竜の騎士

作:男闘虎之浪漫

第一章 『再会』 −7−




 ヨコシマは、ゆっくりと意識を取り戻した。
 誰かが、自分の体を揺さぶっている。
 まぶたの裏に、太陽の暖かさを感じていた。

 ヨコシマが目をあけてみると、目の前に魔族の女がいた。
 その女は、心配そうな目で自分を見つめている。

「よかった……死んでいるんじゃないかと思った……」

 ヨコシマは起き上がろうとしたが、その瞬間、頭と背中に激痛が走る。

「ちょっと待ってくれ。今、怪我を治すから」

 意識を集中させて『治』の文珠を作った。
 それを自分に発動させると、頭と背中の痛みがとれた。

「フーッ、これでよしと」

 ヨコシマは起き上がると、地面にあぐらをかいて座り込んだ。
 ルシオラも膝を折って座り込む。しかし傷が痛んだのか、ルシオラは一瞬、顔をひきつらせた。

「怪我をしているのか」

 ヨコシマはもう一つ文珠を作り出し、それを女の体に触れさせる。
 文珠が光り輝くと同時に、体の傷が(いや)されていった。

「不思議な術ね。ヒーリング?」

「ヒーリングみたいなもんだ。もっとも、霊力や体力までは回復しないが」

 ルシオラはヨコシマの正面に座った。

「私、戦場で気を失ってから記憶がないの。ひょっとしてあなたが助けてくれたの?」

「助けたというか何というか、気を失って落下していくあんたの姿が見えたんだ。それで後を追いかけたんだけど」

「でも普通の人間は空を飛べないわ。かと言って、魔族や神族にも見えないし」

「さっき傷を治すのに使った玉があっただろ。あれは『文珠』というんだ。すごく応用範囲が広い。あれを使えば、時間は限られるけど、空を飛ぶこともできるんだ」

 ルシオラは驚いた表情をみせた。

「あなた……『文珠使い』なの!」

 ルシオラは、以前に読んだ『危険人物表(ブラックリスト)』の記憶を探った。確か『文珠使い』の名前は……

「あなた、『ヨコシマ』って名前じゃない??」

「そうだけど。……ひょっとして、俺って魔族の間で有名人??」

 ヨコシマは、きょとんとした顔をしている。

「見ると聞くとじゃ大違いね。古竜『シュルガ』の乗り手で、ただひとりの『文珠使い』。
 どんな戦場からも必ず生還し、撃退された魔族は数知れず。
 そう聞いていたから、上級魔族並みの威厳と風格があるのかと思っていたのに、実物は全然強そうじゃないのねー」

 ルシオラは、クスクスと笑い出した。

「悪かったなー。強そうじゃなくて」

 今度は少しふくれた顔をする。
 ルシオラはしばらく笑っていたが、やがてヨコシマの顔をじっと見つめた。

「不思議ね……あなたと会うのがはじめてのはずなのに、全然違和感がないの。もう何年も前から知っていたような気がするわ」

「そう言えばそうだな。俺もはじめてあんたの顔を見たとき、はじめて見る女のようには思えなかったよ」

 二人はしばらく見つめあっていたが、やがてルシオラが話し出した。

「まだ助けてくれたお礼をまだ言ってなかったわ。ありがとう。私の名前はルシオラというの」

「俺はヨコシマ、ヨコシマ・タダオ。それで、ルシオラはこれからどうする?」

「戦闘に出るの初めてだったからよくわからないけど、たぶん私たちが負けたみたいね。いったん戻らないと」

「そうか……まぁ気をつけてな。この辺は大丈夫みたいだけど、戦場は殺気だっているからな」

「ふふっ、ありがと。無事に戻れても、戦場ではあなたとは会いたくないわ」

「俺も同じさ」

「私……もう行くわ」

 ルシオラは名残(なごり)惜しそうに、歩き始めた。
 それを見送るヨコシマも、どこかで未練を感じている様子であった。
 ルシオラは後ろ髪を引かれる思いがしたが、振り切るように走りはじめた。
 ヨコシマは、ルシオラの姿が木々の間に隠れるまで、座ったままその姿を見つめ続けていた。




 その頃メドゥーサは、配下のハーピーとベルゼブルたちに、ルシオラを捜索させていた。
 戦闘地域はわかっているので、部下を分散させてその周辺を探させている。
 メドゥーサ自身は、離れた場所で待機し、部下の報告を待っていた。

「メドゥーサか」

 いきなり背後から声をかけられたメドゥーサは、(あわ)てて後ろを振り返る。
 そこには、目つきの悪い人間の子供のような姿をした魔族が立っていた。

「なんだい、デミアンか。びっくりさせるんじゃないよ。あんたが増援かい?」

「そうだ。別の用件で近くに来ていたんだが、ボスから緊急の指令を受けたんでな。
 で、人間に捕まったかもしれないという間抜けなヤツは、何ていうんだ?」

「ルシオラよ」

「女か?」

「そう。ただけっこう強いよ。パワーはある。正面から戦えば、あたしとタメ張るかもね」

「なんでそんなヤツが、未帰還なんだ?」

「まぁ今回が初陣だったからね。それに『ヨコシマ』がきていたし」

 デミアンの目つきが、険しさを増す。

「文珠使いか!?」

「そう。ルシオラが最後まで戦闘空域に残っていたから、誰も確認できていないけど、ルシオラが()られるか捕まえられているとしたら、アイツ以外に考えられないね」

 その時、1鬼のベルゼブルが戻ってきた。

「メドゥーサ様、ルシオラ様を見つけました。ただ、竜の騎士らしき人間の男と一緒です」

「そうかい、ご苦労さん。で、どうするデミアン?」

「クックック……命令があるからな。ルシオラには死んでもらおうか。お前もくるかメドゥーサ?」

 普段は冷酷なメドゥーサも、さすがに魔族(なかま)を殺して喜ぶ趣味はない。

「私は()りるよ。ダメージが回復していないし、私が受けた命令は捜索だからね」

「いいだろう。だが『文珠使い』の首は俺が()るぞ。ルシオラを()るついでにな」

「好きにしな!」

 デミアンは、ベルゼブルから位置を聞き出すと、森の中へ消えていった。




 ルシオラは、森の中を走り続けていた。
 戦場を十分離れるまでは、地上を駆けていこうと考えていた。
 飛行すると、敵に発見される可能性が高いためである。

 だが、しばらく走っていると、魔族の気配を感じた。
 ひょっとしたら、自分を探している捜索隊かもしれない。
 ルシオラはその気配のする方向に、進路を変えた。

 すぐに相手は見つかった。
 人間の子供のような姿をしている。
 しかしその姿が発する妖気は、彼が中級魔族か、それ以上の戦闘力を持っていることを示していた。

「お前がルシオラか」

「ええ、そうよ」

「私の名はデミアン。はじめて会うが……死んでもらおう」

「!!!」

 デミアンがルシオラに向かって手を伸ばすと、腕が槍のような形状に変化し、そのまま伸びてルシオラに(おそ)いかかってきた。
 ルシオラは、その攻撃を間一髪のタイミングでかわす。

「ちょ、ちょっと何よ! 何かの間違いじゃない!!」

「あいにくだが、お前を抹殺する命令が出ているのだ」



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