》》Yokoshima


「あっ、パパだ」

 目を覚ましたおかっぱ頭の女の子が、俺にギュッと抱きついてきた。
 驚いた俺とルシオラは、その場でフリーズしてしまう。

「パパですって!」

 先に再起動したルシオラが俺に詰め寄ってくるが、俺はその場で目を白黒させることしかできない。

「いったいどういうことか、きちんと説明してくれる!?」

 般若のような笑みを浮かべるルシオラに、俺は成す術もなかったのだが、俺の胸にいた女の子がこの場の膠着状態を打ち破ってくれた。

「ママ!」

 見知らぬ女の子からママと呼ばれたルシオラは、その場で動きが止まってしまう。
 目を白黒させるのは、今度はルシオラの番だった。





 君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(外伝02.未来から来た少女[2])






「それで、自分たちだけで手に負えないから、事務所に来たと」

「ぶっちゃけ、そういうことです」

 俺は女の子を膝の上に乗せながら、美神さんの問いに答えた。

「わかったのは『けいか』という名前だけで、あとは何を話してもサッパリなんです」

 この子は俺とルシオラを見て、迷わずパパとママと呼んだ。
 この子にしてみれば、両親から自分について聞かれたところで、今さら何をという気持ちなのだろう。

「第三者が事情を聞いた方が、話が早いかもしれないわね」

 だが美神さんは、自分の席から動こうとはしなかった。
 子供が苦手なところは、まだ直っていないらしい。

「ねえ。けいかちゃんは、いくつ?」

 おキヌちゃんが、この子の顔を覗き込むようにして話しかけた。

「よっつ」

 その子は指を四本立てて、おキヌに答える。

「名前は、なんて書くのかしら」

 俺の膝の上にいたこの子が、何かを探すように首をきょろきょろさせた。
 書くものを探していると察したのか、おキヌちゃんがノートと鉛筆をもってくる。
 するとこの子は、ノートに大きく『横島蛍華』と漢字で書いた。

「あら偉い。名前を漢字で書けるのね」

「横島って……やっぱりあんた」

 美神さんが横目で、俺をジロリと睨む。

「な、何言ってるんですか! 四年前って、俺まだ中学生ですよ!」

 厳密に言えば、肉体年齢で四年前となるが。

「いくら横島さんでも、中学生で子作りは無理ですよ。
 それにこの子、どうみてもルシオラさんに似てると思いますけど」

 おキヌちゃんが俺をフォローしてくれたが、『いくら横島さんでも』はないと思う。
 昔はあまりに女の子にモテなかったため、どれだけ多くのコンプレックスを抱いてきたことか。

「そうねえ。たしかに、横島クンよりルシオラに似てるわね」

 この子は髪型といい顔のつくりといい、ルシオラによく似ていた。
 むしろ、俺に似ている部分を探す方が、大変だと思う。

「四年前だと、私はまだ生まれていません。すると残る可能性は、時間移動ですね」

「そうね。そう考えるのが妥当だわ」

 以前にも、隊長が子供の美神さんを連れてきたことがあったから、特に違和感は感じなかった。
 しかし時間移動となると、いったい誰がこの子を過去に連れてきたのだろうか?




》》Reiko


「蛍華ちゃん。ちょっとお姉さんとお話ししようか」

 それから、おキヌちゃんが時間をかけて、女の子から話を聞きだした。
 この子には兄がいて(忠(ただし)という名前だそうだ)、ふとしたことからケンカした時に、父親からもらった文珠を全部使ってしまったらしい。
 気がついたら、横島クンに抱かれていたとのこと。
 おそらく、無意識に父親のところに戻ろうとして、偶発的に時間移動してしまったのだろう。

「それで、この子はどうするの?」

 私は横島クンに尋ねた。

「時間移動で来たとしたら、元の時間帯に送り返すしかないでしょう」

「私一人じゃ、移動先の時間帯を特定できないわよ。横島クンは?」

「肉体ごと時間移動しようとすると、文珠を十四個同時制御する必要があるんです。
 今の俺だと、基礎的な霊力が足りないから、無理ですよ」

「それじゃあママに頼むしかないけど、あいにくヨーロッパに出張中なのよ。
 予定だと、帰国は二週間先ね」

 横島クンが「うーん」とうなると、腕を組んで考え込んだ。

「こうなったら、ママが帰ってくるまでその子の面倒をみるしかないでしょ」

「それもそうですね。どうする、ルシオラ?」

 横島クンが、ルシオラの方を振り向いた。

「えっ……あたし?」

 急に話を振られたルシオラが、慌てた表情を見せた。

「ごめんなさい。自分の娘だという実感が、どうしても出てこなくて……」

 この子の件で、一番動揺していたのはルシオラだった。
 特に子供嫌いというわけではなさそうだが、自分の子供が現れるという事態に、心がついていけないらしい。

「とりあえずルシオラが落ち着くまで、横島クンがその子の面倒をみたらどう?」




 結局、横島クンがその女の子を、自分の家に連れて戻ることとなった。
 戸惑いを隠せないルシオラを事務所に残して、横島クンが女の子の手を引いて事務所をあとにする。

「でも、本当に一人で大丈夫なんですか?」

 おキヌちゃんが、心配そうな顔をしていた。

「なんとかなるんじゃない」

 逆行する前に横島クンは、仕事の合間にひのめのベビーシッターもしていたらしい。
 本人いわく、「赤ん坊と子供の世話は慣れてますから」だそうだ。

「でもほら、子供の世話っていろいろ準備する物が必要じゃないですか。
 例えば着替えとか、玩具とか。お風呂だって入れてあげなければいけないんですよ」

「そう言われてみれば、そうね」

 そのとき、物思いにふけっていたルシオラが、急に顔を上げた。

「美神さん、氷室さん、待ってください。ヨコシマとあの子が、一緒にお風呂に入るんですか!?」

「横島クンの家にはお風呂がないから、銭湯に行くのかしら?
 私は経験ないけど、お父さんが娘と一緒に男湯に入るって話は、聞いたことがあるわよ」

 その言葉を聞いたルシオラの顔色が、急に変化する。

「本当ですか! 当然、お風呂に入るときは裸ですよね!?」

「温泉に入るときに体にタオルを巻くこともあるけど、町の銭湯でそうすることはないわね」

「私、様子を見てきます」

 ルシオラが横島クンのあとを追って、事務所の外に出て行った。

「やっぱり、子供のことが気になるんですね」

「どっちかというと、焼き餅なんじゃないの?」

 私はおキヌちゃんが淹れた紅茶を飲みながら、お喋りを続けることにした。



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