竜の騎士

作:男闘虎之浪漫

第二章 『暗殺者』 −8−




 同じ頃、ルシオラとアビーの戦いが続いていた。
 互いに牽制(けんせい)しながら、相手の(すき)をみて霊波砲を撃ち合う。

 ルシオラもアビーも相手の霊波砲でいくばくかのダメージを受けていたが、しばらくしてルシオラは戦い方を変化させた。
 左手を突き出して前面に円形のシールドを張り、アビーの霊波砲をシールドで防いだ。
 さらにアビーが攻撃しない(すき)を狙って、シールドを一瞬解除して霊波砲を放つ。
 一方のアビーは、己のもつ機動力を生かして上下左右に激しく動き回り、守りを固めるルシオラに()さぶりをかけようとしていた。

「守りを固めて、私のスタミナ切れを狙おうってつもりかい。だが待てば有利になるのはこちらさ。やがてジニーが戻ってくるからね!」

「どうして、そう言いきれるの?」

「私の部族では、ジニーは私に次ぐ使い手さ。たとえ竜騎士が相手でも、そうそう遅れをとったりはしないよ」

「残念ね。あなたの仲間が戦っているのはヨコシマよ。『文珠使い』を相手にして、はたして勝ち目があるかしら?」

「な、なに!」

 アビーの表情に、(あせ)りの色が見えた。
 さらにアビーの視界に、接近する竜の姿が目に入る。

「ルシオラ、無事かー!」

 やって来たのは、ヨコシマとシュルガであった。

「どうやら、見込みが外れたみたいね」

「クッ、クソッ!」

 アビーが牽制(けんせい)の霊波砲を放った。
 ルシオラがそれを防いでいる(すき)に、反転して逃走を始める。

「待ちなさい!」

「よせ、ルシオラ。深追いはよそう」

 アビーを追いかけようとするルシオラを、ヨコシマが引き止めた。

「しかし驚いたな。こんな奥地まで、魔族の部隊が浸透(しんとう)してきているなんて」

「たぶん特殊部隊だわ」

「特殊部隊?」

「そう。正規軍とは別に、特殊な任務を負って行動する部隊よ」

「この前、駐屯地を襲ってきたナイトストーカー隊というのもそうなのか?」

「ええ。特殊部隊の中でも、暗殺の任務を専門に行う部隊ね」

厄介(やっかい)なヤツらが相手になったな」

「……そうね」

 ルシオラは黙って、ヨコシマから視線をそらした。
 相手の狙いは間違いなく自分である。ヨコシマたちに大きな負担をかけていることを、ルシオラは感じていた。







 やがてガーゴイルたちを追っていた竜騎士たちも戻ってきた。
 お互いの無事を確認すると、今日の目的地であるディープ・フォレスト城へと向かった。
 予定より一時間ほど遅れて、目的地に到着した。

「よっ、シュルガ。今日はお疲れさん」

(まる一日飛んだ上に、戦闘までしたんだからな。超過勤務手当でももらわんと、割にあわんわい)

「余分な牛肉がないか、きいておくわ」

(しも)降り肉じゃないと、承知せんぞ)

「それは明日までガマンだな。(みやこ)に着けば、マツザカ産の高級牛肉がいくらでも食えるさ」

(むぅ、仕方ないの。今日は(なみ)でガマンしておくか)

 シュルガは、かなりのグルメである。
 古竜のくせに山中で生活せず、竜騎士の駐屯地に住んでいる理由の一つが食生活であった。
 実際軍は、重要戦力である竜を手厚く待遇(たいぐう)しており、食事についてもいろいろと気を使っていた。




 ヨコシマも疲れきっていたが、城についてからも(いそが)しさに追われていた。
 ルシオラをVIP用の宿舎に案内した後、シュルガたちの食事の手配をした。
 パンとスープだけの夕食を済ませたあと、遊撃隊の本部宛に戦闘の詳細報告のレポートを書き始めた。
 本当はビールを飲んで眠りたいところだが、前線から遠く離れた国内で発生した戦闘を報告しないわけにもいかない。

 レポートを書き上げ城の通信係に渡したときには、夜もかなり更けていた。
 すべての仕事を終え、与えられた宿舎に入ろうとした時、ヨコシマは入り口の近くに立っていた人影に気がついた。

「ルシオラ!」

 ヨコシマは、ルシオラにむかって駆け寄った。

「ルシオラ、どうしたんだ? こんな夜更けに」

「ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたら、寝つけなくて……」

 ヨコシマは疲れていたが、不安がっているルシオラを放っていくわけにもいかなかった。

「ちょっと、その辺を歩かないか?」

 二人は宿舎を離れ、城の中庭を歩きはじめた。




「大きなお城ね、ここは」

 実際、ディープ・フォレスト城は大きな城だった。
 城は高さ十メートル・幅七メートルほどの二重の外壁で囲まれており、さらに幾つもの円塔が城壁から少し突き出して設けられている。

(みやこ)と前線との中間地点だからな。方面軍司令部も置かれているし、大きな戦いがある時にはここに軍隊や軍需物資が集結するんだ」

「いいの? そんなことまで(しゃべ)って。 私、いちおう魔族よ」

 ルシオラはクスクスと笑った。

「別に大した秘密でもないし、それに……俺はルシオラを信じているから」

 ヨコシマが、少したどたどしい口調でこたえた。

「わたし……ヨコシマたちに迷惑をかけているわね」

「なんのことだい?」

「昼間の襲撃(しゅうげき)は、明らかに私を狙っていたわ。いくら特殊部隊でも、応援もないまま竜騎士を狙うなんて、普通じゃ考えられない。撃退できたからよかったけど、もし万が一、ヨコシマに怪我でもあったら──」

「気にしなくていいよ。任務なんだから」

「やっぱり、任務だから?」

 ルシオラは立ち止まると、ヨコシマの顔を見上げた。

「そうよね。任務だからしかたないよね……」

「いや、その、仕事だけってわけでもないんだ」

「仕事だけじゃないって、どういうこと?」

「自分でも、正直よくわからない……。だけどルシオラを守らなければいけない。そういう思いがヒシヒシと湧いてくるんだ」

「なぜ? 私、魔族よ。なんで私なんかのために──」

「わからない。ただ今はルシオラの(そば)にいなければいけない。離れちゃいけない気がするんだ」

「ヨコシマ──」

 ヨコシマに(そば)にいて欲しい、ルシオラもそう願っていた。
 (さび)しいからだろうか? いや、違う。それだけではない。
 よくわからないが、何か強い(きずな)が自分とヨコシマとの間に存在する。
 ルシオラは、そう感じていた。




「あそこに座らない?」

 城の中庭の真ん中に、小さな池があった。ルシオラがその池のほとりにある、小さな木のベンチを指差す。
 ヨコシマとルシオラは、そのベンチに並んで腰を下ろした。

「私ね、水のほとりがすごく居心地いいの。自分がホタルの化身だからかな? こうやって座っているだけでも、すごく落ち着くわ」

 だがヨコシマからの返事はなかった。
 ルシオラがヨコシマの方を振り向くと、ヨコシマはこっくりこっくりと舟を()いでいる。

「もう、せっかくムードが出てきたのに!」

 だがルシオラは、ヨコシマが疲れていることに気がついた。
 ルシオラはヨコシマを起こさないよう、そっと抱きかかえる。

(さすがに重たいわね。とても歩いては運べないわ)

 ルシオラはヨコシマを(かか)えたままフワリと空中に浮ぶと、宿舎に向かって飛んでいった。



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