※この話は、『君ともう一度出会えたら』 エンディング3で、横島とルシオラが結婚する前の挿話です。
君ともう一度出会えたら
作:湖畔のスナフキン
(外伝02.未来から来た少女[1])
》》Yokoshima
俺にとって、アシュタロスとの二度目の戦いが終わってから、半年が過ぎた。
日々の生活は、順調そのものだった。
学校も、無事三年に進級した。
本当は出席日数がヤバかったのだが、事情を知った隊長が裏で手を回してくれた。
「人類の英雄が高校を留年するなんて、シャレにもならないしね」
隊長は手配を済ませると、そう言って笑った。
もっとも、表向きはオカルトGメンと、美神さんを始めとした民間GSの活躍で、事件が解決したことになっているので、俺の本当の姿を知る人はごく少数である。
しかし、留年がなくなった代償として、春休みが補習でほとんど潰れてしまった。
仕事の方も、うまくいっていた。
アシュタロスとの戦いが終わった後、美神さんが俺の給料を、時給制から固定給+歩合制に完全に切り替えてくれたのだ。
今までの請負の仕事は、美神さんが九割以上を引く詐欺同然のものばかりだったが、今はきちんと契約して、毎月の給料の他に報酬の三割を受け取っている。
そのため時給を稼ぐために、学校が終わってからずっと事務所には居続ける必要はなくなったのだが、実のところヒマさえあれば事務所に顔を出していた。
その理由はというと……
「ヨコシマ!」
もちろん彼女の、ルシオラの顔を見たいからだった。
ルシオラとパピリオは、今でも美神除霊事務所の一室で暮らしている。
隊長の口利きで美神さんがマンションを借りることができたので(それまで不動産屋のブラックリストに載っていた美神さんは、部屋を借りることができなかった)、おキヌちゃんが美神さんの部屋に移り、ルシオラとパピリオがおキヌちゃんの部屋に入った。
屋根裏部屋には、新しくやってきたシロとタマモが住んでいた。
「ちょっと、いい?」
ルシオラが俺の袖を軽く引っ張った。
俺とルシオラは、さりげないふりをしながら、別室に入る。
「なんだい?」
「ヨコシマ、明日お休みでしょ?」
「ああ、そうだけど」
「明日……部屋に行ってもいい?」
ルシオラが、そっと上目使いで俺を見つめる。
その可愛らしい仕草に、俺の胸の鼓動がドキンと高鳴った。
「も、もちろんオーケーさ!」
「よかった。じゃ、明日のお昼ごろに行くから」
翌日、俺は起きるとすぐに部屋の掃除を始めた。
部屋の様子は、以前とあまり変わっていない。
部屋にちらばっていたビデオと雑誌をまとめて押入れに放り込み、ゴミをまとめてから掃除機をかけたところで、ルシオラがやってきた。
「ヨコシマ、あがるわね」
俺の返事を待たずに、ルシオラは部屋に入ってきた。
今までに何度も俺の部屋に来ているので、もうすっかり慣れている。
「掃除は終わった?」
「だいたい終わったよ」
「それじゃあ、お昼ご飯にしましょう」
ルシオラは上着を脱ぐと、部屋に置いてあったエプロンを付けた。
俺はエプロンなぞ着たこともないから、このエプロンは当然彼女の物である。
「ご飯は炊けてるわね。みそ汁を温めるから、五分くらい待ってて」
ルシオラは皿をテーブルの上に置くと、持っていたスーパーの袋の中から惣菜を取り出して、皿に盛りつけた。
そして、ご飯と温まったみそ汁の入ったお椀を、テーブルの上に並べた。
「ヨコシマ。ご飯にしましょう」
「うん」
「ごちそうさま」
食事が終わったあと、俺たちは部屋でゴロゴロしていた。
俺はボーッとテレビを見ているし、ルシオラも持ってきた女性週刊誌をパラパラとめくっている。
何をするというわけでもないが、二人だけでいる時間がとても貴重に思えた。
「ねえ、ヨコシマ。ちょっと見て」
ルシオラの開いたページのタイトルを見て、俺はギクッとした。
「け……結婚式特集!?」
戦いが終わって、正式に人間界で暮らすことになったルシオラは、人間社会のことを学び始めた。
今までも多くの知識をもっていたが、それはどちらかというと大学で学ぶような専門知識ばかりだった。
今彼女が学んでいるのは、日本人の生活習慣や一般常識といった類である。
中でも彼女が興味を示したのは、『結婚』であった。
「これが都内のホテルで、こっちが軽井沢で、それから海外ってのもあるわ」
ルシオラは嬉しそうな顔をしてページをめくっていたが、俺は内心では引いてしまっていた。
いや決して、ルシオラと結婚したくないわけではない。
むしろ、彼女のいない人生など、今ではとても考えられない。
だけど……その……なんて言うか……
「ルシオラ。あのさ、俺まだ高校生だろ?」
というか、俺の年齢以前に、ルシオラの戸籍はどうするんだろう?
まあ、今は触れない方がいいかもしれない。
「あら。日本の民法では、男性は十八歳になれば結婚できるわ」
「それは法律の話であって、実際に十八で結婚するなんて、ほとんど聞いたことがないけど」
「二十二歳」
ルシオラが、切り札を切ってきた。
その切り札の前に、俺は返事に詰まってしまう。
「精神年齢は二十二歳じゃない。収入だって、十分確保できてるわ」
「うん、それはそうなんだけど……」
俺だって、これからのことを何も考えていなかったわけではない。
過去の五年間は修行と仕事漬けで、若者らしいエンジョイ・ライフを何も楽しめなかった。
それを取り戻そうと、いろんなことを考えていたのだが、ルシオラが期待していることについては、まだ予定を組んでいなかった。
「やっぱり男の人って、結婚を持ち出すと逃げ腰になるのね」
ルシオラがページをめくると、そこには『気合が肝心! 男を逃がさずキープせよ!』というやや過激なタイトルが目に入る。
「ち、違うって」
俺は別に、結婚が嫌なわけじゃない。
ただ、もうちょっとだけ自由でいたいとか、なんというか……
「わかったわ」
ルシオラは読んでいた週刊誌を閉じると、ツンとすました表情をしながら立ち上がった。
「ルシオラ、どこに行くんだ?」
「別に。部屋の片付けをしようと思って」
あれ? 部屋の掃除は昼食前にしたはずだけど。
どこを片付けるんだ?
「この中って、まだ見たことがないのよね」
まずい! そこにはいろいろと危険な物品が!
「ルシオラ! ちょっと待っ……」
だが俺が静止するより早く、ルシオラは押入れの引き戸を開けてしまった。
「きゃあ!」
ルシオラが戸を開けた途端、中に積んであったものが雪崩をうって出てきた。
ルシオラは驚いていたが、中から出てきた物を確認すると、急に態度が変化する。
「ヨ・コ・シ・マ!」
「は、はい!」
「これがいったい何なのか、説明してくれる?」
ルシオラが手にしていたのは、そうアレもののビデオであった。
「巨○女教師に、巨○女子高生、巨○女上司なんてのもあるわね。
あら。この女の人、ちょっと美神さんに似てない?」
声こそ穏やかだったが、ルシオラの口元と、ビデオをもった手がピクピクと震えていた。
「そ、それはその……」
「なに? はっきり言ってちょうだい」
「それは、男の生理現象を鎮めるためにだな」
「ヘー。生理的欲求を解消するのに、こんなに必要なんだ」
押入れから出てきたビデオは、全部で十二本ある。
雪之丞からまとめて借りたのが、完全に裏目に出ちまった。
「しかも、全部巨○ってタイトルが付いてるじゃない。これって私へのあてつけ!?」
「い、いや。ルシオラの胸が、形はいいけどちょっと小さいとか、そんなことは全然思ってないぞ」
俺は必死になって弁解したが、その言葉は完全に逆効果だった。
ルシオラの右手に魔力が集まった。背中には、ゴーッという擬音が出そうなオーラがただよっている。
「ちょ、ちょっと待て! いくらなんでも、部屋の中でぶっ放すのはマズい!」
「ヨ・コ・シ・マ・の、バカーー!」
俺は慌てて頭を下げた。
その瞬間、俺の頭上を霊波砲が通り過ぎる。
背後を振り返ると、壁に大きな穴が開いていた。
「一発で終わりじゃないわよ」
目の前にルシオラの足があった。
上を見上げると、今度は左手に魔力が集まっている。
「うわっ! アパートが壊れちまう!」
だが、予想していた一発はなかった。
部屋の天井近くの空間が光り、そこから小さな女の子が降ってきたからである。
俺は急いで体の向きを変えると、両手でその女の子を受け止める。
「ヨコシマ、この子は?」
ルシオラの声に、いつもの平静さが戻っていた。
突然の出来事に驚いたのか、毒気が抜けたようである。
「さ、さあ?」
その子は、気を失っていた。
黒髪をおかっぱ頭にしていたその女の子は、4歳か5歳くらいに見える。
「おい、君大丈夫か?」
俺はその子を起こすために、軽く揺さぶった。
しばらくして、その子が薄っすらと目を開ける。
「あっ、パパだ」
目を覚ましたその子は、俺のことをパパと呼ぶと胸にギュッと抱きついてきた。
びっくりした俺とルシオラは、その場で凍りついてしまう。
「パパですって!」
ようやく再起動したルシオラが、俺に向かって詰め寄ってくる。
未だフリーズ状態の俺は、女の子を抱きかかえながら、目を白黒させることしかできなかった。
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