君ともう一度出会えたら

作:湖畔のスナフキン

(ラスト・エピソード)




 そこは、荒廃した世界であった。
 海は荒れ狂い、荒地に積もった砂塵(さじん)が風に乗って舞い上がり、太陽の光をかすませていた。

 その荒地の一角に、かつて都市であったと思われる廃墟があった。
 砂埃(すなぼこり)でかすんだ太陽が照らし出すその廃墟の中に、男が一人立っていた。

 屈強な肉体をもつその男は、ぐるりと周囲を見渡した。
 しかし、彼の他に生きて動く者の姿は、何一つなかった。
 ただ、かすんだ太陽が、彼と彼の敵が引き起こした破壊の(あと)を照らし出すばかりであった。

 男は悲しみに満ちた目で、この地に繁栄した文明の残骸(ざんがい)と、戦禍(せんか)の中で死んでいった無数の死体を見つめ続けていた。


 ……
 ……
 ……


 男は種族の中でも、一・二を争うほどの力をもっていた。
 またその一方で、男は類まれなる知性をも備えていた。
 男は己が持つ力と知性でもって、世界に多様な生物を作り出していった。
 彼が作った生物は繁殖して数を増やし、世界中に満ち(あふ)れていった。

 だが、彼と彼の種族には、強大な敵がいた。
 その力は完全に拮抗(きっこう)しており、互いに相手を滅ぼすことは不可能だった。

 争いは、片方の種族が生み出した生物や社会を、もう片方の種族が侵食していくという形で続いた。
 その争いはエスカレートしてハルマゲドンを引き起こし、そして世界の死滅へとつながるのが常であった。


 ……
 ……
 ……


 男は破滅した世界で決意をした。二度と、この悲劇を繰り返してはならないと。

 だが運命は、彼の望みが果たされるのを拒んだ。

 新たな世界が生まれるたびに、対立と抗争が繰り返され、ハルマゲドンが何度も繰り返された。
 男の決意は()るがなかったが、世界が破滅するたびに、彼の心に大きな傷が(きざ)みこまれていった。


 ……
 ……
 ……


 その後、幾度か世界の生成と破滅が繰り返されたあと、状況に変化が訪れた。
 永久に続くかと思われた二つの種族の敵対関係が、緊張緩和(デタント)に向かったのである。

 そのときの世界は、今までのどの世界よりも多種・多様な発展を()げていた。
 これらを無に帰するのは惜しいという声が、両種族の穏健派の中から出てきたのである。
 その声は両方の種族で主流となり、敵対していた二つの種族が、共存を目指す方向に傾いていった。

 しかしこの動きは、男にとっては受け入れ難い内容であった。
 今の世界の生物は多種多様とはいえ、彼の目からみて不十分な進化であった。
 また、人間が築いた社会は、彼の目からすれば不完全極まりなく、(よご)(くさ)りきっているとしか思えなかった。

 この(くさ)った社会を維持するために、邪悪な立場であり続けるということは、彼には到底許容できなかった。
 彼はむしろ、滅ぶことを願った。
 だが彼には、敵との戦力バランスを保つため、強制復活という運命が課せられていた。

 男は、その束縛(そくばく)から逃れることを願った。
 また同時に、世界の有り様を根本から変えたいとも考えていた。
 男は悩み続けた末に、ある決断を下した。
 それは数千年にも及ぶ、長き戦いの始まりでもあった……


 ……
 ……
 ……






》》Vespa

 深夜に私は、隣で寝ていた彼のうめき声を聞いて、目を覚ました。

 上半身を起こして、彼の顔を(のぞ)き込むと、(ひたい)から大量の冷や汗が流れ出ていた。
 私はナイトガウンを羽織ると、台所でタオルを濡らして、彼の顔の冷や汗をぬぐった。

「……べスパか」

「うなされていました。大丈夫ですか、芦様?」

 先ほどまで、ベッドでうなっていた彼──芦グループ・総帥 芦優太郎(あしゆうたろう)──が、目を覚ました。

「ご気分は?」

「あまりよくないな。酒を頼む、べスパ」

「はい」

 私は棚からグラスを取り出すと、ウィスキーと氷を入れて、ベッドにもっていった。
 彼は酒を一口飲みと、グラスをベッドの脇のテーブルに置いた。

「……夢を見ていたんだ、べスパ」

「どんな夢だったんですか?」

「夢の中で、私は神……いや、魔といった方がいいかもしれんな。
 とにかく、強大な力の持ち主だった。
 そして高い理想をもち、それを実現しようという熱意に(あふ)れていた。
 だが、彼を取り巻く環境が、その実現を許さなかった。
 絶望した彼は、全世界を相手に戦いを(いど)み、そして滅んでいった。
 そんな夢だった」

 その話を聞いて、私はギクリとした。
 忘れているはずの前世の記憶が、戻ろうとしているのだろうか──?

 私は彼の頭の後ろに手を回すと、自分の胸にかき抱いた。

「べスパ……?」

「悪い夢を見ていたんです。忘れてください、私の胸の中で」

 しばらく、そのままの姿勢でいると、彼の体の緊張が徐々にほぐれていくのがわかった。

「ありがとう、べスパ。もういいよ」

 彼は私の胸から離れると、私の肩に手をまわしてきた。

「べスパ。一つ聞きたいことがあるんだ」

「何でしょう、芦様?」

「古来より魔族は人と契約を交わし、見返りと引き換えに願い事をかなえると聞いている。
 だが君は、私から何も見返りを得ようとしない。なぜなんだ?」

 私は顔を上げると、彼に口づけをした。

「あなたのことを愛しているからでは、いけませんか?」

(うれ)しいよ、べスパ」

 抱き寄せられた私は、彼の胸に顔をうずめる格好になった。

「べスパ。もし私が、この世を去ったらどうする?」

「決まってますわ。また、あなたに会える日を待ちます」

「私があの世にいるのにか?」

「人は生まれかわるんです。
 何十年、何百年先かわかりませんが、この世に生まれたときに、必ず会いにいきますから」

 彼は私の頭に手を置くと、髪の毛をクシャリと()でた。

「そうか。でも生まれかわった私は、きっとがっかりするだろうな」

「なぜです?」

「君の初めてを、味わえなくなるからさ」

 その言葉を聞いた私は、自分の(ほほ)がカアッと熱くなるのを感じた。

「でも、(うれ)しいよ。君みたいな女と、次の世までつきあえるのなら」

「今生だけの(ちぎ)りと思わないでくださいね。未来永劫、あなたにお仕えしますから……」

 ふと私は、千年かけて恋人と再会した、魔族の女のことを思い出した。
 また、失った恋人を求めて、過去へと戻った男のことを思い起こした。
 彼らに負けない恋をしたい──それが今の私の願いであった。




















「いったいこんなところで、何しとるんや、キーやん?」

「ええ。ちょっと気になることがあって、下界の様子を少々」

「神族の最高指導者が(のぞ)き見か? ええ趣味しとるのー。どれどれ……
 ああ。人間に転生したアシュタロスと、べスパやないか」

「べスパが脇でしっかりガードしてますから、芦優太郎がアシュタロスの転生だとは、
 誰にも気づかれていないようです」

「それにしても、仲睦まじいこっちゃ。見ているこっちが、恥ずかしくなるわい」

「ところで、横島君の方はどうですか?」

「修業が終わるまで、あと百年くらいかかりそうな感じや。けれども、神魔のバランスっちゅう面では、
 よほど大きな事件でも起こらん限り、ワイらで調整しとれば大丈夫やろ」

「仕事の方はどうです?」

「ようやく本人にも、魔神の自覚が出てきたみたいやから、簡単な仕事を回しとる。早いとこ仕事を
 覚えてもらわんと、こっちの負担ばかり増えてかなわんわい」

「デタント情勢下で生まれた魔神ですからね。彼にはこれからも、頑張ってもらいましょう」

「今まではワイらだけが苦労してきたんやから、これからは楽させてもらいましょ。
 ほいじゃ、キーやん。この辺で失礼しますわ。ブッちゃんたちにも、あんじょう言うといてな」

「それでは、また次のコンペで会いましょう」


『君ともう一度出会えたら』──(完)




【あとがき】

 やっと話が終わりました。完結するまで、約1年半かかりました。

 この話を書き始めたきっかけについてですが、この話を書く前から、ルシオラをヒロインとしたSSを何作か書いていました。

 ルシオラが横島の娘という設定ではなく、原作のままの姿でいるという設定なのですが、そういう話を書いているうちに、原作で死んだルシオラがなぜ死ななかったのか、あるいは、なぜ復活したかを説明しなくてはいけないという思いに駆られました。

 そこで執筆したのが、「ルシオラ・もう一つの物語」という本編分岐の中編SSで、閉鎖となってしまいましたが、『夜に咲く話の華』というサイトに投稿して、そこそこ好評でした。
 (今は自分のHPに、この話を載せています)

 しかし、この話だけでは物足りなさを感じ、「ルシオラ・もう一つの物語」を全面改訂して、ルシオラが死なずに済んだ(もしくは、復活した)という設定で、原作のアシュタロス編を全て再構成しようとしたのですが、原作との違いを明確にできないまま、原作の内容をただ文章に焼き直しただけの話となってしまい、とうとう途中で断念せざるをえなくなりました。

 ですが、「ルシオラが死なずに済んだ話を書こう!」という自分の胸に付いた火は消すことができず、河岸を変えて、内容も逆行もので再挑戦したのが、この「君ともう一度出会えたら」となります。



 途中で筆を折った前作と同様、序盤で原作と比べてあまり変化を付けることができず(これについては全体の構成上、やむをえない内容なのですが)、失敗した前作と同様にかなり批判もあったのですが、途中からうまい具合に話に変化を付けることができ、何度も詰まって筆が進まないこともあったのですが、何とか完結に持ち込むことができました。

 この話を書く前に、原作を何度も読み返したり、またGS美神の評論サイトも調べました。
 原作のGS美神は美神と横島の話であり、途中から登場して、ヒロインの座を奪いかねないほどの人気を得てしまったルシオラは、退場せざるをえない運命にあったのですが、頭ではわかっていても、感情で納得できないのがファン心理なのでしょう。

 この話では途中から美神が割り込んできて、自分も可愛くなった美神に入れ込んでしまったため、マルチエンディングとなったのですが、これがプロの作品だったら、美神は途中退場するか、最後で涙を飲んでもらう展開になったと思います。本来のヒロインは、やはりルシオラだと思いますので。



 このSSを書き始める前と書き終わった後で、私の中で一番変化したことは、ルシオラというキャラが、生きていると思えるようになったことでした。

 書き始める前は、自分のSSでどう書こうと、ルシオラは原作では死んでしまったキャラだという思いが強かったのですが、このSSでルシオラ救済がほぼ確定となった頃から、原作とは別に、自分が創った世界の中では、ルシオラというキャラは生きているんだなーと、思えるようになりました。

 書きかけの長編SSが幾つもあるのですが、当面は自分の書くSSのヒロインは、ルシオラがメインとなりそうです。



 それから、ラスト・エピソードの掲載が、たいへん遅れたことをお詫びします。(m○m)

 理由はいろいろあるのですが、三つのエンディングを書き終えた時点で、作者が燃え尽きてしまったことと、それからアシュタロスについて掘り下げきれなかったことがあります。

 実はある人からもらった感想の中にあったのですが、アシュタロスがけっこうヘタレです。
 つーか、横島が全然変わっているのに、敵のアシュタロスがあんまり変わっていません。
 本当はアシュタロスをもっと深く掘り下げて、ラスボスらしく最後に大暴れさせたかったのですが、最後の決戦のところで作者が限界に達してしまい、今以上に話に変化を付けることができませんでした。

 それでアシュタロスを放り投げたまま話を進めたのですが、ラスト・エピソードでアシュの話を書こうとした時に、今まで放っておいたツケが回ってきてしまい、筆が進まなくなってしまったというわけです。

 それでも昨年末から必死になって書く努力を進め、ようやくここまでこぎつけることができました。(;^^)

 それからGTYでかなり突っ込まれたのですが、芦優太郎の性格が原作とかなり違ってます。
 そのまんまアシュタロスです。これは狙ってそう書きましたので、ご理解を願います。



 最後に、GTYで書きづらかったことを幾つか述べます。
 このSSを書き始めたときは、GS以外のSSをほとんど知りませんでしたが、執筆途中でナデシコ、そしてエヴァのSSを読むようになりました。
 当時はGSで逆行のSSは片手で数えるほどしかなかったのですが、ナデシコやエヴァでは多くの逆行作品があり、それらの作品がかなり参考になりました。

 特に影響が大きかったのは『Action!』の「時の流れに」(ナデシコ)と、『NACBOX GARACTERS』の「2nd Ring」(エヴァ)です。
 第18話以降の流れについては、上記の作品を読むことで完全に確定しました。

 マルチエンディングについては、読者からすると完全に予想外だったようです。
 最初は横島×ルシオラのカップリングの予定で執筆を進めていたのですが、途中で可愛くなった美神に、完全に情が移ってしまいました。
 昔は美神嫌いだった作者でしたが、本当に大きな変化でした。

 それでは、今までこの作品を読んでいただき、本当にありがとうございました。


2005.01.23 湖畔のスナフキン


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