君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(16)




 病室の中は、重苦しい雰囲気に包まれた。
 いや、重苦しさを感じているのは、俺だけだろう。
 部屋の中にはニコニコと笑っているルシオラと、不機嫌な様子でジロリと俺をにらむ美神さんの姿があった。
 パピリオもぶすっとした表情をしているが、これはまた別の理由のようだ。

「……話はわかったわ。とりあえず無事釈放されたってわけね」

「そうです。特に行くあても無いし、まずはヨコシマに会いたいと思って、西条さんにこの病院の場所を聞きました」

「詳しい話は、西条さんから聞いたほうがよさそうね。とりあえず、事務所に移動しましょう。
 西条さんも来てもらうように、連絡しておくわ」




 俺たちが事務所に着くと、まもなく西条もやってきた。
 とりあえずルシオラとパピリオには別室で待ってもらい、俺と美神さんとおキヌちゃんだけで西条の話を聞くことにする。

「……つまり、ルシオラとパピリオはアシュタロスに強制的に協力させられていたから、
 アシュタロスから解放された今、自由にしても問題ないってわけね」

「そのとおりだ、令子ちゃん。ただ神界との接触が回復していない現時点では、
 交流のある特定のGSの保護観察下にあるのが望ましいと。スジがとおっているだろ?」

「よーするに、横島クンが面倒を見れば釈放ということね」

「それとも、何か気に入らないのかな、令子ちゃん。たとえば()ける──とか」

 西条が、ニヤリとした笑みを浮かべた。

「そ、そんなことあるわけないでしょ!」

「じゃ、決まりだね。横島クン、二人を頼むよ」

 西条が俺の肩をポンと(たた)いた。
 まったく有能なのはいいんだが、下心がみえみえなんだよな。
 今回は美神さんの気持ちを考えると、俺も素直には喜べなかった。

「あのー、お話しは終わりました?」

 そっとドアが開けられ、ルシオラが部屋の中に顔をのぞかせてきた。

「私たち、ヨコシマの部屋に戻っていいのかしら?」

 ルシオラは、白のワンピースにチェックのカーディガンを着ていた。
 軽やかな笑顔が、今の俺にはとてもまぶしく見える。

「いいコじゃないか。幸せにしてやりたまえ」

「あ、ああ」

 西条が俺の耳元で、そうささやく。
 どこまでもキザなヤツだが、今回ばかりはうなづいてしまった。

「で、でも、それってつまり、一緒に住むってことでしょう?
 横島さんは高校生ですよ。つまり……その……もし間違いがあったら……」

 おキヌちゃんがおろおろとしながら、口をはさんできた。

「何を言っているんだ。彼女は人間じゃないんだよ。一緒に住もうが何しようが、法的には全然オッケーさ!」

 前回はビックリしておろおろするだけだったが、あらためて聞きなおすと、論理に一部の隙もない。

「有史以来、人間と神族や魔族が結婚した記録は、いくらでもある! 大いに間違いたまえ、横島クン!」

 フハハハハッと、西条が高らかに笑った。
 西条よ。下心も含めてお前の気持ちはよくわかる。しかし今回も、前回と同じ(てつ)()んでしまったようだ。




 ドタン バタバタ ガーッ バサバサッ

「や、屋根裏部屋、何とか使えそうですねっ!」

「やっぱ横島クンのアパートじゃ狭いもんねっ! もう大丈夫よ、あんたたち」

 おキヌちゃんと美神さんが、大急ぎで屋根裏部屋を片付け終えた。
 二人とも休まずに掃除をしたためか、肩で大きく息をしている。

「ま、待った! なにも屋根裏部屋でなくてもいいだろう。なんならGメンの経費で、横島クンとの新居を用意するが」

 (あわ)てた西条が、小声でルシオラに提案をもちかけた。

「いいえ、ここが気に入りました。ありがとう」

 前回はこの時にひどくがっかりしたが、今回はそうでもない。
 ルシオラとの同棲(どうせい)には心引かれるものがあるが、今の俺には別の思惑があった。

「あの、美神さん。俺も事務所に泊まりこんでいいですか?」

「事務所って、もう空き部屋はないわよ。まさかここで同棲をはじめようなんて、考えていたりしないわよね」

 美神さんは、アンタ何を考えているのという目つきで、俺を睨んだ。

「そんなこと考えてないッス。俺が寝るのは事務所のソファーでいいですよ。
 アシュタロスがどうなったかはっきりするまで、固まっていた方がいいと思ったんです。
 できれば、美神さんもしばらく事務所で生活しませんか?」

 これが今回の俺の作戦である。
 前回アシュタロスは、美神さんのマンションを襲撃(しゅうげき)してきた。
 一人でいると狙われやすいが、俺たちが固まっていれば相手も手を出しにくいだろう。

「……そうね。ルシオラたちの保護観察もしなくちゃいけないし、しばらくは目の届く場所で生活した方がいいかもね」

「じゃあ、ちょっと荷物を取りにいってきます」

「ちょっと待って。私も荷物を部屋に取りにいくから、ついでに車で送っていくわ」

 別に電車で移動してもかまわないのだが、車の方が便利なので、ここは美神さんの好意に甘えることにした。




 事務所を出た俺と美神さんは、まず美神さんの部屋に寄ったあと、俺のアパートに移動した。
 案の定、ドアや窓には『人類の敵!』『裏切り者』『死ね』などの落書きがされている。
 いまさら腹を立てても仕方がないが、誰もわかってくれないのは少々悲しい。

「仕方ないわねー。あんた一時は敵の仲間だったしね」

 背後から美神さんが、(なぐさ)めの言葉をかけてくれた。その言葉に俺は、少しだけじわっときてしまった。




「横島クン、あんた本当に変わったわねー」

「隊長にも言われました」

 俺の部屋を出たあと美神さんは事務所に戻らず、夕方の首都高を爆走していた。

「事務所には戻らないんですか?」

「事務所に戻ると、いろいろやらなきゃいけないことが待ってるでしょう。ちょっとだけ、気分転換♪」

 俺と美神さんの乗るACコブラは、環状線から湾岸線へと進み、そのまま千葉方面に向かっていった。

「横島クン、あっちで何があったの?」

「あっちって、何の話です?」

「あんたがルシオラたちに捕まったあとのことよ」

「あっちでの出来事は、隊長に報告したとうりですけど……」

 俺が捕まっていた時の行動については、Gメンに報告してある。
 もっとも周囲から疑念を持たれないよう、多少ごまかしている部分もあるが。

「やっぱりあのコのため? 横島クンが頑張(がんば)っているのは」

「えーと、そうかもしれないですけど、そればっかりでは……。いちおう任務のことも考えてますよ」

「ウソばっかり」

 美神さんがクスクスと笑った。

「やっぱり俺って、そういう人間に見えるんですかね」

「まぁ、今までが今までだったからね。でも最近は、少し違って見えるけど」

「そうですか」

「そうよ。でも今の横島クン、感じとしては悪くないわ。ちょっと離れていだけなのに、ずいぶん大人びたのね」

 未来から戻ってきてからルシオラたちに拉致(らち)されるまで、美神さんとは数日しか接触していない。
 その間は昔の自分を演じていたから、美神さんが俺の変化に気づいたのは、やはりこちらに戻ってきてからなのだろう。

「あのね、昨日の件なんだけど……」

 美神さんの口調が、少し固くなった。

「す、すみません。まだ心の整理がつかなくて……」

「いいのよ。いま返事をもらおうなんて思ってないから。ただ、言っておきたいことがあって」

「なんですか?」

「昨日のことは、別に前世の記憶が戻ったからだけじゃないのよ」

「へっ!?」

「私は強い人が好きなの。ひょっとしたら、ママの影響なのかな……」

 やっぱりそうだったのか。美神さんこれだけ美人なのに、あまり男を寄せ付けなかった理由がやっとわかった。

「子供の頃に西条さんにあこがれていた時もあったけど、それは身の回りにいる男性で一番強かったのが
 西条さんだったからかな? 正直言って今の西条さんには、お兄ちゃんって気持ちしか()かないのよね……」

 未来でも美神さんは、結局西条とはつきあわなかった。
 西条の方は、ずっと美神さんに未練をもっていたみたいだが。

「横島クンが腕を上げていたことは薄々(うすうす)気がついていたけど、それを認めたくない自分があったのね。
 それが南極に行く前に横島クンと勝負した時、完全に打ち負かされちゃったのがすごいショックだったの」

 まぁ前回もギリギリ引き分けにもちこめたから、今回は文珠無しでも負けないだろうとは思っていた。

「本当は弱い自分を認めたくないだけかもしれない。
 横島クンを好きになることで、自分の気持ちをごまかしているだけかも。
 そんなことを考えているうちに、急に前世の記憶が戻っちゃって……」

「美神さん……」

「ごめんね、横島クン。私もまだ、自分の気持ちがきちんと整理できていないのよ。
 だから横島クンの気持ちも考えずに、自分の思いを告げちゃった。私って、本当にわがままよね」

 俺は言うべき言葉が見つからなかった。
 逆行する前にいろんな事態を予想していたが、こればかりは全く想定外だった。

「そろそろ事務所に戻らないとね。あまり遅くなると、みんなに心配かけちゃうから」

 ドライブからの帰り道、俺と美神さんは何も(しゃべ)らなかった。



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