君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(17)




 翌日、俺は久しぶりに学校にいった。

「聞いたぞ、横島! 事件解決はおまえの活躍が大きかったんだってな」

「敵の仲間になったなんて、俺はちっとも信じてなかったぜ」

 クラスメートたちが集まってきて、俺に声をかけてきた。しかし……

「あのなー。それじゃあ、なぜ俺の机に落書きがあるんだ!?」

 『バカ』『アホ』『死ね』など小学生のような悪口が、油性のマジックでいたるところに書かれていた。

「な、なぜかしらね?」

 愛子をはじめ俺の周りにいた連中が、くるりと背を向ける。

「そりゃーゼータクってもんですノー、横島サン」

 タイガーが背後から声をかけてきた。

「ワシなんか……。あの場で一緒に戦ったのに、出番もセリフもちょびっとしかなかったんジャー!」

 そんなこと、俺に言われてもなぁ。
 仕方ないじゃん。メインで戦ったのは、俺と美神さんなんだし。

「ど、どうせ、どうせワシなんか、ただの脇役なんジャーー!」

 タイガーが窓から空に向かって思いきり(さけ)んでいたが、ふいに(だま)り込むと地上に視線を向けた。

「横島サン、ちょっと……」

「どうした、タイガー?」

 俺はタイガーの横に駆け寄ると、タイガーが指差す先を見た。

「ル、ルシオラ!」

「あっ、美人。ひょっとして、横島クンの彼女?」

 いつのまにか愛子が俺の隣に来ていた。タイガーと一緒になって、ルシオラを眺めている。

「横島さんに会いに来たんじゃないんですか?」

「そうかもなあ、ピート」

 前回は、てっきり美神さんたちのイジメに会ったのではと思い込んでしまったが、たぶん(さび)しさに耐えかねていたんだろう。

「ごめん。今日は早退するわ」

 教室を出ていく俺の背後から、「女のいるヤツは敵じゃ〜〜」と(さけ)ぶクラスメートたちの声が聞こえてきた。
 ふっ、なんとでも言え。悔しかったらお前らも、美人の彼女をつくってみろってんだ。




「ヨコシマ!」

 ルシオラは(さび)しそうな表情で校門の柱に寄りかかっていたが、俺が来たのに気がつくと、嬉しそうに微笑(ほほえ)んだ。

「いいの? 終わるまで待っているつもりだったんだけど……」

「そんなことより、どうしたのさ?」

「なんか、まだ居場所がなくて……ね」

 ルシオラはどこか影のある顔つきをしていた。

「とりあえず、どこか行こうか?」

 俺はルシオラの手を取ると、学校をあとにした。




「イジメじゃないよね?」

「まさか。美神さんもおキヌちゃんも、そんなことはしてないわ」

 街を少しぶらついたあと、「夕陽が見たい」というルシオラの言葉を聞いた俺は、東京タワーの展望台へと移動した。
 そういえば二人で東京タワーに来たのは、これが始めてだったな。

「じゃあ、なんで?」

「私たち、こないだまで人間なんか、なんとも思ってはいなかったのよ。
 今だって、表面は愛想よくしているけど、まだすぐにはなじまないわ」

 ルシオラは展望台の上で、膝をかかえながら腰を下ろしていた。

「そんなの平気だって。美神さんだって、他人のことは屁とも思ってないし」

「でも、もし私がその気になったら、人間の何百人くらいすぐに殺せるし。怖くない?」

「美神さんも怒らせると怖いから、あんまり気にならない」

「美神さんか……」

 顔をうつむかせて考え込んでしまうルシオラの姿を見て、俺は自分の過ちに気がついた。
 こんな時に美神さんの話をするなんて、本当に俺ってデリカシーがないよな。

「なあ、ルシオラ。ルシオラは俺を殺そうと思ったことはある?」

「いくらなんでも、それはないわ」

「じゃあ、俺の周りの人たち……たとえば美神さんやおキヌちゃんは?」

「それもないわよ」

「それなら大丈夫さ。俺はルシオラを信じているよ。それでいいじゃないか」

 俺は背を丸めて座っていたルシオラの肩を、ポンと(たた)いた。

「ヨコシマ……」

 背後を振り返ったルシオラの目じりには、半分涙が溜まっていた。
 俺はルシオラの背後から手をまわし、背中からルシオラをぎゅっと抱きしめる。

「大丈夫だって。まだ今の生活に慣れてないだけさ。それに俺がついているよ」

 俺は胸にルシオラの体温を感じながら、沈みゆく夕陽をルシオラと一緒に眺めていた。




 やがて夕陽がビルの谷間の下に沈んでいき、あたりにはネオンが灯りはじめた。

「夕陽、沈んじゃったね」
「ああ」

 俺は立ち上がると、ルシオラの手をとって引っ張りあげた。

「このまま帰る?」

「せっかくだから、少し遊んで帰ろう」

「でも、私……」

「いいって。たまには気分転換も必要さ」


 俺とルシオラは東京タワーを降りたあと、事務所の近くの盛り場へと足を運んだ。

「ヨコシマ、あれ取って、あれ!」

「はっはっは。『クレーンゲームの忠ちゃん』に(まか)せなさい!」

「ヨコシマ、クレープってけっこうおいしいね♪」

「ははは……。俺そろそろ、甘いものは勘弁して欲しいんだけど」

 ファーストフードを食べたり、ゲーセンのはしごをしたりしながら、俺とルシオラは楽しい一時(ひととき)を過ごした。


「楽しかったね」

「ああ」

 ひとしきり遊んだあと、俺とルシオラは事務所に戻ることにした。
 帰る途中、俺はさりげなくルシオラの手を握っていたりする。

「たまには、こうやって遊ぶのもいいわね。また時間が作れればいいけど」

「そうだな。しばらくは難しいかもしれないけれど、すべてが終われば何度でも遊びに行けるさ」

「『すべてが終われば』って、どういう意味なの?」

 俺の言葉に疑念を感じたのか、ルシオラが歩きながら俺の顔をのぞき込んできた。

「えっ!? あ、ああ。なんでもないよ」

 ルシオラは納得し切れていないような顔をしていたが、それ以上は追求してこなかった。
 リラックスし過ぎて、危ない橋を渡ってしまうところだった。
 いつかは、俺の秘密を全部打ち明ける時がくるだろう。ただ、今はまだ、その時ではないと感じていた。







「ただいまー」

「いったいどうゆうこと!」

 その次の日、学校から帰ってきて事務所のドアを開いた時、俺の耳に美神さんの怒鳴(どな)り声が聞こえてきた。

「すみません、私が責任を……」

「保護観察中の魔族に、責任が取れるわけないでしょ!
 あんな事件の後で何かあったら、GS本部はすぐに処分を命じてくるわよ」

 そういえば、そろそろだったな。
 一応、美神さんに聞いてみるか。

「処分って、いったい何があったんですか。美神さん」

「あのね、パピリオが脱走したのよ!」

「私がいけなかったの。強引に連れ出しておいて、あのコの気持ちを考えずに、自分のことだけにかまけていたから……」

 ルシオラは普段着ではなく、バイザーをかぶり、戦闘用のコスチュームを身につけていた。

「パピリオには、人間はまだ敵なのよ。早く捕まえないと」

「しかし、あいつどこに行ったんでしょうね?」

「どこに行ったかまではわからないけど、何をするかは検討がつくわ」

「え!?」

「パピリオにしてみれば、(だま)されて敵に加勢した上に、捕虜(ほりょ)にされたのよ。
 そう考えると、やりたいことは、まず復讐(ふくしゅう)じゃないかしら」

 前回もそうだったが、この時の美神さんの推論は実に(するど)い。
 ……ひょっとして、自分にあてはめて考えているだけかもしれんが。

「まっさきにここを(おそ)いに来ればいいんだけど、他の人間を狙ったら、脱走が世間に知られてしまうわ。
 そうなれば、間違いなく処分の対象となるわね」

「大丈夫よ、ヨコシマ。もしもの時は私がパピリオを始末して、自分のことは自分で──」

「バ、バカなことを言うな!」

「ま、もう少し様子をみましょう。パピリオがまっすぐここに来ればよし。
 そうでないときは、速攻で現場に行って被害をもみ消す。今のところ、これは私たちだけの秘密に──」

 美神さんが俺たちに念押しをしたその時に、建物の外から男性の悲鳴(ひめい)が聞こえてきた。

「うわああああっ!」

「この声は……西条さん!?」

 (あわ)てて窓際にいくと、建物のすぐ外で、パピリオの眷族(けんぞく)に取り囲まれている西条の姿があった。

「ちょうどいいとこに来たでちゅね。おまえも一緒に殺してやるでちゅ」

「その声……パピリオか!? いったい、なんのマネだ!」

「いかん! ウチに来たけど、いきなり外部に()れた!」

「パピリオのやつ眷族(けんぞく)を呼んだんだわ。まずい!」

「も、文珠!」

 俺は『護』の文珠で、事務所の結界を強化させた。
 前回はパピリオの眷族(けんぞく)にあっさり侵入されて、大苦戦したからな。今回は大丈夫だろう。

「美神さんとおキヌちゃんは、事務所の中で待っててください。俺とルシオラで何とかします!」

 俺とルシオラは、急いで事務所の外に飛び出した。




「結界で守りを固めてもムダでちゅ。眷族(けんぞく)でゆっくり殺してやりまちゅ。汚らわしい人間め!」

「そんなこと許さないわよ、パピリオ! みんなおまえを助けたいと思っているのがわからないの!?」

「ジャマするなら、容赦しないでちゅよ。鱗粉(りんぷん)の結界の中じゃ、ルシオラちゃんの幻術も役に立たないでちゅ」

 鱗粉(りんぷん)の結界でルシオラの幻術を封じたパピリオは、逆に鱗粉(りんぷん)の結界の中に自らの姿を隠した。

「どこへ消えたの! これじゃ、何も──」

 俺はパピリオの姿を見失って立ち往生しているルシオラを援護するため、『炎』の文珠を投げた。

 ゴオッ!

 文珠の炎が、ルシオラの周囲にいたパピリオの眷族(けんぞく)をなぎ払う。

「ルシオラ、ここは俺にまかせろ! 何発か文珠をぶち込んで、(ちょう)の数を減らす!」

「ちっ! 目障りでちゅ、ポチ!」

 新しい文珠を手にした俺に向かって、パピリオが眷族(けんぞく)の集団を差し向けてきた。
 鱗粉(りんぷん)を吸ってしまわないよう、俺は口元をハンカチで(おお)う。だが、その時──

「横島クン、援護するわ!」

 事務所の中にいた美神さんが、外に飛び出してきた。

「危ないです、美神さん! 中に戻ってください」

「甘いでちゅ、ポチ!」

 俺が美神さんに気を取られた一瞬を、パピリオは逃さなかった。
 前回と同様、俺はパピリオの眷族(けんぞく)に一斉に(おそ)われてしまい、鱗粉(りんぷん)を吸って意識を失ってしまった。



BACK/INDEX/NEXT

inserted by FC2 system