君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(24)




 ガバッ!

 事務所のソファーの上で寝ていた俺は、夜中に不意に目が覚めた。
 心臓がドクドクと鳴り、強い胸騒(むなさわ)ぎを覚えた。
 目が覚める直前、美神さんが助けを求める声が聞こえたような気がした。

 間違いない、前回とまったく同じだ。
 ヤツが──アシュタロスが、美神さんの(たましい)を抜き取ったんだ。

 俺は急いで着替えて出発の準備をすると、事務所で皆が集まってくるのを待った。
 数分もしないうちに、戦闘用のコスチュームを着たルシオラとパピリオ、そして巫女の衣装を身に着けたおキヌちゃんが、事務所の部屋に入ってきた。

「横島さん、大変です! 美神さんが──」

「大丈夫、おキヌちゃん。落ち着いて」

 おキヌちゃんとパピリオには、これからのことについては何も話していない。
 だがパピリオは少し眠そうな顔をしているものの、おキヌちゃんは真剣な表情をしていた。
 たぶん俺と同様、美神さんが(おそ)われたことを霊感で察知したのだろう。

「ヨコシマ! アシュ様が来たのね!?」

「ああ、間違いない」

「アシュタロスが生きていたんですか! 急いで、美神さんを助けにいかないと」

「とりあえず、俺とルシオラとパピリオで様子を見に行く。
 おキヌちゃんは事務所で、Gメンからの連絡を待ってくれ。
 もし、隊長や西条からの連絡があったら、そっちの指示に従ってほしい」

「でも、横島さんは!?」

「俺のことは大丈夫。それから、一つ頼みがあるんだけど──」

 俺は通信鬼と、あらかじめ準備していた文珠を、おキヌちゃんに渡した。

「向こうに行ったら、何が起こるかわからない。
 状況がヤバくなったら通信鬼で連絡するから、この文珠を使って欲しいんだ。
 これは特別に調整してあるから、俺たちがどこにいても、『転』『移』で必ず戻ってくることができる」

「わかりました、横島さん!」




「ヨコシマ、ちゃんと(つか)まってる?」

 俺は今、ルシオラにぶら下がって空を飛んでいる。
 文珠で飛べないこともないが、節約のためにルシオラに頼ることにした。

遠慮(えんりょ)しないで、きちんとしがみついて!」

 ルシオラが俺の脇から背中に手を回すと、俺の体を抱きかかえた。
 これではぶら下がっているというより、抱きついているという方が正確な表現かもしれない。

「ルシオラ、たぶんベスパが待ち伏せしている。不意打ちの攻撃に気をつけるんだ」

「わかったわ!」

 しばらくして、美神さんのマンションが見えてきた。

「ルシオラ、後ろだ!」

 警戒していた俺は、奇襲(きしゅう)をかけようとして背後から接近するベスパに気がついた。
 奇襲(きしゅう)に気づかれたベスパは、今いる場所から俺とルシオラ目掛けて、霊波砲を撃ってきた。

 ドン!

 ルシオラは円形のシールドを張って、ベスパの攻撃を防ぐ。

「くっ……このままでは、シールドがもたないわ!」

「ルシオラ、()ちてもかまわないから、相手の攻撃を何とかそらすんだ」

 ルシオラは霊波砲の圧力に逆らわずに、シールドの角度を変えて攻撃をそらすことに専念した。
 だがその反動で、俺とルシオラは地上へと落下していく。

「も、文珠!」

 俺は『柔』の文珠を作ると、地上に激突する寸前に、落下地点めがけて文珠を投げた。

 ボフッ

 地面がクッションのように柔らかくなり、墜落(ついらく)の衝撃を受けずにすんだ。
 自分でこれを体験をするとは、少々予想外だったが。

 念のため、ちらりと横を振り向くと、マンションの入り口で倒れている西条の姿が見えた。
 たぶん前回と同様、結界に触れて(しび)れてしまったんだろう。

「ベスパちゃん、やめて! 私たち、もうアシュ様に従う必要ないんでちゅよ!」

「おだまり、裏切り者! 私は自分の意思で、アシュ様についていくって決めたんだよ!」

「ベスパ……!」

「あんたたちは、もう終わりさ。アシュ様は既に、美神令子を手に入れている」

「宇宙のタマゴだな、ベスパ。いったい何ヶ月()っている?」

 俺は上半身を起こすと、空中にいるベスパに(たず)ねた。

「……フン、何でもお見とおしってわけかい!? 信じたくはなかったけどね……」

「何を言っているんだ、ベスパ?」

「こっちの話さ。アシュ様が美神令子をつかまえたから、もう一ヶ月は過ぎているよ!」

 パピリオが家出してから一週間。宇宙のタマゴの中では一ヶ月か。
 こっちもいろいろと準備をしていたから、やはり流れが前回とは少し違ってるな。

 バゴン!

 美神さんのマンションの最上階で、大爆発が起きた。
 その爆風の中から、巨大な宇宙のタマゴを()せた台座が現れる。
 その台座のパネルには、土偶羅が埋め込まれていた。

「土偶羅っ!」

「あの女は、この中におるわっ! こいつは、おまえらが南極で見た試作品とは、わけが違うぞ!」

 宇宙のタマゴの表面に空間の裂け目が生じ、中から美神さんの体を抱えたアシュタロスが姿を現した。

「この女の肉体は、もう抜け殻だ。この女、おまえたちに返すぞ」

 アシュタロスが、美神さんの体を地上に投げ落とした。
 俺はあわてて落下場所に駆け寄ると、体に傷がつかないよう、文珠を使って受け止める。

「美神さん……」

 受け止めた体には、生気がごくわずかしか感じられなかった。

「土偶羅。宇宙処理装置(コスモ・プロセッサ)、起動準備!」

 台座の壁の一部が開くと、中からトレイが現れた。
 アシュタロスは、そのトレイにエネルギー結晶を載せ、台座の中へと戻す。

宇宙処理装置(コスモ・プロセッサ)、起動!」

 台座の上に()せられていた宇宙のタマゴが、高速で回転しはじめた。
 同時に宇宙のタマゴから大量のエネルギーが流れ出し、目の前のマンションがその余波で崩壊(ほうかい)していく。

「ヨコシマ!」

「ヨコチマ!」

 ルシオラとパピリオが、すぐさま俺の方にやってきた。
 美神さんの体をパピリオにまかせ、俺はルシオラに(つか)まって、その場を脱出する。
 マンションの入り口で西条が倒れたままだったが、飛んできたマリアが無事西条を救出した。

「パピリオ」

「なんでちゅか?」

「美神さんの体を、あそこまで運んでくれないかな?」

 俺は、遠方からこちらに向かっている大型の輸送ヘリコプターを指差した。

「ヨコチマとルシオラちゃんは、どうするんでちゅか?」

「もう一度、アシュタロスの所に行ってみる。
 パピリオは美神さんを降ろしたら、向こうでしばらく待っててくれないかな」

「わかったでちゅ」

 俺とルシオラはパピリオと別れると、美神さんのマンションから少し離れた公園に降り立った。
 そして、公園の茂みに隠していたオフロードバイクに乗ると、下水道の入り口へと向かう。

「大量の悪霊の気配を感じるわ!」

「おそらくアシュタロスが、コスモ・プロセッサで魔物と悪霊を復活させたんだ」

 前回はそこらに置いてあったレーサーレプリカを勝手に拝借したが、下水道や階段のような場所を走り回るにはオフロードバイクの方が向いていると思ったので、事前に用意しておいた。
 よくよく考えると、前回ルシオラは、道なき道をオンロードのバイクで何事もないように走っていた。
 ルシオラのバイクの腕前は、かなりハイレベルなんだと思う。俺だったら、絶対に真似できないな。

「着いたわ」

 しばらくして俺たちは、下水道に面した場所に作られた、大理石製の立派な非常口にたどり着いた。

強襲(きょうしゅう)して相手の不意をつき、一気にコスモ・プロセッサの中に飛び込む。準備はいいか?」

「ええ、大丈夫よ」




 バンッ!

 ルシオラと俺が乗ったバイクは、急角度の斜面を一気に駆け上がり、美神さんの部屋のあったフロアに突入した。

「ヤツが防げない体勢のうちに……えっ!?」

 コスモ・プロセッサを背にして、アシュタロスとベスパがこちらを向いて立っていた。
 まさか、俺たちが来るのを待ち構えていたのか!?

 ズドン!

 ベスパが、バイクの前輪めがけて霊波砲を放つ。
 前輪が破壊されてしまい、俺とルシオラはバイクから振り落とされてしまった。

「イテテテ……」

 ルシオラは空中でくるっと一回転してうまく着地したが、受身に失敗した俺は、床を数メートルも転がる羽目となってしまった。

「いずれ来るとは思っていたが、抜け穴からとは意外だったな」

 アシュタロスが、余裕のある態度で俺たちに話しかけてきた。
 どうする……? おキヌちゃんに連絡をとって、ここは一時撤退(てったい)するか!?

「念のために言っておくが、私やベスパに君の霊力は通じない。
 波長を合わせてジャミングしているのだ。
 南極での一件は私にとっても不愉快だったからね。予防策を取らしてもらったよ」

 前回と同じか。やはり抜け目がないな。

「ルシオラ。俺の横にきてくれ」

 少し離れた場所で、ルシオラとベスパが激しくにらみ合っている。
 緊急の脱出に備え、俺はルシオラに(そば)にくるよう呼びかけた。

「そう固い顔をするな。少し話でもしようじゃないか」

 話だって!? このごに及んで、何を考えているんだ?

「君に興味があるのだ、少年……いや、時間遡行者よ」

「なっ……!」

 アシュタロスから意外な言葉を聞いた俺は、驚愕(きょうがく)してその場で完全に固まってしまった。







「な、何の戯言(ざれごと)を……」

 数秒後に、俺はようやく再起動した。

「きっかけは、南極の時だ。
 君が文珠で私の能力をコピーしたのには驚いたが、そこまでだったら少し頭のいい人間なら思いついただろう。
 だがその直後、君が能力コピーの弱点を逆手にとって、一撃で私を倒そうとしたのは完全に予想外だった。
 そして私は基地から撤退したあと、君について詳しく調査するよう土偶羅に命じたのだ」

「……」

「分析の結果、君は一連の出来事を事前に把握(はあく)し、重要なポイントで先手をとって行動していたということがわかった。
 時間遡行の可能性については、すぐに思い当たったよ。なにしろ、美神美智恵という前例がいるからね。
 もっとも、彼女は過去から未来に来たわけだが、君はその逆と考えれば、すべてが通じるわけだ」

「そのとおりだ、アシュタロス」

 俺は、アシュタロスの言葉を肯定した。
 いまさら隠したところで、心の動揺(どうよう)を防ぐことは難しい。
 開き直った方が、早く立ち直れそうだった。

「私と取引しないか?」

「取引……?」

「これから私がすることを邪魔しないことと引き換えに、報酬(ほうしゅう)をやろう。
 君はたいそう、女好きだそうだな。
 ルシオラとの関係も認めるし、他にも好きな女がいれば、何人でも君にくれてやろう。
 どうだね、悪い話ではあるまい」

 左手にルシオラを抱え、足元に多くの女性をはべらせている構図が、一瞬、俺の脳裏をよぎった。
 『ハーレムは男の浪漫なんやー!』なんて声も、どこからか聞こえてくるような気がする。
 しかし……

「ダメだ。今チャンスを逃せば、美神さんを救えなくなる」

「もう遅いな。メフィストの魂は既に分解され、装置に取り込まれているはずだ。
 分解されずに残留するなど、普通の人間にそんな非常識なマネは……」

「フツーならな」

 ブーッ ブーッ

 俺がニヤリと笑った直後、コスモ・プロセッサでエラー音が鳴った。

演算(えんざん)エラー発生! 再計算の許可を、アシュ様!」

「エラーだと!? なぜだ、土偶羅! 試運転で問題はなかったはずだが……」

 コスモ・プロセッサの中央に埋め込まれた宇宙のタマゴの表面にノイズが走る。
 装置の一部から流れ出たエネルギー波が俺の前に落ち、そこに美神さんの姿が現れかけた。

「み、美神さん!」

 美神さんは苦しそうな表情をしていたが、俺の顔を見て右手の親指をグイッと持ち上げる。
 だが、そこでエネルギー波が途絶えてしまい、美神さんの姿も消えてしまった。

「取引は無しだ、アシュタロス。俺は、美神さんを助ける」

「小僧、貴様が死ぬ前に一つだけ聞いておこう。おまえのいた未来では、私はどうなっていた?」

「……アンタは、真の願いを果たしていたよ、アシュタロス」

「そうか……。だが貴様のことを知った以上、そう簡単には終われないな。
 最後の最後まで、あがかせてもらうぞ!」

 俺はルシオラの手を掴んで引き寄せると、通信鬼を呼び出して叫んだ。

「おキヌちゃん、撤退(てったい)だ!」

「ベスパ、()れっ!」

 ベスパが必殺の霊波砲を撃つ寸前、俺とルシオラは文珠の瞬間移動で、脱出に成功した。



BACK/INDEX/NEXT

inserted by FC2 system