これは、モンジュは反則アフターエピソードです。時間的にはK神父…の後です。

※管理人注
 「モンジュは反則」は、Nar9912さんが『ザ・グレート・展開予測ショー』に投稿した作品です。



 モンジュは反則 妙神山の聖夜

作:Nar9912




 此処は棚引く霞にて下界より隔絶され急峻なる山道のみが人里との接点である見目麗しき竜の姫君が御座します世界有数の霊峰、妙神山。
 幾人もの霊能者が挑めどもその日本のものとは思えぬ猫の額程の危険に満ちた道程を越えて尚、人の身にては中々にして敵いもせぬ鬼神の守る、その修業場。

 当時既にトップクラスと名高い美神令子がその師匠である唐巣神父にまだ早いとまでいわれた事からもその厳しさが分かろうものである。尤も唐巣は正攻法でその守り手たる鬼神に挑んで打ち勝ち姫君の修業にても専ら霊力の集中と維持を高める事に重きを置いたのであって、その弟子であるが高価な道具と奇抜な発想で事に当たる令子とは受け方からして違ったのだが……

 永らくに亘って挑んだ者達の殆どが破れ命を落としてきたが為に閾が高くなり元来であるなら常に自らを律しているべき武神である姫君が、信仰に換えるかの如くに拘った正攻法で修業を終えた筋の良い青年の後はあまりにも誰も門を開けもしなかったが為に戯れに門を開き、後に英雄と呼ばれる者を呼び入れた……これこそ偶然という名の運命であろうか……その修業場に、今や日本人ならば誰しも知っている、聖夜が訪れていた。

 元より仏教山岳信仰道教……道教の信仰が集まる地でもあるからこそ現世利益が優先の令子と相性が良かったのだ……など東洋系の修業場であり属する者もまたそうであったがそれは人の分け方。猿神や竜の姫君、鬼神らがそれを祝っていなかったのは単に人の習慣を持たなかったからである。
 猿神はキーやんの教えがプレゼント購入に繋がって企業に利益を為し人の世をより豊かにするとの点を歓迎さえしていたが自分が贈る側となるのは厭なので黙りを決め込んでいたのである、これまでは。
 流石に年若い弟子へ聖夜のプレゼントとしてゲーム機を強請るのはどうかとの思いもあって。

 故に猿神が湯治の為にとデザインした……あの脱衣場の奥、通常空間には露天風呂があったりするのだ、所謂神秘の秘湯である……昭和の銭湯としか見えない修業場入り口に疑問すら抱く事が無かった程にも世間から離れていた姫君は、現代の日本で聖夜にプレゼントを贈る習慣があるなど思いも寄らず……

「精神を鍛える座禅でちゅね」

 ふひ〜〜…と、長姉から聞かされた未来で使ったネタのバリエーションを披露したが気付いてくれたのが猿神だけとの事実に少し寂しさを感じもして、ふと浮かんだ顔がお気に入りの人間だった事などと、控え目に言ってもあまり無心ではなかったのだが一応身動き一つせず。

「お掃除でちゅね、分かりまちたっ」

「洗濯物、私も手伝うでちゅ」

「食器洗い機、ルシオラちゃんに作ってもらいまちょうか……」

 などなど言葉はどうあれにこにこと笑顔で、ここ最近妙にご機嫌で修業にしろ言い付けにしろ進んで励み取り組む姿勢を見せていたいや見せ付けていた、お子様悪魔いや蝶の如き可憐な娘略して蝶娘の内心を全くにして察する事が出来ず、良い子にしている事を喜ばしく微笑ましく思っていたのだ、その姉であって今や妹を可愛がる事が第一と化している気がしなくもないが無理もないであろう蜂娘に内実を告げられるまでは。

 サンタクロースが抽選でプレゼントを配る事自体は知っていたがその為に却って保護者が贈るなどとは微塵も考えつかなかったのである。既に聖夜は数日後、プレゼントはペットが欲しいとサンタさんへのお願いを書いていたと告げられても……ヒャクメでは駄目かしら?
 かの事件以来からかわれ続けてきた事へのお返しとばかりに考えたお姫様の視線を向けられて剥れるその姿が可愛いかも知れないのであったが、当事者に取っては堪ったものではない。

「……パピリオは、ペスは厭って考えていたのね」

 それは自爆と言うのではと思える発言を受けて迷うお姫様。実の姉こそ贈るべきと思ってその旨を尋ねても、妙神山で保護観察状態にあるから買いにも密猟にも行けないと言われ敢え無く敗退、その前に神様的に密猟はOKなのだろうか。そんな時、

「やれやれ。弟子の不始末を正すも師の役目のうちかのぅ」

 と、何時の間に現れたのか其処に居た老師の姿が、小竜姫の目には正に神様ご降臨と見えた。
 いや実際に神様なのであるが。更に言えば小竜姫自身も神様である。

「老師っ、何処で調達すれば良いのでしょうか? パピリオには普通の動物では無理が……」

 と、ふと美神除霊事務所に時折現れていたらしい人狼に頼めば横島さんも散歩に煩わされないから……などと少し許り女神様らしくないのか神様の横暴なのか分からない思考を持ってみたのであったが、彼女には別の犬厄もとい犬役が待っているのだとヒャクメに告げられた。

 この親友、その気になれば未来さえある程度見通せるのである、未来にも過去にも現在同様の可能性があるのでかなり制限された予知ではあり魔神の事件までは使用を禁じられていたのであるが。それに元からの霊力がそれ程豊富という訳でも無い為にその予知は人の予知能力者に比べれば確実性が高い程度でしかない。それでも人の予知能力者全てとも渡り合える程の精度ではあるだろうが。
 今回は霊感に従って予知したそうで、どんな犬役なのかは視た者の責任として小竜姫にも言う事は出来ないと聞く前に言われたのだ。
 実際のところ予知した理由は未来の通りひのめの子守に駆り出されるのかどうか知りたかっただけなのだが、未来とは異なり美神除霊事務所の状況が変わったので仕事上必要な事でもあるのだった。もし横島の同棲生活を邪魔する様なら年長として対応せねばと思ってもおり。

 ヒャクメがその予知を行った際、横島は悪寒を感じたそうである。

 さて説明好きなヒャクメが説明しない事を確認した老師は先の弟子の質問に答えて、

「お前はもう少し人間界の事を学ぶ必要がありそうじゃ。
 この街に行って此処に書いてある物を買って来れば良い」

 と見せたメモには、某電気街だった筈だが何の街なのか分からなくなりつつある世界でも有名となったあの街の名と、家電量販店らしき名前、そして商品名らしき名称の数々。
 小竜姫には何が何だかさっぱり分からない。

「あの……老師? これは老師がお好きなゲームの街では?」

「馬鹿もんっ! だから分かっとらんと言ったのじゃ。
 ……ベスパよ、済まんがこの世間知らずに付き添ってやってくれんかのぅ?
 改造ならルシオラに任せれば良いじゃろう。小竜姫に強化神鉄を持たせておくからの」

 以前からの弟子に対してとは異なって一応は客人であるベスパへ半ば頼み込む様に斉天大聖は伝え、彼女は珍しくにやりと笑って了承したのであった。

 ……

 …

 栄えある荷物持ちに任命された二人の黒服男を引き連れて、小竜姫とお守りのベスパは今その街に来ていた。何度かお使いに出された事から何処と無く変な雰囲気にも半ば慣れてしまった自分が少し哀しい気もしたのだったが、横書きされた日本語が右から読むのではないと最近になって漸くそれに慣れた自分は確かに時代から外れていると自覚しており、あろう事か自分に比べ遙かに年長である筈の老師が自分より現代に詳しい事は何となく負けた心地にもなったという過去もあって、何処かにやけたベスパに案内されて通りを進んでいた。

 小竜姫は、所謂、地図の読めない女性であった。

 江戸の地図なら頭に入っているのですが……とは彼女の辯。彼女からすればビルの建ち並ぶ街など何処も同じに見えようものであり、山川であれば方角も分かりもするが現代の地図は未だ苦手であった。親友にその事でからかわれもしたが本当の事なので言い返せもしない。何時かリベンジをと思いはしており、ベスパやパピリオをルシオラに逢わせるとの際に立ち会いつつ姉妹水入らずでと席を外してはオカルトGメンの資料室で地図と格闘していたのである。
 勿論その際は資料室には横島や西条、美智恵くらいしか入れさせはしない。
 何事に於いても外面というものがある、日本最強ともいえる武神が地図も読めないと知られるなど、たとえオカルトGメン内だけであっても甚だ問題なのだ。
 間者が居るかも知れませんしとは彼女が心の中で呟いた言葉。
 それならば直ぐ口に出る横島には問題があろうとも思えるが彼も成長しておりまた彼には彼の懸念があり、己の美しさを褒め称えられはしても何処か上の空気味な横島……小竜姫に取って悪戯者の弟の様な存在であるのだ、パピリオが妹の様に思えてきているのでより……に永遠を過ごしてきた神の視点からの言葉を掛ける事もまた行ってはいた。あの事件で一番動くべきであった己が碌に力になれなかった事もあって。尤もそれで却って横島に気遣いされていたので人間の成長の早さに驚かされ悪戯っ子だった彼がと喜べば良いのかそれ程にまでも成長させたルシオラを羨めば良いのか、内心複雑ではあったのだ。

 だが多少はマシになったとはいえど同じ様な商品が並ぶ通りは分かり難い。
 途次妙に笑顔なベスパがイルミネーションの説明など行っていた。
 娯楽の為に励む人間の姿は武神としてはどうかと思いもするがそのバイタリティは好ましい。
 と、斉天大聖から渡されたメモを取り出す様にと言ったベスパが指す方向を見ると、其処にはサンタクロースの様な赤い服を着た女性達、露出の多いドレスだが寒くないのだろうか。

「ほら、アレがサンタガールさ」

 へ? 小竜姫は滅多に見せない筈の呆然とした表情となった、星の町で見せたあれに似ていると同席した者なら気付いたであろう。
 メモには、サンタガールがプレゼントを贈る正しい装束、と達筆で書かれている。
 尚その部分、猿神は小竜姫へと見せた際は指で隠していたのだ、さり気なく。
 何故サンタレディで無いのかは……仏罰を与えられそうなので伏せておく。

「わ、私にあんな恰好をしろと言うのですか?」

「書いたのはあんたの師匠なんだけどね」

 正論は時に苦痛である。小竜姫は即座に反論を諦め拠点を後退させて守りに転じた。

「そ、袖の付いたものは無いのでしょうか?」

「……は?」

 何らかの不平は出るだろうと思ったが袖がどうしたのだろう、ベスパには分からなかった。

「私はこれでも武神です。竜冠と籠手を外す訳には……」

 令子が時代考証したミニスカの状態であっても外す事の無かったヘアバンドと籠手は彼女にはアイデンティティともいえる重要なものなのだ。尚令子に貸した際にはヘアバンドと言ってはいたがそれは令子の常識に合わせての話であり小竜姫としては竜と名付くその本来の名をこそ主張したかったのだ、時には女神様だって子供っぽい執着を見せるものである。
 コスプレなら既に彼女に取ってミニスカはコスプレであり、GS試験などの様な衣装ばかりを見慣れた彼女は一般人なら通常時には着ないなど考えつきもしなかったのだ。

 確かにあんたにゃ社会勉強が必要だよ。

 そう思ったベスパであったが少し悪戯を思い付いた。

「そうだ! その角を活かして、トナカイスーツなんかもあるよ」

 どうだいとばかりに指されたその先にはコスプレと言うよりは既に着ぐるみなトナカイスーツ。
 全体にだぶついてお腹が白くなっているそれは確かに袖もありヘッドバンドをしても着られはする、するのだが小竜姫はイヤイヤをする子供の様な見る人に拠ってはお持ち帰りしたくなりそうな程に可愛らしい様子で拒否の意思を示した、まぁそれはそうだろう。
 精神年齢的に、パジャマになりそうなそれを着たくはないだろうから。
 尤もその拒否の仕草はその衣装に相応とも見えたが流石に可哀想になってベスパはからかいはしなかった、彼女はヒャクメ程に小竜姫と近しい訳では無いから。それでも悪戯心を満足する手配いや傷心を癒やす手助けをしてくれた斉天大聖に感謝はしたが。

 其処にあるトナカイコスプレは他には袖無しのワンピースしか無い。いやそも己はトナカイでなく竜である。着ぐるみを着るならまだサンタガールの方がと袖のあるものを探した所……胸元の開いたブレード付ドレスと帽子,ロング手袋セットの衣装が其処に。
 何故か黙り込んでいたベスパに、

「ありました、あれなら竜冠も籠手も付けたままで大丈夫ですっ!」

 喜んで告げる小竜姫。最早老師の言い付けでコスプレしなければならなかった事情を半ば以上忘れているかの様である。
 ベスパはその衣装を見て一瞬考えたが自爆するなら好きにしてと表情を崩さず賛成し、最初の買い物が終わるのであった。

 他にもホワイトサンタやツリードレスなどあるにはあったが前者は何処かパピリオとキャラが被りそうだった事、後者はヒャクメにこそ似合って己は厭だと判断したのだ、其処でヒャクメ用に買っていかない辺りが小竜姫の良い所かも知れない。尤もパーティは巫山戯合う場である面があるのだが。
 時期的に定番商品は完売しておりもう少し早く来ていれば袖のある衣装も沢山あったなどとは、小竜姫には知る由も無い。

 …

 ……

 次に来たのは家電量販店。いつも使いに出させられるゲーム専門店ではなく意味不明の奇声も聞こえはしない事にまずは一安心した小竜姫であるが肝心のプレゼントであるペットが家電の売り場にあるのだろうか、謎であった。

 と、ベスパが向かった先にあったものは……小竜姫の目には犬型の玩具に見えた。

 メカニカルなそれはパピリオの趣味に合うのだろうかいやそれ以前に動かない玩具でも良いと何故言えるのだろうか、パピリオは一緒に遊べる相手が欲しいと見たのだが……
 とベスパに近付いてその玩具を手に取ってみようとしたところ、それはいきなり動いた。

「へ、兵鬼ですか? ……あ、絡繰り人形でしょうか?」

 お姫様、どうやら玩具と言えば手鞠やお手玉なのだろうか。店員は聞こえない振りをしていた。
 流石にプロである、プロにはお客様の失敗を見て見ぬ振りをする事も必要だ。
 とは言え実は小竜姫、この電気街では相応に有名だった。
 二人の黒服に付き添われてゲームソフトを買いに来てメモを差し出すその姿は印象が強過ぎたのである。神族である事は霊能業界の必死の工作に拠って知られてはいなかったが、何処かのお嬢様が病弱な弟に頼まれたのだろうとの実しやかなストーリーがその界隈では出来上がっていたのだ、憶測や噂は大体そんなものである。
 また先程サンタコスプレを選んでいる際も当然黒服……鬼門……は同行していた。古狸ならぬ古猿に口出しを止められていたのだが、彼等の常識もお姫様とそう変わらないいやむしろ普段門番をするのみなだけあって彼等の方が知らないかも知れず、姫様が肌を露出させるなどとは言語道断との時代錯誤じみた見方で見ていたのみでやはりコスプレとの考えは無かった。

 これはあたしに仕事をくれていると見て良いのだろうか。そんな考えも一瞬湧いたが相応には面白い外出であり、何より可愛い妹へのプレゼントの為だ。

「まぁ、そんなもんだよ。動力は電気だけどね」

 テレビがある以上は電気の概念くらいと思ったベスパだったが、

「あら、やはり兵鬼の一種なんですか?」

 全くずれた返事が返ったのだった。妙神山のTVは昔懐かしの据え置きアンテナで受信してはいたがそう言えば電線が無かった様なと思い出したベスパ。
 一応聞いてみると霊力を変換する装置があるらしい。猿神のお手製とか。
 水車に拠る水力発電など手はあるだろうにと思えるがゲーム猿は溢れる霊力をゲームの為なら惜しげも無く使うのである。
 斯くして元が霊力な事から電気で動く物は兵鬼との思い込みがあったのだと通じたのは鬼門が運転して妙神山に帰る途中での話。

 その場では誤解してもらっていた方が良い面もあって後で説明するからと取り敢えず最新式の犬型ロボットを購入させたのであった。
 玩具にしては相当に高いその代金にしかし横島と話した際に模型は高いと聞いていた事などもあって小竜姫は特に反応しなかったのである。

 ……

 ……

「分かりましたっ!」

 唐巣神父の教会へと向かう途中で突然、後部座席の小竜姫が声を上げた。

 ――運転中に叫ぶのは危険ですから止めましょう――

「この兵鬼を老師からお預かりした強化神鉄でルシオラさんに改造してもらうのですね?」

確かにその通りでありだからこそ誤解したままでいてもらったのだが、此処まで簡単に納得となるのはどうかと思わなくもないベスパだった。

……



 予定通りルシオラ達は唐巣神父の教会に居た。最近よく会う為か挨拶もそこそこに本題を切り出す小竜姫。とは言えメモを見せた上でベスパの補足が必要ではあったが。
 ルシオラは何かと配慮出来る性質が表へ出て来ていた為に快く了解したが先ずは今日の教授を終えてからとの事で、突然押し掛けたのだからと小竜姫も了解して……電話はあるのだがする暇が無かったのだ……暫く待ったのである。

 傷心の中で可愛い妹の為にプレゼントを用意するベスパの姿に、桃色の毛のその目がキラリと光ったのだが、ベスパと小竜姫は気付かなかった。

 人は他人の知らない事情を想像で補おうとするもの。唐巣の心中では突っ走った姉に代わって妹を世話する健気な女性と、ベスパは映っていたのだ、強ち外れでも無いが。
 そしてベスパや小竜姫の霊感は主に戦闘に関わるものであり恋愛事には甚だ弱い、これも偏に戦闘タイプの宿命であるのかどうか。
 ともあれ唐巣の中では運命の出会いの時となったのである、ベスパに取ってはどうなのか不明ではあるがそれでも唐巣とベスパでは寿命も違えば生きてきた時間も異なる。
 今の状況からはどうなりもしない筈ではあった、全く今のままであったのならば。

 教授が終わり……ベスパも小竜姫も人間が神魔妖に対応する際に用いる技が興味深く気付いた時には聞き入っていたのだ、所詮は忍びもとい戦闘向きな二人であった……しかし二人はまだ動かず否動けずに居た。
 唐巣が人間でなければとふと思ったりしたのは二人が女性だからなのかはたまたそれ程にその知り合いに常識人がいなかったからなのか。何しろ常人との単語からは最果てにあると知己の誰もが考えていた嘗ての煩悩魔人があれ程に真面目で少しばかり影のある実力者と化したのだ、自分で導けばとの思いを抱いたとしても、二人を責めるのは酷であろう。
 尤も二人の思いは唐巣が人間である事から直ぐに霧散したが桃色の毛はその視線の意味を敏感過ぎる程敏感に気付いていた。
 彼に取ってやはり小竜姫は何処まで行っても師である。若き日にときめかなかった彼女よりはスタイルの良いベスパの方が……など完全に弟子の影響を受けている毛であったが其処は大人、その様な思いなど恋愛に初心な二人には気付かれない様に押し隠すなど、造作も無かった。

 爽やかなといえる聖職者の微笑みを浮かべ小竜姫の用である改造を此処で済ませてはどうかと問うたのである。

 だがルシオラはAIB○に興味津々であり強化神鉄なる上位の神族が持つ素材もまた興味深い代物であったので、その誘いには是非も無く、即座に、机の上へと帯電防止マットを何処からともなく取り出して広げ唐巣の声が終わるかどうかの間に接地完了さえしていた、アース棒が小気味良い程の音を立て床を穿っていたが唐巣は寛容と諦観の目でそれをちらりと見ただけである。
 其処までする必要は無い……本来の接地端子に繋げば良い……筈であるのだが、何かと受難な教会と唐巣であった。
 少し許りマッドエンジニアな目に……そんな目があるのなら……なっているルシオラをしかし横島は好ましげに見詰めておりベスパと小竜姫はピンクのオーラが見える気さえして、哀れな穿たれた床には唐巣以外誰も注意を払いさえしなかったのだ。

 その様な空気の中ルシオラは横島へとピンク掛かった一瞥を送った後、一気に無我の境地ともいえる集中を発揮して……そうなれる辺りが横島の連れ合いに相応しくもあろう……犬型ロボ全体をざっと確認した後直ぐに、強化神鉄でガワを覆う作業に入った。無論その覆いは内部に衝撃が伝わらない様に計算されたそれである。

 某演算兵鬼には到底適いもしないが技術屋の勘で設計を瞬時に為しているのだ、流石に魔族なだけの事はあろう。設計に携わる多くのエンジニアが涙を流して羨ましがりそうな脳内で完結したシミュレートが可能なのである、GSには無関係といっても良いスキルではあるが。
 嘗て製作したみつけた君もまた設計図など其処には無かった。木彫り細工の達人が木を彫って作るのではなく木の中にある像を取り出すのだという様に、彼女に取って設計図や仕様書など脳内にイメージとして最初から浮かぶのである。
 何処から工具を取り出したのかなどとの無粋を言ってはならない。嘗て一時離脱しようとした令子の足に絡み付かせた鞭はルシオラがその場で取り出したものである、同様のそれが工具に於いて出来ない訳では無いのだ。異界空間に置いているのかその場で創造しているのかは不明ではありその他の方法かも知れないが、主であった魔神が塔をさえ作り得た事からはその場で作っていたとしてもおかしくはない。
 彼女がその技術を振るう場に居た誰もが知る通りルシオラが使う工具は市販されていないのだ。

 言うなればルシオラは技術、ベスパは力、パピリオは可能性を主から受け継いでいるのであり――故にパピリオは成長出来ない子供であった――長姉であるからかルシオラはかの魔神の特長であった知的な面を継承されていた。

 と何やら解説が入っている間にルシオラは改造を終えた。
 即興での改造ではあるが其処に籠められた妹への想いは本物である、横島の目さえ気になりもしなかった程の集中がそれを示していた。とその横島が、

「俺からはこれを」

 横島も今ではプレゼントに遣う程度の金銭的余裕はある……もし余裕が無くとも行動は同じであったかも知れない……が、ルシオラが完成を嬉しげに告げた後、言葉を発したのだ。
 その手には何時取り出したのか手鞠があった、羽ばたかんばかりの蝶の柄を籠めた手鞠が。
 横島は以前にキヌへ服を贈った事を覚えており末の義妹にはと知識を習い覚えた事でより使いこなせても来た文珠を用いてルシオラへと買った……蛍の精には似合うなどと言える程度にはこの頃は言葉も出る様になっていたのだ……手鞠を“複”“製”する際に蝶のイメージを籠め、末義妹の扱いにも耐えられる様に“補”“強”して用意していたのだ。
 ルシオラへの贈り物を複製した事が後ろめたく隠していたのだが勿論彼女は不平など言わずに横島を唯抱き締めたのであった、何やらピンク色の波動がもう匂い立ちそうである。
 尤も一応場を弁えるだけの余裕も出来てきたのでその抱擁は一瞬で終わったが。

 あたしには? と言いたくもなったベスパであるが己はルシオラの妹ではあっても実質同い年と人間では言える程度であるとの意識から、言い出せずにいた。

 が、小竜姫が横島の変わり様に感動しつつ……ある意味失礼な話である……手鞠を受け取った後で、ルシオラが妹達への贈り物を取り出した。
 横島と二人で選んで買ったとのそれはちょうど触覚が隠れる帽子。パピリオが元より帽子好きであって幾つか持っていた事を考えると、むしろそれはベスパに贈る意味合いが強いのだろう。

 義兄や姉はあたしも見てくれている、素直に感謝したベスパであったが様子を見ていた唐巣が、

「せっかくの聖誕祭だからね、私からもベスパちゃん達に贈り物をしよう」

 そう言いながらルシオラへの糖蜜、パピリオへの蜂蜜と共に、呆気に取られているベスパへと唐巣にしては珍しく、相応に高級な肉を差し出したのである。
 此処は注釈が必要であろう、マンガ肉ではないと。
 しかし、ベスパはいや周囲の皆は、唐巣が“ちゃん”付けした事に気を取られていた。
 一体どう反応すれば良いのか誰にも分からないと、ベスパの顔色を窺う唐巣以外の皆であったのだがベスパは半ば嬉しそうとさえいえる表情をしていた。彼女もまだ生まれて一年も過ぎていないのであり子供扱いは厭なのだが如何にも年長者然とした唐巣に言われると不思議と悪い気がしなかったのだ、先程の教授で感じた好印象も相俟って。と、

「女性でも舶来の帽子を被っておかしくないのですね」

 知識が古い小竜姫の中でも確かに帽子は女性の被り物であるが現在の街では男性も帽子を被る様なのだ、彼女は親友にではなく戦友ともいえる者達にこそ確かめたかった。
 他に台詞が無いなどとの理由では決してないのである。
 彼女の知識では男子の被り物といえば笠か頭巾であった、烏帽子以外では。
 これでも小竜姫は七百年を優に越えて生きているのだ、七百年生きてきた天龍童子を子供との見方で見ていた事からそれが分かろうもの。故に彼女の知識はやたらと古かった。
 だが彼女が欲しがっているのはサンタガールの扮装への肯定であってそれに気付いたベスパが、誰かが答える前に、早く妙神山に帰って妹の顔が見たいと遮り唐巣へまず頭を下げた後で姉達へとこちらは常の事であったが礼をして、その場を辞したのであった。

 ……

 …

 聖職者の微笑みに見送られたベスパは色々あって気分が悪くなかったので電気に関して姉から聞いた知識――主から与えられた知識も――から、山入りお姫様に説明したのだ。

 仕える姫の師匠から言い付かったお役目である買い物を姫がロボットに目を奪われていた間に終えていた黒服こと鬼門は、ベスパの説明をBGMに帰路を急いだのであった。

 聖夜の妙神山、随分似合わない単語が並んだ様な気もするが聖夜は日が決まっており何処にも訪れる。コスプレである事を知らずに正装としてサンタガールに扮した小竜姫がパピリオへとプレゼントを行った。何やら己に視線が集中している気がするが、しかしヘアバンドと籠手を外さずに済むこの装束がベストな選択である筈だ、贈られるパピリオもおかしな目で見てなどいないのだから。皆が楽しそうなのはアルコールが入った所為もあるだろう。
 大人達の行動を知らなかったパピリオは素直に礼を言ったのだが、ふと気付いて口を滑らせた。

「小竜姫って、ルシオラちゃんみたいでちゅ」

「そう? ……それも良いのかも知れませんね」

 実姉の様だと言われたと思った小竜姫は、気分が良かった。その所為かヒャクメが写真を撮る事も許したのだった、ベスパやパピリオと一緒に写った写真を。
 そしてその写真はベスパの手に拠って知り合い達へと配られる事となる……

 積雪により普段にも増して外界から閉ざされた霊峰の修業場は、常になく皆が楽しくホワイトクリスマスを過ごしたのであった。

 ……

 …

 そうして、聖夜が過ぎた。どれだけ楽しい時も何れは過ぎゆくものだから。

 己としては露出が気になると思っていた装束なのだが喜ばれたなら良いだろうとした小竜姫であったが何処か霊感に引っ掛かるものがあった、もしや邪な目で誰かが見るのかも知れないと感じたのだが、横島……其処でいの一番に名が出る辺り過去のツケだろう……はその様な目で見はしないだろう、仮に、見て欲しくとも。

 それでも気になるからと困った時の令子頼み……何故かルシオラに逢いたくなかったので横島を訪ねはしなかったのだ……で鬼門と三人で出掛けた小竜姫。

 好意的な発言と思い込んでいたそれの真の意味を知った小竜姫は写真を回収する事への意欲に萌えいや燃えて、未来でベスパが主に見せられた小竜鬼さながらの形相となったお姫様強襲に、下々の者達は大慌てで写真を差し出したという、ただ横島とルシオラだけは強襲を免れたのであったが。
 理由はともあれ流石に大英雄と横島の株が上がったりもしたのだった、一旦良いと見なされたならそれまでの行いが悪くともいや悪いからこそ良い評判は広がりやすくなるとの事例だろう。

 また多くの者が実際に萌え狂わんばかりであったのだがとにかく怖かったので返したのである、後に霊能者の間に協会公認で発足した小竜姫様ファンクラブ、その始まりがこの様な形だった事は、極秘中の極秘事項だそうだ。

 全てを視ていた某女神様と老神は、一連の騒動を肴に飲み明かして年末を楽しんだとか。

 ……

 …

 悪酔い保証の霊酒「逆鱗」を取り置きしていた様々な酒とチャンポンで一気飲みした小竜姫に、ブッちゃんへセクハラされたと泣きつくと言われ、事実なので二人が青くなったのは別の話。
 良い見本があったので、小竜姫でもセクハラという単語は知っていたのであった。
 尚、小竜姫が泣き上戸かどうかは、不明である。




 猿神が青くなったのは鬼門に買わせたゲームソフトが悪酔いした小竜姫に踏み潰されたという事実が大きかったのかも知れない、ともあれ売れ残っていたツリードレスを着せられて仕事をする羽目になったヒャクメ同様、自業自得というものであっただろう。


(モンジュは反則 妙神山の聖夜 完)


カウンタ


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