君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(23)




》》Reiko


 横島クンが正体を白状した次の日から、私は夜になったら自分の部屋に帰る生活に戻った。
 (すき)を見せて、わざと敵を誘い込むためである。

 横島クンの記憶によれば、私は自分の部屋に置かれた宇宙のタマゴに吸い込まれてしまうとのこと。

「宇宙のタマゴに吸い込まれる瞬間って、自分ではよくわからないんですよ」

 横島クンが、前回の時の経験談を話してくれた。
 前回は、南極に行った時に、あの宇宙のタマゴが無数に並べられていた回廊(かいろう)で、その中の一つに吸い込まれたとのこと。

「突然、見たこともない場所に放り出されるんで、自分では吸い込まれたことすらわからないんです」

「でも、どうやって戻ってきたの?」

「ベスパが俺のあとを追いかけてきたんですよ。自分一人では、戻る方法はまずわからなかったと思います」

 宇宙のタマゴの中は、まったくの別世界になっているらしい。
 前回、私は別の宇宙のタマゴの中に二ヶ月間もいたと、横島クンが言っていた。
 取り込まれたことが自覚できなければ、そこから抜け出ようなんて考えもしないであろう。

「前回、宇宙のタマゴの中にいる間に、何があったか知ってる?」

「いいえ。俺も気になっていたんで、戻ってくる前の美神さんに何度か聞いたんですが、どうしても教えてくれなかったんですよ」

 横島クンにも言えなかったことか……いったい、何だろう。
 家族のこと? たしかに親父のこととかは、横島クンにも言いにくいけど、それは今回の事件とはあまり関係がない。

 異性関係? 西条さんのことは、横島クンも知っているはずだ。
 自分で言うのも何だけど、今まで男の人ときちんとつきあった経験がないから、隠すようなことは何もない。
 まあ外見がこれだから、誤解はしょっちゅうされるけど。
 ……考えているうちに、だんだん腹がたってきたわ。

 他にも、脱税とか武器の隠匿(いんとく)とか世間に言えないことはいっぱいあるけど、それは横島クンに知られても困るような内容じゃない。
 まあ、いいわ。気にはなるけれど、そんなに重要なことじゃないから。




 私の役目は(おとり)
 今まではエネルギー結晶を奪われないように頑張ってきたけど、これからは奪わせることが目的になる。
 横島クンにはいろいろ言われたけれど、勝つために手段を選んでいられる状況ではないから。

 前回の戦いは犠牲も少なく、客観的に見れば大勝利と言えるかもしれない。
 だが、横島クンにとってはそうではなかった。

 私は、心の痛みに耐えかね、泣き崩れた彼の姿を知っている。
 自分の無力さを(なげ)き、彼女の真摯(しんし)な思いを受け止めることができなかった、その自分の身勝手さを憎むその(さけ)び声を聞いている。

 だから私は、予想される悲劇を避けるため、最善を尽くさなければならない。
 たとえ彼女が、恋敵(ライバル)であったとしても。

 正直なところ、痛いのや苦しいのを我慢するなんて、私らしくないと思う。
 だがこの方法が、勝つためには一番確実なやり方なのだ。
 これから先は、私にもルシオラにも横島クンにも、楽なことは一つもないだろう。




 数日が経過した。

 私は、起きて朝食を食べてから、事務所に出勤した。
 仕事の依頼が激減し、いつもなら断るようなザコ霊の除霊の依頼がたまにある程度だから、昼間は時間を持て余している。

「そういうわけで、今は(ひま)なのよ。ママ」

「だからって、ここに遊びにくるわけ?」

 私は横島クンを連れて、都庁地下の基地に来ていた。
 ママは既に、通常業務に復帰している。
 前回のママは、今の時期はまだ退院できずにいたが、今回は血清の投与が早かったため、入院期間も短くて済んだ。
 それもこれも、横島クンのお陰である
 あの頃は、私をぶち壊そうとして過剰な訓練をするママに苛立(いらだ)ち、いつのまにか強くなっていた横島クンに過敏(かびん)な反応をしていたが、そんな中でも彼は私たちに気配りをしてくれていた。
 何も知らなかったとは言え、今となっては恥ずかしい話だ。

「遊びに来ているわけじゃないわ。情報収集活動よ」

「仕方ないわね」

 ママが机の上に置いてある資料を見せてくれた。

「妙神山が消滅してから、悪魔や強い妖怪の出現がパッタリと途絶えているわ。
 あれからずっと、冥界とのつながりが断たれたままみたいね」

 やっぱり。アシュタロスの結界は、まだ有効なわけね。

「除霊の依頼が減ったのは、うちだけじゃないってことね」

「そういうこと。事件が解決するまでは、あきらめて大人しくしてなさい。
 それから(ひま)があるなら、地下の霊動実験室で訓練でもしていったら?」

「わかったわ」




「横島クン、文珠でこの部屋に結界を張ってくれる?」

「いいですけど。また内緒話ですか?」

「横島クンに、私がしていた百鬼抜きの訓練をしてもらおうと思って。もちろん、手加減抜きでね」

「えっ!? お、俺がですか?」

「だって、私はまだ、横島クンが本気で戦ったところを見たことがないから。
 この前、手合わせした時には、かなり手を抜かれたみたいだったし」

「わかりましたよ……」

 私がにっこり微笑(ほほえ)むと、横島クンは渋々といった感じだったが承諾してくれた。

「それじゃあ、はじめるわよ」




 それからの戦いは、圧巻の一言だった。
 グレムリン、ブラドー、仮面の精霊、バイパー、コンプレックス、ナイトメア、雪女、ハーピー、セイレーン、犬飼ポチなど、私がシミュレーションで何度も戦ってようやく倒した相手を、サイキック・ソーサーと霊波刀だけで苦も無く打ち破っていく。
 文珠は一回も使わなかった。
 画面に表示されるスコアがどんどん上がり、やがて100に達した。

「さすがね、横島クン」

「これでも半分くらいの力しか使ってませんよ。フルパワーで戦えば、ベスパ以外なら何とかなります。
 まあ、アシュタロスには、到底(とうてい)かないませんが」

「今の力で、私と合体したらどうなるの?」

「元の霊力が前と変わってませんから、合体してもパワーは変わりません」

「そう、残念ね」

「どのみち、力ではアシュタロスは倒せません。それくらいヤツは(すご)いんです」

 力ではどうにも(かな)わないことは、私もよくわかっていた。

「やっぱり、前と同じ方法を取らないといけないわね」

「すみません、美神さん」

 横島クンが、申し訳なさそうな顔をしていた。

「俺がもっとしっかりしていたら……」

「ストップ。それ以上は言わないで。
 それに私は自分で決断したんだから、後悔なんかしてないわ。
 まずは、みんなが生き残ることを優先しないと」

 今までは、横島クンが一人で頑張ってきた。
 しかし今は、同じ目的をもつ仲間が三人に増えている。
 絶対、私たちは勝てる! 根拠は無いが、何となくそう思った。




 横島クンが私たちに秘密を打ち明けてから、一ヶ月が経った。
 私たちは警戒を(ゆる)めなかったが、表面上は平穏な日々が続いている。

 私は書類を書く手を止めて、部屋の中を見回した。
 今日は仕事の予定は入っていない。
 おキヌちゃんは、台所でお菓子作りをしていた。
 ルシオラは本を読みながら、ときおりパソコンの画面を(のぞ)き込んでいる。
 横島クンとパピリオは、テレビの前に座ってゲームをしていた。

 ふと思った。事件が片付いて平和が戻ったら、こんな日常が続いていくのだろうかと。
 おキヌちゃんは、高校を卒業するまではこの事務所にいるだろう。
 ルシオラとパピリオは、横島クンの保護観察下にある。
 横島クンがこの事務所にいる限り、二人も居続けることになる。
 けれども横島クンは、いったいこれからどうするつもりなんだろうか?




 疑問を感じた私は、その日の夕方、横島クンをドライブに(さそ)った。

「仕掛けてきませんね」

 横島クンはドアに(ひじ)をかけながら、窓の外の風景を見ていた。

「あっちにも、何か都合があるんじゃないの?」

「俺たちが油断するのを、待とうって作戦なんですかね」

 夕陽の光りが、車の正面から強く射し込んでくる。
 私はカバンからサングラスを取り出し、目にかけた。

「ところで、美神さん。……俺たち、こんなことしてていいんですかね?」

「何よ、いまさら。ルシオラと時々デートしてたくせに」

 ブッ! ゴホゴホッ

 横島クンが急にせき込んだ。

「隠してても、全部バレてるんだから」

「な、何でわかるんです!?」

「ひ・み・つ♪」

 実は、これもルシオラとの協定の一つである。
 一線を越えないこと、デートした時にはお互いに報告すること等の取り決めを結んでいた。

「あ、あのですね……」

「別にいいけどね。ずっと事務所に篭りきりだとストレス()まっちゃうし。
 それとも何か、私に言えないことでもしてたのかなー?」

「い、いえ。何もないです。最近、ルシオラのガードが固くって……」

 しどろもどろしながら弁解する横島クンの顔を見て、私は思わずクスクスと笑ってしまった。




 首都高を下りたあと、海辺の公園の駐車場に車を停めた。
 日は既に暮れており、街灯の光が夜の公園を照らしている。
 私たちは車を降りると、夜の公園を並んで歩きはじめた。

「横島クン、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「何ですか?」

「今の戦いが終わったら、どうするつもり?」

「へっ!?」

 横島クンが、きょとんとした表情を見せた。

「この先何をしたいのかとか、どうやって生計を立てていくのかとかは考えてる?」

「ああ、そういうことでしたか……」

 横島クンは、少し(うつむ)いた姿勢で足を進めた。

「そうッスね。正直、少しも考えてなかったです。
 この戦いにどうやって決着をつけるのか、そればかり考えていたんで」

 そうだったんだ。でも、仕方ないのかもしれない。
 今までずっと一人で頑張ってきたから、余計なことに気を使う余裕がなかったんだろう。

「何か、やりたい仕事とかないの?」

「GS以外にはないですね。いまさら大学に進学する気もないですし」

「そうなの。それなら、ずっとうちの事務所で働くつもり?」

「えーと、特に考えてないッス」

「なんなら、正社員で(やと)ってもいいのよ。給料だって、時給500円なんて言わずに、ドーンと出すから」

「なんか、美神さんらしくない発言ですね」

「うっ……」

 痛いところを突かれた。
 たしかに時給500円だなんて、安過ぎるとは思うけど……
 でもバイトなんだし、今までそれで文句なかったんだから、いいじゃない。

「べ、別に私はケチじゃないわよ。出すべきところには、きちんと出すわ」

「あ、いや。美神さんが出してくれるんなら、俺としては全然問題ないですよ」

 横島クンが、突然足を止めた。
 そして海の方を向きながら、じっと何かを考え始める。

「ルシオラのことを考えてるの?」

「……」

「あ、あのね、勘違いしないでね。私はお金で横島クンを(しば)ろうなんて、少しも思っていないから」

「……」

「そういうことを抜きにしても、横島クンは重要戦力なのよ。
 今の横島クンなら一人で仕事を任せられるから、単純計算で二倍の収益が上がるわ。
 だから、事務所を()めて欲しくないの」

 本当は(うそ)だ。
 私はただ、横島クンに捨てられたくないだけ。

「別に、横島クンがルシオラを選んでもかまわない。
 でも、それが理由で、事務所を()める必要はないわ。私が言いたかったのはそれだけ」

「美神さん……」

 横島クンが、私の方を振り向いた。

(うれ)しいッスよ、俺。美神さんが俺のことを認めてくれたのは、これが始めてですから」

 言われてみれば、そうだったかもしれない。
 彼への気持ちに気づかなかったら、私の(かたく)なな心はそのままだったと思う。
 私は少しだけ、恥ずかしい気持ちになった。

「美神さん、大丈夫ですか。顔が赤くなってますよ」

 横島クンが手を伸ばして、私の(ほほ)に触れた。

「横島クン……」

 私は(ほほ)に触れた横島クンの手を、そっと(つか)んだ。
 驚いた彼がその手を引っ込めようとするが、私はその手を離さなかった。

「横島クン……今は……今だけは……私だけを見ていて……」

 私は上目使いで横島クンの目を見つめる。
 そして横島クンの手をスッと引き寄せ、爪先(つまさき)立ちになると、唇と唇を重ね合わせた──





















 ザワッ

 背筋に強い悪寒(おかん)が走った。
 私は(あわ)てて、一歩引き下がる。

「まさか、そんな──」

「今の一瞬で気づくとは、さすがだな」

 目の前で横島クンが、邪悪な()みを浮かべた。

「ずいぶん待たせてくれたな。だが、それももう終わりだ。やっと、おまえの(たましい)を手に入れたぞ、メフィスト!」

 ニヤリと笑った横島クンの顔が、アシュタロスのそれに代わり──
 そしてヤツの右手が、私の腹部に突き刺さった。




「全部、おまえの作った茶番だったのね……宇宙のタマゴの中での……」

「おまえが、ほんのわずか心を許す瞬間を待っていた。
 私の用意したこの世界を受け入れ、心をあずける一瞬をな」

「いつから……横島クンに化けてたの……」

「つい先ほどさ。おまえが彼に心を開いた瞬間、私と彼が入れ替わったのだ」

「女ひとり(だま)して……物を巻き上げるのに……たいした手間ね……」

「お別れだ。見ているだけだったが、この一ヶ月間、なかなか楽しませてもらったよ、メフィスト」

 私はアシュタロスの顔を、キッと(にら)みつけた。

「戦いはこれからよ! 首を洗って待っていなさい、アシュタロス!」

 だが、私の抵抗もここまでだった。
 私は幽体と肉体を切り離され、幽体だけ別の場所に飛ばされてしまった。



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