竜の騎士
作:男闘虎之浪漫
プロローグ
序章
かつて愛しあった二つの魂があった。
二人は敵として出会ったが、やがてお互いに引かれていき、そして愛しあうようになった。
しかし、彼らに望んだ運命は過酷であった。やがて世界を巻き込む闘いの中で、二人の関係は引き裂かれていった。
女は愛する男の命を救うため、自らの生命を犠牲にした。
男は世界を救ったが、愛する女の生命を救うことはできなかった。それは男にとって生涯消すことのできない悔恨(となった。
しかし運命の神は無慈悲ではなかった。
求め合う二つの魂は、時空を越え、異なる世界で再会するようになる。
そこは秩序と混沌が錯綜(する世界、人と魔が覇権をかけて争う世界であった……
第一章 『再会』
クラウディーの城は、燃え盛る松明の光で照らし出されていた。
城壁の外側から矢が発射され、そしてゴブリンの群れが城壁に向かって突進していく。
城から打ち返す矢と、城壁から落とされる大小の石が、城壁の下にゴブリンの死体の山を築いていく。
しかし、それでも突撃の勢いは衰えなかった。
城内には数千の兵士がいる様子であるが、攻め手は3万はいる。休むまもなく攻めつづければ、明け方には城は陥落(するであろう。
ルシオラは少し離れた丘の上から、数名のハーピーとともにその様子を見守っていた。
まだ彼女たちの出番ではなかった。城には強力な魔力を持つものの侵入を防ぐ結界が張られている。
強大な戦闘力を持っているとはいえ、攻城戦には参加できない。
けれどもあと数時間もすれば、彼女たちの出番がくるであろう。人間側の軍隊の中で、一番強力であり、かつ機動力のある部隊が援軍として駆けつけてくるはずだ。
彼女たちは、それに対する備えとなっていたのである。
その晩、ヨコシマは寝つけなかった。昼間の訓練で体は疲れていたのであるが、心が妙に高ぶっている。
こういう晩には何かがある、能力者の直感が彼にそう告げていた。
ヨコシマは横たわって体を休めながらも、その時を待ち続けた。
深夜、東部方面軍の司令部にクラウディー城から敵襲(の通報が入った。
クラウディー城は、ナルニア王国の東部国境地帯近くにある。
国境地帯の先は妖怪(や蛮族(が住み、魔族が支配する辺境地帯だ。
ナルニア王国は長年にわたり魔族との戦闘を続けており、クラウディー城は最前線の城砦(を支える重要な補給基地であった。
同じ場所にある方面軍の司令部に、敵襲(を伝える警報が入り、やがてクラウディー城の遠距離通信鬼(から、詳細な報告が届いた。
この城が敵の手にわたってしまうと、最前線の城や砦が孤立状態に陥り、たいへん危険な状態になってしまう。
しかし、急いで騎兵隊を派遣させても到着までに一昼夜はかかる。それまでに城は陥落してしまう危険性が高かった。
敵襲(の通報を受けてたたき起こされた司令官は、配下の部隊の中で最も機動力と戦闘力に優れた遊撃隊に出動を命じた。
「敵襲(!」
駐屯地に警報が響き渡る。彼は即座に起き上がると、枕元に準備していたチェインメイルを身につけた。
魔装術を習得していないヨコシマは、身を守るための最低限の防具を必要としていた。
集合場所に着いてまもなく、当番であった部隊と、非番であったが彼と同様に危険を察知していた数名のメンバーが集まってきた。
「整列!」
ミカミ・ミチエ司令が号令をかける、ざわついていた場が静まった。
「状況を伝える。最前線であるクラウディーの城が敵の夜襲(を受けた。
兵力はゴブリンが主力で約3万。これに数体のゴーレムが攻城戦に加わっている。
敵の攻撃は激しく、援軍が到着するまでに陥落する危険性が高い。
よって我が部隊が一番手の援軍となり、城を攻める敵の背後を撹乱する。
直ちに出発するように。以上」
こりゃきつい任務だなとヨコシマは心の中でつぶやく。敵がゴブリンやゴーレムだけですむはずがない。
必ず護衛の魔族部隊が控えている。魔族部隊との戦闘が勝敗を分けることになるであろう。
一瞬顔を引きつらせたあと、出口へ向かう彼をミチエ司令が呼びとめた。
「ヨコシマ君、ちょっと待って」
「何ですか、ミカミ隊長」
ミカミ・ミチエの正式な役職は司令官であるが、彼女をよく知る人は親しみを込めて「隊長」と呼んでいた。
ブリーフィングルームに人影が少なくなると、今までの厳しい口調が変化し、優しい声で語りかけてきた。
「ヨコシマ君は、今は非番じゃないの。大丈夫?」
「ええ大丈夫です。ちょうど明日も非番ですし、それに何かこう心に引っかかるものがあるんです」
「そう……敵の様子もはっきりと分からないし、ヨコシマ君が行ってくれると助かるわ。何かあったらすぐに連絡を入れてね。レイコには私から話しておくから」
レイコというのは、ヨコシマの直属の上司でありミカミ隊長の娘であるミカミ・レイコのことである。
ミチエのヨコシマに対する信頼は厚かった。まだ若いとはいえ多くの実戦経験を積んでおり、何よりも傑出した“能力者”であるからである。
彼個人の戦闘能力は遊撃隊で一番であるばかりでなく、人間界全体でもトップクラスに属するであろう。
ミチエの視線を背に受けながら、ヨコシマはブリーフィングルームを後にした。
ブリーフィングルームを出たヨコシマは“発着場”へと向かった。
そこには何名かの人間が小さな小屋ほどの大きさをもつ物体、いや動物を誘導していた。長い首と尾を持ち、巨大な翼(と体表には全身を覆うウロコがある……。そう、彼らは“竜”であった。
ヨコシマは竜の群れの中でも、ひときわ大きな一頭に近づいた。
「あ、ヨコシマさん。準備はOKですよ」
竜たちの世話を担当する部隊の兵士が、彼に話しかけた。
「よぉ、シュルガ元気かい」
軽い口調でヨコシマが語りかけると、竜が答えた。
(こんな夜中に叩きおこされて気分がよいわけないだろう……と言いたいところだが、何やら予感がするのでな、いつでも出れるように待っていた)
竜族は直接人間の言葉を話せない。しかし歳をとった竜の中には、“心話”の能力を身につけるものもある。
シュルガはそのような能力をもつ竜であった。
「そうかお前もか。俺もそうなんだ。今日は何か重大な出来事に遭(いそうな気がする。悪いがつきあってくれ」
(いいだろう。さあ、乗れ)
シュルガには特殊な鞍(と手綱(がついている。
ヨコシマがシュルガに乗ると、シュルガは発着地点へと歩いていった。
そして大きくはばたき、夜空へと飛び立っていった。
竜にまたがって大空を駆使する遊撃隊員、特殊能力者で構成されたナルニア王国の遊撃隊の中からさらに選抜されたエリートである彼らは『竜の騎士』と呼ばれていた。
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