君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(外伝02.未来から来た少女[5])




》》Lucciola


 蛍華のうめく声で夜中に目が覚めたのは、蛍華が来てから十日目の夜のことだった。

「どうしたの?」

 眠い目をこすりながら蛍華に尋ねたが、「うーん、うーん」と苦しそうな声しか返ってこない。
 びっくりした私は、どうしていいかわからなくて、一緒に寝ていたヨコシマを起こした。

「ヨコシマ、起きて」

「……どうしたんだよ……ルシオラ……」

 ヨコシマは、よほど深く眠っていたらしい。
 布団の上から何度か揺さぶった後、ようやく不機嫌そうな声で返事をした。

「お願いだから起きて。蛍華の様子が変なのよ」

「蛍華がどうしたって?」

 ヨコシマは布団から上半身を起こすと、私とヨコシマの間で横になっている蛍華に目を向けた。
 そして、小さなうめき声をあげている蛍華に気がつくと、驚いて目が覚めたのか急に姿勢を正した。

「いつからなんだ?」

「わからない。私もさっき気がついたばかりなの」

 ヨコシマは布団から手を出すと、蛍華の額にあてた。

「……熱がある」

「熱ですって!」

「とりあえず、薬を飲ませよう」

 ヨコシマが薬を探している間に、私はコップに水を汲んできた。

「蛍華。少し体を起こすんだ」

「パパ……ママ……苦しいよぉ」

「薬を飲むから、口を開けて」

 ヨコシマがコップの水と一緒に、蛍華に錠剤を飲ませた。

「……大丈夫?」

「少し様子をみよう」

 濡らしたタオルを蛍華の額にあててから、二人で一時間ほど蛍華の看病を続けた。
 途中で何回か濡れタオルを取り替えたが、蛍華の熱はいっこうに治まらない。

「この薬じゃダメか……あとは病院に連れて行くしか」

「待って。この子は、魔族の血を引いているのよ。
 薬を飲んでもダメなら、人間の医者にみせても、おそらく治せないわ」

「そっか……」

 ヨコシマは腕を組んで、しばらく考え込んだ。

「ルシオラは、ヒーリングできたっけ?」

 私が顔を横に振ると、ヨコシマが右手を開いた。

「じゃあ、最後の手段だな」

 ヨコシマは右手の中に二つの文珠を生成すると、そこに『解』『熱』の文字を込めて蛍華の額にあてた。
 文珠が発光すると、蛍華の顔から熱っぽさがとれて、やがて落ち着いた寝息に代わった。

「……治ったの?」

「文珠で、一時的に熱を下げただけだ。
 病気が治らない限り、文珠の効果が切れたらまた熱が上がるだろうな」

「そんな……」

「朝までは文珠の効果が持つはずだ。とりあえず、一休みしよう」

 それから私とヨコシマはもう一度横になったが、蛍華のことが気になってなかなか寝つかれなかった。




》》Yokoshima


 朝、目を覚ますと、ルシオラはもう着替えて、布団から出ていた。

「蛍華は?」

「まだ寝てるわ。熱もそんなに上がってないみたい」

 額に手を当てると、昨夜ほどは熱くはなかった。
 だが、頬が少し赤くなっていたので、文珠を使って早めに熱を冷ましておくことにした。

「ヨコシマ。これからどうするの?」

「文珠もいつまでも持たないしな……とりあえず、情報収集でもするか」

 俺は携帯を取り出すと、厄珍のところに電話をかけた。
 厄珍は商売柄、とにかく顔が広い。
 ひょっとしたら魔族向けの風邪薬なんかがあるかもしれないし、そこまでうまくいかなくても何か情報が入手できるだろう。

「もしもし。厄珍アルね」

「あー、横島だけど。朝っぱらから悪いんだけどさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「どんなことアルね?」

「実は……」

 俺は手短に、こちらの状況を話した。

「それで、ひょっとしたら厄珍の店に、魔族に効く薬が売ってないかと思ってさ」

「残念アルね。魔族の薬は置いてないアル」

「そっか……もしかしたらと思ったんだが」

 思わずため息を漏らしそうになったとき、

「一つだけ、耳寄りな話がアルね」

「この際だ。何でもいいから聞かせてくれ」

 それから厄珍が話したのは、天狗の修行者のことだった。
 過去に戻ってくる前に、高熱を出したタマモの薬をもらいに行ったことがある。
 たぶん、同じ相手だろう。

「他に心当たりはないか?」

「知ってるのは、それだけアルね」

「わかった。助かったよ」

 今度、厄珍に俺のお宝をもっていってやろう。
 どうせこのままでは、ルシオラに捨てられる運命だしな。

「ヨコシマ、どうだった?」

 俺が携帯を切ると、ルシオラが心配そうな顔をしながら、俺の顔を覗き込んだ。

「いい情報が入った」

 俺が天狗の薬のことを話すと、

「私も一緒に行く!」

「いや。ルシオラは残って、蛍華を見ていてくれ」

 俺は天狗が修行中で、女性との接触を嫌っていることを話した。
 まあ、前回も天狗はシロの相手をしたから、強引に捻じこめば何とかなるかもしれないが、わかっているのに無理に連れていくこともないだろう。

「でも、一人で大丈夫?」

「たぶん、なんとかなるよ」

 人狼のシロが、死に物狂いになってようやく勝った相手だから、油断はできない。
 久しぶりに、全力を出す必要があるだろうな。




 着替えをしてすぐに家を出た俺は、昼過ぎには天狗のいる山の麓についた。
 前に来たときは三人分の荷物を背負っていたが、今は身一つなので至って軽快である。
 樹海の中を記憶と勘を頼りに進むうちに、覚えのある気配がスーッと近づいてくるのを感じ取った。

「拙僧に、なにか用か」

「あんたから薬をもらいたくて、ここまで来たんだ」

「条件が何か、知っているだろうな?」

「わかってるさ。あんたと闘って、勝てばいいんだろ?」

 俺は全身のチャクラを一斉に開放して、霊波と肉体の波長の同期をとった。
 この技を使うのも、ずいぶん久しぶりだ。

「ほう。人間にしてはなかなかやるな。それでは、拙僧も手加減なしでいくぞ!」

 天狗が、腰の刀を抜いて構えた。

「いくぞ!」

 俺が出した霊波刀と、天狗が振り下ろした刀が空中で激突した。

「なかなかやるな」

「そっちこそ!」

 俺は鍔迫り合いを続けながら、相手の隙をうかがう。
 しばらくして、相手が足払いをかけてきたが、後ろに下がってよけたときに、相手も後方に飛び下がった。
 すかさず突進して、二合・三合と斬り合わせたが、ことごとく相手に受け止められた。

「ふむ……その若さで霊力だけでなく、剣術まで学んでいるとはたいしたものだ」

 こいつはマジに強い。
 力だけならともかく、剣の腕前はおそらく向こうの方が上だ。
 前に来たときには、直接闘っていたのがシロだったから、「ならば逆アプローチ!」なんてことをやる余裕もあったが、今は一瞬でも気を抜けば、たちどころに斬られてしまうに違いない。
 どうする。俺!?

「そちらから来ないならば、こちらから行くぞ!」

 不意に俺の脳裏に、笑顔をしたルシオラとその腕に抱かれた蛍華の姿が浮かび上がった。
 そうとも俺はこんなところで、くたばるわけにはいかないじゃないか!

 ガッ!

 俺の霊波刀と天狗の刀が、再び空中で激しくぶつかり合う。
 だが、次の瞬間、俺から発した強力な力場が、天狗の体を弾き飛ばした。

「な、なんと!」

 俺の体から、霊力とは異なる力が湧き上がっていた。
 力場を作ったのは、この力によるものだ。
 だが、その力が強まると同時に、強い破壊衝動が俺の心に渦巻き始めた。

「そうか……そういうことであったか」

 突然、目の前にいた天狗が、刀を鞘に収めた。

「魔力を体外に出し切るのだ! 若き魔神よ、荒ぶる心を鎮めるにはそれしかない」

 天狗の助言に従い、俺は体内に溜まったその力を、空中に放出する。
 山の一部を削り取るほどの力を出すことで、ようやく心に平静さが戻ってきた。

「あんた、俺のことを知ってるのか」

「このような人里離れた場所に住んでいても、世間の噂は多少なりとも耳に入ります。
 ましてや、この地は魔界にも近い。先の大戦の結末については、拙僧も聞いてました」

 やれやれ。俺のことを知ってるなら、最初から事情を話しておけばよかった。
 過去の記憶に、頼り過ぎたかな?

「それで、その魔神殿が、いかなる薬をご所望ですかな?」

「実はだな……」

 こちらの事情を天狗に話すと、天狗はふむふむとうなずきながら話を聞いてくれた。

「残念ながら、拙僧は妖怪の治療が専門。魔族については、あまりよくは知りませんな」

「そっか」

 天狗の返事を聞いた俺は、その場で肩を落とした。

「魔族のことは魔族。もしくは神族に尋ねるべきかと」

 すると、妙神山か。
 弱ったな。ここに来るまでに、だいぶ時間を費やしちまった。
 これから下山しても、妙神山に着くのは明日になるのか。

「いや、問題ないでしょう。先ほどの魔力の放出に、向こうが気づかぬはずはありません。
 そろそろ、誰かが様子を見にくるのでは?」

 天狗の話は、外れていなかった。
 しばらくすると、大きなカバンをもった見覚えのある神族が、こちらに向かって飛んでくる姿が目に入った。




 俺はやってきたヒャクメに、こちらの状況を話した。
 そして、ヒャクメの力でアパートに空間転移して戻ると、すぐに蛍華の容態を調べてもらう。
 ヒャクメは、カバンの中から大きなルーペを取り出すと、それで蛍華の体をじっくりと見た。

「で、どうなんだ。蛍華の具合は?」

「問題ないのね〜〜」

 ヒャクメの説明によると、蛍華は魔力の成長期に入っていたが、俺から受け継いだ人間の体の部分が、急激に増えた魔力に適応できずに発熱を起こしたらしい。

「神族と人間の間にできた子供には、よくある症状なのね〜〜。
 魔族も本質は神族と変わらないから、同じことなのね〜〜」

「蛍華は、治るんだな!?」

「あわてなくても、大丈夫なのね〜〜」

 ヒャクメは、自分のノートパソコンのキーをポンポンと叩くと、空中にから出てきた飲み薬の入ったビンをルシオラに渡した。

「一日三回、食後三十分以内に飲ませてね。一回の容量はキャップ一杯。一週間分あるから」

 薬を受け取ったルシオラが、ヒャクメに礼を述べた。

「どういたしましてなのね〜〜。これからの、よろしくなのね〜〜」

 やれやれ。どうやら、ヒャクメが我が家の主治医に確定のようだな。
 まあ、妙神山には昔から世話になってるし、問題ないか。




 それから数日して、隊長が外国出張から戻ってきた。
 蛍華の体の具合も、すっかりよくなっている。
 こちらの事情は既に伝えていたので、俺とルシオラは蛍華を事務所に連れていくと、そこで待っていた隊長と合流した。

「すみません、隊長。後はよろしくお願いします」

「あの、何年先に移動するのでしょうか?」

 ルシオラが隊長に質問した。

「大丈夫よ。もう調べはついているから」

 隊長によると、未来の美神さんに会って話を聞き、正確な日付まで把握しているそうだ。

「パパとママは、一緒に行かないの?」

 隊長と手を握っていた蛍華が、きょとんとした表情で俺の顔を見上げた。

「俺とルシオラは、後から行くから、心配しなくても大丈夫だよ」

「うん!」

 まあ、後のことは、未来の俺たちがフォローしてくれるだろう

「横島くん。今回の件は、貸しにしとくから」

「はあ、どうも」

 やれやれ。隊長にでっかい借りを作っちまったな。
 後が恐いから、隊長と冥子ちゃんのお母さんだけは、あまり借りを作りたくなかったんだが。

「それじゃあ、行ってくるわね」

「パパー。ママー。行ってきまーす」

 ブンブンと大きく手を振る蛍華に向かって、小さく手を振り返す。
 やがて、隊長が『雷』の文珠を使うと同時に、二人の姿が消えていった。





「行っちゃったね」

「ああ」

 事務所を出た俺とルシオラは、アパートに戻ることにした。
 今は、事務所から駅までの道を、肩を並べて歩いている。

「私ね……蛍華を始めて見たとき、自分の娘だって実感がほとんどなかった」

「うん」

「今だから言うけど、ヨコシマがあまりあの子を可愛がるから、ちょっと焼き餅妬いてたんだ」

「そうだったのか」

 ルシオラの意外な告白に、俺は少し驚いていた。

「でも、あの子と暮らしているうちに、だんだん情が移ってきた。
 蛍華も、私に懐いてくれていたしね」

 蛍華の目には、今の俺たちも未来の俺たちと同じように、見えていたのだろう。

「だから、蛍華が熱を出したときには、本気で取り乱してた。
 私、病気の知識がほとんどないから、自分ではどうしたらいいのかさっぱりわからなくて。
 ヨコシマが戻ってくるまで、ずっとあの子が寝ている枕元にいたわ。
 もし、治療方法がみつからなかったら、この子いったいどうなっちゃうんだろうって……」

 横を歩いていたルシオラが、顔を軽くうつむかせた。

「それがたぶん、母親の気持ちってやつじゃないのかな」

 俺は男だから、母親の気持ちなんて正確にはわからない。
 だけど、子供が熱を出して苦しんでいたら、親はそういう気持ちになるんだろうなってことは、なんとなく想像できた。

「そうなんだ……これが、母親の想いなのね」

「まあ、根拠があるわけじゃないけど」

「ねえ、ヨコシマ」

 ルシオラが小走りで前に駆け出すと、俺の数メートル先でくるりと振り向いた。

「子供、欲しくない?」

「へっ!?」

「だ・か・ら、私とヨコシマの子供よ。
 どうせ未来にできるなら、少しくらい早くなってもかまわないでしょ?」

 目の前で、ルシオラがチェシャ猫のような笑みを浮かべる。
 罠とわかりつつも、その笑顔に吸い込まれそうになる自分を、無視することができなかった。

「わ、わかったよ……」

 でも、高校を卒業するまで待ってくれよな。
 校則をきちんと調べたわけじゃないけど、うちの学校は学生結婚を認めるほど寛大じゃないはずだ。
 それとも、先にヤラせてくれるのなら、それはそれでオッケー牧場なんだが。

「それは、式を挙げるまでダ〜〜メ!」

 ルシオラは、俺のおでこを指でピンと弾いてから、俺の左腕にギュッとしがみついた。
 やれやれ。どうやら俺が計画していた、ルシオラとの甘酸っぱいキャンパス生活というのは、夢に終わりそうだ。
 子供ができたら、俺もルシオラも大学に通うどころじゃなくなるだろうしな。

 俺は、腕に伝わってくる柔らかな感触を楽しみながら、新たな人生計画について、想いをめぐらすことにした。


(外伝02.未来から来た少女 完)


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