黒い壁と大きなガラス窓が急速に迫った。

「おおっと!」

 俺は(あわ)てて、床の上で急ブレーキをかける。

「ふーっ」

 俺はガラス窓にぶつかる寸前で停止した。
 うかつにガラス窓の中に飛び込んでいたら、前回と同様、宇宙のタマゴの中に入ってしまうところだった。

「無茶するね、ポチ。もしガラスの中に突っ込んでいたら、(さが)すのに手間がかかっていたよ」
(さが)すのが手間って、この中はどうなっているわけ?」

 美神さんが、ベスパに疑問をぶつけた。

「この中には、宇宙のタマゴが入っているのさ」
「宇宙の……タマゴ?」
「このタマゴは新しい宇宙のひな形さ。うかつに近づくと別世界に引き込まれてしまうんだよ」
「新しい宇宙って、まさかこれが全部そうなの!?」

 美神たちのいる通路の端から、それこそ何千個もの楕円(だえん)形のガラス窓が視界に入った。

「とにかくポチ、お前は外へ出ろ! 美神令子だけを連れて来いという命令だ」
「待った! そうはいかないわ!」

 美神さんとベスパが俺の両腕を(つか)み、両方からグイグイと引っ張った。

「そっちの頼みをきいて、わざわざやってきたのよ。そう何もかも、あんたたちの言いなりにはできないね!」
「立場がよくわかっていないみたいだね。この場で決着をつけてもいいんだよ」

 殺気のこもった眼差(まなざ)しで、ベスパが俺の顔を見据(みす)える。

「あの時はルシオラに邪魔されたけど、今度はそうもいかないようだね」
「……仕方ないわ。やるわよ、横島クン!」

 その時、頭上から声が響いてきた。

『かまわんよ、ベスパ!』
「アシュ様……」
『彼らの言い分はもっともだ。私を倒すために、何か準備をしてきたようだしね。人間の身で何をするのか私も興味がある。二人とも連れてきたまえ。私の専用通路を使うといい』

 突然俺たちの眼前に、異空間へと続く(とびら)が現われた。

「よし、中に入れ。美神令子とポチ」

 俺と美神さんは、その(とびら)の中に入っていった。




 (とびら)の異空間の先は、石畳(いしだたみ)()き詰められた大広間の真ん中へとつながっていた。
 そこは数十メートル四方の広さがあり、そして正面には石でできた階段があった。
 そして階段の上の広間に、黒色のマントを身にまとったヤツの姿があった。

「アシュ様、メフィスト──いや、美神令子が参りました」

 アシュタロスの足元にいる土偶羅が、そう告げた。

「……神は自分の創ったものすべてを愛するというが、低級魔族として最初に君の魂を作ったのは私だ」

 アシュタロスはこちらに歩み寄り、階段の上でその歩みを止めた。

「よく戻ってきてくれた、我が娘よ。信じないかもしれないが、愛しているよ」

 美神さんの足が、突然ガクガクと震えはじめた。

「大丈夫ですか、美神さん」
「か、体中の力が抜けていくわ……なぜ!?」
「おまえは私の作品だ。私は『道具』を作ってきたつもりだったが、おまえは『作品』なのだよ。この違いがわかるかな?」

 アシュタロスが、威厳の中にも優しさをにじませながら、美神さんに語り続けた。

「道具は目的のために機能するだけの存在だ。一方『作品』には作者の心が反映される。意図しようがしまいがね」

 美神さんの足の震えが、いっそう強くなる。

「千年前、おまえにやられた時には屈辱(くつじょく)を感じたが、あとでそれに気づいて私は嬉しかったよ。私もまた造物主に反旗を(ひるがえ)す者。おまえは私の子供、私の分身なのだ!」

 アシュタロスはマントを(ひるがえ)し、階段の下まで一気に跳躍(ちょうやく)した。

(ひと)り戦い続ける私の孤独を、おまえという存在がやわらげてくれる。私は創造する喜びを知った。──戻ってこい、メフィスト! 私の愛が理解できるな!」

 アシュタロスが美神さんに向かって差し伸べた手から、膨大(ぼうだい)な霊波が発せられる。
 その霊力の波が、美神さんの全身を包み込んだ。

「!!」

 アシュタロスの霊波に包まれた美神さんの目が、一瞬大きく開かれた。

「ア……アシュ様!」

 これは大きな賭けだ。今の時点でアシュタロスの行動を(さまた)げることは、まず不可能である。
 ただ美神さんが前回と同じ行動を取るかどうか、俺にも完全な自信はなかった。

「前世の記憶を取り戻したんだ。こいつは美神令子であると同時に、かつてアシュ様の部下として造られた魔族メフィスト・フェレスなのさ」

 俺の横で、ベスパがそうつぶやいた。

「おまえの裏切りを私は許そう。おいで、我が娘よ」

 美神さんが、ふらりと足を前に進めた。

「美神さん!」
「……正気を失っているわけじゃないのよ、横島クン。ただ、全部思い出しただけ」

 美神さんはおぼつかない足取りで、アシュタロスの前に進んだ。

「遠い昔、私がメフィストだったこと。その頃の私は、アシュ様が絶対の存在だった。そのアシュ様に捨てられた私は、前世のあんたに優しくされて……そしてあなたを愛した。そうよね、高島殿」
「た、高島!?」

 俺は少々面食らった。前回、美神さんはこんな台詞(せりふ)(しゃべ)っただろうか??

「でも、そのアシュ様が私を許してくれるって。愛してくれるって。だから、私は……」

 だが美神さんは、アシュタロスの一歩手前で立ち止まると、大きな声で叫んだ。

「ざけんな、クソ親父!!!」

 その場で勢いをつけると、美神さんがアシュタロスに向かってヘッドバットを食らわせた。

「いくら私を造ったからって、好きになった男を目の前で殺されて、平気でいられるとでも思ってるの!? 冗談じゃないわよ! 思い出した以上、なおさらアンタをぶっ殺す!」
「ほう、さすがに私が造っただけのことはあるよ。ますますいいね」

 アシュタロスが、ニヤリとした笑みを浮かべた。



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