君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(外伝01.グレート・マザー再襲来。そして……[下])




》》Reiko

 その日は仕事を早く切り上げると、横島クンのお母さんが予約したレストランへと向かった。

「よく来てくれたわね」

「いえ、こちらこそ」

 ウェイターに別室へと案内されると、そこには既に横島クンのお母さんが待っていた。

「あなた、けっこう飲めたわよね。ここのワイン、けっこうおいしいのよ」

 料理と食前酒のワインを注文すると、すぐにワインが運ばれてきた。
 私と横島クンのお母さんで、軽くグラスを触れあって乾杯する。

「それで、聞きたい話は何ですか?」

「そうねえ。聞きたいことはいろいろとあるんだけど……」

 やり手のキャリアウーマンの顔が、急に息子のことを案じる母親の表情へと変化した。

「忠夫は変わったわ」

「ええ……」

 私はその言葉に、相槌(あいづち)を打った。
 彼の身近にいる人は、皆その変化に気づいている。
 ましてや、母親であればなおさらだろう。

「成長してくれたのは嬉しいけど、少し会わない間これだけ変わっちゃうと……ね。
 その間の出来事を考えると、さすがに平静でいられないのよ。
 忠夫にも問いただしてみたんだけど、あの子ったら返事をはぐらかすばかりでね」

 横島クンのお母さんが、苦笑いを浮かべていた。

「でも、あの事件については、そちらでも調べたんじゃないんですか?」

 日本の商社の情報収集力は、国家の情報機関に引けを取らないほど優秀だ。
 公安やGメンの話を、そのまま鵜呑(うの)みにするとは思えないのだが。

「調べてはみたんだけどね、結論を言うとたいしたことはわからなかったのよ。
 商社は政治や経済方面には強くても、オカルト関係は全然ダメってことね」

 横島クンのお母さんが、やれやれといった感じで、首を大きく横に振った。

「本社の一番の腕利きに頼んだんだけど、私が聞いた話以上のことはわからなかったわ」

「だから、直接私のところに聞きにきたと?」

「そういうこと」

 西条さんたちオカルトGメンを疑うわけではないが、機密は私が予想していた以上に保たれているようだ。
 私とこうして会っているのも、他に事実を知る手段がないからかもしれない。

「すみません。今から話すことは、内密にお願いします」

「ええ、かまわないわ」

「実は……」




》》Yuriko

 美神さんが口を開きかけたとき、私たちのいる部屋のドアがノックされた。
 やがて料理をもったウェイターたちが、部屋の中に入ってくる。
 料理の皿が並び終えてウェイターが退出してから、彼女は話を再開した。

「時間移動という言葉を、ご存知ですか?」

「SF映画なんかに出てくるやつでしょ。それがどうかしたの?」

「実は私、時間移動ができるんです。今は、その能力を封印してますが……」

 顔には出さないようにしたが、おとぎ話のようなことを平然と言ってのける彼女に、少々驚いた。

「そういえば、あなたのお母さんも時間移動ができるみたいね。遺伝かしら?」

 アシュタロスという魔族との戦いで指揮をとったのは、彼女の母親である美神美智恵さんだった。
 報告によると、彼女は過去から未来に時間移動してきて、この戦いの指揮にあたったらしい。

「まあ、そんなところです。
 それで時間移動というのは、普通は自分の体ごと過去や未来に移動します。
 しかし、横島クンの場合は違いました」

 ひょっとして、忠夫も時間移動能力者なのかしら?

「横島クンは、五年後の未来から来ました。魂だけ時間を遡って」

 私は、その言葉の意味が理解できなかった。

「忠夫が未来から? 魂だけってどういうことなの?」

 それから私は、予想だにしなかたった奇想天外な話を、彼女から聞かされた。
 かつて忠夫が、魔族を相手に同じ戦いを経験したこと。
 その戦いに勝利するために、人類と恋人の命を天秤(てんびん)にかけ、そして恋人を捨てるという決断を下したこと。
 そのことを悔やみ続けていた忠夫が、幾多の修行を積んだのち、過去に戻ったこと。
 そして二度目の戦いで、多くの苦難に直面しながらも、ようやく勝利を掴み取ったことなど。
 私は滅多なことでは驚かない方だが、彼女の話には驚愕(きょうがく)せざるをえなかった。

「これが真実なんです。とても、信じられないかもしれませんが」

 しかし彼女の語る言葉には、真実を知るものにしか伝えることのできない、強い迫力があった。

「あなたが(うそ)を言ってないことぐらいは、私でもわかるわ」

 彼女の話はあまりにも膨大な内容であり、それを整理するのには少し時間が必要であった。
 私は中身が少なくなったグラスを手にもち、それを軽く()さぶりながら、彼女の話を頭の中で再構築する。
 様々な切り口から、彼女の話した内容を検討したとき、疑問点が浮かび上がってきた。

「質問があるけど、いいかしら?」

「ええ、どうぞ」

「忠夫がルシオラさんのことでやり直しを願ったのに、なぜ一緒にならなかったの?」

 彼女の話を聞いて、一番疑問に思った内容がこれであった。

「戦いの途中で横島クンの秘密を知った私とルシオラは、同志のような関係でした。
 それで、戦いが終わってしばらくしてから、ルシオラと二人で話し合ったんです。
 最後は、横島クンに決めてもらいましたが」

「ルシオラさんは、本当にそれでよかったの?」

 報告によれば、忠夫とルシオラさんの関係は極めて良好だった。
 同じ女として、どうしてもそこが納得できない。

「彼女は魔族ですから。
 アシュタロスの枷が外れたあとは、寿命のことは気にしなくてよくなったんです」

「でも、忠夫は?」

「横島クンの方も大丈夫です。トップシークレットなので、詳しく説明できませんが」

「機密じゃあ、しかたがないわね」

 母親としてはけじめだけはしっかりつけて欲しいが、それについては彼女たちに任せておいて大丈夫だろう。
 そこから先は、彼女たちと忠夫の問題だ。

「それにしても助かったわ。忠夫ったら、私には何も話してくれないから」

「いえ。お役にたてて何よりです」

「それにしても、あなたも変わったわね。
 最後に空港で会ったときは、今にもケンカを売ってくるような様子だったのに」

 その言葉を聞いた彼女は、急に顔を真っ赤にしてしまった。

「あ、あの時は、たいへん失礼しました」

「いいのよ。もう水に流しましょう。それより、避妊(ひにん)には気をつけてね。
 できちゃった婚は、けっこう恥ずかしいものよ」

 私は頭を下げていた彼女に、パチリとウィンクする。
 しかし、彼女の顔はさらに赤くなり、まるで茹蛸(ゆでだこ)のようになってしまった。

「あああ、あの、私と横島クンは、まだそこまで……」

「でも、もう時間の問題みたいね。いっそのこと、籍を入れちゃったら?
 ナルニアまで挨拶(あいさつ)に来てくれれば、ちゃんと承認してあげるわよ」

 火照(ほて)りきった彼女の顔からは、もう少しで湯気が吹き出そうなほどだった。
 勝気そうな性格だが、根はけっこう可愛い()なのかもしれないと思った。




》》Yokoshima

 お袋が、突然ナルニアに帰ると言い出した。
 急に押しかけておいて、どういう風の吹き回しかさっぱりわからない。

「本当は、ルシオラさんにも会ってみたかったんだけどね」

 だけど時間がないから、それは(あきら)めたみたいだ。
 まあ、あのオヤジを何日も野放しにしておくわけにもいかないから、やむを得ないことだと思う。

「どうしたんだ、お袋?」

 空港まで送ったあと、出国カウンタに入る前に、お袋が俺の顔をじっと見つめた。

「あんたが、そんな苦労をしてきたなんてねえ……」

「え? 何の話だ?」

「いいのよ、こっちのこと。それより、美神さんを大切にするのよ」

「わかってるってば」

「それから、決心がついたら、美神さんをナルニアに連れてきなさい」

 俺がきょとんとしていると、お袋が「鈍い息子だねえ」とつぶやいていた。
 いったい何のことだろう?

「わかんなかったらいいのよ。それじゃあね」

「ああ。気をつけてな」




 それから数ヵ月後、18歳になった俺は、美神さんと一緒にナルニア行きの飛行機に乗っていた。
 美神さんに言われるまで、そのことに気がつかなかった俺は、やっぱり鈍いヤツなのかもしれない。


(外伝01.グレート・マザー再襲来。そして…… 完)


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