君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(19)




》》Lucciola


 右側のスクリーンに新たな映像が映し出される。そこには、美神さんを抱えたアシュ様の姿があった。


  『この女の肉体はもう抜け殻だ。もう用はすんだ。この女、おまえたちに返すぞ』

  『気持ちはわかるが冷静になれ! 僕たちはプロのGSだぞ』
  『てめえ、よくそんなことが言えるなっ! こんな時までスカしやがって──』
  『君だけがつらいんじゃない! だが……今、忘れてはならないのは、奴がエネルギー結晶を手に入れたということだ!
   世界の危機なんだぞ! 救えるのは我々しかいないんだ!』


「そんな……私が死んでしまうの!? まだまだ稼ぎ足りないっていうのに!」
「待ってください、美神さん。まだ先があります」


  『真の目的? アシュ様は自分を強化するのが目的じゃなかったの……?』
  『アシュ様には、私たちにも秘密の計画があったのさ。
   いくら強くなっても神界・魔界のすべてを支配しきれるものじゃない。
   必ず反アシュタロスの存在が生き残る。
   だがアシュ様は、すべての争いを鎮め、天界を完全に浄化なさるおつもりなのさ。
   唯一絶対の、この世の王となることでね!』

  『土偶羅、宇宙処理装置(コスモ・プロセッサ)起動!』


「宇宙処理装置(コスモ・プロセッサ)……それは、いったいなんなの?」


  『医学的にはまだ生きていますが、時間の問題です!』
  『美神さんが、死ぬなんて……。そりゃ、あの女はわがままでイケイケで、たち悪かったけど──』


「横島クンってば、私のことをそんなふうに見ていたのね!」


  『ふだんゴーマンだけど、時々かわいいとこもあって、強くて、いい女で、俺は……』


「そうでもないじゃないですか」
「……」


  『横島! 気持ちはわかるが、おまえも手伝えっ!』
  『令子ちゃんが〜〜、令子ちゃんが〜〜』
  『どいつもこいつも、いい加減にしな!
   令子が死んだくらいで、ガタガタ騒ぐんじゃないワケッ!』
  『エ……エミちゃん〜〜?』

  『シャキッとしなっ! 取られた命なら取り返すっ!
   可能性が1%でもあれば、あのクソ女には十分よ!』


「エミ……。礼を言うべきなんでしょうけど、いつか決着をつけてやるわ!」


  『おろかな奴だ。私の予想しない早さで強襲したのはほめてやるが、
   この私に同じ手が二度通じると思ったか?』

  『演算エラー発生! 再計算の許可を、アシュ様!』
  『エラーだと。なぜだ? 試運転で問題はなかったはずだが──』

  『み、美神さん!』
  『バカな! あの女、分解されずに残留しているのか!?』

  『ベスパ、そいつらを殺せ! 私は至急、システムをデバッグする!』


「とりあえず、完全には死んでないみたいですね」
「先が気になるわ。私は復活できるのかしら? それからアシュタロスは──」


  『……ヨコシマ! アシュ様の世界支配を止めるには、やはり美神さんがカギだわ。
   そして美神さんには、おまえの助けが必要よ!
   だから──、おまえは美神さんのところに行ってあげて!』
  『ちょ……ちょっと待て! それでおまえは──』
  『私、おまえが好きよ。だから……おまえの住む世界、守りたいの』

  『見捨てて行けるわけねーだろっ! まだ死ぬな、ルシオラっ!』

  『今だ、ルシオラ!』
  『ヨコシマ……!?』
  『なっ!』
  『ヨコシマーーッ!』


「ヨコシマ! 死なないで!」
「よ、横島クン! そんな、あなたまで……」


  『……あ……あれ!? 俺は──』
  『壊れかけてた霊基構造を私のもので代用したのよ。もう大丈夫』
  『そ……それで、おまえはなんともないのかっ?』
  『平気……ってわけには、いかないわね。
   私たち魔族は、幽体がそのまま皮を被ってるよーなもんだから……
   それを大量にまびいちゃって、もう動けそうにないの』
  『大変だ……。すぐにみんなのところに──』
  『ダ……ダメ! 今はそんなヒマないわ! すぐに美神さんを助けに戻って!』

  『よ……よし、わかった……。必ず戻るから、待ってろよ! 下に降ろさなくていいか?』
  『ここでいいわ。ながめがいいし、おまえがあいつを壊せば、すぐ見えるから』

  『本当に……大丈夫だな? ウソだったら、ただじゃおかねーからなっ』
  『大丈夫……』


「ルシオラ。いくらあんたが魔族でも、死にかけた横島クンを助けるほど霊基を与えたら……」
「……」

 その先は、言われなくてもわかった。
 ヨコシマは私を助けるために命を賭け、そして私はヨコシマを生かすために──


  『ベスパは死んだぞ。おまえのためにな!』
  『おどろいたな。まさか、生きて戻ってくるとは……』

  『消えろ! 私は忙しいのだ!』

  (落ち着いて! アシュ様はおまえをまだナメているわ! かわせる!)

  『チイッ! そうか……ルシオラだな!? 貴様、ルシオラを体内にとりこんだのか』

  (相手にしちゃダメ。 タマゴの中に飛び込むのよ!)

  『ルシオラは死んだ! おまえの中に大量の霊基構造を与えたためにだ!』
  『ウ……ウソだーーっ!』

  (今よ、ヨコシマ! 今度こそ、タマゴの中に──)
  『わ……わかった』


「ルシオラ。あんた、やはり……」


  『な……なんだ、ここは?』
  (亜空間迷宮みたいね。あの装置が世界をアシュ様の望むように自由に再構築できるとしたら、
   ここにはその材料になる無限の「可能性」が詰まってるはずよ)

  『アシュタロスが言ってたこと、本当か? 俺に……霊体をゆずったせいで、死んだって……』
  (本当だと思う)
  『思うって、自分のことだろ!?』
  (今話しているのは本人じゃなくて、おまえにゆずった霊体構造に残留してる人格なのよ。
   いわば、魔物の幽霊……)

  『そうだ……復活させればいいんだ! 魂の壊れた美神さんが復活できんなら、
   おまえだって、同じことじゃねーか! まかせろ!』


「よかった。まだ可能性は残っているのね。ある意味、私と同じ立場になったのかな?」

 だが私は希望よりも、言いようのない不安を強く感じていた。
 本当に私は、復活できるのだろうか?


  『こっ、これは!? 亜空間から出られたのか?』
  (アシュ様がタマゴの中に造った世界の中の一つね)

  『うわあっ! な……なんだこれ?』
  『……よ……こし……ま……』
  『み、美神さん!』

  『や……やばい。もう魂が分解寸前だ!』


「しっかりしなさいよ、私!」


  『い……いかん。もう気合が残ってない……。このままじゃ分解しちゃう!
   だめだ死ぬなっ! この──シリコン胸!』
  『悪質なデマを流すんじゃないっ!』
  『ぶっ!』
  『はっ! ……って、あれ? ここは……?』
  『よかった……。なんとか、一時的にもちなおした』


「……横島クンも、一度ゆっくり話し合う必要がありそうね」


  『事態はほとんど泥沼ッスよ。早いとこ、なんとかしないとっ!』
  『弱気になるんじゃないの!
   千年もかけた計画がつまづきの連続……見方を変えれば、泥沼は奴の方じゃない!』

  『ここは……!?』
  『亜空間迷宮の心臓部。これで奴の首根っこをおさえたってわけよ!』
  『エネルギー結晶……』

  『OK! 魂が再生されながら外へ出てく……。逆操作成功よ! 身体に戻れる!』
  『や……やった!』
  『複雑なイメージは無理だけど、単純で強い思いなら、ここからでも現実化できる……
   ルシオラを復活して、可能ならこの装置も破壊……』


「やったわ! 私、復活!」


  『よーし、ルシオラ。今──』

  『ぐわっ!』
  『調子にのるな! 今のを見逃してやったのは、私にはもはやあの女の生死などどうでもいいからだ。
   あいつは外へ出た! 残ったおまえは、私が放り出す。泳がせるのはここまでだ!』

  『ガッ!?』
  『よ……横島クン!』
  『ジャマ者は、これですべて排除した!』
  『ジャマなのは、お互いさまよ! ケリをつけてやるわ、アシュタロス!』


「まだアシュタロスが残っているわね。それにルシオラのことが……」

 確かにそうだ。美神さんが復活できても、アシュ様もあの装置も無傷のままだ。
 このままで、アシュ様に勝てるのだろうか……?


  『私はあと一歩で、無に帰るところだったわ。
   タマゴの中をさまよっている間、私の意識は虚空の中にとけかかっていたのよ。
   その間、ずっと感じてた。この宇宙は──おまえを認めない!』

  『フ……おまえは正しいよ。宇宙を変換処理することは、非常に大きな反作用を生む。
   それがすなわち、私を排除しようとする“宇宙意思”だ』

  『おまえたちの悪運につきあわされて、もうかなり時間をムダにした。
   せっかくプロセッサが正常に戻ったんだし、遅れを取り戻すことにしよう。
   私に抵抗する、ちっぽけな最後の勢力──GSをこの世から、消去(デリート)だ!』

   バアァーーン!

  『ん?』
  『なんにも起きませんよ?』

  『こ、今度はなんだーーっ! また悪運で、セコいトラブルでも発生したのかっ!』
  『……悪運じゃねえ。
   “奥の手”を使わせてもらった。悪運じゃなくて、策略だよ。アシュタロス』
  『横島クン!』

  『そいつが俺の奥の手だ!
   これで、もうその装置はガラクタだ。エネルギー結晶をガメてやったからな!』

  『なんとなく、なんとかなったわね。アシュタロス!
   宇宙の反作用って、あんたが思ってるより、ずっと大きいんじゃないんかしら?』

  『う、うちういし……? なんですか、それ?』
  『時空の復元力のことよ。時空は変更を加えようとすると、元に戻ろうとする力が働くの』

  『今回、アシュタロスは宇宙に修復不能な形で、変更を加えようとしている。
   そこで、奴に向かって逆風が吹いているわけ』


「ホントに何とかなったわね。宇宙意思の反作用か──」


  『ちいっ! 結晶は──』
  『動くな! ちらっとでも動けば、結晶を破壊する!』
  『悪い冗談だな。そいつを壊せば、困るのは私だけではないぞ。ルシオラを見捨てるのかね?』
  『!!』
  (壊して、ヨコシマ! もうそれしかないわ!)

  『今すぐ返せば、君とルシオラは生かしておいてやろうじゃないか。
   新世界のアダムとイブにしてやろう。
   彼女は君のために、すべてを失ったのだろう?
   このまま死なせるのは、ひどすぎると思わんかね?』
  『横島クン!』
  (耳を貸しちゃダメよ! ウソに決まってるじゃない、ヨコシマ!)

  『決めろ! それを壊して何もかも台無しにするか、それともルシオラを助けるか──』

  (何を迷ってるの!? 結晶を破壊すれば、アシュ様は一気に追い詰められるのよ!
   神魔族は復活し、アシュ様は力の大半を失うわ!)
  『しかし、それでは俺の手でおまえにトドメをさすことになるじゃねーか! そんなこと──』

  (ヨコシマ……私一人のために、仲間と世界のすべてを犠牲にすることなんか、できないでしょう?)
  『しかし──』


 私は、別の世界にいる私の気持ちを痛感した。もし私がこの場にいても、同じことを言ったに違いない。
 だが決断を迫られる横島の気持ちは……


  『もういい。まかせるわ。ここまでやれたのは、横島クンのおかげだしね。
   他の全部を引き換えにしても守りたいものがあるなら……私にはもう何も言えないわ。
   正しいと思うことをしなさい、横島クン!』

  『なんで……なんで俺がやんなきゃダメなんですか!』
  (約束したじゃない、アシュ様を倒すって。それとも──誰か他の人にやらせるつもり?
   自分の手を汚したくないから!?)

  『恋人を犠牲にするのか!? 寝覚めが悪いぞ!』
  『今おまえを倒すには、これしかねえ……。どうせ後悔するなら、
   てめえがくばたってからだ、アシュタロス!!!』


 とうとう横島が、エネルギー結晶を破壊した。
 エネルギー結晶の破壊と同時に、宇宙処理装置(コスモ・プロセッサ)も地響きをたてて崩壊する。


  『私の……天地創造が……あんなガキの手で……』


「こういう結末だったのね。でもルシオラ、あなたは──」



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