竜の騎士

作:男闘虎之浪漫

第二章 『暗殺者』 −3−




 ヨコシマを見送ると、ルシオラは部屋の中を片付けはじめた。
 ヨコシマが来る前に感じていた不安な感情は影を潜め、反対に胸の中に温かい思いが湧き上がっていた。

(大丈夫……よね。ヨコシマがいるもの)

 自分でも不思議なくらい、上機嫌(じょうきげん)であった。




「ふあー、交代まであと3時間もあるのか」

「勤務が終わったら、一杯やりたいぜ」

 ルシオラのいる部屋の入り口には、二名の兵士が警備にあたっていた。
 いささか退屈をもてあましていたらしく、あたりさわりのない会話をしている。

「ところでさー、部屋の中にいるの誰なんだろうな? 女一人でこんなところに来るなんて始めて聞くぜ」

「俺に聞かれてもわかるもんか。まぁVIPには違いないと思うよ」

「フン! ルシオラはこの中だね。ずいぶんわかりやすいこと」

 その時に通路の角から、女が声をかけてきた。

「誰だ!」

 ガチャリ

 二人の兵士は、腰の剣を抜く。
 通路の角から姿を現したのは、全身に黒のマントを羽織った女であった。
 頭にマントのフードをかぶっており、そのフードの中から切れ長の鋭い目を(のぞ)かせている。

「何者だ。名を名乗れ!」

「私の名はレミ。魔族さ。その部屋の中にいるヤツに用事があるんだよ。どきな!」

 魔族と聞いて二人は体を固くした。しかし、相手は得物(えもの)をもっていない。
 勇気を奮って、二人は斬りかかった。

「勇気があるね。だが遅いよ!」

 レミは跳躍(ちょうやく)すると、右手を大きく振りかぶった。
 右手の爪が30cmほどの長さにまで伸びる。

「ギャッ!」

 レミが右手を振り下ろすと、先頭に立った兵士が倒れた。
 兵士の(のど)が、爪で切り裂かれている。

「クソッ!」

 もう一人の兵士が、レミにむかって斬りかかった。
 しかしレミはその一撃を左手の甲で受け止めると、右手の爪を相手の胸に刺し通す。
 兵士は口から血を吐くと、そのまま床に崩れ落ちた。




「ここだな、さっきの部屋は」

 レミは、入り口の厚い木の扉を開いた。

「お待ちかねってわけかい」

「表であれだけ暴れていれば、いやでも分るわよ」

 部屋の中には、戦闘用のコスチュームを身につけたルシオラの姿があった。

「いちおう聞いておこうかしら。あなたの名前は? 私に何の用?」

「私の名はレミ。ナイトストーカー隊のレミさ。用事は言うまでもないね。あんたの命さ!」

 そう言うと、レミは跳躍(ちょうやく)してルシオラに斬りかかった。
 ルシオラは、左にステップしてその攻撃をかわす。
 レミは攻撃をかわされると、そのまま後ろに跳躍(ちょうやく)し、空中で一回転して着地した。

 今度はルシオラから仕掛けた。
 右手を伸ばし、レミ目掛けて霊波砲を撃つ。
 レミは右斜めに跳躍(ちょうやく)して霊波砲をかわすと、壁を()ってルシオラに向かって突っ込んできた。

 シャッ!

 ルシオラは何とかかわしたが、左腕を浅く斬られる。

(室内戦は不利ね)

 ルシオラはそう判断すると、右手から閃光を放った。
 レミが目をつぶった瞬間、窓を蹴破(けやぶ)って外に出る。

「外に逃げてもムダだよ!」

 レミもルシオラの後を追って外に出る。
 庭を駆けていくルシオラに追いつくと、その背後から爪を一閃した。
 しかしレミの爪がルシオラを捉えた時、その姿がユラリと消えてしまう。

(幻術!)

 すかさずレミが後ろを振り返ると、ルシオラが背後から電撃を放とうとしていた。

 バチバチ!

 レミはルシオラの電撃を、かろうじて左手の甲に込めた魔力で支えきった。
 魔力と魔力の反発で、ルシオラとレミは互いに数メートル弾き飛ばされる。

「ハン! なかなかやるじゃないの。デミアンがヤラれたってのも本当らしいね」

 そう言ってレミが、自分の唇をペロリと()めた時……

「ルシオラーー!」

 ヨコシマの声がルシオラの耳に入った。
 まもなく森の中から、ヨコシマとユキノジョーが姿を現した。







「おい、ヨコシマ。お前、文珠を幾つ持ってる?」

「悪いがストックは品切れだ。今作れるのは無理して二つだな」

「しょうがないな。大切に使えよ」

 ユキノジョーは敵が視界に入ると、魔装術を発動した。
 ユキノジョーの全身が霊力を帯びた甲冑(かっちゅう)(おお)われる。

「オラァ!」

 ドンドンドン!

 ユキノジョーが霊波砲を三連発で発射した。
 レミは素早くバックステップし、その攻撃をかわす。
 その間に、ヨコシマがルシオラのもとに駆け寄った。

「ルシオラ、ケガはないか」

「大丈夫よ」

 ヨコシマはルシオラの無事を確認すると、霊波刀とサイキックソーサーを出現させた。

「気をつけて! 相手はナイトストーカー隊といって、暗殺専門の部隊よ!」

「まかしとけって!」

 ズドン!
 ズドドン!

 ユキノジョーとレミは、激しく霊波砲を撃ち合っていた。
 二人とも敏捷(びんしょう)な動きを生かし、素早く動き回りながら相手の(すき)をうかがう。

「ウオォォォ!」

 そこにヨコシマが霊波刀で斬り込んでいった。

 バサッ!

 レミはギリギリのところで霊波刀をかわしたが、マントを切り裂かれてしまう。

「チッ!」

 レミはマントを脱ぎ捨てた。
 全身を紅い獣毛(じゅうもう)で覆われ長い尻尾がついたレミの姿が、わずかな月明かりに照らされる。

「どうりで動きが素早いわけだ。ネコ科の獣人とはな」

「フン! マントを斬ったくらいでいい気になるんじゃないよ!」

 レミはユキノジョーめがけて跳躍(ちょうやく)し、右手の爪を振り下ろしたが──

 ガン!

 レミの爪は、ユキノジョーの左手の装甲で受け止められていた。

「俺の魔装術は、それくらいのことでは破れないさ」

「たしかにあんたの甲冑(かっちゅう)頑丈(がんじょう)そうだね。だが──」

 レミが左手を素早く突き出す。

「顔が、がら空きだよ!!」

 しかし左手の爪も、ユキノジョーの顔面から数センチほど手前で止まった。
 ユキノジョーの顔面に霊気の盾が現れ、レミの爪を防いでいる。

「そこのダチから教わった技さ」

 すかさずユキノジョーが、レミの両腕を(つか)む。

「今だ、ヨコシマ!」

 ヨコシマは『爆』の文珠を生成し、レミの背中めがけて投げつけた。
 文珠はレミの背中で大爆発を起こす。

 ドオォォォーーン!

「ハァハァハァハァ」

 爆風の中から現れたのは、背中から血を流しているレミの姿であった。

「バカヤロー! こんな近くで文珠を爆発させるんじゃねー!」

 その少し先にユキノジョーが地面に倒れているが、こちらは無傷のようだ。

「クッ! こんなにも早く『文珠使い』が現れるとは、こっちの計算違いだったね! 次に会う時はあんたの命も無いものと思いな!」

 そう捨てゼリフを残すとレミは空中高く跳躍(ちょうやく)し、森の中へと姿を消していった。

「どうする。追いかけるか、ヨコシマ?」

「いや、敵が待ち伏せていると厄介だ。止めておこう」



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