竜の騎士
作:男闘虎之浪漫
第二章 『暗殺者』 −2−
コンコン
ルシオラは、窓を叩く音で我に返った。どうやら少しの間、眠っていたらしい。
外はすっかり暗くなっており、部屋の中はろうそくが灯されていた。
ルシオラはベッドから起き上がり、窓を開けた。
「よっ!」
窓の外にいたのはヨコシマであった。
「どうしたの?」
「一人でいて寂しいんじゃないかと思って」
「表から入ればいいのに」
「入り口に見張りがいるだろ? あいつらと話すと、やれ上官の許可をもらえとかいろいろうるさいんだ。とりあえず中に入るよ」
ヨコシマは持ってきた荷物を中に放り込むと、窓枠を掴(んで部屋の中に入った。
「ふーん、いい部屋だな」
ヨコシマは部屋の中をきょろきょろと見回す。
「人間の住居のことはよく知らないけれど、私が住んでいた部屋よりもずいぶん上等なことは確かね」
「自分の部屋をもっているんだ」
「そんなに広くないけれど。でも個室よ」
「うらやましいな。俺なんか狭い部屋に男二人で住んでいるんだぜ」
「ヨコシマって、実力があるのに待遇(が悪いのね。
魔族は実力社会よ。実力さえあれば、贅沢(な暮らしが保証されるわ。
私はまだ実績がないから、それほどでもなかったけれど」
「ひょっとして、女の子もついてくる?」
「好きな連中は、何人もの女を連れて歩いているわ。上級魔族で自分の領地をもっている連中は、ハーレムを作ることもあるって聞いたことがあるけど」
「チクショー! 生まれる場所を間違えた! 俺も魔族だったら、今頃は両手に抱えきれないほどのオネーチャンを──」
「へぇ、私の前でそういうことを言うわけ」
ルシオラは冷ややかな目で、ヨコシマを見つめた。
「いや、なんだ、例えばの話さ……ハハハ」
ヨコシマは乾いた声で笑った。
「もう、何しに来たのよ!」
「まぁ用事ってほどでもないんだけど、いろいろ気になってさ。ところでメシは食べた?」
「まだだわ」
「よかった。俺も夕飯まだだから、いろいろと持ってきたんだ」
ヨコシマは、持ってきた荷物を広げる。
中から出てきたのは、パン・チーズ・ローストビーフ・ぶどう酒・水などの食料であった。
「私はこれだけでいいわ」
ルシオラが取ったのは、水が入っているビンであった。
「他にはいらないの?」
「ごめんなさい。人間の食べ物は、ほとんど食べたことがないの。普段もほとんど水と砂糖だけだったし」
「そうか、じゃ仕方ないなー。でもこれは飲めるんじゃない?」
ヨコシマはぶどう酒のビンを取りだし、コップに注いだ。
ルシオラはそのコップを受け取り、そっと匂(いをかぐ。
「これ、お酒ね。妹のベスパはよく飲んでいたんだけど……」
ルシオラは、コップの中身をくいっと飲み込む。
「あら、おいしいわ」
「よかった。とっておきの上等のぶどう酒だったから」
ヨコシマは、パンとローストビーフを口に詰めんだ。
ルシオラもコップのぶどう酒を、少しずつ飲みはじめた。
「ヨコシマ」
「ん?」
「不思議ね。あなたと知り合ったばかりなのに、もう何年も一緒にいるような感じがするの」
ワインに酔ったのか、ルシオラの頬(がわずかに紅くなっている。
「ヨコシマは、いつも女性にはこんなに優しいのかしら」
「誰でもってわけじゃないさ。むしろ女の子にフラれる方が多いし。ただ……」
「ただ?」
「俺もルシオラと会うのが、初めてでないような気がするんだ。うまくいけないけど、ずーっと昔から一緒にいたような気がする」
「どうしてかしら」
「どうしてだろうね」
二人は互いの目を見つめあった。
しばらくの間、二人の間に沈黙の時が流れる。
「あのね……」
「なんだい」
「さっきまで心配事と不安で心がいっぱいだったの。だけどヨコシマと話しているうちに、なんかどうでもよくなってきちゃった」
「不安なのは当然さ。一人でこんなところに来ているんだから」
「頼りにしてるわよ」
ルシオラが、ヨコシマの背をポンと叩いた。
「さてと、そろそろ相棒(が部屋に戻る時間だな。俺もそろそろ引き上げるか」
ヨコシマが帰り支度を始める。
「ヨコシマ」
窓から出ようとするヨコシマを、ルシオラが呼びとめた。
ヨコシマが後ろを振り返る。
「また、来てね」
そう言うとルシオラは、横島にむかってにっこりと微笑(んだ。
「ああ、また来るよ」
ヨコシマは窓から外に出ると、庭の向こうの森に向かって走っていった。
(だいぶ、遅くなっちまったな)
ヨコシマは兵舎に向かって走っていった。
別に遅くなったところで罰則はないのだが、同室のユキノジョーにあれこれ詮索されるのが少々わずらわしかったのだ。
しかしその心配は、まったく意味がなかった。
森の中をしばらく走っていると、いきなり背後から声をかけられた。
「おい」
ヨコシマは後ろを振り向くと、そこに立っていたのはユキノジョーであった。
「なんだ、ユキノジョーか」
「全部見てたぜ」
「な、何の話だよ」
「お前が女に見送られて、窓から出てくるところをさ」
ユキノジョーが、にやりと笑う。
「ちぇっ、一番見られたくないヤツに見られちまったな」
「別にお前がどんな女と会ってても、俺はいっこうに構わないんだが──相手が人間ならな」
ユキノジョーが、ギロッとした目つきでヨコシマに視線をむける。
「あの女、何者なんだ? なんでヨコシマが魔族の女を連れてきている?」
「悪いが機密事項さ。隊長に口止めされているんでね。ただユキノジョーにわかってほしいのは、彼女は敵じゃないってことさ」
「女の名前は?」
「ルシオラだよ」
「ヨコシマは人がいいからな。敵の罠(という可能性は本当にないのか」
「たぶん無いと思う……。ただ俺にもわからないことが多いんだ。とりあえずカラス特別顧問が来ることになっている」
「『神父』まで引っ張りだすのか。徒事(じゃあないな」
「ああ」
「まぁ女に会うのはいいけれど、人目につかないように気をつけろよ」
「お前ぐらいしかいないだろ。森に隠れて俺を見張るようなことをするのは」
ヨコシマが苦笑する。
「さて、そろそろ部屋に戻るか。おい、口止め料に何かよこせよ」
「ビールしかないぞ」
「一番いい酒は女のところに持っていったのか。友達甲斐のないヤツだな」
「何とでもいえ」
その時だった。何かの気配を感じたのか、ユキノジョーが立ち止まる。
「おい、ヨコシマ……」
「なんだ?」
「わからないのか!? 敵の気配だ」
「おい。ここは俺たちの基地だぜ」
「いや、間違いない。こっちだ!」
ユキノジョーが兵舎とは反対の方角に向かって走り出す。
ヨコシマもユキノジョーの後を追いかけた。
「ヨコシマ、わかるか!」
「ああ、おれも感じた。一鬼だがかなり強いぞ!」
「かなり動きが速い。相手が向かっているのはゲストハウスじゃないのか!?」
「しまった! ルシオラを狙っているのか!」
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