酔っ払ってパイロット版を書き、風邪ひいて熱を出したまま練ってみた質量弾。横島サイド。
我ながら読みにくいと思うものの、ひ、退かぬ!! …で、連投開始(全6話、内“あまり”3話)。



 モンジュは反則異聞 絶対なんて無い

作:Nar9912

(02)




 横島が自分の世界に埋没し考え込んでいる頃、美神達も考えていた。

 何時からだろう、前は全然平気だった横島君へのキスが出来なくなったのは。
 何時からだろう、一度は裸を見せさえしたのにしばいて返す様になったのは。

 美神は常に無い物憂げな気分で考えていたがしかし今回は平安時代から帰還した際の様に横島を殴る事も出来はしない。
 その平安時代から帰還して暫くしてからその様になったのだとは本人も十分承知しているのだがそうと認めても今更である。
 尚キスは頬にしていたがそれも出来なくなった。
 また裸を見られて逆に横島を気遣ったのは平安時代から還った直後である。見られた事なら他に数回あるのだが自らタオルも纏わず窓を開けたのはその時が最初で最後だ。
 もしあの時飛び掛かられでもしていたなら己は受け入れてしまっただろうか、終わった事で自身分からない。分からないその事から受け入れた可能性が高かったと暗示されるがそう認めたくない。
 だが今はそんな事は関係無い。嘗て出来ていた筈の事が何時の間にか出来なくなった、それも問題だ。
 そして突然、横島の元に割り込んで来たルシオラに、彼を取られる事を認めてしまったのだ。
 只それだけならそのうち己にも他の誰かにも、チャンスはあっただろう。

 なのにルシオラは、横島君の心を奪ったまま逝ってしまった。

 しかもその決断を横島にさせたのはまず間違いなく己の言葉なのだ、今更どんな顔をして……
 今、彼は屋根裏に居る。
 子供としてなどと碌々考えもせずに勘に従って言ったのが正解だったと思えない、正解など無い気がする。

 でもあの時は何かしないとならなかった。あのままだと横島君は、自分で潰れてしまったから。

 言い訳だ、男のコである横島には認めない言い訳。女である己なら言い訳をして良いのだろうか。

 でも、おキヌちゃんも……私も……このままだと駄目になってしまう。

 だからどうにかしなければ。己の心を放ってそう考えようともするが神も悪魔も恐れない己が今では無力感に苛まれ、いや今この事務所に居る皆が無力感を感じているのだろう。
 美神は機を逃す事はそうそう無い。行き当たりばったりであろうと行動してその結果で全てが良しとなる事を、己の強運を信じその上で臨機応変に策を巡らせ動いてきた。
 それなら今は、横島を一人にさせるべきでは無いのでは。
 彼と向き合ってむしろ恨み言なり言われる方が楽だ。そうして、いつもの様にひっぱたけば良い。
 今日の昼にもした事だ、いつもの事だ、だから……

 先延ばしだろうと何だろうと止まってしまっている今よりマシだろう。
 己にも母を亡くしたと思って荒れていた中学生の時期があった、それを解決してくれたのは時間の経過であった筈だ。
 周囲の慰めも忠告も、己を思ってしてくれたと理性で分かっていても受け入れられなかったのだが、時間が過ぎて受け入れられる様になった、見掛けだけであっても。
 歪んでしまおうが潰れて命を落とすよりマシだ。
 それにルシオラの霊基構造を宿した彼が生きていれば手段は見付かるかも知れない。

 美神はそう決断して部屋に籠もって出ようとしない……どうすれば良いのか悩んでいるままなのだと見ているかの様に分かってしまう……キヌを誘わず、屋根裏への階段を上った。
 横島がキヌを大切に思っているのは間違いない。死津喪比女の時も戻ってきた時も、何時でも大切にしていたから。
 その彼女に罵声など浴びせてしまったなら彼は後悔するだろう。己なら何時でも言いたい事を言い合って来た己であるなら受け止めも出来る、いやしてみせる。

 或いは抜け駆けかも知れない、意識の片隅で思いつつも美神の足は止まらなかった。
 悪霊に対する際よりも気を張り詰め霊力を押さえ気配を殺し、忍び歩きで階段を上り部屋に近付く。

 この行動こそが運命を本来ある道へ引き戻す事となるのだが、人生というゲームの駒である美神にはそのプレイヤーの思惑など分かりはしない。
 もしこの行動が無ければ横島が皆と協力して策を練り上げ文珠で伝言を過去に送り思い通りの結果が出たとの可能性、また女性化した可能性などが現実と成り得たなどといった事は無論彼女には分からない。
 だが行動を起こすとの決断を下したのは彼女自身である。
 人は人生というゲームの駒ではあるが動きを決めるのは人自身、美神の決断は歴史を変えたのだ。

 そしてドアの側に来た美神が見た横島は……

 全く似合わない事をしていた、目を耳を疑う事を。彼は事態を最初の最初から考察していたのだ。
 まさか横島にそんな高等な、いや止そう。彼は馬鹿ではない。
 それに己の元で長くいた以上キヌと彼は母や師以上に己を知っていておかしくない。己の知識をある程度知っていても。そう、あの二人はいつも一緒に居てくれた。
 いや感傷に浸るのは後と逸れる思考を引き戻す。

 長く一緒だった彼の行動は多分に己のそれと同じ傾向がある、彼は正しく己の弟子なのだ。

 己が考え込んでしまう様であれば当事者である横島がそうしない理も無く己なら打開策を探す、彼もまたそうしているのだろう。

 いつもの事であったのだが考えが言葉に出ていた……いつもとは違って囁き声ではあったが不自然な程に沈黙で満たされた屋根裏部屋でその声は無闇に矢鱈に響いていた……それに聞き耳を立てる。
 彼の精神状態を確かめてからでないと、対応に失敗すれば取返しがつかないかも知れない。
 この私に此処までさせてなどいつもの調子で、横島が落ち込んでいる今だからいつもの調子でいる必要があると考えていたその時、美神は聞かない方が良かった言葉を聞いてしまった。

 美智恵が、公彦が、唐巣が、六道夫人が、そして、当事者以外の関係者の殆どが、この結末を知っていたのではないかと、予め知っていてこれまで動いていたのではないかと。

 美智恵が横島の夢に出ていたなどとは聞いた事が無いが真実である可能性が高い。
 己が聞いていると彼は知らない筈だから。
 そして美智恵は否定する己に対して横島と共に居る様に仕向けはしなかっただろうか。
 考えたなら緊急停止すると言いながら少し時間が掛かった、直ぐに停止する対応は母なら出来た筈だ。
 ハーピーの羽を、己が避けられなかった羽を避けたとハーピー自身から聞いたのだから。
 それだけの反応速度があれば止めるくらい出来ていただろう、しかもいきなり彼が変わった事を見抜いた。
 恐らく己が負ける事も相応に確信していたのだろう、そうなければ己は納得しなかったから。
 あの時の勝負は確かに己の負けだった。酔ってはいたがそれを言うのなら横島も37鬼を倒した後の連戦だ、どちらも本調子でない点で条件はそう変わらなかっただろう。

 厭な考えが己の中でまで広がっていく。

 横島の想像通り全てを知っていた訳では無かっただろう。知っていたのならベスパに刺される理由が薄い。
 単にヒャクメの言葉通り時間切れを待てば勝てた可能性があるのだから。
 エネルギー切れに近い状態のアシュタロスなら、同期した自分達と魔法陣で電力を霊力に変換した母との二人掛かりなら勝利出来た可能性も……それとも知っていたのだろうか。
 魔神がベスパに手を出させず、ルシオラが魔神を裏切って手助けして、横島の機転で助かるその事実を。
 魔体戦で南極の時点より更に同期合体の力が上がる事また弱点が明かされる事を。
 少なくとも母が何時からかある程度知っていたのは確かだ。
 全てを知っていた訳ではないだろうが否定しきれる材料はあるだろうか。
 恐ろしく高価な結界や空母の徴集そして魔法陣など、時間など不審な点がある。
 いやそも何時から来ていたのだろう、死んだとした後直ぐに活動していたのではないだろうか。
 己の母ながら美智恵は年齢不詳だ。五年やそこら二重に時間を過ごしていたとしても……
 妊娠している事から魔神戦時点では確かに過去から来た母だったのだろう。だがその母は何時来たと言うのか、中学生の時と判断したのは己で母の口から直接には聞いていない、聞く暇も無かった。
 別れのあの時はそう取れる事を言っていたがそれが本当とは……
 先生も母の師である事を特に言ってはくれなかった。
 六道の叔母様から優秀なGSと聞いて門下生となったのだが……
 カオスも何故百年も姿を眩ましていた。人格交換は過去に行われたと記録にあった様に思うのだが何故にボケる一方なのに何もしていなかったのか。疑い始めれば皆怪しい。

 いや今はその疑惑を考察すべき時期では無く事態をどうするかだ。
 それに今の己達はまず間違いなく疑心暗鬼に陥っている。今は過去を振り返る時ではなく対策を練る時だ。
 文珠で時間移動。確かに文珠の力は侮れない。あの二文字入る文珠にはルシオラの力まで入っている。
 何マイトなのか想像したくも無い出力があるだろう。
 文珠は霊力を凝縮する事で出来る。
 外部へ放出される霊圧は極低く文珠自体に何マイトの出力があるのか判断するのは困難なのだ。
 ルシオラが軽く5000マイトを超えていた事を考えると……単に逆行するだけであれば十分に可能であろう。
 だがそれでは今のこの世界はどうなる、何よりも横島がこの世界から居なくなるのを放置して良いのか。
 小鳩やキヌに止めさせるべきでは。
 事此処に至っても尚己をとは考えない美神である、いやメフィストの記憶があるだけにルシオラに譲ってしまった己が今更などと不要な遠慮をしたのかも知れない。

 横島君の為を思うなら止めない方が良いのかな……でも横島君の考え通り不確定要素が多過ぎるわ。

 と、美神まで惑乱に陥り掛けていたその時、横島が突然声を上げた。
 いや上げたと言っても小声の範疇なのだがそれまでの囁きに耳を澄ませていた身には大きく聞こえた。

 ハーレムだの何だのと口にしたのだが口調も表情も全ての態度が別の思いを露わにしている。
 そして直ぐルシオラの名を繰り返す。
 力無い表情のままで増長したかの様な言葉も出しカッコいいがどうのこうのと言ってもいるがそれは全く本気には思えない思える者が居るなら見てみたい。

 今の彼は見ていられないがこのままでは自閉しかねない。
 いっそ小竜姫やワルキューレに押し付けられたならば楽なのかも知れないのだが美神にはそうする意思は起きなかった。
 未だメフィストの記憶が残っている、あの想いが残っている。
 なのに彼は当然だが誰の名も女に対しての愛情を籠めては言っていない、唯一近しいのはキヌ。
 一度は完全に失われたと思っていたキヌが、ルシオラと半ば心中で重なっているのだろうか。
 直前に口に出た自殺は彼なら恐らく問題無い。確証も無いまま今生でのルシオラの復活を自分から完全に消す行為は行わないだろう、何度も考えはするだろうがそれでも行わない筈だ。

 代わりだなんて考えなくとも良いのに。初恋の人の面影を追って似た者を探すなど幾らでもあるのだから。
 落ち着いて考えたならそれくらい分かりそうなのに。
 彼は鈍感だけど真に恋をした時に誰かの代わりだなど悩まなくなるだろうと何故分からない。
 軽率で、女なら誰でも良かったのでは無いのか。
 己の身体に惹き付けられて此処に来たのではないのか。それにそれだけでは無い筈だ。己が彼を心配していた様に彼も庇ってくれた事が何度も何度もある。
 それは単に身体目当てなのか、そんな筈は無い。
 いや思考がずれている。今はその事は置こう。

 張り倒してくれだなんて、今のあんたにそんな事出来る訳無いじゃない。

 注意を彼に戻せばルシオラの形見の一つである二文字入る文珠が目に入る。それも数日で無くなると彼も己も分かっている。
 何とか適えてやりたいが戦いなら何時でも何か思い付くのに今は名案が出ない。
 それとも己はルシオラが蘇る事を心の何処かで否定しているのだろうか。
 一瞬考えた美神だったが己がそんな事をする筈が無いと否定した、己なら欲しければ戦って奪うと。
 彼は幾つか組み合わせを考えているがどれも決定打にはなりそうに無い。

 “復活”。確かに出来る可能性もあるが己の魂に効かなかった事は大きなマイナスだ、文珠は術者の強い意志で奇跡を起こす、可能な範囲で。
 その術者に確信が無いなら効果がはっきり出ないと言えるだろう。
 “倒”で重力制御したとは凄まじくはあるが目的にはそぐわなかった。その後にはそうそう失敗は無いがそれは確実な効果を狙って確信して使っているからだろう。
 一度失敗した文字の組み合わせは……
 それでなくとも霊能は自信や確信が無ければ思い通りには操れない。
 嘗てタイガー&エミの組合わせで己が危うく霊能を失い掛けたのも力が効かないと思い込み掛けたからだ。
 逆に絶対の成功を思い込めたなら魔神でさえ完全に“模”し得たのだから大抵の事は出来るのであろうが、己が復活出来なかった事で足を引っ張っている。
 いや今は落ち込んで良い時では無い。美神は彼の言葉の続きを聞いた。

 “増幅”。効果が永続しないならそれは無理がある。一旦はルシオラに成り得ても効果が切れれば破片に戻る可能性が高い。
 結局横島の中に残る霊基構造はそのままで増幅された魂は本来の霊的質量を持たないのだから。
 仮に効果が永続するならいやそれでもルシオラは常に術者である横島の側に居なければならぬ事であろう、殆ど式神か使い魔扱いとなってしまう。
 集中力や消費され続ける霊力の問題を抜きにしても本当にそれで良いのか。
 魔神と同等の力を持つ存在か同等の効果を出せる場所でなら破片が増加する事もあり得るだろうが既に意識を失っている者に可能か、賭けなのは間違いない。
 それに下手をすればいやまず間違いなく横島の中にある魂まで増える。魂移植などそれも混じる魂のそれなど流石の美神も聞いた事さえ無い。
 恐らくは美智恵でもカオスでさえ例は知らないいや無いだろう。
 六道家でも己と同じ様に何が起きるかと推測は出来ても確率は分からないだろうし、神魔は元からそれが出来る存在であるがそれ故に人間の場合は知らないだろう、だから良しと言わずにいたと思える。
 そも前例が無いのだ。それでなくとも科学で分からない力に関する事、神魔と人間の合いの子であるなら存在したが産まれる確率も低ければこのケースとは全く別だ。
 途中から神魔妖になる例なら幾らもあるが横島には当て嵌まりそうにない。いや横島のルシオラ化ならまだしも二人ともが全く別人となってしまう危険性すらある。
 ルシオラは横島に消えて欲しくは無いだろう。
 どうにも後一歩足りない様に思える。
 或いは元から人外じみた横島ならそして仮にもルシオラの霊体であれば大丈夫な可能性も低くは無い様に思うが、それでも危険な賭けになるだろう。
 意識があるなら話は別だが意識の無い霊体が急に増えたとなれば下手をすれば霊体癌になりかねない。
 現状でさえ彼だから何とかなっている可能性もあるのだ。

 美神は小竜姫達に聞いた話を思い出した。彼はこの後、霊力が低下してしまう可能性があろうと。
 霊体の維持に霊力が使われる為、外へ出せる霊力が程度の大小はあれ下がってしまうだろうと。
 だからこそ、これからは文珠を出来るだけ使わせてはならないと。
 一度失敗すれば次も失敗する可能性を何処かで考え、結果的にどんどん力が減る可能性があるからと。
 十分に時間を掛け作った文珠を切り札としてしか使わせてはならないと。
 勿論其処に作意を感じさせてはならず彼には嘘を言わなければならないと。
 成長期が終わった訳では無いのだから修行を積めば元通りいや更に霊力が上がる可能性それも魔の霊体が混じっている為に上級神魔並の奇跡を起こす程にまで上がる可能性も、
 それこそ10文字超えさえ可能性はあると言われてもいる。
 ならば現状では成し得ない奇跡も起こせるだろう。
 だから厭がろうと何だろうと厳しく修行させなければ、これまでの霊能の強化とGSとしての勘と動きを養う事に限らずあらゆる方法で修行をさせなければならない。
 でも今はそれどころで無い。
 世界に神族がいるのだから願いの一つや二つ適えてくれてもと思いもするが最上位神魔がそうそう動く訳に行かず更にルシオラの場合は政治的な理由即ち神魔の過激派に対して動く口実を与えてはならないとの制約がある。
 魔神を倒し世界を救う原動力となった彼女が、世界の制約の為に蘇る事さえ出来ない。
 腹立たしいが小竜姫達は妙神山に籠もり対策を考えるとの事。今己が自棄を起こしてはならない、自棄を起こして良いのは彼だけと自戒する。
 対策を考えてくれる神魔の邪魔をする訳にも行かないだろうし下手にこれ以上希望を持たせた挙げ句駄目なら幾ら横島でも壊れてしまう事もあり得る。
 今は彼を元に戻す事が第一だ。

 “忘却”。
 横島も何か引っ掛かっている様だが己もそれは同じ事。一体何があるのか。考えはしても何も思い当たらない。
 いや或いは時空内服消滅液の様に時間絡みの何かがあったのか。周囲と話が食い違った事は今まで無かっただろうか、何かあった様な。
 だがこの業界では予感も既視感も珍しくもない。
 迷走する心が何か手掛かりがある筈だと既視感など作り上げている可能性もある。
 仮にもトップクラスである己には無いと信じたいが今の精神状態である以上は自信が無い。
 そう言えば時間移動ができる可能性は己達母娘と非常識な文珠だけではない、カオスもその偉大で尊大な知識から時空内服消滅液を応用して何か出来るかも知れない。
 例えば……もやもや浮かび上がるイメージ。
 それは某国民的漫画に出て来る今の時代では滅多にお目にかかれない、空き地にある土管。
 ガス化した時空内服消滅液を満たして己達がするように電力を使ってスパークなりさせ、人間大砲の如く中身を過去に送る……ぶっ放すともいう……など出来なくも無さそうだ。
 名付けるなら“タイムどっかん”辺りか。必要なのは爆発だから。
 と、美神は迷走する思考に危険を感じ考えを中断した。そもそんな場合ではない。
 ともあれ忘却などさせる訳には行かない。
 死んで忘れられ周囲も無かった事にしなければならない、あんまりではないか。彼も考え直した様だ。
 記憶の封印、それは確かに都合が良い。
 ルシオラ絡みには触れず魔神戦での経緯を適当にでっち上げて伝え、修行すべきと持ち掛けたなら……
 ルシオラには悪いがその方が彼女の為にもなると考え決意を固めようとしていく。
 だがその案は無理がある。“封記”も“封憶”も横島が確実に出来ると信じたなら自身の記憶だけの事だ、成功するだろう。
 しかし封じただけの記憶は微かな綻びから蘇る可能性も高い。
 そも魔神戦をどうあった事とすれば良い、皆に口裏を合わせさせるのは不可能だ。
 あの事件はGSだけの問題で無く人類全ていや神魔人妖全てが巻き込まれた事件だ。
 全てから彼を遠ざけておくなど出来ずまた全ての存在に口裏を合わせさせるのも無理がある。
 たった一言で台無しになる可能性が高過ぎるのだ。

 其処で美神の教養が答えを出した、“下意識”乃至は“前意識”。これなら知ってはいても意識しない。
 意識していない状態を保てたならば何とか出来る筈だ。幸い、ルシオラの事は公になっていないのだからクラスメイト達から漏れるとの事もまず無い。GS関係者に口止めするだけなら仕様があろうもの。
 “無意識”なら思い出させるのが困難となりかねないが思い出せる事が前提である語なら話は別だから。
 だが文珠が一文字分足りない、どうしていつも横島は……

 彼はどんどん危ない考えに向いている。確かに女になれば自分で産めるだろう。
 肉体をどうするかの問題は一卵性の三つ子であろう三姉妹の誰かの細胞があれば良い。
 ベスパが一度倒れ破片から元に戻れた事実から考えたなら、全身の脱分化が可能なのだろう。
 横島は同じ遺伝子を持った他人である例が人間にある事を知らない様だ、一卵性の者達が該当する。
 遺伝子が同じでも別人になると既に分かっているのだ。
 同じ好みを持ち能力を持つ例もあるが同一人物では無い。
 だからベスパやパピリオの霊基構造を単純に移植しても駄目なのだ。
 しかし脱分化が可能な彼女達なら霊的にも細胞に籠もった魂の初期化が出来る可能性はある。
 受精卵代用に彼女達の細胞の極一部を貰ったならどうだろう。
 遺伝子はその全てが発現しはしない。
 三姉妹が個々で異なる姿形能力を持つ事は発現状況の差であるとも考えられる、肉体的には。
 遺伝と転生は無関係即ち魂が遺伝するとは限らない、だが科学的には心の遺伝もあり得るのだ。
 魂の初期化が出来るなら大部分を占めるルシオラの魂が主体となり完全にルシオラと成る可能性もある。
 彼は気付いていない様だがルシオラの霊破片だけで行う手もある。
 “懐”“胎”と文珠に籠め霊破片と一緒に胎内へと入れたなら……この場合その文珠の効果は受胎の一瞬保てば良いのだ。
 後は元より真に純粋な人間なのか分からない彼が変化した女性であれば、魔族である元のルシオラとして再生させる事も可能ではないか、人間また合いの子としてでなく。
 “女変”が効果を成すかは分からないが、確信を持った場合の文珠の効果は侮れない物があるのだ、一旦変化したならそのままとの可能性は彼が思う程度はあるだろう。
 その場合、横島とルシオラは形式上は母娘となろう。二文字の文珠を再現する程に同調する事も……
 そうなれば横島も元に戻れる可能性さえ出て来る、戻る気になるかは別として。

 己まで肯定しそうになっていると気付いた美神は考え込んでしまう。
 それで本当に良いのだろうか。確かに子供として再生させる時点で恋人には成り得ない。
 如何に彼であれいや彼はあれで結構その辺の節度は持っている。
 結婚したなら子供が生まれるのは当然で何もルシオラの生まれ変わりだとの可能性を忌避する理由は無い。
 たとえルシオラ本人であってもそれは同時に己の……違う己が彼の妻になるなど思っていない、いないが己なら、前世が魔族の己なら、ルシオラとの親和性もそう悪くない可能性がある。
 いや思考がずれている。

 女性化しても煩悩の対象は女性なのだろうか。心まで女性化する可能性が高いのではないか。
 “女変”の効果があればある程。
 彼だけから産まれたならルシオラそのものとなる可能性は高い、記憶も完全に伴う可能性が。
 そのルシオラはどう思うのだろう、己の為に女性と化した横島を見て。
 そしてもし二文字の文珠を再現出来て今度は“男変”とでもしたなら……親子である事実は変わらないが、横島は産み育てるまでの分だけ年を取るものの、その他の点では魔神戦時点の二人に戻り得る。
 いや彼ならそれもルシオラの霊体が混ざっていたなら或いは年を取らないなど無いと断言出来ない。
 しかも女性GSは、元より女性はテロメアの減少が男性より少なくその他多くの点で長生き出来る身体になっているが、霊能力を持っていたなら更に老化を緩やかとする事が出来るだろう、母や六道の叔母様がそうだから。
 要は霊能を無駄遣いしなければ良いのだ、織姫が老いさらばえるのは霊能を使い続けるから。
 だから霊能力をなるべく使わず霊力源で補充し続けたなら……
 二人はそれでも良いのだろうか。あの二人は互いに命を捨ててでも互いを助けた。
 でもそれは戦闘に際し他に手段が無かったからだ。延々と母娘として過ごしていく事に堪えられるのか。
 そも横島に母親が務まるのだろうか。高校の時に散々苦労させられた千穂の様な女性になるかも知れない、いや横島は女風呂に入れるからと言っている。
 そう言うからは千穂以上と思ってそれ程外れていないだろう。
 更に男へと戻った所で形だけであれ親子であるとの点には変わり無い。
 ……どう転んだとしてもルシオラにとっては苦痛なのでは無かろうか。でも……

 此処は己がとそう思えるだけの覚悟と素直さがあれば良いのだが美神にそう期待するにはまだ無理がある。
 ブンブンと頭を振り掛けた美神は遂に女性と化した自分の名前まで考え始めた横島を止めようとした。
 理屈でなく横島に横島のままで居て欲しかったのだ、それは恰もルシオラが思ったとされる様に。
 止めよう、何とか他の方法を探そう、二文字の文珠が消える前に。

 だが、美神より先に行動した存在があった。



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