君ともう一度出会えたら
作:湖畔のスナフキン
(エンディング2)
》》Reiko
横島クンが私のもとを去ってから、半年が過ぎた。
ふと気がつくと、無意識のうちに彼の姿を探している自分に気がついた。
この五年間、ずっと一緒に仕事をしてきたから、それだけ彼の存在が自分の中で大きくなっていたのだと思う。
横島クンが言っていたとおり、彼が去ったあと、彼のことは周囲の人たちの記憶から、きれいに消えていた。
おキヌちゃんも、シロもタマモも、彼のことを覚えていなかった。
そして数ヶ月が過ぎた頃、事務所に変化が起きた。
まず、シロが自分の村に帰っていった。
タマモも、シロが村に帰ってからしばらくした後、突然事務所から姿を消した。
その後の行方は、未だに分かっていない。
おキヌちゃんも、先月、実家の氷室神社に戻った。
お父さんの体の具合が、思わしくないとのこと。
神社の跡取りにと両親から望まれていた彼女は、東京での生活にピリオドを打った。
考えてみれば、おキヌちゃんもシロも帰る場所があるのに、今までこの事務所に留まっていたのは、横島クンがいたからかもしれない。
彼がいなくなったから、この事務所に居続ける必然性がなくなったのだろう。
彼の存在を大きく感じていたのは、自分だけではなかったということを、今になって気づかされた。
タマモも、この事務所が自分の居場所でなくなったことを、感じていたのかもしれない。
人手がなくては事務所の仕事を続けられない。私は新しく二名の女性GSアシスタントを雇った。
GS免許はもっているが、能力的には可でも不可でもないといったレベルだ。
今まで自分の事務所に、どれだけの逸材(が集まっていたのか、あらためて実感した。
そんなある日のことであった。
仕事の現場は都内だったが、雨が降っていたのでタクシーで出かけた。
仕事を終えたあと、夜も遅くなっていたので、事務所に戻る途中、近くのレストランで食事をとった。
そして、傘をさして事務所に戻る途中のことだった。
深々(と降る雨の中、私は事務所の前で傘をさして立っている男性の姿に気がついた。
「誰なの?」
私は、その男性に声をかけた。
背後から声をかけたので顔は見えなかったが、私はその人の後姿に見覚えがあるような気がした。
「お久しぶりです、美神さん」
その男性が私の方を振り向き、そして私の顔を見つめた。
「あなた──横島クン!?」
私は思わず、その場で立ち止まってしまった。
私の目の前には、いなくなったはずの横島クンの姿があった。
「何か飲む? あいにく、洋酒しかないけど」
「水割りでお願いします。量は少なめで」
私はグラスに氷を入れると、水で割ったウィスキーを半分ほど注いで、彼に渡した。
「いろいろと聞きたいことはあるけど、まずは乾杯しましょう」
私は自分のグラスを横島クンのグラスに軽く触れさせると、グラスの中身を一気に喉(の奥に流し込んだ。
「半年ぶりかしら」
「そうですね」
「よく戻ってこれたわね。正直、もう二度と会えないかと思ってた」
ソファに座った横島クンは、過去に遡(る前の姿とはずいぶん違っていた。
Gジャンにバンダナと高校生の頃の格好をしていた。顔つきもずいぶん若くなっている。
私は、もうすぐ27歳になろうとしている。若返った横島クンが、ちょっぴりうらやましくなった。
「俺も過去に遡(った時には、もう二度とここには戻ってこれないと思ってました。
それができるようになったのには理由があるんですが、それについては後で話します」
「それで、結果はどうなったの?」
もっとも、結果は聞かなくても想像できた。
今の横島クンには、以前にもっていた、張り詰めた雰囲気がなくなっている。
むしろ、一仕事成し終えた充実感すら感じられた。
「アシュタロスには勝ちました。ルシオラも、死なずに済んでます」
「そうなんだ。じゃあ今は、ルシオラとよろしくやっているわけね?」
横島クンとルシオラが仲良く暮らしている姿が、私の脳裏に浮かぶ。
ちょっとだけ、ルシオラに嫉妬心を感じてしまった。
「それがですね……今、俺は美神さんと暮らしているんです」
「えっ!?」
横島クンの返答は、私を心底から驚かせた。
「い、今、何て言ったの?」
「俺、美神さんと一緒になったんです」
私は予期せぬその返答に、呆然(としてしまった。
それから一時間近く、私は横島クンの話を聞いていた。
横島クンの話は、驚きの連続だった。
大筋では前回と同じ流れだったが、細部では違うことも多かった。
特にもう一人の私の行動については……
「ほ、ホントにそんなことを言ったの、私が?」
「本当なんですよ、美神さん」
私は何とも言えない、こそばゆい思いを感じていた。
どうしてもう一人の私は、そんなに素直になれたんだろうか?
「実はですね……あ、でも、これ言っていいのかな?」
「隠さずに言って」
「美神さんが、俺をドライブに誘ったときに言ったんですよ。私は強い人が好きなんだって」
その言葉を聞いて、私はようやく疑問が解けた。
私が変わったわけじゃない。変わったのは、横島クンなんだってことを。
今の私も、横島クンのことを好きだとはっきり自覚したのは、彼が妙神山で修業して強くなってからだった。
もう一人の私が、今の横島クンの実力に気づいたのであれば、彼に心引かれて当然なのかもしれない。
「そ、そうね。そうなのかもしれない」
どちらにしても、私が自分の気持ちに気づいた時には、彼の心は既に定まっていた。
だから私は、別れの時まで彼に、自分の想いを告げることができなかったのだ。
そう思ったとき、わたしは一つの疑問に気づいた。
あんなにもルシオラを求めていた横島クンが、どうして彼女と一緒にならなかったんだろう?
「でも、なぜルシオラじゃなくて私なの?」
横島クンは、もう一人の私と一緒になったと言った。
私を選んでくれたことは嬉(しかったが、理由がよくわからない。
「実は……」
横島クンが、究極の選択を迫られたときのことを話し始めた。
「つまり、私に借りがあったから、断り切れなかったということかしら?」
私は、ちょっとがっかりしていた。
心のどこかで、ルシオラよりも私を選んで欲しかったという願望を、もっていたのかもしれない。
「いえ、決して貸し借りだけじゃないんです。
たしかに美神さんには、言葉にできないほど世話になりました。でも……」
「でも?」
「俺、昔から美神さんのことが好きでしたから……」
その言葉を聞いた私は、一瞬、その場で固まってしまった。
たぶん今の私は、顔が真っ赤に染まっているに違いない。
「あ……あの、ありがとう……」
私はまるで小娘のように、もじもじとしてしまった。
その日の晩、横島クンが私の事務所に泊まった。
さすがに、まだ同じベッドで寝る勇気はなかったので、事務所のソファで寝てもらったが。
「横島クン、おはよう」
昨夜はなかなか寝つけなかった。
自分が横島クンのハートを射止めたわけでもないのに(正確には射止めたのは別世界の自分)、私はすっかり有頂天になっていた。
中途半端に酔っていたこともあり、ベッドの上であんなことやこんなことを考えながら、明け方近くまでゴロゴロと転がっていた。
お陰で目が覚めたら、昼近くになっていた。
「美神さん、仕事の方はいいんですか?」
「今日は休むことにしたから、大丈夫。従業員には、もうメールしといたから」
横島クンは先に起きていたようだ。
事務所のソファーに座って、コーヒーを飲んでいた。
「食事は、トーストでいい?」
「あるもので、いいッスよ」
私はトーストと目玉焼きを作ると、テーブルの上に並べた。
そして皿を並べた時に、椅子に座っていた横島クンの頬(に、軽くキスをする。
「えっ……!?」
「おはようのキスよ。イヤだった?」
「いえ、そんなことは……」
横島クンは、目をぱちくりさせていた。
ちょっと、驚いているみたい。
「どうせだったら、いつもどおりにしてもいいわよ」
「いいんですか、美神さん?」
横島クンはそう言うと、立ち上がって私に口づけした。
さらに、そのままディープなキスに移行する。
「…………!!」
しばらくして横島クンの唇(が離れたとき、私の頭の中は真っ白になっていた。
目の焦点が定まらないまま、ふらふらしながら自分の席にすわる。
それから朝食を食べたが、味をほとんど覚えていなかった。
食事が終わったあとも、私は自分の席でぼーっとしていた。
頭の真ん中からしびれるような感覚に、完全に浸(ってしまっている。
だが、いつまでもこうしてはいられないから、シャワーを浴びて頭の中をすっきりさせると、昨晩ベッドの中で練っていた計画を実行に移すことにした。
「横島クン、ドライブに出かけない?」
私は横島クンを愛車の助手席に乗せると、湾岸道路を横浜方面に向かって、車を走らせていった。
そして海底トンネルをくぐり、海ほたるの駐車場で車を停めた。
「いい天気ねー」
東京湾には薄もやがかかっていたが、まずまず天気はよかった。
私は車を降りると、横島クンの左手に掴(まり、両手でギュッと抱きかかえた。
「どうしたんですか、美神さん!」
「いいじゃない。前からやってみたかったんだから。それとも老(けた私はイヤ?」
「そ、そんなことないッス!」
今の私は20代後半。横島クンは精神的には大人とはいえ、見かけは二十歳を越えているようには見えない。
周りから見ると、若いツバメを連れた女に見えるかもしれないが、今さら気にはならなかった。
「そう言えば……」
「何ですか、美神さん?」
「一つ聞きたいんだけど、どうやって戻ってこれたの?」
昨晩から不思議に思っていたのだが、どうやって横島クンは戻ってきたのだろうか?
過去に戻った横島クンは、そこから別の未来を選択している。
時間軸がもう違っているから、普通の時間移動では移動はできないはずなのだが。
「そうですね。俺のいた世界とここでは、時間軸が異なっています。平行世界になるんですかね。
平行世界間の移動なんて、普通はできないんですが、今の俺は普通じゃないですから」
「普通じゃないって、それどういう意味なの?」
「俺、もう人間じゃないんです。アシュタロスの後を継いで、魔神になりましたから」
私は横島クンの腕に掴(まったまま、目をぱちくりさせてしまった。
それから私は、横島クンが魔神になった経緯(について、詳しく話を聞いた。
昨晩は途中で話が脱線してしまい、そこまで話が進まなかったのだ。
「そうだったんだ。べスパのために、アシュタロスをね……」
「贅沢(な願いかもしれませんが、できるだけあの事件で傷つく人を減らしたかったんですよ。
まあ、こんな結果になるとは、俺自身予想していませんでしたが」
私だったら、そこまで他人の世話を焼くことは、まずないと思う。
それを自然とやってしまうのが、横島クンの優しさだと私は思った。
「もう一つだけ聞かせて。向こうでの生活は順調なの?」
「ええ、順調ですよ。俺、まだ高校卒業してないんですけど、もう籍(を入れちゃいました。
美神さんが、『こういうのは早い方がいい!』って力説するんで」
私は思わず苦笑した。
自分のことだから、手に取るように考えがわかる。
たぶん、他の女性がちょっかいを出す前に、しっかりと釘を打っておきたかったんだろう。
「それから、二人で新しくマンションを借りました。
食事も三食、美神さんの手作りですし、俺としては、けっこうハッピーかなって思います」
「そうなんだ」
横島クンをリビングで待たせながら、キッチンで料理にいそしむ自分の姿が脳裏に浮かんだ。
きっと、幸せ気分を満喫(しているに違いない。
「私も、向こうに行ってみたいな」
私は、小さな声でつぶやいた。
「でも……無理よね。向こうには、別の私がいるわけなんだし」
今、私の横にいる横島クンは、向こうの世界の私のものだ。
そこに私が割り込むわけにはいかないし、また向こうの私が割り込ませてもくれないだろう。
「行けますよ」
「でも、どうやって? それに向こうには、もう一人の私がいるんじゃ……?」
「魂だけ逆行して、分岐点についたら向こうの世界に行く時間軸に乗り換えます。
それから別の時間軸をたどって、向こうの世界の美神さんと一つになるんです」
「あんたねー。そんなとんでもないことを、簡単に話さないでよ」
「まあ、普通の人間じゃできないですけど、今の俺は魔神ですから」
横島クンが言ったことは、普通の人間はおろか、並の神族や魔族でもできることではない。
アシュタロスの後を継いだとか言っていたけど、今の横島クンは、どれだけ常識外れの存在なんだろう?
「それにしては、霊力が貧弱ね。逆行前より、弱くなっているんじゃない?」
「今の俺は、17歳の頃の霊力がベースですから。
それに魔神になったからって、霊力が急に強くなるわけじゃないんですよ。
ただ使える能力とか、文珠で実行可能なことは、桁違(いに増えました」
私は、身の回りのことに想いを巡(らせた。
仕事には、特に未練はなかった。
どのみちお金はもっていけないと思うし、向こうでも稼(げるだろうから、大きな問題ではない。
今の従業員も、推薦状を書けば別の事務所で引き取ってくれるだろう。
人間関係でも、今まで一番縁が強かったおキヌちゃんやシロやタマモは、もう今の事務所から出て行ってしまっている。
あとは、家族のことだけか……
「横島クン、考える時間をくれない? 仕事の整理とかもあるし、できれば一ヶ月くらい」
「わかりました。それじゃ、一ヶ月後にまた来ます」
そういって去っていこうとする横島クンを、私は手を伸ばして引き止めた。
「待って、横島クン。今夜も、事務所に泊まってくれるわよ……ね?」
それから一ヶ月の間、私は事務所の整理を始めた。
キャンセル可能な仕事はすべてキャンセルし、キャンセルできなかった仕事と従業員は、別の除霊事務所に引き継いでもらった。
税金関係も耳を揃(えて完納し、余ったお金は、ママの名義の口座に振り込んでおいた。
事務所の登記名簿も、ママの名義に書き換えた。将来、ひのめがGSになった時に、除霊事務所として使えるはずだ。
人口幽霊壱号は、それまでの間、眠ってもらうことにした。
そして一ヶ月が過ぎ、約束の日が来た。
私は実家に戻っていたが、横島クンに会うため出かけようとしたとき、幼稚園児のひのめが玄関にやってきた。
「お姉ちゃん、出かけるの?」
私はひのめの頭に手を置き、そっと髪をなでた。
「ひのめ。ママとパパのことを大事にしてね」
「うん、わかった」
よくわかっていないと思うが、そう返事をしたひのめに軽く微笑(み、そして彼女の頭を軽く撫(でた。
「私がいなくなっても、誰にも負けないで強く生きるのよ。頑張(ってね、ひのめ」
事務所の前でしばらく待っていると、横島クンがやってきた。
「横島クン、行きましょうか」
「本当にいいんですか、美神さん?」
「身の回りの整理も済んだし、大丈夫よ。ま、ちょっと寂(しいけどね」
「わかりました。それなら美神さん、俺の体のどこかに掴(まってください。
私は横島クンの左腕に掴(まると、両腕でしっかりと抱(え込んだ。
「それじゃ、出発します」
その直後、私と横島クンは、この世界から姿を消した。
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