君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(エンディング3)




》》Yokoshima


「ルシオラ、俺に一生ついてきて欲しい」

 ルシオラは、はっとした表情で俺を見つめた。

「本当に……本当に、私でいいの!?」

「俺は、お前じゃないとダメなんだ」

 ルシオラの両目に、涙が浮かんだ。

「私、美神さんほどスタイルよくないわ」

「かまわない」

「私、嫉妬深いから、ヨコシマが他の女性見ただけで、焼きもちを焼くかもしれない」

「それも、かまわない」

「今の私は人界だけでなく、魔界にも何のつながりももっていないわ。
 魔神になったヨコシマの足を、引っ張るだけかもしれない。それでも、いいの?」

「ルシオラ。俺には……俺は、おまえじゃないとダメなんだ」

 俺はルシオラの右手をとって、軽く引き寄せた。
 ルシオラの目じりから、涙が数滴(こぼ)れ落ちる。

「ヘンね……嬉しいはずなのに、涙が止まらないの……」

 ルシオラの涙が、(ほほ)を伝って流れ落ちていった。

「返事を、聞かせてくれないかな……?」

「はい」

 ルシオラは小さな声で、返事をした。
 そして左手で涙をぬぐうと、正面から俺の目を見つめた。

「……」

「……」

 俺はルシオラの両手をとって、軽く握り締める。
 俺とルシオラの間に、暖かい空気が流れた。




「あ、あのね……ちょっと、いい?」

 美神さんから声をかけられて、俺ははっと我に帰った。
 どうやら完全に、二人だけの世界に入っていたようだ。

「邪魔して悪いんだけど、そのままだと話が進みにないから……」

 横を振り向くと、ばつが悪そうな顔をした美神さんが、立ったままこちらを見つめていた。

「すみません、美神さん。俺、やっぱり……」

「いいのよ、私のことは気にしなくて。
 もともと横島クンは、ルシオラのためにこの時代に戻ってきたんだもんね」

 美神さんは、すっきりとした顔を見せていた。
 まるで()き物が落ちたかのように、さばさばとした表情をしている。

「美神さん、本当にありがとうございました。
 今までも世話になってましたけど、今回ばかりは……」

「本当にいいのよ。私も自分のために、やってたところもあるし。
 それに今回の借りは、仕事できっちり返してもらうから」

「仕事って、美神さん……俺、美神さんの事務所で働いてもかまわないんですか?」

 正直、俺は美神さんの事務所を辞めることを覚悟していた。
 口で何と言おうが、美神さんをふった事実に変わりはないのだから。

「もちろんよ。今の横島クンなら、私以上に(かせ)ぐことができるわ。
 そんな金づるを手放すほど、私は人間できてないもの」

 美神さんが小さな声で、クスッと笑った。




》》Lucciola

 隊長が過去に戻ってから三日後、私はヨコシマと一緒に出かけた。
 ヨコシマはどこにも立ち寄らずに、まっすぐ東京タワーへと向かっていく。

「珍しいわね。ヨコシマがまっすぐここに来るなんて」

 いつもの展望台の上で、私はヨコシマと夕陽を眺めていた。
 たいてい、ここに来る前に、食事をしたり映画を見てから来るのだが、今日は家を出てすぐにここに来た。
 もっとも出かける時間が遅かったから、まっすぐここに来ないと日没の時刻に間に合わなかったからかもしれない。

「……」

 ヨコシマは黙って、夕陽を見続けていた。
 私たちが夕陽を(なが)めている間は、たいてい言葉数が少なくなる。
 だが私は、この静かな、そして(おだ)やかな時間をとても好んでいた。

「夕陽……沈んじゃったね」

 太陽が地平線の下に完全に沈んだあと、私はそっとつぶやいた。

「ルシオラ、話があるんだ」

 ヨコシマが急に、私に話しかけてきた。

「えっ、なに?」

「ルシオラに、渡したいものがあるんだ」

 ヨコシマは立ち上がってポケットに手を入れると、小さな小箱を取り出した。
 不意に私の脳裏に、『指輪』という単語が浮かんだ。
 そう。確か人間の社会では、結婚を約束した女性に指輪を渡す習慣があったはず。
 私は、自分の心臓の鼓動(こどう)が、急激に高まっていくの感じていた。

「中を見ていい?」

 ヨコシマが小箱の(ふた)を開けた。
 だが中には、私の予想とは大きく違ったものが入っていた。

「これは……?」

「逆行する時、魂だけが逆行したから、形あるものは何一つもってこれなかったんだ。
 唯一の例外がこれ。前のルシオラの……霊破片だ」

 小箱の中には、小さな蛍の形をした霊体が入っていた。

「そう……これが、前の私なのね……」

 私は目の前の小さな蛍を、じっと見つめた。
 見かけは違っていても、まるでもう一人の自分と向かい合っているような気がした。

「私がこれを受け取ると、どうなるの?」

「前の自分と今の自分が一つになるんだ。そして、前回の知識や記憶が受け継がれる。
 ちょうど、今の俺がそうであるように」

 前回のことは、ヨコシマの記憶を見たからいろいろと知っているけど、全部をわかっているわけではない。
 前の自分が何を見たのか、そして何を感じたのか、それらを知りたい気持ちが湧いてきた。

「でも、どうして今頃になって?」

「……本当は、俺のエゴなんだと思う。だから今まで、ずっと黙っていた」

 以前の私を求めることは、今の私を否定することになる──そう思っていたのね。

「それに怖かったんだ。このことを話して、ルシオラに拒絶されることが。
 でも、隠したままでいいのかという気持ちもあった。
 だから、事件が全部片付いた今、打ち明けようと思ったんだ」

 私がヨコシマを拒否することなんて、そんなことはありえないのに。
 でも、不安に思う気持ちは、なんとなくわかるような気がする。

「ヨコシマ……私のこと好き?」

「もちろんさ」

「愛してる?」

「あ、ああ。愛してるよ」

「前の私も、同じように愛していたのね?」

 突然、ヨコシマが黙り込んだ。
 そして数秒間沈黙したあと、ゆっくりと口を開いた。

「最初は、違っていたんだ。俺はルシオラに告白されて、ずっと有頂天になっていた。
 ヤリたいの、ヤリたくないのって、自分の都合ばかり考えていて……
 でもルシオラがいなくなって、はじめて俺は気がついたんだ。
 ルシオラを心から愛していた、自分の気持ちに」

 ヨコシマは手にしていた小箱を、ギュッと(にぎ)った。

「ヨコシマ、それを渡して」

「……ルシオラ?」

「会わせてあげるわ。前の私に──」

 ヨコシマの心の痛みを知った私に、迷いはなかった。
 私は蛍の形をした小さな霊体を受け取ると、右手でそっと(にぎ)り締めた。

「ルシオラ……」

 右手が光ると同時に、大量の情報が私の心に入ってきた。

 逆転号から振り落とされた私を、最後まで放さなかったヨコシマ。
 逆転号のデッキで、彼の胸にしがみついた私。
 枕を(かか)えて、下着姿で彼の部屋に入る私。
 別荘の外で、アシュ様を倒すと力強く宣言したヨコシマ。

 蛍の姿で、南極の基地へ案内する私。
 自滅覚悟で、アシュ様と戦うヨコシマの前に割って入る私。
 私と美神さんを(かか)えて、基地の外に脱出するヨコシマ。

 事務所の屋根裏部屋で、パピリオと一緒に寝泊りしていた私。
 東京タワーで、二人で夕焼けを眺めたこと。
 ヨコシマの精神にサイコ・ダイブした時、そこに美神さんがいたことに強い衝撃を受けたこと。

 コスモ・プロセッサの起動。
 二人でメドーサを倒したこと。
 そして、べスパとの最後の戦い。
 体を張って、べスパの攻撃を防いだヨコシマ。
 そして、崩壊していくヨコシマの霊基を(おぎな)うために、私は──

「……ルシオラ?」

 知らないうちに、私の両目から涙があふれていた。
 私は、すべてを思い出した。
 私はずっと前から、彼のことを愛していた。
 そして私も、こんなに深く彼から愛されていたということを──

「ヨコシマ!」

 私は彼の胸に飛びつくと、彼の胸に顔をうずめて泣き始めた。
 泣くことしかできなかった。
 それしか今の私の感情を、表現するすべが無かったから。

「ルシオラ……」

 彼は私が泣き止むまで、ずっと私を抱きしめていてくれた。







》》Yokoshima


 アシュタロスの事件が終わってから、一年とちょっとが過ぎた。
 高校を卒業した俺は、ずっと住んでいた木造アパートを離れ、2LDKのマンションを借りた。
 もちろん、ルシオラとの新居である。
 まあ、パピリオも一緒に付いてきているが、法的には俺の保護下にあるわけだし、パピリオだけ別というわけにはいかないだろう。

 それからけじめをつける意味で、ささやかではあったが結婚式も挙げた。
 呼んだのは、俺の両親とルシオラの家族(もちろん、べスパとパピリオだ)。
 そしてGS仲間と、なじみの神族と魔族たち。
 それから、神族と魔族の最高指導者がお忍びで参加したのは、ここだけの秘密だ。
 緊張しまくっていた小竜姫さまとワルキューレの姿が、見ていてけっこう面白かった。

 それからというものの、平日はGSの仕事をして、週末は妙神山に通う日々が続いている。
 仕事のほとんどが、美神さんからの斡旋(あっせん)だ。
 まあ仲介料こそごっそり引かれるが、俺たち家族が暮らしていくには、十分過ぎるほどの金額が手元に残っていた。

 今日はたまたま仕事がなかったので、昼間から家のリビングでゴロゴロしている。
 パピリオは美神さんの事務所に遊びに行っているから、今はルシオラと二人きりだ。
 そのルシオラは、ベランダに出て洗濯物を干していた。

 パン!

 ルシオラが洗濯物(ちょうど俺のトランクスだった)をはたくと、物干しにそれをつるした。
 ルシオラも昔は(はかな)げな印象が強かったけど、今はどこから見ても、幸せいっぱいの若奥様にしか見えない。
 気のせいかもしれないが、腰の辺りが充実しているように見えた。
 そういえば、昨夜も頑張ったからなあ……

「ルシオラ?」

「なーに、あなた」

「ルシオラは、今は幸せ?」

「もちろんよ。でも、どうしてそんなことを聞くの?」

「そうか。ならいいんだ」

 俺は起き上がると、ちゃぶ台の上においてあった湯呑みを手に取り、中に入っていたお茶を一口飲んだ。

 いずれは俺も、人間界を離れて魔界で暮らすことになると思う。
 魔界には、アシュタロスのものだった領地やら宮殿があるそうだ。
 いろんな名目で削られるみたいだけど、それでも大半が俺に相続されるらしい。
 根っから庶民育ちの俺は、そういう王侯貴族の生活や出来事が、なかなか実感できないのだが。

「ルシオラは魔界で暮らそうとかって、思ったことない?」

「別にないわ」

「何でも向こうに行けば、でっかい宮殿があるらしいよ」

 俺が王様なら、ルシオラが王妃様か? なんだか、子供が読む絵本の物語みたいだ。
 これで、実感もてって方が無理だよなあ。

「今の私には、この家が私のお城だもの。別に不足はないわ」

「そっか」

 まあ、月々の家賃を払っている借り物のお城だけど、別に俺にとっても不足はない。
 愛らしい妻、ちょっと手間がかかるけど可愛い妹、そしてやりがいのある仕事。
 これ以上、何を求めるものがあるんだ?
 まあ、あと足りないものと言えば……

「ルシオラ、そろそろ子供作ろうか?」

「バ、バカ! 昼間から何言ってるのよ」

 ルシオラが、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。
 でも嫌がってなかったから、今晩も頑張らなくてはいけないんだろうなあ。
 俺は体力を温存するため、リビングのソファの上で、もう一度ゴロゴロすることにした。



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