竜の騎士

作:男闘虎之浪漫

第二章 『暗殺者』 −9−




 俺は何かの乗り物に乗って、海岸線沿いの道を走っていた。小さな馬車のようだが、馬に引っ張られるのではなく、自分自身の力で動いているようだ。
 俺の隣には、ルシオラが座っている。彼女は小さな操舵輪のような器具を握り、この乗り物を操作していた。
 俺もルシオラも、地味ではあるが見たこともない服装をしている。

「楽しいわけないわね、私とドライブしたって……」

「え?」

 彼女は少し不安そうな表情で、俺に話しかけてきた。

「バカだわ、私。よく考えたらこっちは東側だから、夕陽なんか見えないのに……。何やってるのかしらね」

「…………!」

「下っ端魔族はホレっぽいのよ。図体と知能の割に、経験が少なくてアンバランスなのね。子供と同じだわ」

 そういう彼女の(ほほ)は、わずかに紅潮していた。

「おまえの迷惑を考えないで……ごめん」

「ル……ルシオラ!」

 俺は意を決して、(さけ)んだ。
 
「一緒に逃げよう!」

 ルシオラは(おどろ)き、あわてて乗り物を停止させた。
 急に停止させたため、俺は勢いあまって前面のガラスに頭をぶつけてしまう。

「な、なに言い出すのよ!?」

「あんなヤツの手下なんかやることないさ! あいつはアンタら全員、使い捨てにするつもりだろ?」

「ヨコシマ……」

「あのことだって、俺たちのとこに来れば何とかなるって! 夕焼けなんか、百回でも二百回でも一緒に──」

「本気で、言ってくれてるの?」

 ルシオラが真剣なまなざしで、俺の顔を見つめた。

「な、いいだろ?」

「おまえ、優し過ぎるよ」

 そういうとルシオラは俺の肩に手をまわし、俺の体をギュッと抱いた。
 俺の胸と肩に、ルシオラの体の柔らかい感触が伝わってくる。

「でも、ダメ。それだけはできないの」

「えっ、なんで!?」

「……私にも、事情があるのよ。でも、ありがと。一緒にはいけないけど、おまえはあとでこっそり逃がしてあげるから安心して」

 ルシオラは少し体を離すと、優しいまなざしで俺を見つめた。

「ただ、今夜はいてくれる?」

「──!?」

 俺が怪訝(けげん)な顔つきをすると、ルシオラは俺の耳元に(くちびる)を寄せてささやいた。

「おまえの思い出になりたいから、今夜、部屋に行くわ……」






 ヨコシマはそこで目が覚めた。布団を跳ねのけ、ガバッと上半身を起こす。

「な、何だ。夢かよ」

 しかし今見た夢は、あまりにも生々しかった。夢の中で抱擁(ほうよう)したルシオラの体の感触も、耳元でささやかれた時のその息吹も、ヨコシマははっきりと覚えている。

「あれ!? ここは──」

 ヨコシマが周囲を見渡した。昨晩泊まるはずであった騎士用の宿舎とは別の部屋にヨコシマはいる。
 部屋の床には絨毯(じゅうたん)が敷き詰められており、調度品も高価な品を取り揃えていた。
 ベッドも宿舎にあった一人用の固いベッドではなく、柔らかくて弾力性があり、一度に数人が横たわれるほどの広さがあった。
 そして隣を見ると、そこには寝巻き姿のルシオラが、小さな寝息をたてて眠っていた。

「え゛っ!?」

 ヨコシマは、思わず声を()らしてしまう。
 ヨコシマは必死になって、昨晩の出来事を思い出した。

(たしかルシオラと散歩に出て、池のほとりの小さなベンチに一緒に座って……)

 そこから先の記憶がない。

(ま、まさか、自分でも知らないうちにヤッてしまったとか──!)

 ヨコシマは、眠っているルシオラの方を振り向いた。
 そこに先ほどの夢の中でルシオラと抱擁していた記憶が、ヨコシマの脳裏によみがえる。

(どうせシタのなら、一度するのも二度するのも同じだよな……。だけど、ヤッたかどうかまだわからないし……。ハッ! この手は何だ!)

 ヨコシマは無意識のうちに、ルシオラに手を伸ばしていた。
 その手を一度引っ込めるが、また手が伸びてしまう。そしてその手がルシオラの体に触れようとした時──

「おはよう、ヨコシマ」

 眠っていたルシオラが、目を覚ました。
 ヨコシマは触れかけていた手を、あわてて引っ込める。

「よく眠れた?」

 目をゴシゴシとこすりながら、上半身を起こす。

「ル、ルシオラ……その……つまり……俺は昨夜……」

「覚えてないの、昨夜のこと?」

 ルシオラは体にかかっていた薄絹(うすぎぬ)手繰(たぐ)り寄せると、それで胸元までを隠した。

「バカ……」

「あーっ、やっぱり俺はヤッちまったのか! 昨夜の俺が許せん! 自分だけいい思いしやがって!」

 ヨコシマは拳を固く握り締め、ギリギリと歯ぎしりをする。

「はっ! ひょっとしてショックを与えたら、何か思い出すかも」

 ゴン! ガン! ゴン!

 ヨコシマは壁に向かって、自分の頭を何度も叩きつけ始めた。

「ちょ、ちょっと、ヨコシマ止めて!」

「離してくれ、ルシオラ! 俺は自分で自分が許せないんじゃ〜〜〜〜!」

 ヨコシマの額がぱっくりと割れ、血がドクドクと流れ落ちた。

「やめてってば! 冗談よ、冗談!」

「へっ!?」

「本当よ。ヨコシマが昨晩ベンチで居眠りを始めたから、私がここに運んだの」

「なーーんだ、違ったのか」

 しかし、それはそれで残念である。ヨコシマは、がっくりと肩を落とした。

「本当に俺、何もしなかった?」

「ずーっと寝てたわよ。疲れているみたいだったから、こっちに運んだんだけど。兵舎のベッドより、寝心地がいいかと思って」

「やべっ! 俺、向こうに戻らないと。朝帰りの現場が見つかったら、他の連中に何て言われるか……」

 ヨコシマは飛び起きると、あわてて部屋を出ようとした。

「待って。髪の毛が乱れているわよ。それから服装も」

 ルシオラは化粧台から(くし)をもってくると、ヨコシマの髪を整えはじめた。

「ヨコシマって面白いのね。格好いいところばかり見ていたから、ちょっと驚いたわ」

 ヨコシマの髪をくしけずりながら、ルシオラが話しかけた。

「俺は元々、そういう人間なんだよ」

「そうなの? 私、ヨコシマのことを、まだまだ知らなかったのね」

 ルシオラはヨコシマの髪の毛を整えると、服装の乱れを直した。

「はい、終わり」

「ありがとう、ルシオラ。朝食が済んだ頃に、迎えに来るから」

 幸い、日が昇ってからまだそれほどたっていない。
 この城の兵士はともかく、ヨコシマと同行している竜騎士たちは、まだ目を覚ましていないだろう。
 ヨコシマは急いで部屋を出ると、駆け足で宿舎に戻っていった。








 それから約二時間後、ルシオラとヨコシマを含めた三名の竜騎士は、ディープ・フォレスト城を出発した。

 ディープ・フォレスト城から王都へと続くその路程は、ずっと森が続いていた昨日とは異なり変化に富んでいた。
 出発して間もなく、森の木々の間に草原が広がりはじめた。
 やがて木の数が徐々に減り、草原にまじって人家と畑が増えてきた。

「きれい──」

 ルシオラは、飛行する竜の背から見える風景に心を奪われていた。
 畑には青々とした小麦が生えており、ところどころで農作業をする人の姿があった。
 草原には、放牧されている羊の群れが幾つも見えた。
 途中で横切った大河では、帆を張って川をさかのぼる帆船の姿が見えた。
 石で舗装された街道には徒歩で旅行する旅人や、荷物をいっぱいに積んだ荷馬車がひっきりなしに往来していた。

「ねっ、ヨコシマ。あの子、手を振っているよ!」

 村の上空を通過した時、空中を飛行する竜の姿を見た村の子供が、空を見上げて手を振っていた。

「俺も子供の頃は、空を飛ぶ竜を見ては、一生懸命に手を振っていたよ」

「ヨコシマも、そうだったんだ」

 眼下を過ぎ行く子供の姿を眺めながら、ルシオラはヨコシマの子供の姿を心の中で思い描いた。

「ヨコシマ、あのね──」

「なんだい?」

 このままずーっと二人で旅をしたい、ルシオラはそう言いたかった。
 だがそれが許されないことは、彼女自身よくわかっていた。

「ごめん、なんでもないわ」

 そういうとルシオラは、はるか地平線に広がっている山脈へと視線を移した。




 昨日と同じく、昼食のために一回だけ地上に下りたとき以外は、一行はずっと空を飛び続けていた。
 国境からは遠く離れており、また人目を避けて魔族が潜伏できるような場所もほとんどないため、敵が襲撃してくる危険性はほとんどなかった。
 午後になると人家の数もしだいに増え、大きな石造りの町を幾つも通過した。
 やがて夕暮れ時になると、行く手に何キロにも渡って続く城壁と、その向こうに石造りの建物が広がる街並みが見えてきた。

「ヨコシマ、あれは──?」

「ナルニア王国の首都さ。リルガミンというのが正式な名前だけど、(みやこ)と呼ばれることが多いよ。あそこが今日の終着地だ」

 シュルガたち三頭の竜は、城内の発着場めがけて降下をはじめた。

(短かった旅も、これで終わりね……)

 もし許されるのであれば、このままヨコシマと二人でどこかに行ってしまいたい。ルシオラは半ば本気で願っていた。
 だが現実は、そんな甘い夢を見ることを許す状況ではなかった。現に魔族の刺客が、何度も自分を狙っている。
 自分を狙う理由については、まだ何もわかっていない。だが何も知らないままでは、刺客に襲われ続けているうちに、いつか生命を失うであろう。

(これからが、正念場だわ!)

 ルシオラは引き締まった表情で、西の空に沈んでゆく夕陽をじっと(なが)め続けていた。


(第二章 完)


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