※この話は、『君ともう一度出会えたら』 第三十一話とエンディング2の間の挿話です。




》》Reiko

『美神さん……俺、美神さんを選びます』

『本当なの、横島クン!?』

『はい』

 嬉しかった。
 本当に嬉しかった。
 心の底から、他に比べるものがないほど、大きな喜びが湧き起こってきた。

 こんなに大きな喜びを感じたのは、生まれてはじめてかもしれない。
 みるみるうちに私の両目から涙があふれ、やがて目の前が何も見えなくなった。







 横島クンから返事をもらってしばらくして、ルシオラとパピリオが妙神山へと移ることになった。
 別に焼きもちを焼いているわけではないが、彼女の微妙な立場を考えるとやむを得ないと思う。
 パピリオが横島クンから離れたくないと散々駄々をこねたが、毎週必ず妙神山に行くからと約束して、何とかなだめることができた。

「ルシオラ」

「何ですか、美神さん?」

「その、本当にすまなかったわ。こんな結果になっちゃって」

「いいんですよ、美神さん。私が自分で決めたことですし……」

 けれども彼女は、少し寂しそうな表情を見せた。

「それに、今の私には時間がありますから。だから、気長に待つことにします」

「そ、そうよね。お詫びというわけじゃないけど、あのバカが他の女に心を移さないように、
 私がちゃんと見張っておくから」

「お願いしますね、美神さん」

 少しは強くなったけど、少し気が緩むと、昔と同じようにすぐにフラフラするあいつのために、私たちがどれだけ苦労してきたことか。
 同じ苦労を共にした私たちは、顔をあわせるとクスクスと笑いはじめた。

「どうしたんッスか。急に二人で笑い出して?」

 そのフラフラしてばかりいる男が、私たちに声をかけてきた。

「なんでもないわ。それより、そろそろ出発するみたいだから、横島クンは見送りなさいよ」

「美神さんはいいんですか?」

「私はちょっと、事務所に用事があるから」

 そう言うと私は、おキヌちゃんの袖を引っ張って、中庭から事務所の建物の中に入った。
 一瞬だけ背後を振り返ると、名残(なごり)を惜しむかのように、ルシオラが横島クンの胸に顔をうずめていた。





 君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(外伝01.グレート・マザー再襲来。そして……[上])






 ルシオラとパピリオが去り、事務所は以前のように私たち三人だけとなった。
 おキヌちゃんへの配慮もあったし、ママが出産して周りが急ににぎやかになったので、おおっぴらにベタつくことはしなかったが、それでも私と横島クンとの関係は着実に前進していった。

 そんなある日のことだった。
 おキヌちゃんは学校の除霊実習で明日の夕方まで不在。ママとひのめも今日は事務所に顔を見せなかったので、横島クンと二人きりだった。
 仕事の予約も入っていなかったので、事務所で書類整理をしながら、二人でのんびりとした時間を過ごした。

「ああ、もうこんな時間か」

 ソファの上で寝転がって雑誌を読んでいた横島クンが、むくりと起き上がった。
 気がつくと、時計の針が六時を回っていた。

「もう帰るの?」

「いえ、すぐには帰りませんが」

「せっかくだから、お夕飯、食べてきなさいよ」

 以前は食事の支度は全部おキヌちゃんに任せていたが、最近は自分で料理を作ることも多くなった。
 自分で作った食事を好きな人に食べてもらうことがどれほど嬉しいか、ようやく気がつくようになった。

「それもいいですけど、たまには外に飲みに行きませんか?」

「横島クン、自分の齢わかってる?」

「そういえば、俺まだ十七歳でしたね。すっかり忘れてました」

 横島クンが、苦笑いを浮かべていた。
 彼の精神年齢は二十二歳だが、体の方は十七歳である。
 どうやら、自分でもときどき、そのことを忘れてしまうらしい。

「ま、別にいいけどね。前にも行ったことがあるし」

 復活したおキヌちゃんの記憶が元に戻ったとき、皆で飲みに出かけたこともあるし。
 そのときの横島クンは、正真正銘の十七歳だった。




 結局私たちは、仕事を六時半で切り上げると、そのまま飲みに出かけた。

「横島クン、飲んでる〜〜?」

「飲んでますよ〜〜、美神さん」

 一軒二軒とはしごをしていくうちに、だんだんとろれつが回らなくなってくる。

「そろそろ終電なんで、俺帰りますね〜〜」

「なによーー。一人で帰る気なのーー」

 一人で帰ろうとする横島クンを引き止めると、タクシーをつかまえて二人で乗り込んだ。

「頭痛いッス」

「調子にのって、飲むからよ」

 もっとも羽目を外してしまったのは、私も同じだった。
 もう少し考えて飲めばよかった。ここまで雰囲気が崩れると、色気も何もあったものではない。

「着いたわよ、横島クン」

「うーーっ」

 横島クンが頭を抱えていたので、肩を貸しながら、二人でアパートの階段を上っていった。
 そして横島クンのポケットを探し、部屋の鍵を開けて中に入った。

「はい、お水」

 私はコップに水を汲むと、横島クンに渡した。
 横島クンはそれを一気に飲むと、そのまま万年床の中に倒れ込んだ。

「しょうがないわねー」

 寝苦しくならないように、横島クンの上着を脱がし、ズボンのベルトを外す。
 ズボンも脱がそうかと思ったが、さすがにそれは止めておいた。

(このまま泊まっちゃおうかな……)

 私も、そろそろ限界だった。
 ブラウスとスカートを脱いで下着姿になると、横島クンの布団にもぐり込む。
 横島クンの布団はちょっと固かったけど、隣で寝ている横島クンの腕を抱え込むと、すぐに眠りに入った。




 ピンポーン

 翌朝、私は玄関のチャイムが鳴る音で目が覚めた。

「誰よ、こんな朝早くから……」

 最初は無視しようと思った。
 二日酔いのためか、頭がズキズキと痛む。
 しかし玄関のチャイムは、鳴り止む気配を見せなかった。

「まったく、うるさいわね」

 誰だか知らないが、すぐに追い払ってやろうと思った。
 ちなみに横島クンは、眠りが深いのかピクリとも動かない。
 私は、横島クンのシャツを上に引っ掛けると、玄関口へと向かった。

「誰よ、こんな朝早くから……えっ!?」

 玄関のドアを開けた私は、思わずその場で固まってしまう。
 ドアの外で大きなスーツケースと旅行カバンを抱えて立っていたのは、横島クンのお母さんだった。




》》Yokoshima

 その日は、俺にとって天国と地獄が同時に訪れたような日だった。
 もっとも、天国が訪れたのは一瞬だけで、次の瞬間には地獄に突き落とされていたが。

「それで、どうしてこうなったのか、事情を説明してちょうだい」

 俺と美神さんは、正座してお袋の前に座っていた。
 お袋も正座しているが、部屋で唯一つの座布団はお袋が使っている。

「昨夜、美神さんと飲みに行って……」

 居酒屋から始まって、バーを二軒はしごしたところまでは覚えている。
 しかし、その先は全く記憶になかった。

「だらしないわね、忠夫。父さんだって、酒で失敗したことは一度も無いのよ」

 そりゃそうだろう。あのオヤジは、女を酔い潰してからホテルに連れ込むのが、いつもの手口だ。

「そのあと、潰れた忠夫をタクシーで送って、そのまま自分も寝てしまったと」

「そうです」

 美神さんが、うなだれた様子でお袋の言葉にうなづいていた。
 わずかに頬が赤らんでいて、ちょっぴり可愛いなんて思っていたりする。

「本当に、それだけ?」

「な、なんでそこで、俺を見るんだよ!?」

 実際、部屋に戻ってきてからのことは、俺は何も覚えていない。
 朝、俺のワイシャツを着た美神さんに起こされて、はじめて美神さんが俺の部屋に泊まったことを知ったくらいだ。
 もっとも、自分が本当に無実かどうかについては、あまり自信がなかったりする。

「……まあ、信じることにするわ。それから忠夫、ちょっとこっちにきてくれる?」

 そう言うとお袋は、美神さんを部屋に残して俺と二人で外に出た。

「忠夫、隠さずおっしゃい」

「な、何だよ!?」

「アンタ、美神さんに手を出したんじゃないの!?」

 お袋は俺を壁際に追いやると、いつの間にか手にもっていた包丁を首筋に突きつけた。

「し、してねえってば。俺のこと、信じたんじゃなかったのかよ!?」

「昨夜の件はね。でも、その前はどうなのよ?」

「だから、手なんて出してないって」

「美神さん、この前会ったときと比べて、ずいぶんしおらしくなってるじゃないの!?」

 しまった。そう言えば、俺が過去に戻ってくる直前に、お袋が日本に来ていたっけ。
 精神年齢が五歳加算されてるから、ずいぶん前のことだと思ってた。

「最近、つきあい始めたんだ。でも、他人に顔向けできないようなことは、何もしてないからな」

「わかったわ」

 俺とお袋の話が終わったあと、美神さんが自分の家に帰った。
 気になることはいろいろあったが、二日酔いの頭痛には勝てず、頭痛が治まるまで布団で横になることにした。



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