竜の騎士

作:男闘虎之浪漫

第三章 『王都・リルガミン』 −1−




 都に着いたヨコシマたち一行は、都を囲む外壁の近くにある遊撃隊の基地に竜を降ろした。

「東部方面軍遊撃隊、第一中隊所属のヨコシマ・タダオです」

 ヨコシマは、出迎えにきた警護隊の隊長に敬礼をする。

「ご苦労だった。ところで、君たちに原隊から指令が届いている」

 ヨコシマは警護隊の隊長から、ミチエ司令が出した指令書を受け取った。
 その内容は、ヨコシマは都に留まって引き続きルシオラの護衛にあたり、残りの二人は隊に帰還(きかん)するようにという内容だった。
 ルシオラとここで離れてしまうのではないかと危惧(きぐ)していたヨコシマは、王都に留まれという命令にほっとした。

「王立研究所には、明後日に移動する予定だ。
 私たちで彼女を宿泊所に案内するから、君たちは隊の宿舎で休みたまえ」

 ヨコシマたち竜騎士は、乗ってきた竜を彼らの宿泊所へと移動させる。
 ふとヨコシマが後ろを振り向くと、(さび)しそうな目をしているルシオラの姿が目に入った。




 翌朝、朝食を終えたルシオラが部屋で紅茶を飲んでいると、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。

「どうぞ」

 ルシオラが返事をすると、隣室に控えていた従者が、ヨコシマを部屋の中へと案内した。

「ヨコシマ!」

 それまで静かにしていたルシオラの顔が、パアっと明るくなる。

「昨夜はよく眠れた?」

「ちょっと眠りが浅かったけど、大丈夫よ」

「そっか。ところで、今日は何か用事ある?」

「別に何もないけど、どうしたの急に?」

(ひま)なら、街を案内しようかと思って」

「勝手に外に出ていいの?」

「大丈夫。外出許可なら取ってきた」

 ヨコシマは、警護隊長のサインの入った外出許可証をルシオラに見せた。
 どうやらこの基地の将校は、ルシオラのことを単なる亡命希望の魔族の一人と思っているらしい。
 外出も、ヨコシマが監視につくことを条件にして、あっさりと許可が下りた。

「あ、服はどうしよう?」

 ルシオラが困った顔を見せた。
 ルシオラは、今着ている戦闘用のコスチューム以外に、着るものを何ももっていない。

「とりあえず、フード付きのマントを着て外に出ればいいさ。
 服は仕立て屋をみつけて、急ぎで作ってもらおう」




 正午の少し前の時間に、ヨコシマとルシオラは遊撃隊基地を出発した。
 ヨコシマは身動きの取りやすい皮製の(よろい)を着て、その上からマントを羽織った。
 ルシオラはフード付きのマントで全身を覆い、顔だけ外に出している。
 二人が基地から出るとき門番の兵士に呼び止められたが、外出許可証を見せると兵士が敬礼して見送ってくれた。

「ヨコシマは、この街の地理には詳しいの?」

「俺がガキの頃、この街に住んでいたんだ。
 オヤジのお供で市場や商店街を連れまわされたりもしたし、けっこう詳しいと思うよ」

 リルガミンの街は、中央の城を中心にして円形状に広がっている。
 主要な道は、城の外側から中心へと向かう大通りと、大通りと大通りをつなぐ複数の環状道路で成り立っており、路地裏の小さな通りを除き、それらは全て石畳(いしだたみ)舗装(ほそう)されていた。

「人が多いのね」

「まあ、この国の首都だから」

 大通りの中央には、馬車がひっきりなしに往来していた。
 また、道の両側には露天の店がずっと並んでおり、店の前を多くの人が歩いていた。

 ヨコシマは基地から街の中心に向かう大通りを進んでいたが、目の前に大広場が見えてきたところで、道を曲がって路地裏の通りに入る。
 そして、路地裏にある一軒の店のドアを開け、中へと入った。

「いらっしゃい」

 店の中は10メートル四方ほどの広さがあった。
 部屋はカウンターで仕切られており、その向こう側から店の主人らしき中年の男性が声をかけてきた。

「なんだ、タダオじゃないか」

「お久しぶりッス」

「いつ、こっちに来たんだ」

「昨日、着いたばかりで」

 ヨコシマはカウンターに置いてあった椅子に腰を下ろした。
 男はカウンターの向こう側で、テーブルの上に置いてあった布を裁断していたが、その手を休めるとヨコシマと顔を合わせた。

「そっちのお嬢ちゃんは、タダオの連れかい?」

「そうなんだ。ルシオラっていうんだけど」

 ヨコシマは、ドアの近くに立っていたルシオラを手で招いた。

「この人はロイさん。俺というより俺のオヤジの知り合いだけど、都の下町では一番の仕立て屋さ」

「はじめまして。ルシオラです」

 ルシオラは、ロイに向かって軽く頭を下げる。
 店の主人であるロイは、40代半ばくらいの年齢に見えた。
 肌は白く、赤い髪を短く刈り込んでいるが、頭頂付近はやや髪が薄い。
 青いシャツの上に、作業用のエプロンを身に着けていた。

「実はお願いがあってさ」

「なんだ、いったい?」

「彼女の服を仕立てて欲しいんだ」

「急ぎか」

「できれば、今日中で」

 ロイは(あご)に手をあててしばらく考えていたが、やがて顔を上げた。

「いいだろう。あまり()った服は作れんがな。それでもいいか」

「恩にきるよ、ロイ」

「よく言うぜ。貸しを返された覚えは一度もないんだがな。そうそう、タイジュのやつは元気か?」

「オヤジもお袋も、元気に商売しているよ」

「そうか。今度都に出てくるときは、うちの店に寄ってくれと伝えといてくれ」

「わかった」

「それじゃあ、お嬢さん。ちょっとこっちに来てくれ」

 ロイは巻尺を手に持つと、カウンターの外に出た。

「寸法を測るから、そのマントを脱いでくれないかな」

「はい」

 ルシオラがマントを脱いだ。
 マントの下から現れたルシオラの服装を見て、ロイは驚く。

「こいつは……」

 ルシオラは、いつもと同じ、戦闘用のコスチュームを着ていた。
 もっとも、他に着替えがないのだから仕方がない。
 ちなみに頭の触覚は、髪飾りでうまく隠してある。

「タダオ。この嬢ちゃん、堅気(かたぎ)の娘じゃないな。わけありか?」

「まあ、いろいろと」

「おまえさんのいる部隊は、いろいろ特殊だからな。ここだけの話にしとくよ」

 ロイは巻尺で、ルシオラの腕や足の長さなどを測りはじめる。

「それにしても、見事な生地だな。ちょっと触っていいかい?」

「ええ、少しだけでしたら」

 ロイは、ルシオラの腕を掴むと、そっと指で撫でた。

「ほう、こんな肌ざわりの布地は始めてじゃわい。どこで仕立てたのかね?」

「すみません。ここではお話できないんです」

 ルシオラはヨコシマの顔をチラチラと見ながら、恥ずかしそうな表情をしていた。

「機密かね。まあ、話せないなら仕方がないよ」

 ロイはルシオラの身体を測り終えた。
 ルシオラが脱いだマントを身に着けている間に、ロイは巻尺を自分のエプロンのポケットにしまう。

「夕方までに仕上げるから、取りにきてくれ。
 仮縫(かりぬ)いは無しだが、サイズが合わなくて着れないということはないはずだ」

「ありがとう、ロイ」




 ロイの店を出たヨコシマとルシオラは、街の中心部近くにある大広場へと向かった。

「ところでさあ、さっきロイがルシオラに聞いてたことなんだけど」

「私が着ている服のこと?」

「話しにくいのかもしれないけどさ、何となく気になって」

「実は、これ服じゃないの」

「えっ?」

「私が身につけているコスチュームは、私の霊力を具現化させたものなの。
 だからとても軽いし、防御力も普通の鎧以上にあるわ」

「ああ、そういうことか」

 ヨコシマは、同僚のユキノジョーが使う魔装術を思い出した。

「まてよ。ルシオラの服が実は霊力だったってことは、実はルシオラはすっぽんぽんと同じ……」

「エッチ!」

 ヨコシマの(よこしま)な視線に気づいたルシオラは、胸元を隠すようにマントの合わせ目を両手で押さえた。

「ヘンな目で見ないでよね。下着とかはちゃんと着けているんだから」

「ご、ごめん」




 大広場の中央には大きな噴水(ふんすい)があり、広場の周囲には屋台の店が数多く並んでいた。
 ヨコシマは屋台の店を何軒かまわって食べ物と飲み物を買うと、噴水の近くにあるベンチにルシオラと並んで座った。

「ここも、人が多いわね」

「ああ」

 大広場には、大通り以上に多くの人が集まっていた。
 昼食時ということもあり、広場のあちこちに昼食をとる人たちの姿が数多く見えた。

「ルシオラ、これ食べてみる?」

 ヨコシマはルシオラに、クレープを渡した。

「なにこれ?」

「クレープって言うんだ。かなり甘い食べ物だけど、ルシオラの口にもあうかと思って」

 ルシオラはクレープを一口かじってみた。
 小麦粉の生地の間からクリームの甘い味が、口いっぱいに広がる。

「あ、おいしい!」

「よかった。俺も子供の頃よく食べたんだけどさ、ルシオラでも食べれるかなって何となく思ったんだ」

 ヨコシマは屋台で買った羊肉と鶏肉の串焼きを、口いっぱいに頬張った。

「人間の街は生活が豊かなのね。食べ物も着る物もいっぱいあって」

 ルシオラは都の通りを歩きながら、街にある店や通りを歩く人たちの様子をずっと観察していた。
 そして、店で売っている商品の多さや、人々が着ている服装の多彩さにとても驚いていた。

「俺たちが前線で頑張ってるからな。そっちはどうなの?」

「前線の生活は素っ気無いものよ。休みの日には、妹のべスパと一緒に思いっきりおしゃれして
 気晴らしすることもあったけど。それから、後方のことはよくわからない」

「そういえば、ルシオラには妹がいたんだよな」

「べスパは見た目は私と同じくらいなんだけど、けっこういいスタイルしてるわね。
 パピリオは、人間の子供と同じように見えるわ。ちょうど、あんな感じかな?」

 ルシオラが、目の前を走りすぎていく十歳くらいの少女を指差した。

「妹と会えなくて、寂しくない?」

「そうね。でも、私の居場所は、向こうにはもう無いみたいだから……」

 次の瞬間、ルシオラの目から、涙がスッと(こぼ)れ落ちた。




(あとがき)
 約2年半ぶりの更新ですが……いまさら、お待たせしましたなんて言えないですね。(汗)
 本来はこのSSがメインになる予定だったんですが、いつの間にか執筆がずっと先送りと
 なってしまいました。

 このSSも、他の長編に負けずおとらず長い話なんですが、できれば続けていきたいです。
 とりあえず、第三章はきちんと書きあげる予定です。


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