(最初に)
 “長いお別れ”とその後にギャップを感じた事から書いた穴埋め話です。
 作風などから、「モンジュは反則」(※)とのタイトルを冠しましたが、既存のそれとは別物な為、異聞としました。

※管理人注
 「モンジュは反則」は、Nar9912さんが『ザ・グレート・展開予測ショー』に投稿した作品です。



 モンジュは反則異聞 絶対なんて無い

作:Nar9912

(01)




 三界を震撼せしめた魔神は倒れたが、その功労者は大きな喪失を強制させられた。
 欲の塊である彼をして、仮に世界中の富世界中の女を与えられるとしても不老不死を与えられるとしても到底、贖いとなりはしなかったであろう。

 事実彼女を遂に失った際、彼は自分には女性を愛する資格など無かったと嘆き、仇討ちでもある決戦では現実に煩悩即ち欲が無くなり霊力が美神に勝った際より落ちたのだ。

 それが為また情報が無かったが為、一度は魔体に迎撃されもした。

 それでも彼に美神と同期合体出来る程の霊力が残っていたのは、怒り故か、絶望の中尚も生きようとする生命の底力か、はたまた命を捨て愛した彼女が支えたのか、それとも……

 美神はシリアスな彼にGSとして存在価値は無いと考えたが、言うまでもなく誤りだ。
 もしそれが事実なら、同期合体の性質からすればその彼と同期出来た事実が彼女自身の霊力を話にならぬ低さと示す事に繋がるのだから。
 シミュレーション訓練時に於いて最高96.23869マイトであった美神と同期する為には相応の霊力が必要で、例えば弓かおりの62.3マイトでは不足だろう。
 そもそも文珠を持ち得ぬなら霊力が同等であれ困難だが。
 故に迎撃された時点でさえ霊力は然程減っていなかっただろう、彼の意思に離れた力であれ。

 だが確かに霊力は落ちてもいた。美神が神魔の綺麗所……美神からすれば己の身体であろうがGSとして必要なら晒し他人は使って当然……を脱がし彼の力を引き出そうとしたのは、最適な選択に過ぎない。

 そして、彼等は、勝利する。

 愛した女を模したその妹の姿を見て、同じ細胞より成り同じ霊基構造を持つ筈の、人が言う所の一卵性の三つ子とも言える彼女が為した見破れない筈のその変装を一目で見破った彼は、ルシオラの姿をした彼女、声をした彼女、言葉遣い目付きまで同じである彼女を見て、その思いは余人の想像が及ばぬ所であったのだろうが、魂の深奥から純然たる力を引き摺り出し、南極でのその単純に自分の女を手に入れる為そして美神も助けあわよくば人類の敵から一転ヒーローで二号でハーレムな、正にその手に全てを掴もうとしたその時……その時点では其処まで考えなかったが……と比べて尚、強力にも程がある力を引き出し、更に煩悩さえ自在に操り人は疎か神魔すら人界で成し得た事無い極限の力を現出させた。
 その力もしヒャクメなり計測したなら軽く10億マイトを超えたと知れただろう。
 ルシオラの霊体が混じった横島が前面に出た事、美神が内側となって取り込まれなかった事即ちシンクロ自体そう高く無くなって前世が魔族な彼女が補助となった事他、多様な要因を考慮するに其処まで出力は上昇した筈だ、アレは単なる同期とは限らなかったのだから。
 元より彼はパワーアップしたベスパの結界を文珠も使わず独力で解いたのだから……ホントに人間か。

 平安時代にてヒャクメが測った魔神の力は彼女に比して七桁は上。
 妨害霊波を発生させ続ける為に衰えていたと言えエネルギー結晶無くしての魔体であったとは言え本体の力がより上ならば魔体を使う必然は無かったのだ。
 そもそも本体が罅割れ西条の銃撃一発で倒れたのは横島がエネルギー結晶を破壊したからでも西条の攻撃が効果をもたらしたからでも無い、自身言った通り不要な故に捨てたまでの事。
 大体にしてエネルギー結晶は魔神の身体を維持する為に使われたのでなくコスモプロセッサの原動力とのまた最期の力を保つ為に妨害霊波発信を肩代わりする為でしか無かったのではないか、エネルギー結晶を破壊すれば魔神もまた倒れるとはGS達の焦りが為した幻乃至は霊感に因る予感ではないか。
 魔体を使う必然は主神達への攻撃の為でしか無かったであろう、敢えて理由を見出すとすれば。
 既に反乱が起きて相応に人界が混乱し神魔もそれなりに倒れていたのだから、魂の牢獄から脱却するだけなら魔体を使わずともコスモプロセッサで宇宙を作り替えるとの未遂に終わった行為で十分だった筈だ。

 なのに魔体は使われた。

 魔体が最期に放ったその極大の霊波砲は、その時点での横島なら一撃くらい持ち堪えられたかも知れない、堪え得ても動けなくなる程の重傷を負った事も間違いないであろうが。
 だがあの攻撃はそも出て来る筈の主神達を狙ってのものだったと考えるべきだろう、主神達へ威力を示し脱却を力尽くで認めさせる為と。
 そうで無ければ最初の嫁姑島を容易に破壊したものの東京には当たらなかったその攻撃以降、GS達への攻撃が弱過ぎるのだ。
 魔体は真に全く知恵が無くなっていたのか、敵を認識する程度の知能が有ったとは美神接近に気付いた事で裏付けられている、彼等への攻撃が全力でなく標的に応じた調節が施された事も含め知恵の証拠ではないか。
 また其処に矛盾がある、美神達を倒したいなら全力を放てば良いだけであった。
 それともエネルギー残量を考える程に知能があったのだろうか、それだけの知能があれば最初の一撃には謎が生じないだろうか、果たして最初の一撃そして最期の一撃は本当にただ無意味に最大出力を放ったというだけなのであろうか、其処にデモンストレーションの意味は無かったのか。

 仮に無かったとしたなら魔体を破壊した横島には魔神を殺し得る程度即ち模したそれに比しても強い力があった事となろう、魔体は主神との戦い用即ち魔神自身より強い筈だ。
 故に仮にヒャクメの霊力を 100マイト前後と見たのなら、その際の横島は10億マイトは有った筈なのだ。
 そう無ければ倒された魔体は、手加減していたとなるのだから。
 まさか魔神本体より魔体のボディが弱いなどとの事は無いだろうから。
 それでは仮にバリアが破られる事があるならそれだけで倒され得るのだから。
 仮にも主神達との戦いを想定した、究極の魔体が、である。

 ……だがヒャクメが 100マイト程度なのかは不明だ。雷も無しに美神の時間移動能力を使い得たのだから、元々の出力がその程度であったとしても横島の文珠の如く力を蓄えておく事で、雷文珠程度には出力など伸ばし得る筈だ。
 いや蓄える容量自体は大きくその限界が数千マイトに至るのであれど、消耗しての状態なら 100マイトに満たないのでは無かろうか、そして消耗してからの自然回復の遅さこそが戦士タイプでは無い証明と見る事はおかしいだろうか。
 普段は 100マイトに満たない程しか無いと。
 更に彼女の霊力は視る事に特化されそれ以外は大抵、他を補助するそれにしか使えないのでは無かろうか。
 平安時代に於いて殆ど力を使えなかった事が、それらを同時に証明しているのでは無かろうか。
 飽くまでも推測に過ぎない余談ではあるが……。

 尤も彼女達の測り方は実の所人が目で距離を測る様なそれであって故に自身の力からあまりにも強いともなればその果ては視えないのであり、仮にその横島を視たとして力の桁ならば推定は出来ても正確な値は分からなかったと思われる。
 平安時代に魔神の正確なマイト数が分からなかった事また三姉妹のそれも分からなかった事更には空母の電力を変換した美智恵の霊力さえ7000マイト以上としか分からず正確なマイト数を測定し得なかった事が、その根拠となろう。

 ともあれそれ程の霊力を持ち得たからこそバリアを掻い潜ったといえ一撃で主神にさえ対抗し得る魔体へ致命的なダメージを与え得たのだ、あの時の横島は。

 そうして、彼等いや彼は、勝利した。

 戦いには幾つもの不可思議な事柄が存在したのだが、彼、横島のあまりにも酷い落ち込み様に注意が向き、皆それらに気付かなかったのだ、恰も何者かが気付かせはせぬと動いたかの如く。




 …

 ……

 渦巻いていた。螺旋状とも思えるそれは正にデフレーションスパイラルの如く渦巻いていた。

 取り留めも無い、突拍子も無い、お得意の妄想と言い得る考えの断片が。

 一旦は納得した筈、空元気であろうが元気になったのだと、そうで無ければそれこそ彼女に悪いからとも気持ちを切り替えた筈ではあったが、それでも浮かび始めたのだ。

 一体、何が悪かったのであろう。一体、何故ルシオラは死ななければならなかったのだろう。

 考えは常に其処に始まり其処へと戻る。幾度か繰り返す間に自身知らない筈の事柄さえ浮かび出す。
 それは果たして未来視であったのかそれとも彼女の力が未だ残っていたが為の強化された霊感に拠るものであったのか、はたまた考えが正しいならばそれは……
 狂おしく希望を求める心が生み出した幻か予知過去知なのかは置き、横島の支離滅裂なその思考に知らぬ事項さえ次々浮上し、それらは或る方向を取ろうとしていた。

以下およそ3話分ほど続くので、ここではカットします。
なんで10億マイトやねんなど、“私解釈”を見てやろうと思われた冒険野郎は“あまり”を参照下さい。

 ……

 …




 実は生きていた美智恵と遭い美神に拠ってルシオラ復活への道を示されたものの納得しようもない横島は嘗て無い程に考え込んでおり様々な仮定から成る想像を巡らせた。

 もし神魔の最上層部が全て知っていたならば、もし美智恵だけでなく唐巣や他の者達もある程度の事情を知っていたならば。
 当事者だけが知らないでいた可能性さえあるが誰も全て知ってはいなかっただろういや知っていたとしたなら遣り切れない。元より横島が知っている事だけを取っても浮かび上がるその考え。
 人工幽霊一号の中に居る為か、ルシオラの霊力が残っている為か、予知夢じみて断片が渦巻いた。
 美智恵が以前に自分へ見せた夢を思い出した、それだけで誰もが疑わしくなってしまう。
 彼女自身途中で倒れた事、逆天号が撃沈されなかった事は自分の行動があったからとの思いもあるのだがそれでも誰かが事前に知っていた可能性を全否定出来ない。

 そう、出来過ぎではないか。死の試練と地道な修業以降、冥子が暴走しなくなったなどとは!!!!!

 だがそれでは共犯者があまりに多い事となる。やはり全てを知っていた訳では無いのだろう。
 それでも自分に知らされていないだけで皆知っていたのではとも……それならそれで遣り様もある。

 例えば文珠で時間を超える。今でも二文字入る文珠はあるのだ、“遡行”としても十分だろう。
 何時まで戻るのか今の状態で戻れるのか記憶や力も戻った時点のそれに戻り無意味ではないか、懸念事項ならば幾らもある。そも最上層部の許し無しで時間移動が可能とも思えない。
 だが賭ける手もある、他にも手はあるかも知れない、“言霊”なり“奇跡”なり。
 勿論それは幾らなんでも文珠の能力を超えるのだろう、それが通るなら文珠使いは全知全能たり得るから。
 たったの四文字、たった四つの文珠で。
 序でに横島は“言霊”との語が嫌いだった。
 しかしどうにか戻る事は不可能では無い筈。そして自分には“模”がある。
 いきなりフルパワーで襲い掛かれば、油断していた南極の時点なら倒せる可能性は十分ある筈。
 それも賭けには違いない。ルシオラを子供として蘇らせる事とどちらの確率が高いのだろう。
 いや確率ではなく確実でなければならないのだ。
 万全の策を練るには時間不足、二文字の文珠はせいぜい保って数日、ルシオラの霊力が消えれば無くなる。
 ならば子供としての復活を確実にする手段を考える方が、いや子供を儲けるには……


「俺が俺らしくとゆーなら、ハーレムが欲しー俺らしくとゆーなら……。
 南極でアシュタロスを出し抜いたのは俺だ、二度倒したのも手助けはあったけど俺だ!
 俺は世界を守ったんだ………ルシオラを犠牲にして。
 小竜姫様だろうがワルキューレだろうが美神さんだろうがおキヌちゃんだろうが魔鈴さんだろうが
 エミさんだろうが、今なら欲しいと言えば貰えるかも知れない。
 そー言や昔っから赤字続きだったよな。少しくらい俺がいー目を見たって構わんだろーが。
 そう、夢にまで見たハーレムが今、目の前にッ!」


 横島は途切れ途切れにブツブツ口に出し微笑んだ。
 その微笑みは申し分無く邪なものだったが、溢れ出たまま止まってくれない涙が裏切っていた。

 世界中の女達が手に入っても、其処にルシオラは居はしない。
 優しい女達と止まらない時間の流れが何時か忘れさせてくれたとしても、いや忘れたくなどない。
 もしルシオラを忘れさせてくれる女を手に入れたとして、また掴んだ手が離れてしまったなら同じだ。

 いや小竜姫様かワルキューレなら、俺より強くて人では無い神魔なら、ルシオラを産むのに相応しいかも知れない神魔ならば……駄目だ、小竜姫様やワルキューレはルシオラより強いのかも知れない、それでも逆天号に倒された。

 強くても、罠に嵌れば倒される。実力があっても、運が無ければ倒される。

 歴史なんてよく知らない、でも身近に例がある。
 パイパー、ナイトメア、他にも幾らでも思い付ける。
 それに俺の文珠は魔神を倒せた力、他の誰にも無い力、でも……
 強いから生き残るなんて嘘だ、それなら俺なんかとっくに死んでいるだろう。
 生き残ったから強いなんて事も嘘だ、それならアシュタロスの野郎を倒した俺に勝てるヤツなんて……

 こんな時にでも皮肉が出るんだな、幾度目か分からない溜め息を吐きながら横島は思った。

 今の俺、もしかして結構カッコいいんじゃ……。

 無理に思っても虚しい。西条が褒めた以上あの時の横島は格好良かったのだろう、だがそれに何の意味が。

 どうしても無くしてしまうなら俺が死ねばルシオラも一緒に転生出来るのかも……

 異常である、異常な考えである。分かってはいても考えてしまう。

 誰も代わりにしたくない、代わりになってくれる人が居ても。
 もう失いたくない、恋人を。
 身近な女性達は皆何時死ぬか分からない、キヌは幽霊の状態から一度死んだ。
 好意と愛情との間には大きな違いがあるのだろうが、どうしようもなく悲しかったのは事実。
 そしてあの時、彼女を救ったのは自分ではない。むしろ忘れたままでいたかった者が救ったのだ。
 キヌが生き返る事は全く喜ばしい事だったが、本人に違いないのに、何れは記憶が戻ると信じていたのに、キヌが居ないあの頃は一日一日が唯々苦しかった、食生活も苦しかったがそれはいつもの事。
 毎日が苦しかったがあの時は美神が居てくれたいや互いに慰め合った様なものだった、あの頃は雪乃丞が集りに来ても奢り得た程にバイト中に食事を出して貰っていた、傷の舐め合いをしていたのだろうか。
 では今は誰が慰めてくれるのか。いや慰めて欲しいのか、誰に。
 誰がルシオラの代わりに慰めてくれるのだ、代わりなど……

 思考は振り出しに戻り延々出口が見えない、出口など無いのかも知れない。

 昼間は納得した、した筈だ。あの時いつも通りの自分に戻っていられた筈だ。それなのに事務所に帰ってふと夕陽を見た瞬間、出来ていた筈の覚悟は脆くも砕け散り哀しさが戻ってしまった。
 そしてそのまま、この屋根裏部屋に来てしまった。
 下では美神達が待っているだろう、ずっと。いや自分が帰る方で美神達が残る方だ。

 どうせならさっきの言葉を聞いていて張り倒してくれれば良いのに、都合良く考える。

 早く戻らないと。いつもの自分に戻らないと。二人に、いやキヌにセクハラするのは何か神聖な者を汚す気がするから、いつもの様に美神の綺麗な自分を惹き付けて已まない身体へ抱き付いてはり倒されないと。
 なのに涙は止まらない。自分には何も出来ないのか、本当に手は……

 握り締めた掌には、ルシオラの、足りない霊破片。そして二文字入る文珠。
 いつもなら新技には名付けるのが漢の基本だが、今は名前など考えつかないいや考えても直ぐに使え……

 その文珠も、普段では出来ないそれも、今は手助けにならない。
 “復活”では自力で動けもしない上に二つに別れている霊体には効果が無いらしい。
 壊れ掛けていたとはいえ、自力で動いて言葉さえ喋ってもいた美神の魂に作用しなかった以上、効く方がおかしいのだろう、恐らくあの時点より霊力は落ちているだろう事もあって。
 “増幅”で足りない霊的質量を増やそうとしても、彼女の霊体が自分の中にもある状態ならばもっと悪い事が起きかねないらしい。後少しだから何とかなりそうな気もするのだが。
 他の手も探したが、そうなくとも落ち着けなどしない今は思い付けず皆も思い付いてくれない。
 何時だって何か思い付いてくれた美神が子供としての転生しか挙げられなかったのだ、困難ではあろう。

 だがそも本当に子供としてなら復活出来るのか、確かあの時は賭けと言われなかったか。
 美神は転生を持ち出したが神魔は肯定したか、確率はどうなのか。

 考える程に自分が厭な奴になっていく気がする。
 いつもならそれで良いが今はそうする事が自分自身で消したルシオラに悪い気がする、袋小路だ。

 どうすれば、と、その時ふと思い付いた、“忘却”だ。
 何か引っ掛かるものがあるがはっきりと思考に表れない以上大した事では無い、今はルシオラが第一だ。
 仮に先の推測が正しく皆知っている筈の事を意識出来ず、結果的に良くなる様に動いていたのなら。
 自分については文珠がそれを適えてくれるのでは無かろうか。
 そう、忘れたくは無いが文珠で忘れられたなら、子供が産まれるまで忘れていられたならどうだろう。
 だが忘却は……やはり何かが引っ掛かる……忘れたままとなってしまう可能性が高い。
 思い出せないままの一生は厭だ。それはルシオラとの思い出さえ自分で完全に消してしまう事だ。
 では他の言葉ならどうだろう。
 記憶封印、いや長過ぎる。
 この文珠を二つも作れるとは思えない、それに今他に文珠を作れるかどうかさえ分からない。
 今この文珠を消せば出来るかもとは思うが出来なければルシオラの残した物を自分で消してしまう。
 記憶……記は覚えるの意味がある、憶も同じ。
 封印……封ずるには封印の意味がある。印には無い。
 それなら“封記”か“封憶”。
 封印するだけなら解ける可能性がある。いや文珠は自分がイメージを籠める物、自分で解除される条件を明確に想定していたなら自力で解ける様な、或いは封印したと紙にでも書けば……
 事情を知らない誰か若しくは知っていても受け入れてくれる誰かが居て、子供が本当にルシオラになるのならそれでも良いか……

 どうあれ誰かにルシオラを産ませる事に変わりは無いのだ、自分が産みでもしない限り。

 ガルーダを作ったあの施設も今は無く、あの施設では心は別物になりそうである。もう少し研究が進んでいたなら可能になりそうだが、ルシオラだけの為に心霊兵器の研究を再開させるなど無理が有り過ぎる。
 戦力を増やす為なら何でもする国はあるだろうが、どうやってコンタクトを取れば良い。
 そもお尋ね者になってしまえばせっかく蘇らせてもルシオラまで巻き込んでしまう。
 いやルシオラの姿をした心霊兵器を作られたりしたなら……この案は駄目だ。
 信用出来る者は心霊兵器など研究しようとしない信用出来ない者にはガルーダの幼生の様にルシオラ達のクローンを大量に作られておかしくない。
 ルシオラ達三姉妹は同じ細胞同じ霊基構造を……それならパピリオかベスパの霊基構造を分けて貰えれば、いやそれが出来るなら彼女達が既にそうしている筈だ。
 人間でもクローンと本人は別人の筈で魂と霊基構造の違いが分からない自分にその辺りは何とも言えない、嗚呼もっと勉強しておくべきだった。

 だが今なら“女変”とでもすれば、単に“女”とするより高い確率で女性化が可能だろう。
 女性となり今この手にあるルシオラの霊破片を胎内に……処女懐胎が可能なら出来るかも知れない。
 流石に周囲がどんな目で見るか、自分が問題ではなく産まれたルシオラがどんな目で見られるか、それを思えば止めておこうとも思えてくる。そも処女懐胎が可能か否かも分からない。
 自分だけから産まれるなら誰かの子供としてよりルシオラに成る可能性が高い様に思えるが。
 文珠の結果は効果が切れれば消える訳では無い、身体を作り替えてしまえば効果が切れた後でも女のまま居られる可能性はある。変化の意味を持たせ“変”の文字を加えるなら可能性はある筈だ。

 俺はどうなっても構わん、人類の敵扱いされていた俺だ、表舞台に復帰した隊長が取りなしてくれたから問題無いけど、誰かが俺を敵だと思っているかも知れん。
 いや能無し公務員とでも思われたなら……身に覚えがあるだけに困ったもんだ。
 いっそ“女変”を試す方が良い気がするな。
 女に変化してしまえば俺だと分からんだろうし、シングルマザーなんて幾らでも居る。
 女になっても霊能力は無くならないだろう、女風呂に入れるんだし。
 隊長に頼んで新しい戸籍でも……
 ルシオラが子供になるなら恋愛は出来ない。魔界にでも行けば出来るのかも知れんが俺は人間だ……多分。
 香港で魔界を見たけどアレは都会派の俺にはキツい、いや魔界が俺とルシオラを匿ってくれる保証なんて無い、アシュタロスの奴の残党や武闘派が俺達を狙うなんてありそうだ。
 だからって神界はもっと無理があるだろうし、妙神山に行っても“増幅”で駄目な訳もちゃんと説明して貰えなかったんだ、俺が変わるなんてさせてくれんだろう。
 いや、“増幅”が駄目な訳は想像出来てきた。霊基構造と魂、幽体、霊体、霊体構造、霊的質量の言葉の違いと意味を術者が理解していなければ失敗する可能性が高いからだろう。
 前に応援の積もりで作った文珠で役立たずの影法師が出た事もあった。
 倒そうとしたのに重力制御で転かしただけな事もあった。

 ……役立たず。そう言や神様って愚痴を聞いてくれる存在だよな。なら叫んでも……

 虚しいだけだった。考えばかり先行していると自覚がある、あるが行動に出られはしない。

 そうだ、娘は育てば父親から離れていくのが普通だ。でも母親なら一緒に居られるかも。
 性別が同じならずっとお風呂も寝るのも一緒なんて事も……

 どんどん危ない方向に思考が傾いていくが止める手立てもその気も無くなっていく。

 こーなったら隊長に泣き付いてでも認めさせて、ウチの親なら息子より娘の方が良いなんて言い出しそうだから……
 当て字なんだが、樹百合(こゆり)なんて名乗れば親父は喜ぶだろうしお袋は家事を叩き込んでくれる筈だ、ルシオラを育てるなら成り切ってしまえる方がいい。

 その時、一人だけで居た筈の屋根裏に、気配を感じた。



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