君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(14)




「手を出すなよ、ベスパ」

 アシュタロスをかばうように、一歩前に出ようとするベスパをアシュタロスが押しとどめた。

「私は試してみたい」

「は?」

「もしあれが私を倒すほどのものなら、私は……。いや、そんなことはあるまいがな」

「……アシュ様?」

「いいだろう。やってみろ、メフィスト! 私を倒す以外に、おまえには未来が無いのだからな!」

 アシュタロスが美神さんの正面に立った。

「いくわよ、横島クン!」

「はいっ!」

 俺は『同』『期』の文珠を手にし、発動させた。

「合体!」

 文珠が輝き始めた。俺の全身が文珠から発する光で、すっぽりと包み込まれる。
 そしてその光が美神さんの体に吸い込まれ、俺と美神さんは一つとなった。

 カッ!

 合体した美神さんの体から、膨大(ぼうだい)な霊波がほとばしる。

「なっ、何、このパワーは!」

 自分の力をはるかにしのぐ霊力に(おどろ)いたベスパは、思わず手で顔をかばった。

「霊力を同期し、共鳴させたのだ。考えたな」

 だがアシュタロスは、冷静さを失なわず悠然(ゆうぜん)と立っていた。

「『竜の牙』と『ニーベルンゲンの指輪』を一つの武器に! どうせ長くは持たない。速攻で決めるわよ!」

「はいっ」

 この技は、同期が進むほど力が増す。
 だがシンクロが進めば進むほど、とろけるような快感が俺の全身を包み込んだ。
 魂と魂が直に触れているのだ。
 しかも美神さんは女である。女性の本質の部分に触れ、それに全身を包み込まれる……この感覚は言葉で説明するのが難しい。
 前回の時も含め何度か経験しているが、俺は自分を見失わないよう必死で堪えた。

「これが私たちが手に入れうる、最高のオカルトパワーよ!」

 合体した美神さんの右手に、『竜の牙』と『ニーベルンゲンの指輪』を合わせてできた刀が装着された。
 合体している時は、表に出ている方が体を操る。
 俺ができることは戦闘の補助と、霊波をシンクロさせパワーを引き出すことだけだ。

「アシュタロス! 今すぐ極楽に行かせてやるわ!」

 美神さんは刀を振りかざし、一気にアシュタロスの懐に飛び込んだ。
 その神速ともいえる速さは相手に防御させる間も与えず、一気に相手の胸を突き刺す。

「横島クン、出力を最大に! このままぶった斬るわよ!」

「……おまえも、しょせんその程度か。メフィスト」

 ブン!

 アシュタロスが合体した俺たちの体を、片手でなぎ払った。

「キャアッ!」

 合体した体が床に叩きつけられた。
 受身もとることができず、広場の反対側まで弾き飛ばされてしまう。
 しかもその衝撃で、合体が解けてしまった。

「全然ダメ!? 最後の賭けだったのに……」

「おまえを過大評価しすぎたようだ。もう、これまでにしよう」

 アシュタロスの右手に、霊力が集まりはじめた。

「横島クン、ごめん。もうこれまでね。また、あなたを助けられなかった……」

 美神さんが俺の方を振り向き、(いつく)しみを含んだ眼差しで俺の顔をみつめた。
 メフィストの思いも混じっているのだろうが、あの美神さんがこんなに優しい顔を見せるなんて、俺は少し(おどろ)いた。

「でも、一緒に終わるのも悪くないかも……」

「大丈夫です、美神さん。戦いはこれからですから」

 俺はニヤリと笑うと、手にしていた文珠を発動させた。
 俺の体が光に包まれ、顔を除いてアシュタロスそっくりの姿に変化した。

「あっ!」

 俺は床の上に伏せた姿勢から一気に跳躍(ちょうやく)し、美神さんの体を抱きかかえた。
 すかさずその場からもう一度()ねると、一瞬遅れてアシュタロスの特大霊波砲が俺がいた場所をなぎ払っていた。

「横島クン、その姿は……」

「文珠でヤツの能力をコピーしたんです! 今なら、ヤツと互角に戦うことができます」

 俺は美神さんを下ろすと、アシュタロスと対峙した。

「いいね。アイデアとしては悪くない」

「とりあえず、あんたの力を試させてもらうよ」

 俺はアシュタロスの(ふところ)に飛び込むと、胸と腹に一発ずつパンチを叩き込んだ。
 アシュタロスは俺の手を掴んで振り飛ばしたが、俺は空中で回転し、なんなく着地する。

「……そろそろかな」

 アシュタロスがニヤッと笑った。

「ぐっ!」

 俺は胸と腹に激痛を覚えた。

「横島クン! その作戦は私もママも思いついたけれど、放棄したのよ。
 相手の状態をシミュレートしているから、相手に与えたダメージがそのまま自分に返ってきてしまうわ!」

「つまり攻撃すれば自分もダメージを。そして受けた攻撃は──」

 今度はアシュタロスが間合いに踏み込み、一発ぶちかましてきた。

「そのまま、君のダメージとなるのさ!」

 アシュタロスの一発を顔面に受けた俺は、床に倒れてしまう。

「人間にしては知恵が回るようだが、しょせんはその程度のものさ。まだまだ私の相手では──」

「どうかな、まだ勝負は終わってないぜ」

 俺は立ち上がると両手を突き出し、手の先に霊力を集中させた。

「この一発を受けても同じセリフが言えるか、聞いてみたいもんだな」

「!!」

 ズドドドドーーーン!

 アシュタロスに向けて、俺は超強力な一発を発射した。
 アシュタロスは、ガードもせずにジャンプして攻撃をかわす。

「貴様!」

「さすがだな、気がついたか。一発であんたを倒せば、文珠の変身が解けるからダメージは返ってこない。
 くたばるのは、あんだだけって寸法さ」

 俺は指先に霊力を集めると、連続して霊波砲を発射した。
 アシュタロスは、単独で神・魔界の干渉を封じるほどの力をもっている。
 この一発にも想像を絶するほどの力が込められているが、連続して攻撃してもさほど支障がなかった。

 ズドン! ズドドドドド……

 俺は必殺の霊波砲を撃ちつつ、アシュタロスを徐々に部屋の(すみ)へ追いこんでいく。

「これで終わりだ、アシュタロス!」

 部屋の(すみ)に追いこまれ、逃げ道を失ったアシュタロスに、俺はとどめの一撃を放とうとしたが──

「アシュ様、逃げてください!」

 今まで戦いを見守っていたベスパが、全力で俺に体当たりしてきた。
 ベスパの捨て身の体当たりで、俺は姿勢を崩してしまう。

「アシュ様! ここはいったん引いて、スリープモードに入ってください。それでポチは元に戻ります」

「……」

「アシュ様の目的が何かは存じませんが、ここで倒れるわけにはいかないはずです。私が時間を(かせ)ぎます!」

「わかった。今はおまえを信じよう、ベスパ」

 アシュタロスが素早い動きで、この部屋の出口へと向かう。
 俺はあとを追おうとするが、両手を広げたベスパに行く手を阻まれてしまった。

「今のおまえと私では、とても勝負にはならないけどね。だがたとえ死んでも、アシュ様の邪魔は絶対にさせない!」

「……」

 ベスパの死を覚悟した顔つきを見て、俺はくるりと背を向けた。

「……どこへ行く? 私と戦わないのか!」

「俺には、おまえを殺す気はないよ、ベスパ」

 俺は呆然と立っている美神さんを小脇に抱え、塔の外に向かうアシュタロス専用の通路を開いた。

「戦わない以上、あとは逃げるしかないだろ」

「おまえ……いったい何を考えている!?」

「さあな。だが、いずれ決着をつけるさ」

 美神さんを脇に抱え、俺は通路の扉に飛び込んでいった。




「我が名はアシュタロス。封を解け!」

 俺はまっしぐらに塔の入り口に向かうと、扉の封印を解除した。
 もたもたしていたら、前回と同様、文珠の効果が切れてしまう。

 ゴゴゴゴ……

 巨大な岩の扉が上に開いた。俺はすかさず、外へと飛び出す。
 門の外では、他のメンバーが俺たちを待っていた。前回と同様、パピリオが薬で眠らされている。

「閉門せよ!」

 たぶん来ないと思うが、万が一ベスパが後を追ってきても外に出られないように、俺は門を閉じた。

「横島、おまえ……」

 外で待っていた雪之丞が、俺を指差した。

「ああ、この姿か? 文珠でアシュタロスの能力をコピーしたんだ」

「そうじゃなくて、美神の大将が……」

 そういえば、さっきから美神さんを抱えっぱなしだった。
 美神さんもおとなしく俺の体にしがみついていたから、全然気にならなかった。

「ちょ、ちょっと! もういいでしょ、横島クン」

 美神さんが顔を真っ赤にしながら、俺の腕の中でもがいた。
 俺が美神さんを地上に下ろしたところで文珠の効果が切れ、元の姿に戻った。

「そうだ、ヒャクメに連絡を取らないと。通信鬼!」

 俺は通信鬼を呼び出すと、ヒャクメを呼び出した。

「ヒャクメ!」

「横島さん、大変! 潜水艦からミサイルが発射されたわ!」

「間に合わなかったか」

 俺はドクター・カオスの姿を探した。

「カオス! パピリオを起こせるか?」

「薬で眠らせたばかりだからな。薬の効果が切れるまで、あと数時間はかかる」

「仕方がない。ルシオラを呼ぶか。ルシオラ、聞こえるか!」

 俺は通信鬼でルシオラを呼び出した。

「聞こえるわ、ヨコシマ」

「今からルシオラをこっちに呼ぶ。準備してくれ」

「今すぐでも大丈夫よ」

 俺は『召』『喚』の文珠で、ルシオラをこちらに転移させた。

「ルシオラ、時間が無い。パピリオを起こして、ミサイルをこちらに反転させてくれ」

「わかったわ!」

 ルシオラは蝶の姿に戻ったパピリオを受け取ると、霊力でパピリオを起こそうとした。

「パピリオ、起きて!」

「むにゃむにゃ。ルシオラちゃん、帰ってきたんでちゅか」

「ミサイルを呼び戻しなさい。ア……アシュ様の命令よ!」

「え〜〜アシュ様〜〜。わかったでちゅ〜〜。ミサイルをこっちに向ければいいんでちゅね」

 そこまで言うとパピリオは、またぐーぐーと眠りこんでしまった。

「横島さん! ミサイルが反転してそちらに向かっているわ!」

 通信鬼の向こうから、ヒャクメの声が聞こえてきた。

「こっちに!? それはつまり……」

 一同が、お互いに顔を合わせる。

「逃げるんだ! 異界空間の外に出れば助かる!」

 西条の声で俺たちは、外に向かっていっせいに走り出した。




 全速力で走っていると突然目の前の風景が変化し、肌を切るような冷たい空気に包まれた。
 背後を振り返ると、天高くそびえたっていた塔が姿を消していた。
 どうやら異界空間の外に出たようだ。

「ヨコシマ、岩陰に移動して! 空間は閉じたけど、衝撃波は漏れてくるはずよ」

 ルシオラが俺に向かって叫んだ。衝撃波も心配だが、まずはこの寒さを何とかしたい。

「みんな、こっちに来るんだ!」

 皆が集まったところで、俺は『結』『界』の文珠を発動した。
 文珠の結界で、皆を冷気と衝撃波から保護をする。

「きたわ!」

 ルシオラが空を指差すと、多数のミサイルが塔のあった場所めがけて飛来してきた。

 カッ! ズズズーーーーン!

 ミサイルが着弾し、閃光が一瞬こちらの空間にまで漏れてくる。
 そして次の瞬間、すさまじい衝撃波が襲ってきた。

「ヒュ〜〜〜〜〜〜〜〜!」

「文珠の結界がのぉたら、危なかったんジャノー」

 雪之丞とタイガーが、安堵の声を漏らした。

「いくらアシュタロスでも、あれではひとたまりもないわね。作戦終了だわ」

 美神さんは勝利を確信していたようだが、俺はその言葉を少しも信じていなかった。
 多少の違いはあったものの、結果はほぼ前回と同じである。
 まもなく、第二ラウンドが始まるだろう。
 こんどこそ、決着をつける──。俺はその場で、拳をギュッと握り締めた。



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