竜の騎士
作:男闘虎之浪漫
第二章 『暗殺者』 −1−
ヨコシマは、シュルガの鞍にくくりつけておいた荷物の中から、一枚のマントを取り出した。
「ルシオラ。悪いけれどこれを羽織ってくれないかな」
「いいけど、どうして?」
「その格好だと、ルシオラが魔族だってすぐにわかるだろう? とりあえず隊長に報告するまで、あまり仲間を騒がせたくないんだ」
「わかったわ」
「マントを羽織っていれば、人間と全然見分けがつかないから、大丈夫だよ」
ユキノジョーは、遊撃隊駐屯地の発着場で、ヨコシマを帰還を待っていた。
「おい、ヨコシマはまだ戻ってこないのか?」
「はい、まだ戻ってきていません。連絡もないようです」
「まったく、どこをぶらついているんだ。あの程度の戦いで、アイツが死ぬとも思えんしな」
ユキノジョーがぶつぶつ言いながら空を見上げると、はるかかなたに飛行する竜の姿が見えた。
しばらくすると、その竜がシュルガであることがわかった。
「やれやれ、やっと戻ってきたか」
数分後に、シュルガが発着場に着陸する。
「おい、遅かったじゃないか。それに後ろに乗せてる女は、どこで引っ掛けてきたんだ?」
ユキノジョーがからかうような口調で、ヨコシマに話しかける。
「ちょっと、急いでいるんだ。隊長はいるかな?」
「司令室にいるけど……おいヨコシマ、この女──」
「悪い、今は話せない。他の連中にも黙っといてくれ」
「それはいいが、お前、どうしてこんなヤツを……」
「すまん。あとで説明するから」
ヨコシマはルシオラの手を引いて、発着場を離れた。
「気づかれたかしら?」
「アイツは特別カンがいいんだ。もう少し霊力を抑えられないかな。他にもカンの鋭い連中が気づくかもしれない」
「こう?」
「OK。先を急ごう」
ヨコシマは、司令室の前にきた。
警備の当番兵に面会希望を伝えると、当番兵が部屋の中にヨコシマとルシオラを案内した。
「あら。ヨコシマ君、遅かったわね。何か事故があったんじゃないかって、レイコも心配してたわよ。それでそちらの女性は?」
「彼女の名はルシオラ。魔族です」
メガネをかけて執務をしていた美智恵の目が急に険しくなる。
「当番兵!」
「はい!」
「しばらく、この部屋には誰も入れないで。それから急いでレイコを呼んでちょうだい!」
「わかりました」
当番兵は、慌てて部屋の外に出ていった。
「いろいろと、事情がありそうね。ヨコシマ君、詳しく報告してくれるかしら」
「わかりました。実は……」
ヨコシマは、昨晩からの出来事を一つずつ話しはじめた。
「──それで、昨晩からずっとこの女と一緒だったってわけね。連絡も入れないで!」
「しゃーないでしょうが。俺は朝まで気を失っていたんですし、通信鬼も落としちゃったんですから」
ヨコシマが説明を終えたあと最初に口を開いたのは、ミチエの娘であり、かつヨコシマの直属の上官であるレイコであった。
上官・部下といっても、正規軍ほど上下の規律は厳しくないのが、遊撃隊の特長である。
「それに、何かの罠という可能性も、排除できないわ」
レイコがじろりとルシオラを見据える。その視線には、好意のかけらも混じっていなかった。
「連絡が取れなかったのは仕方がないことよ。それから、罠(の可能性についてだけど、ヨコシマ君?」
「はい」
「そのデミアンという魔族は、間違いなく倒したのね?」
「間違いありません」
「その魔族については、こちらにも情報が入っています。幹部クラスの相手よ。
幹部クラスの魔族を犠牲にしてまで、罠を仕掛けるという可能性は低いと思うの。
それから一つ聞きたいんだけれど、あなたは本当に仲間から命を狙われる覚えはないのかしら?」
ミチエがルシオラに尋(ねる。
「ええ。覚えはないです」
「単に命を狙うのであれば、帰還してから拘束した方が手間がかからないわ。戦場で行方不明になっただけで、なぜデミアンほどの魔族を差し向けたのか、そこに深い理由がありそうね」
ミチエがコツコツと床を鳴らしながら、部屋の中を歩きまわる。
「自分で気づいていないだけで、何か重要な機密を持っているのかもしれないわね。
あるいは、機密を持ったまま逃げられたと思い込まれているかも。
どちらにしても十分に調査する必要があります。レイコ!」
「なーに、ママ?」
「なーにじゃないでしょう! 仕事中は公私のけじめをつけなさい!
方面軍指令部のカラス顧問のところに竜騎士を迎えに送ること。
要件については、こちらから連絡します」
「了解しました」
「それから、ヨコシマ君」
「なんでしょう?」
「彼女をゲストルームに案内して。それからしばらくの間、通常の勤務を解除します。次の指示があるまで、駐屯地内で待機して」
「わかりました」
ルシオラは、ヨコシマと数名の兵士に案内されて、ゲストルームに入った。
ここは駐屯地を訪れる貴族や役人を宿泊させる施設である。
当面の間は、賓客(として扱うということであろう。
「また来るから」
ヨコシマはそう言って、部屋を出ていった。
部屋の入り口には二名の兵士が立っている。一応、監視のようである。
部屋の中には幾つかの家具とベッドがあった。
どれも高級品を取り揃えている。
部屋には浴室がついていた。
ルシオラは戦闘用のコスチュームを解くと、湯船に入った。
出撃してから丸2日、体を洗っていない。
風呂に入って体を洗うと、もやもやした気分が少し晴れた。
ルシオラは浴室を出ると、部屋着に着替えた。
ルシオラのような人間形態の魔族は、普段の生活も人間とさほど変わらない。
ルシオラも魔族の部隊にいた時は、中級魔族として専用の個室を与えられていた。
さすがにこのゲストルームほど豪華(ではなかったが。
ルシオラはベッドの上に横になった。
さすがに疲れていた。
ルシオラがいるのは、つい数日前まで敵として戦っていた人間たちの施設である。
ヨコシマを信じているとはいえ、どうしても周囲に対する警戒感を解くことができない。
(これから、どうなるのかしら)
どうしても不安な思いが、心をよぎってしまう。
しかし今すぐに逃げる気も起きなかった。
ここから逃げたところで、行くあてはどこにもない。
魔族の仲間たちのところへ戻ったところで、待っているのは死だけだ。
(ベスパ……パピリオ)
ルシオラは、自分と共に生まれた二人の姉妹のことを思い出した。
生まれてからずっと、彼女たちとともに生活してきた。
そして訓練過程が終わった時、それぞれ別々の部隊に配属となった。
自分のせいで、ベスパやパピリオに何か悪い影響が出ないか。
ルシオラには、そのことも気がかりであった。
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