君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(21)




 俺が目を覚ましたのは、病院のベッドの上であった。

「ヨコシマ!」

「横島君!」

 ルシオラと美神さんが、心配そうな表情をして俺の顔を(のぞ)きこんでいた。
 体を起こそうとするが、頭を動かそうとすると激痛が走る。

「ここは……?」

「病院よ。ヨコシマは、パピリオの蝶の鱗粉(りんぷん)を吸い込んで、意識を失っていたの」

 俺は痛む頭を押さえながら、意識を失う前のことを思い出そうとした。
 突然、押し寄せた蝶の大群。
 事務所の外に出て戦う俺とルシオラ。
 そこに美神さんも飛び出してきて、一瞬視線をそらした瞬間に……

「そうだ! 美神さん、パピリオはどうなりました?」

「大丈夫。文珠で雨を降らせたら、眷族(けんぞく)の蝶と一緒に逃げていったわ」

 雨で退散か。以前と同じ結果だな。
 でも俺は、あのとき病院に担ぎ込まれていたっけ?

「なんで俺は病院にいるんですか?」

「パピリオの鱗粉(りんぷん)を吸い込んだ横島君は、一時は呼吸も止まっていたわ。
 息はすぐに吹き返したんだけど、意識が戻らなかったから、念のために病院に運んだのよ」

 そういうことか。前回は意識もすぐに戻ったけれど、今回は違ったんだな。
 まあ、これくらいは誤差の範囲か。

「俺はもう大丈夫です。急いで、パピリオを探さないと!」

 しかし、起き上がろうとする俺を、ルシオラが両手で押さえた。

「ダメよ、ヨコシマ! ここは私たちだけで何とかするから」

「そうね。横島君は、明日まで病院で休んだほうがいいわ」

 なんか俺、以前と比べてずいぶん扱いがよくなってるな。
 ルシオラだけじゃなくて、美神さんまでずいぶん俺に優しくしてくれる。
 けれども、ここで甘えるわけにはいかない。

「ルシオラ、美神さん。明日ゆっくり休みますから、今晩だけは行かせてください!」

 そういえば、前回もパピリオの件が終わった後で、西条と同じ部屋に入院したっけ。
 今回は入院するかどうかわからないが、入院前にやるべきことはやっておきたい。

「……しかたないわね。でも、まだパピリオの居所がわかっていないわ。横島君、心当たりはないかしら?」

 あれ!? ここで美神さんが、推理をするはずなんだが……。
 まあ、いいか。ヒントだけ出しておこう。

「パピリオは、眷族(けんぞく)と一緒に逃げていったんですよね?
 都内で多くの蝶と一緒に、雨宿りができる場所は限られると思うんですが……」

「公園だと雨宿りはできても、花が少ないから蝶がお腹を空かせてしまうわね。
 そうすると……植物園だわ!」

 美神さんは携帯を取り出すと、事務所に電話をかけた。

「もしもし、おキヌちゃん? 私だけど。急いで調べて欲しいことがあるのよ。
 あのね、都内にある植物園の場所を調べてくれない? 連絡待ってるから」

 約五分後、おキヌちゃんから電話がかかってきた。

「そう、わかったわ。行く途中で拾っていくから、事務所で待っててね」

 美神さんは携帯の通話を切ると、俺とルシオラに話しかけてきた。

「今晩中にケリをつけるわよ」




 ガサッ ガサガサッ

 草むらの一角が、揺れて音をたてた。

「どうですか、美神さん」

「やっぱり、ここにいたわ」

 美神さんは、暗視ゴーグルを使い池をはさんで反対側にある温室の建物の中を覗き込んでいた。
 植物園の一角にあるその建物は、熱帯性の植物を育てるために、壁と天井がガラスでできている。

「まかせて大丈夫ね、ルシオラ?」

「ええ。今夜は月も出ていないし、私一人でやれます」

「それじゃあ、私とおキヌちゃんで連中を追い込む。横島君はルシオラのサポートね」

「了解ッス」

 美神さんとおキヌちゃんが、建物に忍び込むため、その場を離れた。
 前回と同様、俺とルシオラは、しばらくの間二人きりとなってしまう。

 美神さんが行動を起こすまで、まだ少し時間があった。
 俺はチラリとルシオラに視線を向けてみた。

「あっ……」

 俺の視線に気がついたルシオラは、照れた表情をしながら、そっと視線をそらした。
 実はちょっとばかり、気になるセリフを言ってみたかったりする。

「ルシオラ……。今、俺たち二人きりだよな」

 前回はここで勢いにのってキスを迫ってみたら、「流れを読みなさい!」とか「仕事中は禁止!」と怒られ、さらに平手打ち一発を食らってしまった。
 まあ、怒ったルシオラも、けっこう可愛かったりしたんだけど。

「そ、そうね……」

 あれ!? ルシオラの反応が違う。ひょっとしてOKなのかな?

「ちょっとだけなら……かまわないけど……」

 なんかすごく嬉しかったりする。それじゃあ、ちょっとだけ……

「ルシオラ……」

 俺はルシオラの(おとがい)に手を当てると、唇を重ね合わせた。

「……」

 数秒間触れ合ったあと、そっと唇をはなした。

「ヨコシマ、聞いていい?」

「ああ、いいけど」

「私のこと、好き?」

「も、もちろんさ」

「それだけ……?」

 上目使いで俺を見つめるルシオラの(ひとみ)が、わずかに(うる)んでいた。

「あ……あのさ……愛しているよ……ルシオラ……」

 俺がたどたどしい口調で、その言葉を口にしたとたん、ルシオラが俺の胸の中に飛びこんできた。

「あの……」

 ルシオラは、俺の胸に顔を埋めながら涙を流していた。
 よくわからない。俺はルシオラに、何か悲しませるようなことをしたのだろうか?

「その……ゴメン」

「ちがうのよ、ヨコシマ……」

 ルシオラの唐突な反応に、俺は驚いていた。こんなにも彼女が感情を高ぶらせるなんて──

「私、嬉しいの。だって、あなたは──」

 ルシオラの話の続きが気になるが、ここは彼女を落ち着かせる方が先決だろう。
 俺は黙って彼女の背中に手を回し、軽く抱きしめた。




 しばらくその姿勢でいるうちに、ルシオラのすすり泣く声が少しずつおさまってきた。
 俺は彼女の髪の毛を、そっと手で撫でてみる。

「どう、落ち着いた?」

「ごめんなさい、ヨコシマ」

 俺はしばらくこのままでいたかったが、しばらくすると池の向こうの建物の中から、サーッとざわめく物音が聞こえてきた。

「はじまったな」

「行きましょう、ヨコシマ!」

 俺とルシオラは、すぐに真剣な表情になった。

 不意打ちを食らった昼間と違い、今回の行動で俺たちが危険な目にある可能性はかなり低い。
 だが俺たちがパピリオを説得できなければ、パピリオを始末する破目に追い込まれることも十分にありうる。

 俺は気持ちを切り替え、パピリオが建物の外に出てくるのを待つことにした。







 俺とルシオラが温室の建物に近づくと、パリンという音とともに壁のガラスが割れ、パピリオと眷族(けんぞく)の蝶たちが飛び出してきた。

「ゲホッゲホッ! この煙は……」

「昼間のお返しよっ!」

 建物の中から、美神さんの声が聞こえてきた。
 前回と同じく、燻煙(くんえん)式除霊器(商品名:バルタン)が効果を上げているようだ。

「今だわ!」

 パピリオと眷族(けんぞく)たちが温室の外に出たのを見計らって、ルシオラが温室の上空へと飛んでいった。

 カッ!

 ルシオラは上空に移動すると、全身から強い光を放った。
 パピリオの眷族(けんぞく)の蝶たちがその光を受けた途端、パピリオから離れて、発光するルシオラの周囲を旋回していく。

「ここまでね、パピリオ。おまえの眷族(けんぞく)はもう動けないわ!
 昆虫は夜、月の光を基点に方向を定める。近くに強い光源があると、方向感覚を失うわ!」

「くっ……」

「おしおきよ、パピリオ!」

 ズドン!

 ルシオラが特大の霊波砲を放った。

「ひーっ!」

 パピリオがすんでのところで、攻撃をかわす。

「ル、ルシオラ! ちょっとやりすぎじゃないのか?」

「ヨコシマが助かったのは、あの子が手加減したからじゃないのよ!
 私は本気で怒っているんだから!」

 あーあ、前回と同じだ。本気でキレてるな。
 俺を心配してくれている証拠なんだけど……。やっぱり止めないとマズイよな。

「絶対、許せないんだから!」

「ルシオラちゃん、ちょっとタンマ!」

 ルシオラの右手に霊気が収束し、どんどん(ふく)れ上がっていく。

「ストーップ! ここは俺に任せろ」

 俺はすんでのところで、ルシオラとパピリオの間に割って入った。

「ヨコシマ! でも……」

「いーっから! ルシオラは手を出すんじゃねえっ!」

 いったんルシオラを押し止めると、俺はパピリオと向き合った。
 パピリオは、今にも()みついてきそうな表情で、俺の顔を見ている。

「かばってもらって、コロッと(なつ)くとでも思ってるんでちゅか! ペットが調子に乗るんじゃないでちゅよ!」

 バキッ!

 とりあえず、一発(なぐ)られておいた。まあこれは、予定どおりの行動である。

「やめなさいっ、パピリオ!」

 もう一発(なぐ)ろうとするパピリオを、ルシオラが背後から押さえた。
 さて、そろそろ美神さんが間に入って、パピリオを説得してくれるはずだが……。

 ……
 ……
 ……

 あれ? 美神さんが来ないな。

「美神さん、黙って見てるんですか!」

 美神さんは、腕組みをしたまま突っ立っていた。
 おキヌちゃんが服を引っ張っているのに、ピクリとも動こうとしない。

「ルシオラちゃん、放すでちゅ!」

 俺は起き上がると、ルシオラの腕の中でもがいているパピリオと向かい合った。
 しかたない。ここは自分で説得するか。

「パピリオ。少しだけでいいんだ。俺の話を聞いてくれ」

「うるさいでちゅ!」

「逆天号にいたとき、ペットを何匹も飼っていただろう。
 あれは大きくなれない自分の代わりに、育って欲しいと願っていたんじゃないのか?」

 ルシオラの腕の中でもがいていたパピリオの動きが、ピタッと止まった。

「アシュタロスの鎖に囚われていたのは、ルシオラだけじゃない。
 パピリオもそうだったんだろう?
 俺はパピリオも、その鎖から自由になって欲しいんだ」

 パピリオがじっと俺を睨みつけている。

「まだ間に合う。俺たちの側にいれば、そのうち自由にもなれる。だからパピリオ……」

「そうやって口で丸め込んで、ルシオラちゃんをたぶらかしたんでちゅね!
 あの時、わたちやベスパちゃんが、どんな思いをしたか知らないくせに!」

 パピリオはルシオラの手を振り払うと、俺に向かって殴りかかってきた。

 バンッ!

 やばい。さすがにパピリオの全力を二発も食らうと、かなり体に負担がかかる。

「……逆天号で、コスチュームを作ってくれたよな。最初は少し恥ずかしかったけど、けっこう嬉しかったよ」

「黙るでちゅ!」

 ドンッ!

 今度は俺の腹に、頭から突っ込んできた。
 先ほどより、少しだけ力が弱くなっている。

「毎晩、風呂から上がったあと、ゲームステーションで遊んだよな。
 パピリオさえよければ、また続きをしてもいいんだ」

「うるさい、うるさい!」

 ドンドンと俺の胸を手で叩いた。
 パピリオの声がしだいに涙声となり、胸を叩く力も段々弱くなっていった。

(さび)しかったんだな、パピリオ……。大丈夫、これからは俺もルシオラも傍にいるから」

 頃合を見計らって、俺はパピリオをギュッと抱きしめた。

「ウッ……グスッ……、ウワーーーーン」

 パピリオは俺にしがみつくと、わんわんと泣き始めた。

「ごめんなさい、ポチ……いえヨコチマ」

「いいんだ、パピリオ。もういいんだ……」

 泣きじゃくるパピリオを抱いていた俺のところに、ルシオラと美神さんとおキヌちゃんが駆け寄ってきた。

「横島クン、大丈夫?」

「大丈夫……と言いたいんですけど、パピリオの攻撃を何度も受け止めたんで、そろそろ限界かな……と」

 俺はパピリオから手を放すと、バタンと地面に倒れた。

「ちょっ!? ヨコシマ!」

「ヨコチマ!」

「横島クン!」

「横島さんっ!」

 美女と美少女四人が見守る中、徐々に意識が遠ざかっていった。
 その後、俺は元いた病院にかつぎこまれ、そこで一泊する羽目となった。



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