モンジュは反則 朱夏の日々

作:Nar9912




(1 極楽の手は誰の為に?)

 横島は進歩の塊である。その原動力が煩悩であろうと何ら問題無い。むしろ煩悩を否定する方がおかしいのだ。
 追補するまでもなく所謂歯に衣を着せるとの語も、少しは弁えた方が良いのだが……横島に限らずGS達は。

 煩悩との限界の見えない源を持つ彼の霊力は上がり続ける一方で、なればこそ制御が重要となるのは必然だった。
 故に彼は修業の道を通らざるを得なかったのである、好むと好まざるとに関わらず。
 動機はある訳だが、真面目一辺倒の横島など、せっかくの才能を売り込み方で埋もれさせる芸人にも斉しかろう。

「俺が四六時中、大真面目だなんて、想像出来ますか?」

 何時に無く丁寧な口調を以て大真面目に放たれたこの物言いに、どう対処して良いものか幾人もが悩んだと云う。

 放っておいても強くなるとの不条理。
 真面目になればポテンシャルが下がるだろうとの非常識。
 理由はあれども何もせず居る間にさえ強くなる有る図ならぬその霊力。

 自身の流儀で行うべきなのが本来の霊能の延ばし方であり、中途半端な霊的知識では却って自縄自縛を作る。

 それが為に、基本知識と制御面での鍛錬のみが彼に科せられた――何がそうしたのかは置いて――のである。

 一方で言うまでもなく、本人の動機自体は大真面目である。
 何しろ死に別れた嘗ての恋人の存在が掛かっているのだ。それでも何もしない方が煩悩的に間違いと言えよう。

 尤もされど然れども。
 ちょおっとばかり、煩悩だな、と言いたくなる制御方法も――本人曰く不可抗力で――身に付きもしたのである。
 傍迷惑であるとの点では、数多くの先達にさえ、既に追い着き追い越したかの様な、それら。

 その一つの“鞭鞭モード”だが、案の定、欲張って――本人曰く栄光の手の正当進化形――指の数だけ出来た。

 尚名付けの由来はもちろん“むちむち”なのだ。

 体面を気にする高校生的には触手などと大声では言えない。いや大人であっても大声では言いたく無かろうが。
 だが体が名を決定する事も、時に在っておかしく無い。

 鞭鞭と言いたくは無い周囲の女性達からの密やかな呼称は、むしろ後者が主だった。
 況んや五本も十本も或いはそれ以上もあって、それらが重力と関係無しに、うねるくねる巻き付くとなれば。
 横島は赤い蛇さんカモンな芸が元ネタと言い張りたくもあったのだが、年代が合わずに頓挫したのである。
 そして彼の読み物と霊力源を考慮すれば、密やかな呼称こそが順当である事は自明。

 それがしかし、指の数だけ出来たとの辺りは、彼が能力的には無駄な程にも高いとの証である。


 ……それは参考文献が宜しく無かったのではと思う向きも居るかも知れないが、触手とは由緒ある得物なのだ。
 歯車も良いけど触手もねっ!と書するべきだろうか。腸詰め工場も捨て難いなど、個人的に思うのだが。
 腸詰め工程ではなく大蛇に飲み込まれるのもまた、猟奇的には宜しいかも知れない。
 もちろん良い子も悪い子もそんな事をしてはならない。大人なら行動の是非は自問自制出来るだろう。
 それはさておき。
 もしあの事件で横島が動けていたなら、エロス分不足に抗議して、結果として楽勝で勝てたかも知れない。
 何となれば霊能者の突っ込みは、ややもすれば時間も空間も凌駕するのだから。
 縷々説明するならば。
 魔神戦でマジックハンドを用いた事がその根拠の一つであるが、美神達と一緒に穴に落ちたとして。
 彼は道具の中にあるマジックハンドか、無ければ文珠で奥の手を作り、串刺しにはならなかったであろう。
 仮に刺さろうとも、いつもの如く服こそボロボロになれど、膨れ上がる煩悩で蘇ったに違いないのだが。
 そう恰も、何処やらの救世主に。
 「煩悩は全身を血で鎧う!!」のである。血塗れになるのは問題がある様に思うが、それは普通人の話。
 ともあれ。
 「歯車のどこがエロスかーっ!」など突っ込みを入れんが為に彼が。
 そのまま妄想暴走する彼へと突っ込みを入れんが為に彼女達が。
 結果として皆が、言霊使いの書斎へと、瞬時に戻った可能性さえあったのだから。
 一度射程に入ったなら、非道師弟+巫女であれば、元より衰えた者など、歯牙にも掛けなかっただろう。
 無論タッチの異なる美形で完全無比に安直な彼の出番を無くすのは、至極惜しい話ではあって。
 起きずに過ぎた時間内の出来事は一部の者を除いて変えられない。閑話休題。

 また足指でも作り得るのは言うまでも無い。全身から極太との案は、某悪役顔の技にも似てイヤだった。
 尚某白鳥なスタイルは、横島ならば遣るかも知れないが、色々危険であり諸刃は疎か柄も無いが如き代物。
 攻撃される側もイヤであろうが、砕かれなどすればその物理&精神的な打撃は、鴻大なまでに大きかろう。
 更に全身から細い針の如くと連想が続き、彼にとって届かない位置に属した食物である海胆へと思い至って、
 「みんな貧ぼが悪いんやー」などと泣きが入ってみたりもした事は、この際どうでも良い話。

 ともあれ長くて固いモノが変態する時に、どうなるかは自明であってイメージはあまりに容易かったのだ。
 こんな件の説明に使われたくは無いだろうが、神通棍から神通鞭との前例もあっただけに。
 一本だけならば当初の呼称通り師譲りの鞭とも言い張れたものを……貧乏性とは時に不幸を呼ぶものなのだ。


 しかし、出来ていたのだが、既に言葉を喋るようになっていた泣けば火を出す多才――他災?――な、ひのめの、

「ほそいヘビさんだぁー!」

 から始まった一連の言われ様に、ショックのあまり数日寝込んで、その後は使わなくなったとか。
 無邪気とは時に研ぎ澄まされた凶器である。男とは意外と繊細な生き物なのだ。

 …

 ……

 尚、その際の遣り取りは、

「ほ、細いっ?!」

 ガビーンとばかりに固まりながらの、背後に随分と大袈裟な効果が欲しい雄叫びへと、しかし事も無げに

「うん、ほそいのぉ。パパのヘビさんのほーが、ずっと太いもんっ!」

 言い換えされたのである、悪意など欠片も無く。

 無論まだ喋るだけでその内容が言葉足らずの幼児。パパの“(居る)ところの”と正確に言えば、問題は無かった。
 また普通の状況であれば、そう考えるのが当然だろう。

 しかし乍ら状況が悪かったのだ、正に新技を展開している最中との状況が。
 問題の起きない平穏な日々はそう長くは続かない。機会があれば彼らには事件が舞い込むのである。

 新しい技を披露するその得意満面から、傷心むしろ焼身とも言うべき表情へと一気に変化しつつも横島は、

「……隊長? あーた、こんな子供にいったい何を教えてるんスかーっ!?」

 煤塗れなのが心象か否かはさておき、時に見せる常識人の顔で、どうにも子供の教育を知らないっぽい女傑へと、
 尋ねざるを得なかったのだ。

 描写するまでも無いが、錆びた鉄製品の如くに首を動かし、彼女を見据えての事。
 またその動作は、一体どうした訳か、その場に居合わせた諸人に共通してもいたらしい。

「こ、子供の言う事よ。ほら気にしないで……あなた達もです!」 

 思わずフォローできず、頭ごなしに事務所の面々を押さえ付けてしまった美智恵である。

 横島が寝込んでいた数日間、何故に誰もフォローしなかったのか、それは美智恵に有らぬ疑いが掛かったから。

 大人でフォロー出来る立場にいる美智恵が、
 型に嵌ったお役人ならどうとでも対応出来る美智恵が、
 しかし身内からその疑念を抱かれる事自体が既に心外な疑いを掛けられて、
 自身のフォローに多忙を極めた点を良い事に、我等が横島君を放置したからである。

 そう、放置は何も、タイガー&鬼門のみの特権?では無いのだ。否むしろ横島こそ元祖か?……ともあれ。

 無邪気とは時に研ぎ澄まされた凶器である。そして何処を向くか分からないだけに、厄介さもまた格別なのだ。

 ……
 …

 捕縛,拘束,索敵,物理無視の鋼線用法,愛だよ愛!,愛だよね?など。
 実は色々役立ちそうな各種の技は、横島ならば何時思い付き思い付きを現実と化しても、不思議では無かった。

 だが少なくともその無邪気な?会話が故に、当面の間は、ひのめを見る事が無かったのである。

 尚、ひのめに取って、男性の象徴はタラコとの語で表されたりもする。
 原因が某オモロい二人にある事は半ば以上明白であり、何事も繋がっているとの証明の一つなのかも知れない。
 尤もそれを知ったからと言って、その二人は何ら面白くも無いだろう事も明白ではあるが。

 ともあれその技は些か、彼の霊能としては、らしくもあるが無意味に近しくもあった。
 何しろ捕縛にしても拘束にしても、文珠を使えば済む話であって、触手に拘る必然など無いのだ。
 便利過ぎる道具は時に使い手を束縛すると、評する気になった暇人――暇神?――が居たのか、定かでは無い。


 その暇神とゲーム魔神らが、別の使い方を教えるのも面白いと思ったか否かまた更にその後については……
 語られない方が世の為。
 故に余談でさえ無いのだ。
 世界にはタブーと言うモノがあるのだからして。
 しかし世の中にはオフレコとの概念があり、壁に耳あり障子にヒャクメなのである。

 尚某ゲーム猿は、もちろん人間で謂う処の成人を疾うに迎えており、その趣味のゲームに制限など無い。
 だがしかし世の中体面と言うものがあり、故にその手――どの手?ボクわかんない――のゲームプレイ時に、
 ゲーム魔神と名乗っていた事は、何を隠そう妙神山800の秘密の1つである。
 余談ではあるが、800の秘密には他に、秋葉中を行脚する角娘と黒服二人組みと言うものもあったりする。

「でもそんな事、横島さんに教えて良いのかしら?」

「ふぅむ。お主はせめて、表情に少しでも説得力を持たせる努力をしてはどうかのう?」

「そんな事言う老師だって、位の高い神様なのに……」

「何を言っとるんじゃ? 奴は手段を持てば使えなくなるタイプじゃろうが。それに何事も経験じゃ。……ま、周囲が勝手に嵌る分には、儂らの知った事では無いがの」

「世の中には、確信犯とか愉快犯って言葉があるのねー」

「この場合、鏡なぞ要らんのぅ」

 明かりなど必要無いとは言え何故か薄暗がりを保った一室で、その様な会話と楽しげに不吉な笑い声が二つ、
 横島強化の為との名目から響き合っていた事はしかし、純情娘達には知らされる筈も無かった。
 尚、お約束ではあるが「そちも悪よのぉ」「いえいえ老師程では」など楽しそうに話し込んでいたらしい。
 こんな時、誰の為に誰に合唱すれば良いのやら……



 胡乱ともタブーとも付かない密談はさておき。斯様な小騒動はむしろいつもの事で。
 GSは、オカGは、この国はこんな事で良いのかーなどと全体を知る者がいれば叫びたくもなろう出来事は、
 しかし日常の一部として普通に起きては普通に終焉を迎えてもいた。
 尚詳細については語られない方が良いだろう。世の中には知らない方が良い事もあるのだ。

 ただ一つ付け加えるのならば、その霊能は新たな技名、“極楽の手”と共に、蘇る運命にあるのだった。
 尚その際、元来“手”の甲に位置したレンズには、

 ……導いた者が角状態だったにせよ竜だけに、ド○ゴンレンズ○ンって、古っ……

 そのレンズには、“鏡”と一文字、顕れていたりもするのだった。
 何の鏡なのか、どういう鏡なのかは、今はまだ謎である。


(コンティニュー?(Y/y))




異聞の何割かはアルコールで出来ています。
と言いますか、酒を呑みながら草案が描かれた代物にこそ、異聞の名を冠しています。

今夜も元気だ、酒が美味い!……命の水とは善く言ったものです。
尚、お約束ですが「お酒は20歳になってから」
付け加えると、御神酒はお酒に入りません?




(2 奇声溢るるアツい夏 上)

 将来を示唆に止まらず決定しさえするかも知れぬ恐ろしき可能性はさておいて。
 極楽触手の物語は、当面の処、ひのめを見なくなっているのだ。
 だが見えないからと言って存在しないとは限らない。
 見ていないうちに手遅れとなる事など世に幾らもあるのだから。
 尤も手遅れになってこそ本望との出来事であれば……何れにせよ未だ起きぬ未来に属した物語である。
 「喰らえ、極楽仙人掌!」などとの叫びが轟く未来の。

 そんなこんなで日常が過ぎゆく中、言葉いや言霊を以て、霊力を一時的に高める方法が流行りだした。
 今更指摘するまでもなく、今回の流行はかの「煩悩全開」に端を発するものである。
 叫べば強くなるってものでは無いのが通常だが、霊能は存在の有り様からして普通では無い。
 霊能業界が無かった事にしたいと強く思うに至る流行であったが、真実もデマも拡散するものである。

 「金金金ー」と叫びたい誰かさんは、しかし外聞もしっかり気にする独立した事務所所長であるからして。
 別方向で考えた結果、

「これからウチのチーム名は、“悪霊シバき隊”よ!」

 暑さ故か起きたまま寝言を発するに至り、人工幽霊一号まで含めたメンバー全員に却下されてみたりもした。
 実は会心の作とまでは行かずとも悪く無いと思っていた彼女は、少し許り傷付いたりもしたのだった。
 どれ程に注力していたかとなれば、テーマソングと決め台詞が作成済みだったと記せば良かろうか。
 犬神二神の遠吠えとネクロマンサーの笛による合奏――除霊上の意味も皆無では無い――の楽譜まであった。
 時折鞭の音が入る事は、最早言うまでも無かろう。混声合唱で「シバくぞー」なども入る。
 一度聴いてみたいものである、数多の鞭の音が入るだろう完成版のその唄を。
 思わずそのまま強制成仏させられそうな気がしなくも無い。
 しかし何やらCの神への祈りがさり気なく入りそうな名称は危険なので、現状では没なのだ。

 兎も角、暑さに弱いのは、何も、タマモだけでは無いのであった。

 さてその様に身も蓋もなく落ち込んでしまった際の美神は、自棄酒に西条を誘う事が通例となっていた。
 だが西条は――酒の席ばかりは――横島に押し付けたいと考える様になっていくばかりなのであった。
 当然ながら経験豊富な西条である、宴席ではおくびにも出しはしないが、女の勘は侮れないもの。
 心の天秤は些細な事で片寄りを強め、そのまま一気に崩れる日が来そうでもあった。
 だがこれは未だ決着が付いてはいない事、今は余談に過ぎない事ではある。

 最盛期には必殺の叫びとも呼ばれた言霊を用いる霊力上昇はしかし。
 あまりにも欲へと直結する為に、早晩用いられなくなる運命にあったのだ。
 それはそうだろう。金,異性,御馳走,酒,煙草,温泉,ウサ耳?,サソリ尻尾??,馬面???等々。
 如何に除霊の為であれ効率的であれ、それは同時に、GSの社会的な信用をも危うくしてしまうのだから。
 だが暑過ぎる夏であったが故か、少なくともその夏は各所で奇声と悲鳴と怒号と…詰まりは叫ぶ日々が。
 イヤに暑い中で、ずっと続いたのではあった。

 将来に於いて、その様な叫びと比したならば、悪霊シバき隊がまだマシとの声が出たかも知れないとは、
 時に伏線と呼ばれ時に予言と呼ばれまた時には予定調和と呼ばれる、宇宙意思の介入であったのだろうか。
 未だ謎に満ちた宇宙意思。
 やる気があるんだか無いんだか分からないその存在こそ、GS世界を構築した元凶かも知れない。
 しかしそれは、当然の如く、蛇足に過ぎないのである。

 また初心者なのに達人でもある、常識の壁に果敢にも挑み続ける――何やら聞こえが良く不思議だ――横島は、
 もう一つの叫びである「煩悩集中」を駆使する事で、遂に、遂に遂に、霊波砲をっ、習得してもいたっ!!

「霊波砲、霊波砲だっ。俺にも霊波砲が出来たぞ、ホーっ!」

 と、何処かのハニワと混ざっていないかと思えそうな小躍りを伴って、喜んだ横島ではあったのだ。
 流石にGSにおいて叫び声で一気に強くなる元祖だけあってか、実にまともな成果を出したのである。

 だが今更過ぎて誰にも褒められず、実はちょっぴり寂しかったのは、彼と覗き神だけの秘密かも知れない。
 尚経緯を考慮すれば自ずと分かろうものであるが、霊波砲は頭から出る。

 ただ、戦いに燃える某ライバルだけには、凄まじい程に歓迎されもした。
 無論ながらその歓迎が、裏表無しにバトルへの誘いであった事など、追記するまでも無いだろう。

「霊能は戦いの道具じゃ無い!」

「いや、そんなら霊波砲打たなきゃ良いんじゃねーか。お前にはサイキック・ソーサーがあるんだし」

「………………………………………」

 とは、バトルを回避したいがあまり似非平和主義に走った霊波砲付横島への、ある意味止めの一撃であった。
 その直後「雪乃丞も俺を虐めるー」の叫びと共に、人類の範疇から遠く彼方に外れた高機動を伴う攻撃が、
 正論であったが不用意な台詞を吐いたライバルへと、不意打ちそのもので、突き刺さったのである。

 だが、その戦いに勝者は居ない。
 何故なら叫びながらサイキック・ソーサーを投げ付けたままに。
 勝者である筈の横島が、脱兎にも勝る速さを以て、その場から逃げ去ったからである。

 残されたのは照り付ける太陽が熱した人工の大地と。倒れ伏しヤバい程に水分を失った強敵と書いて親友。
 何故か通り掛かったその恋人が、この際見なかった事にしようと考えてしまった程にまで。
 みっとも無い倒れ方をした、彼だけであった。

 何処かの暇覗き神が「しょうが無いのねー」など言いつつ助けなければ、歴史が変わったかも知れない。
 陰から見守るモノとは得てしてその様な行動に出るものであり、当然ながら、雪乃丞は何も覚えていなかった。
 唯負けたとの事実以外には。
 斯くしてエンドレス修業モードへと再突入する彼であったが、恋人との再会を忘れている様では進展など……
 夏の魔力とはその様に、無闇にアツい事もあるのかも知れない。閑話休題。

 せっかく習得した霊波砲を認めてもらえない横島が、

「こーゆーのは、タイガーの、ぃ役所(やくどころ)じゃあ、ねーのかああぁぁーっ!」

 俺は主役として、主役としてーっ!などと海岸に沈む夕陽へ思いっきり叫んだのは、また別の話。
 夏の夕陽であったのにも関わらず蛍の霊が顕れなかったのは、暑さにダウンしていたのか、はたまた……

 尤も霊衣も着ていない一見では明らかに一般人が、「煩悩集中ーッ!!」など叫びつつ謎の怪光線を放つ姿は、
 通報されなかっただけでも御の字とは、周辺に共通した見方でもあった。
 最終的に、手から出せるようになったか否かは不明である……器用なんだか不器用なんだか。
 だが実はその分からなさこそが霊能の神髄であって、横島が最強クラスの霊能を得た所以でもある……の?
 しかしここに一点、横島自身が気付いておらず、周囲も敢えて告げてはいない現象がある。
 それは、煩悩集中に拠る霊波砲を放つ際、一瞬ではあるが額に眼の様な開口部が顕れて。
 周囲の霊波を粒状に可視の状態にまで持って行く程の、収束を見せる事である。
 皆が告げなかった理由は主に二つ。
 一つには、その現象がある意味で彼の初めての戦友を想起させるから。
 もう一つには、神魔の如く額に眼があるなど横島向きではないとの想念。
 何れにせよ、極希にしか用いられない技であり、本人が眼に気付くか否かは不明である。

 ところで、ある意味で最も横島に近くて遠い、強敵と書いて親友と読まない某自称貴族が、
 「鼻づまりかねっ!?」
 などの過去を元に、断言する事で事実を少しだけ誘導する言霊を得た事はしかし、秘密だった。
 尚留学中の彼の行動またその結果と、とある話術に長けたエスパーキラーとの関係は、定かでは無い。
 或いは彼らが知己または師弟であったりする時空も、この宏大なる大宇宙にはあるやも知れぬ余談であった。

 その上に余談を続けるならば、横島達の属性は、きっと、ヒーホー。

 …
 …

 そして、更なる余談を、ここに語ろう。
 鼻づまり事変と、女達の暴力から目を逸らす名前が付けられたかの事件は、その後に影響しているのだ。
 詰まりはその翌年から、横島はバレンタインチョコに不自由しなくなったのである。
 これは書かずには居られない脅威であり、余談にするには惜しくあろうものではあった。
 某美女曰く、

「あんな女から貰うから、おキヌちゃんが迷惑したのよ。
 これからはそんな事が無いように、この私がアンタに上げるわ。
 魔除けの様なものだから、有り難く受け取ってきちんと味わうのよ、分かった?
 ……あ、そーだ。代金はもちろん時給から引いておくわね」

 無論ながら某美女は素直では無い。
 実際に代金が時給から引かれたかと言うと……黙っておくのが優しさと言うものか。
 尚魔除けとの語に少し許り、鈴との小声が混入していた事は、しかし女性達には黙殺されたのである。

 ともあれ何れは気付かれるだろうその件とは別に、更なる策として事務所の女性皆に同じ事をさせたのだ。
 飽くまでも義理であると言い張らんが為に。あわよくばおキヌのそれさえ義理であると強調せんが為に。
 ……尤も、世の中には策士策に溺れると言う言葉、鳶に油揚げを攫われるとの言葉もあるが。
 だがよく言動を確認すれば思惑は透けてもいたのではあるが。

「はい、お兄ちゃ……西条さんには、これ」

 西条は飽くまでもお兄ちゃんなのであって、しかも横島より後に渡す様になったのである。
 当然ながら西条へのチョコの方が豪華ではある。籠められた想いも同等になるよう自身を抑えてもある。
 必要ならば自身を厳しく律する事が出来る、それがプロと言うもの。
 彼女は、プロ中のプロなのだ。
 尤もそれら彼女の中では何億歩もの譲歩も、肝心の相手に伝わらない事には意味が無く。
 伝わっては困る実は可愛い乙女心も、この場合は逆効果で。
 互いに分かっていたとしても、想いが成就するのか否かは不明であった。


(下に続く?)




異聞の何割かは設定解釈で出来ています。
と言いますか、酒を呑みつつ原作を読み直した代物に、異聞の名を冠します。
呑んで読む程に設定こじつけ魔度アッ〜プっ!な感じですか?

今夜も元気だ、酒が美味い!……休肝日は忘れずに。




(2−1 奇声溢るるアツい夏 毛)

 さてさて、必殺の叫びは、何も若い面々のみに限った現象とはならなかった。

 各所で猛威を振るうその茹だるような暑さ、だが日常と見てほんの十数年前との比較にさえ目を瞑って、
 その場限りの対応で乗り切ろうとしつつ、倒れる弱者が続出しているその暑さの渦中で。
 思考に影響が出ない事こそがおかしいとの見方も出来るだろう。
 科学的に見れば、脳の活動に相応しい気温は、確実に存在するのである。
 ましてや、幼い脳と老化した脳であれば、影響はより大きい可能性が高い。
 切れる高齢者や幼子から若者まで、或いは気温の影響も、そこにあるやも知れない。
 尤もそれを言い訳に犯罪に走る馬鹿者が居たとすれば、酌量の余地など無きに等しくもあるが。

 科学は、ここまで荒廃した環境にさえ、対応し得るのだ。
 例えば欧州では、地域ごと暖房との恰も冗談の様な力業さえ、現実のものとしている。
 夢物語と莫迦にされるだろう所謂クレイジーな取り組みを、しかし真剣に行い、挙げ句に成果を上げる。
 あまりに短期的近視眼的で不完全な成果主義に侵された日本では最早、そうそう為し得ないものではあろう。
 しかし逆境とも言える現状に対し、敢えて血と汗と共に全霊を傾けられる者もまた、確実に存在するのだ。

 無論それらは霊能者の業には直接的な関係など無く。
 仮に霊能が衰えるなどの問題が出たならともかくとして。
 短期的にコンディションの調整で何とかなってしまう程の者こそが、トップクラスに居続ける。
 たとえそれが近い将来に限界を迎えざるを得ない対応であろうと。
 自らや子孫の将来を無くすと分かって尚業を優先させられる者こそ、トップに立てると言えるかも知れない。

 …
 …

 どうあるにせよ、環境への対応などは元来、霊能者が行うべき事柄ではない。
 人はヒャクメでは無いのだ、扱える情報は凄まじく限定されてしまうのである。
 たとえ情報を共有する手段が既にあったとしても。情報の大半はゴミと化すものである。
 情報のエントロピーは増大する方向こそ通常ある姿で、神ならぬ身が単独で抗う事は極めて困難である。

 繰り返すが人はヒャクメ――情報を扱う神――では無い。
 例えば環境についての問題提起など、少なくとも数十年以上以前から既に、現在に近しいそれが行われていた。
 しかし包括的な対策が取られなかった事の一因として、感情に根差す流行の問題があったのである。
 エコロジーなぞ流行遅れ。
 個人レベルでは、その感情こそが、現状を招いたとも言えよう。
 組織特に公的な組織には早い対応を求めながらも、個人では対応に至らない、それが普通の人々である。
 破壊と再生の何れが容易で短時間に行えるか、そのくらいの事は義務教育を受けたなら明白なのだが。
 しかしながら、確たる証拠無しに快適さを失いかねない面倒を負う行動に出られる者は、少ない。
 況んや、その行動が、そも無駄である可能性があったとしたなら。

 三度繰り返すが、人はヒャクメ――神――では無い。
 遣ってみなければ分からない事ばかりと評すべき状況こそが、常態である。
 無駄や失敗を嘲り挑む事をしない者は、大きな成果など滅多に上げられないばかりか災いすら招く。
 と言って人である以上は全てを知る事など出来はしない。
 世界一有名であろう某探偵の主義にもある。
 自らに取って必要の無い事は知っても忘れる事を心掛けると。
 既に当時から存在したそれ、そして信用こそ、今の時代に必要なものかも知れない。

 ……ヒャクメが其処まで信用出来るかどうか、だが、それこそが宇宙意思の企みであったとしたら?
 尤も仮に宇宙意思の仕業とするなら、幾らなんでも繰り返しのパターンに頼り過ぎではあろうが。

 ともあれ人はヒャクメでは無く、知り得る情報には限りがあるのだ。
 他人を信頼しなければならない局面は必ず存在する。
 信頼を壊す言動を為してきた者は何れ――自身何も信用出来なくなるなどの――報いを受けるだろう。
 報いを受けたからと言って他者の被害が無くなりなどしない現世の在り方に問題はあるが。
 しかしそれがあるからこそ、GSとの業が成り立ちもするのだ。
 GSの業の深さは、在るべくしてそう在るとも言えよう。

 真剣であるが故に業を背負う、それが人の世の常なのかも知れない。
 専門家の指摘が無かったが故に彼らに非があるとする事は。
 人生の一部乃至大部分をを情熱と共に費やす専門家への。
 謂われ無き責任転嫁に過ぎない面さえあるだろう。
 往々にして専門家とは、未来を予知する事さえ要求されるものではある。
 だが人間は所詮、ヒャクメではあり得ないのだ。世界を見通す事など出来はしない。
 専門家だけの責任としていれば、子供の誕生でさえ係わらない方向へと専門家が動くだろう。
 一部の責任感が強過ぎる専門家に負荷が掛かり、自滅に導かれる事さえ生じて不思議では無い。

 対岸の火事,喉元過ぎれば熱さを忘れるとある通り、過去からの警鐘に耳を傾ける余裕など無い事が多く。
 人とは、即効性のある事柄にしか、興味を持ち難いのだ。
 仮に寿命が千年を超え、木々に斉しく永く生きるのならば。
 環境の変化を自身の経験として捉える事さえも、或いは可能であったのかも知れない。
 しかしそれは、未だ、机上の空論に過ぎない。

 ただ、人間は莫迦では無い。それを補える可能性も、ものにしつつある。
 現状からは、それこそが全世界の情報を届け得る、情報網の整備が該当するだろう。
 無論それは楽観的に過ぎる考えではあり、悪意の有る無しに拘わらず、誤った情報こそが大多数。
 人間には詳細な予知など不可能なのだ。明日の天候でさえ、科学全盛とも言える今でも当たらないもの。
 其処にあるものは想定外の要素でもあり、誤った情報或いは演算から正しい答えが出たのならそれは偶然。
 それでも他に手段が無い以上、人間に対して絶対数の少ない動物達と同じ行動に戻る訳にはいかない。
 専門家に責任を押し付ける事は、ある意味では自身の意思決定能力に疑問があると告げるも同然。

 更には仮に人の自滅が自業自得であると認めたとしても、先に滅ぶのは所謂罪無き他の生き物だ。
 人はその弱さが故にまた文明故に、人界生態系の頂点に位置する万物の霊長であるのだから。
 人は群れを成す動物でもあり、苟も万物の霊長たる位置を占める以上は。
 自然に抗ってでも自らと他の生き物を生き延びさせなければならない。
 群れとしての利益と個の利益の両立に動く事はその一歩に過ぎず。
 生半に力が存在する以上、力を正しく制限する必要が生じる。
 人間は既に、それ程の力を持ってしまっているのである。
 上手く使ったとすれば、人工ではあっても楽園を作り出せる力を。
 下手に使ったとすれば、自業自得の地獄を作り出してしまう力を。
 人は既に、人界に於いて神にも悪魔にも、成り得てしまうのだ。
 幾十万の年月を経て尚神魔の視点を持っていない状態であるにも拘わらず。

 だがそうあるべく努力する人も当然存在する。
 単独であれ小さな集団であれ、全てを考慮しようとする者達が。
 しかしながら、多岐に亘り細分化されているからこそ専門家が存在するのであって。
 意思決定には専門家からの情報を考慮する事は――自身に専門知識がないなら――必然である。
 それをしないなら生兵法は怪我の元との通り、元来あり得ない失策に遭う可能性さえある。
 その専門家が業に不誠実な場合がある、それが人の世の不幸とも言えよう。
 根底に必要なものは、遥か古代から知られている様に、信用なのだ。

 他方、信用を逆手に取る悪意もまた常に存在する。
 詰まるところ、自身が専門家である分野以外に於いて、信用出来る実存は人には必須であり。
 専門家も利用者にも――超絶な力を持つ者が居ないなら――モラルこそが要求される。
 愉快犯などは、間接的に完全管理社会を導く為に尽力している愚か者とも言えるだろう。
 管理を厳しくする事が、古来から変わらぬ、単純にして即効性のある唯一の対策であるのだから。
 仮にそうでないのならば、警察機構も国連軍も、その大部分が不要とも言えよう。

 しかし、それが分かっていても人は迷い惑うもの。
 人はヒャクメでは無いのだ、当たるも八卦当たらぬも八卦であり科学だろうとその殆どは仮説に過ぎない。
 閑話休題。

 …

 霊能者達は生半に自身が高い能力を持つが故に、またその能力を維持研鑽する事こそに意義を見出すが故に、
 環境問題になど、依頼でもされない限りは取り組みはしないのである。

 そも嘗ての神魔が現在より遥かに崇拝を集めていた時代ならともかくとして。
 訳の分からない能力に関連する存在としての認識。或いは役立たずと貶し自嘲する者さえいる現状で。
 直接目にする事は少ないが、全く目にしない事では無いが為に生じてしまった、人に近しい神魔との認識。
 それが、加持祈祷の効果を引き下げてしまうだろう事もあって。

 故に元来は経験に裏打ちされた落ち着いた思考が出来ておかしくない老成した者達であっても。
 環境などは二の次三の次として。
 極短絡した、しかし確かに短時間で除霊するには効果がある、必殺の叫びに走る者は、多かったのだ。

 例えばそれは…「日はまた昇る!」との技の流行としても顕れた。

 それはある種の暴力とも言えた。
 それは訳の分からなさの本領発揮とも言えた。
 それは無理を通して道理を引っ込ませる霊能と言う力に於いて。

 尚常識外の技であると断言してしまえる程の膨大無比な力と言い得た。

 その技を用いる要件は極容易に満たし得たが故に。
 その技を用いる者達は数を増し。

 竟には業界トップクラスの者達であろうと及ばない程に結集され研ぎ澄まされた力と昇華されるのだ。


 既にお気付きかも知れないその「日はまた昇る!」として知られる技の詳細を、以下に示そう。

 霊力はカミに宿るものである。
 カミを奪われたなら其処に宿る霊力は奪われてしまう。

 嘗ては美神も横島も、カミを奪われ霊力を吸い取られた苦い経験を持っているのだ。

 だが、自らカミを自在に用いたとしたならどうなるであろうか。

 ヒントは妙神山に在った。正確には妙神山のカミに在った。
 妙神山最強の存在に纏わる逸話とされる、著名と言うも疎かな誰もが知るその書、“西遊記”に。
 霊能者にはハッタリもまた必要であり。
 その技を用いる者達は、時として、前口上にあろう事かこの様な言霊を述べた。

「師匠の名を教えてやろうか? 斉天大聖様じゃ!」

 と。
 だがこの場合、斉天大聖は、有名税にしろ良い迷惑であっただろう。
 何しろ彼は、その様な事をせずとも、その程度の力ならば容易に引き出せるのだから。


 さて肝心のその技であるが、ここまで来れば最早説明は不要とも思われる。

 それは自らのカミを失う自爆技でもある。
 それは自らの意思でカミを統べ、その霊力を集中して一気に放つ事で成し得る。
 それは恰も文珠の如くに霊力を集中するが故、起きる結果は文珠“浄”さえも凌駕する。

 それが何故に斉天大聖に関連するのか、答えは彼が習得した術にある。

 身外身。

 分身の術とも言われるそれであるが、所謂忍術のそれとは全く異なる術であるそれ。
 かの如意宝冊に記された変化72の技の一つこそが、原典にして奥義であった。

 無論仙術など、GSであれ否GSであるからこそ人間にはそうそう極められはしない。
 使えるのは三面六臂のそれなどではなく、しかしGSの業には十分な業。

 …

 自らの体毛を分身に換えるそれを基にして。
 自らの頭髪を含めた体毛に宿る霊力を集約して、一気に体毛と共に放出する力業。

 豊かな頭髪を奪われた、GS横島への某依頼人。
 胃腸薬とヘアケアが欠かせない、一流GSであるイニシャル毛。
 各寺院のGS資格を持つ実戦的和尚の中でも、娘に宝珠を譲って尚現役な弓家当主。
 彼らが苦心の末に編み出した、まだまだ若い者には負けんとの、中年の意気を籠めた反則技。

 それこそ、「日はまた昇る!」別名「毛はまた生える!」であったのだ。

 自らのカミと引き替えに。

 いきなりトップに躍り出た有望若手ネクロマンサーの力であれ。
 更には欠点は数あれども実力は認めざるを得ない若手最強――最兇?――GSの文珠であれ。
 追い着き追い越さんがばかりの出力を、単独であってさえも打ち出せる、人界屈指なカミの雷光。

 それが、体毛取り分け頭髪に自身のみならず周囲の霊力すら集結させて繰り出すその技。
 一時であれ頭髪無しの状態で過ごさねばならぬとのGSの厳しい業が籠もったとも思えるその技の。

「毛はまた生える!」

 として完成されたその技の、全てである。

 そしてその恐ろしさはそれだけには留まらず。
 共に手を携え一度に用いたなら、恰も何処やらのビールス人間の如くに力を増すのである。
 そう、二度ある事は三度どころか四度以上ヨミガエッタ、かの吸収能力が足りなかった彼の。
 その最狂の手駒であったビールス人間が手を繋いだが如くに力を増す事が、その真の恐ろしさなのだ。

 単体でも文珠“浄”に相当するのだ。
 一流のGS達が手を組んで行ったとしたなら。
 ネクロマンサー以外では不可能とされる除霊でさえ、容易い仕事に変じてしまう程の威さえ顕し。

 かてて加えてオプション或いは切り札の一つに。
 キラリと光る頭部に残された僅かな霊力を集中し、日輪或いは月神の力を借りて成す人に非ざる力。
 かのメンズ・ビーもとい外道焼身霊波光線にも斉しいそれでさえ、続けざまに放つ事を可能ともする。

 二段三段構えの切り札として。

 若い者には負けんとの気合いを籠めて、アツい夏に相応しいのかどうか判断しかねるのではあるが。
 主に中年男性が用いる必殺の叫びとして。
 反則と言いたいその技が。実はあっさりと広く普及したりもしたのである。

 某受難の教会にて神父を務めるトップクラス女流GSを二人も育てた神父の。
 協会会長に上り詰め得た理由の一つに。
 イニシャル毛との二つ名を持ちて。

 「毛はまた生える!」

 の反則技を。
 力あるGSであれば切り札として使えるがまでに一般的なそれに昇華したその。
 全く異なるであろう如意宝冊に記された身外身からのアレンジを完成したその功績が。
 若手に負けていられない禿の軍団と化した年配GS達の圧倒的な支持を得た事実が大きかったとは。
 しかし本来は語られる事の無い歴史。
 故に、この時期必殺の叫びに中年GSが参加していた事実は、黙殺される運命にあったのだ。
 何しろその事実を突き止めた者には漏れなく。
 毛はまた生える!の協力者になれるとの。
 何処やらの盗賊ギルドのそれさえ上回るやも知れぬ拷問に斉しい運命が待っていた為に。

 女性GS達に関しては言うまでもなく。
 かの文珠の使い手であってさえ、そう何度も全ハゲにはなりたくなかったのであり。
 闘いがあればそれで良いバトルジャンキーでさえ、恋人希望な女性の父上については思うところがあり。
 一般の依頼者達はその ビフォー ー> アフター な姿に潜む心労に何も言えず。
 その反則極まりない技は、しかしその年代のみの業であり口伝のみで伝わる決め手と化すのである。

 暑い夏が生み出した、反則中の反則とも言えるだろうその技は。
 しかしネクロマンサー達を楽にした事もあって。
 当人と周囲以外に害を為さない事も手伝い、秘中の秘として後世に細々と伝えられるとか。

 もし、もしも焼き付いた美神達を。
 除霊しようとして中年男性GSが訪れていたとしたなら。
 基礎霊力の大きな差にも拘わらず。呆気なく除霊されていただろう。
 それ程の力を秘めた業なのである。きっと。

 しかしそうはならなかった。記録に残るシーンには何処やらの虎男の活躍のように縁が無く。
 故に如何に役立とうとも、それは歴史の表舞台には表れない。

 裏稼業と言えるGSの更に裏に。
 その様な苛烈な技がある事は。
 某誰かさんの反則技たる文珠などにて。
 “頭髪復活”の奇跡が成り立つその日までは。
 記録に残る事が無い業を、背負っているのである。

 ……尚、霊力を持ち長髪の男性はこの技と非常に相性が良く。
 オカルトGメン総長髪化計画などが、或いは暑さに茹だった思考で承認実施されたかも知れない。
 しかしそれは、仮にそうあったとしても、その技の持つ業故に、記録には残っていないのであった。


(下に続く?)




今夜も元気だ、酒が美味い!……休肝日は忘れずに。
少しばかり酩酊度がヤバいような気もしなくも。




(2−2 奇声溢るるアツい夏 毛2)


 自らのカミを制御し束ね増幅して放つ事で絶大なる霊力を発揮する大技。
 如何に人界にて広まりはしなかったとは言え、神魔が使い手達を放置していたのは如何なる理由からか。

 それは、古来より存在するとある法則の故であった。

 敵は手強い味方は頼りない。それが古来からの隣の芝生な、戦いに於ける割りと普遍的な感慨である。

 横島達は、実の所、異常なまでに強い。
 おちゃらけてしまうその存在の有り様から、かなり負のフィードバックが掛かった目で見られるのが常であり。
 数多くの戦果も主に強運として、機に臨み変に応じた対応でさえも同様に、片付けられもする。

 しかし、実際に戦果だけを見たなら、その戦果を挙げる為の行動を見たなら。
 彼らは皆、一見しての印象とは反して、凄まじく強いのである。
 真に命を懸けたならその程度との見方もあるかも知れないが、真に命を懸けられる事が既に強さでもある。

 さて、その強さの証明である戦果の最たるものに。
 彼らの戦果を知る誰もが真っ先に思い浮かべるだろう、魔神との戦いがある。
 魔神に満たない有象無象――と言って良いのなら――の神魔には、脅威を感じさせた可能性が高いその戦い。
 だがその戦果でさえ、魔神は可能な限り手加減したかった筈との推測から、若干値引いて見られるだろう。
 其処には願望も入っている可能性が高い……強さを備えた者は徳も兼ね備えていて欲しいなどとの。
 それでも勝つ為に機知を発揮して、幸運を逃さずに、死力を振り絞り続けただろう点は事実だ。
 ただ、ならばそもそも魔神がそれ程強くもないのではとの話も人界にては出ようもの。
 如何に同期合体の上だろうと、人間二人のみの力技で、勝利した事からも。

 また其処には、人の力は必要なら神魔の最高指導者をさえ上回る魔体に正面から勝てるとの。
 楽観的な願望にも程があるその傲慢を、しかし傲慢と理解しつつ持ち続けられるタフなGS界の思いもまた。
 あったのかも知れない。
 ……それは無論、事情を知って尚彼らを重用視していない者との前提が成立する小さな集合での話だが。
 人にも神魔に勝てる力があると、それが如何に特殊な霊能に根差すものであれ、可能性はあるのだと。
 人の強さを改めて信じるに足るその事実に、危惧と同時に希望を持つ者もいたのだろう。

 霊能業界関係者をさえ含めて大多数の者達には、事の真相は知らされなかった筈だ。
 何故なら、知らせてしまえば更に重大な問題が多く生じて当然なのだから。
 魔族ではあっても単なる核テロリストを、専門家であるGSが倒し得た。

 報道としてはそれだけにして、それを成し得た人物も、せいぜい写真と名前を出す程度。
 横島がスパイであった事は報道された筈であるが……さもなくば美神除霊事務所は存続し得ないのだから。
 それを含めても単にプロフィール程度の報道が為されたのみであろう。

 無論関わった者はその道に於ける逸物で――世界の命運が掛かっていた以上当然あるべき前提――あって。
 日常を脅かす力も意思も無い、飽くまでも単なる一業界の一専門家――仮に業に於いて最強でも――に過ぎず。
 通常の世界に於ける日常生活を脅かす事など決して無い、そんな存在でなければならない。
 能力である文珠を報道する事もまた無かった筈なのだ。

 尤も文珠について報道された可能性は零ではない。
 それが斉天大聖とのタイマン勝負で得られる可能性が無くもない霊能であるとの条件を付け加えての事ならば。
 斉天大聖は東アジアで有名にも程がある強力な武神である。
 その彼に挑まねばならない、それ以前に妙神山の試しに打ち勝って、小竜姫に認められなければならない。
 事情を知らない者は斉天大聖の名に恐れを禁じ得ず、事情を知れば知る程リスクの大きさを知る事にもなる。
 更にはその修業に打ち勝った三名を知る――調査した――者であれば、普通では駄目だと知る事にもなろうもの。
 一つの道を突き詰めていけば、他の道を捨てる事に――仮に一時の事であれ――繋がる。
 霊能に於いて彼ら魔神と戦い勝利した者と同様の力を掴もうとするなら。
 むしろ如意宝冊を探すなり、仙術を修めようとする方が近いかも知れないと感じるだろう。
 故に報道された可能性は零ではないのだ。

 但しGS達の自信喪失などを含めて弊害は多い。
 魔神戦直後の横島にはそうならない理由があるが、それでも横島達を有頂天にしかねない報道になろう事もあり。
 最早霊力自体は伸びないだろう美神令子達であればともかく、若手にその様な自覚は本人の為にもならない。
 更には特に文珠を悪用される可能性もある。
 他の霊能に比して、文珠はその威力に反して術者の思惑に応じた結果とならない可能性がより高い。
 文珠について報道するのであれば、仮定を含めたその欠点をも報道する必要が生じる。
 たとえば横島を誘拐しハーレムを与えて文珠を作らせるなど、金とコネがあれば全く可能な事である。
 他に脅迫などを含めて、ありとあらゆる手段に出られた場合を想定すれば。
 横島忠夫がどんな場合に於いても信じるに足る人間であると思えないのであれば。
 文珠について、更にはそも各人の霊能について、報道はされないかせいぜい簡略化されたものとなる必要がある。

 さて、横島忠夫とは、常に、信用に足る人物なのだろうか?

 それが報道の内容を決める大きな要素だっただろう。
 尤も彼の品性人柄に拘わらず、未だ学生であり未成年即ち法的に大人としての責務を持たない者に。
 大きな責任を与えてしまうだろう報道を、信用したからとの理由で行う事は報道理念の欠如と言えよう。

 但しそれでも、それでも報道もまた自由競争の世界であり。
 特ダネと言う魅力に皆が逆らい得たかどうかは……


 報道の内容はどうあれ。
 その戦いでさえ軽く見られて仕方無い面もあるだろう。
 魔神に誰も踏みにじりたくないとの思いが大きかったなら。ある仮説も生まれるのだ。

 仮にも魔神は神の域に存在するものである、それが魔の属性にあったとしても。
 更にはかつて大女神としての側面さえ持っていた強大な神であった以上は。
 同一化された軍神だった男神の側面を強く打ち出すためにも。

 自らの創造物は女性ばかりとしてその女神の側面を継承させて。
 己自身は恐怖を司るとされるその魔神が元来称されてきたそれに。
 否基督教に拠って歪められたそればかりではなく。
 かつての大女神がその愛人の命を用いて大地母神として豊饒を与えていたように。
 元より残酷な側面と、現在の感覚からは男性的な側面を強く持ってもいたのだから。
 その酷薄な面をこそ大いに表に出そうとしていたとしたなら。
 メフィストが女性であった事、そして女性であったが為に裏切られたにも拘わらず三姉妹を創造した事。
 其処に自身の失敗を願う消し切れない心が、顕れていたと見る事も出来て。
 また自身に不要と考えた側面を強引に継承させたと見る事も出来る。

 それは一つの仮説であって。当人が故人となった以上それ程の意味は持たない。
 だがそう考えたなら、神魔に於いても人間が魔神を打倒した事に、憂患を持つ理由が逓減していくのだ。

 また其処に、かつてとある女傑がその夫の肥大化した霊体を取り込んだとの事実を。
 関連させて考えた者が居たやも知れず、仮にその推測が当たっているとするのならば。
 如何に出来事自体は大きくとも、自殺劇に過ぎなかったものに、参加する意思が失せたのかも知れない。

 魔神との戦いの後に於いて人界に神魔がそうそう顕れなくなった事にどの様な意味があるのか。
 その理由の幾許か其処にあるのかも知れないが、真相がどうあれ不確かな憶測に過ぎない。

 ともあれ、今考えるべきは傑出してしまった技の使い手についてである。
 上記もその原因として考えられなくもないが。
 詰まる所は、味方にしてもそれ程意味が無いからと考えられる。

 もし神魔に人界に介入したい意思が強くあったとすれば、他ならぬ人間に働き掛けるは一つの道理で。
 その場合は確かに彼らに働き掛けもするだろう。
 しかし乍らその技の使い手は少なくはなく。
 全てを己の側に付けられないとしたなら、戦力としてそれ程の意味があるのだろうか。
 結局の所は、敵として出遭ったなら手強い相手にはなっても、味方にした場合に頼もしいとは限らない。
 それが全てであろう。

 其処での例外は、元より強かった神父くらいで。
 元より強かったが故に事態は何も動かす理由など無く。
 永い寿命を持つ神魔にとって、人間の力が強くなる時期があったとしても。
 哺乳類が氷河期を耐えて生き延びたそれよりは遥かに容易に、やり過ごせば良いとの結論になろうもの。

 そしてその者達が新しい神魔になるのかとなれば。
 それはまた別の話であり、強い遺志や盛大な成果などの条件が欠如すれば、神魔と化すとは限らない。

 自らのカミを制御し束ね増幅して放つ事で絶大なる霊力を発揮する大技が。
 しかし三界の何れに於いても大きな注目を集めなかった理由は、大凡その様なものだったのである。

 夏の叫びは、夏が過ぎれば終わる事が相応しくもあって。
 カミのサイクルは長い事で……霊能者は多少例外だとしても……その技も頻繁には用いられない。
 美神母娘が神通棍を用いればそれが人気となる様な。
 ある意味でブームに過ぎないものでもあろう。

 斯様に、毛とは儚いものなのだ。


(今度は本当に、下に続く)




自毛移植やヅラでは霊力が宿らないか少ないとか何とか?
ともあれ酒は美味いが暑くて困る。




(3 奇声溢るるアツい夏 下)


 さて必殺の叫び追求との世間の動向を全く気にしない者も居た。いやある意味では流れに乗っているのだが……

 暑いこの時期、薄着の季節である。
 だがしかし元から碌に着ていないのが女性GS。女の魅力を振りまく分には良いだろうが、新鮮さには欠ける。
 そうは言えど、普段は肌の露出が殆ど無い者ならどうなのか。それにこの方法には実績があるのだ。
 暑さに茹だる脳が成した妄想か、とある決断を下した女性が居た。その一方、発想の転換を図る者も居たのだが。

 いつものように事務所へと通勤してきた横島であったが、妙な霊感がしたのである。
 何が妙なのかとなれば、今まで感じた事の無い霊感である事こそ妙だった。
 元より彼は霊感に左程鋭い方では無い。
 美神の危機乃至は美神に齎される危機謂わば美神センサーについては相応であるが、今回は全く別物であった。
 故に彼は、まず訊いてみた。

「よお、人工幽霊一号」

「……あ〜、横島さん。おつとめご苦労様です」

 横島自身懇切丁寧に挨拶したとは言えないが、冗談にしても笑えない挨拶で迎えられた。その声も幾分おかしい。

「ちょっと待て。お前が巫山戯るか?お前が巫山戯るのか?」

 身体があれば殴りたい気分になったかも知れない。何と言っても暑いのだ、気持ちも苛つこうもの。
 だがしかし、壁に頭突きを喰らわせたなら、また誰かに嫉妬してなどと言われるのがオチ。
 たとえ今ならダメージを与えるに十分な力があろうと、端から見れば同じシーンである。
 如何に非常識が常識な美神のテリトリーとはいえ、ご近所の目は皆無では無いのだ。
 殊に対象が横島であれば、通報は最早世の常であり大義でさえあるかも知れない。

 それは言うまでもなく回避したい未来であった。
 何と言っても、カツ丼も、もう、食べ飽きたかも知れないのだ。
 尚常に通報自体が取り消される為、横島が立ち食い師を目指しているとの噂も、出ていたりする余談だった。

 それよりむしろ無機質っぽい――当然である――人工幽霊一号が何故に挙動不審なのか、そちらに興味を持った。

「あ、いや、少しばかり混乱してしまいました。申し訳ありません」

「って、一体何があったんだ。 ……俺も、なんか変な感じがするんだが?」

 だが人工幽霊一号は躊躇うかのように言葉を出さない。稍あって言う事には、

「横島さん、私は貝になります……」

 いきなり意味不明だった。
 はて事務所内で――流石に霊感が告げる出来事の根源は事務所内で決まりだろう――何が起きているのか。
 不審そのものではあるが、緊迫感が欠片も起きない事を自身不思議に思いながらも、

「う、何かこー、帰りたい……。でも、まあ仕事なんだし、入らんと話にならんよな」

 自身に危険が降り掛かる予兆は何故か皆無であったが故に不死身モード発動もなく。
 微かにどうしようも無いオチを予感しつつも、ドアを開け通り慣れた通路を通って書斎へと向かうのであった。

 そして彼の見たモノは……








 舌、舌、舌、舌、舌、舌、舌、舌……迫り来る舌の8回同時先制攻撃であった!!

 不確定名は舌――表記は“ベロ”がより相応か?――であり、かの戦いは、無駄では無かったのだ!!!


 「せんせぇー」と挨拶を告げる間も惜しいとばかりに襲い掛かる狼の舌。
 美少女に顔中を舐められるとの、一種倒錯した快感が得られるかも知れないその行為に。

 ……因みに錯乱が為かイヌミミ付である。クレームは却下、それは既に狼耳では有らぬが故。

 しかし彼の中にある独特の基準においては年下それも弟子のそれはむしろ回避したいものだったのか。
 はたまた8との回数――韋駄天もタコも8だった――に、何らかのトラウマでも感じたものか。
 或いは昼日中ではなく夜の闇に紛れてであれば問題無いのか、事務所に何が起きたかとの不審が上回ったのか。
 理由は定かでは無いが、結果としては

「シロ、こらっ。顔を舐めるなとゆーとろーが。て言うか一体何があったーーー!」

 甚だしく常識的な反応をするとの行動に出た横島であった。
 だがシロは激しく動転しており、「せんせー」と呼ぶ以外は仔犬の様にキャンキャン鳴くだけな有様。

 己がある意味、八房に迫る行動をしていた自覚も、無いのだろう。あればあったで相当に困りものではあるが。
 あったとしたなら犬飼の怨霊が世界を超えて化けて出そうですらある、シロ自身の父と共に。

 何しろ師が師だけに、舌から霊波刀否疾うに刀とは呼べないであろう代物など、習得しかねない以上は。
 更にその八枚舌が触手もとい鞭の形態になるやも知れぬ以上は。
 しかも狼形態では役立ってしまいそうな事が、人狼の霊としては、存在に懸けて拒否したいかも知れないのだ。

 “極楽の手”との名ならば良いのかとなると……えっちなのはいけないと思います、なのだ。保護者的には。

 だがしかし、どっちが悪霊だか分からない師弟になる可能性は、大いに存在するのである。
 「喰らえ、極楽仙人掌!」「続くでござる、極楽八つ手!!」などと。
 ……これらは如何なる技なのか。
 発動されるとバックの演出に、本来より小さく細い、笠を被ったハニワ兵が多数飛ぶのだと、描写して良いのか?
 うねりくねって飛び交い、頭に被った笠の真中から放たれるはメンズ・ビー○とのそれ? 何ともはや。
 何れにしろ可能性に過ぎない――現実と化すには8を横にすると無限大との発想が必要!?――蛇足ではある。

 尚イヌミミは修業の成果だったりする。超感覚の感度が増大するのだ。それでも尻尾は仕舞えないのだが。
 そのあまりに犬な光景故か、妙な所が師匠譲りの器用な不器用さへの感慨故か、人工幽霊一号は口を挟まない。

 なるほど貝になりたくもなろうと、思考の彼方で感じつつ。
 横島の疑念は、武士を自認するシロをここまでに追いやった理由へと及んだ。
 何が其処までさせたのか、そう興味を持つ横島であったが、持たずとも結果は同じである。
 仕事に来たのだから、退社する訳にはいかない。平時に於いて他の何よりも、時給が出ない事が大問題なのだ。

 だから彼は確かめた。シロがこの為体というのに、何一つ対策を施しに来ない他の所員を。
 常ならば事務所の良心と言われもするおキヌが、来ない事はおかしい。
 また常ならば事務所の規律を守る自立心の塊である美神が、来ない事もまたおかしい。
 タマモは……君子危うきに近寄らずとの心境かも知れないな、など思いつつ。
 しかし、めいコンビを為す片割れを、からかう機会を逃すだろうか?

 ともあれ、彼は確かめるのであった。
 止せば良いのにとは言ってはならない。ここで何もしない横島など嘘だろう。
 知っていても罠に嵌る。それが、主役級の義務である。


 じゃれるに任せて愛弟子を無視しつつも振り返った彼の目に入った者は……








 シロルックの、おキヌであった。


 目が少しばかり逝っちゃってるかも知れない様相を見せてはいた。
 年齢からは出来ないと言える程に愛くるしい可愛らしい笑顔を満面に浮かべてはいたのであったが。

 横島をして「生足っ? ヘソ出しっ!? この世の至福じゃー!!」など言える雰囲気では無かったとか。
 いや無意識ながら口には出ていたかも知れない。
 だがしかし、その場の記録者たる人工幽霊一号が黙りを決め込んで否その意識から閉め出していては……
 観測者が存在しなければ現象は存在しないのかと言った問題では決して無い事ではあるが。

 ところで、シロは魔神戦の後に再開した当初は、露出の少ない出で立ちであった。
 その後すぐさま横島に師事した頃の服装へと戻ったのだが……気付いてやれよ、と思わなくも無い。

 それは全くの余談ではあるが、余談を入れたくなる程に今のおキヌは……輝いていた。
 それはもう無用にも程度と言うものがあると断言したくなる程に。
 目の前にいるのが実は神父だと言われても信じたくなる程に。
 或いは目の前には張り子の虎がいると信じたくなる程に。
 ……と、或いはヒャクメから受け取った心眼が、今になって魔神戦決戦での横島が放ったあの電波を。
 全開にされた煩悩の余波を、今頃、受け止めてしまったのかと思いたくなる程に。

 正道では出せない、輝きを伴っていた。

 これで正気でいてくれたなら、横島でなくともお持ち帰りしたくなるのだろうが。
 自作であろう尻尾が、やたらとチャーミングであったりするのだが。
 何か勘違いしたらしいネコミミヘアバンドもまたそれはそれで、実に素晴らしい代物ではあるのだが。

 そう、言うなれば某ネコミミモードな少女……いえ、おキヌ様は高校生に在らせられるのでありまして。
 某ネコミミモードとは体型が違うのです。ええ、これは強調しないといけないのですよ。
 黒い輝きに包まれてしまいたくは無いのです。いえ、記録はきちんとすべきなのです。
 絵心の無さが唯々残念なのであります。ともあれ。

 軽くパニックの域に達した横島が放つ無意味な単語の羅列を除けば、双方共に無言であった。
 せめて説明の一つも欲しいものであるが、むしろ聞きたく無いとも感じた彼である。

 そー言えばさっきのシロはコートしか……など考えが至る辺りは、だが煩悩魔人の凄まじさと言うべきか。
 しかし事この期に及ぶまでそれに気付かなかった点は、煩悩魔人とした事が、と言うべきか。

 存在意義についてクーラーが効きまくった部屋で冷珈(れいこー)でも傾けつつ沈思したい、或る夏の日。
 人有る処に人無き、人無き処に人有りとは、一体全体誰の言葉であったのだろう。
 随分と使い途を誤っている様に思われるその語句がふと浮かぶ程の、輝き。
 もちろん輝いてさえいれば中身はどうでも良い者もいるだろう。
 しかし、名も知らぬチチシリ太股なら堪能もしようものであるが、親しい者にそう出来る横島では無い。

 そう、特にこの場においては。美神のいる、この除霊事務所内にては。

 輝ける煩悩源を前に。着てない履いてないなのかと確かめたくもある、もう一つの煩悩源を後ろに。
 しかし苦心惨憺して――人間快楽から逃げる方がより困難なものである――思考を逸らしていた横島は、
 だが其処でふと気付いた。

 美神が居ないのだ!!

 嗚呼、いよいよ、どうしようも無いオチに近付いているのか?
 あれで明晰なタマモの事、さっさと真友のヤツとデートにでも出掛けたのか?
 涼しい部屋できつねうどんでも喰ってるのか?冬にアイス喰うような真似してるのか?

 何やら確証も無しに血の涙で視界を真っ赤に染め上げなどしつつ、だが探さない訳にはいくまい。
 この騒動の中で。しかし沈黙を保つ元来この場の主たる者を。

 無論の事ながら真っ先に探すのは私室である。
 おかしいのは服だ、箪笥――の中身――を検分する事は、全くにして正当。
 理論が形作られた横島脳からの命を受け、身体は素直に瞬時に従ったのである。
 当然ながら、煩悩集中に因るその動きは超加速にも迫って、後を追えた者はいなかったのだ。
 それはある種、シバかれるとの日常への回帰を願った行動であったかも知れない。後に彼はそう語った。

 ともあれ、生物の限界を軽く超えた動きで箪笥に突撃した彼の背後から、一つの気配が沸き立った。
 はっきり言えばお近づきになりたくない気配であるが、言明すれば怒りの感情は其処に無かった。
 では何があったのか……賢明な読者諸氏は既に描写するまでもなくお分かりであろう。
 二度ある事は三度あると、既に諦めが入りつつ振り返った横島の目に映るそれは、








 タキシードを身に纏い、仮面を付けた、謎の美神。謎だらけの否むしろ謎だけの美神。


 いっそ巫女服の方がマシだった。ユニコーンの前に出た乙女装束でも――この際――OKだ。

「ははは。そーだ、ここはきっとデジャブーランドか秋葉原なんだよ。俺は今日、ちょっと電車を間違えたんだ」

 きっとそうだ、そうに違いない。それともこれは夢? 今頃俺は誰かの膝枕で……盆は過ぎたと思うんだが?
 煩悩で涅槃に入るかも知れないとの、矛盾を体現した思考を持ちつつも。

 逃避であると理解している頭脳が、
 両親譲りの実は明敏な頭脳が、
 今は唯々、憎かった。

 その様な仮装はむしろ西条の野郎に任せて欲しかった……ピートもあれでブラドーの子、乗せればやりそうだが。
 それが美形への嫉妬であるとは既に理解が完遂しているが、だからこそ、ギャグにしたくもなろうもの。

 或いは魔族の精神攻撃でも受けたのだろうか、再生ナイトメア登場なのか?
 しかし、美神の目には、そうあって欲しくは無かった理性の輝きが、あった。
 それはもう、あの神父の弟子でありあの母の娘なのだと分かる程にも、くっきりはっきりとした輝きが。

 そうだ。これはもしかして、入れ替わりネタってヤツか?
 実はすぐドアの外には皆が待っていて、ドッキリの看板でも出るのか?て言うかむしろ出てくれー!」

 思わず声に出てしまいもする。だがそれではキヌ以外について説明できない。案の定、

「あら、イメチェンよ、イメチェン。いつまでも同じ服なのも変でしょう?」

 至極冷静なその声だが、言っている内容はまともでは無い否行動が常軌を逸している。
 フォーマルなのは構わない。だが男物なのはどう言う訳か、て言うかそれは前に俺が着た服?

 俺からお笑いまで奪うのかこの母娘はー!などと、錯乱したくもあった。
 この場合、俺の着た服を美神さんがー!と感激しつつのダイビングはしかし、遠慮したかった。
 得てしてこの様な際は、先に正気を失った者勝ちである。既に致命的な程に出遅れてはいるのだが。
 と、そう言えば、その迷惑な母はどうしたのだろうか。

 だが何か事があればすぐに隣から飛んでくるそのボスキャラっぽい母はまだ、訪れてはおらず。
 更なる何かがあるのではとの想念に、たとえそれが一段と厳しい状況の使者であれ。
 来てこの場を一時であれ何とかして欲しいとの思いに、しかし答える者は無く。
 何かに取り憑かれているかの様な暑さで暴走したらしい事務所の面子に、横島は独力で立ち向かうのであった。


(真夏の夜の幻に続く)




今夜も元気だ、酒が美味い!……酒は呑んでも呑まれるなーっ!!
て言うか呑まないと書けないのは、それはそれで問題だと思う暑い日々。




(4 真夏の夜の幻)


 果敢にも事務所の異変に単独で挑む強者として。
 徐にポケットへと仕舞い込んでいた戦利品たる美神の下着を取り出し、頭から被ってみた横島であった。

 ……他に、どうしろと?

 それが偽らざる、その時に於ける彼の心境ではあったのだ。
 だがしかし、しかし乍ら、神通鞭制裁は無く。
 其処にあるのは唯にやりと笑う、謎のタキシードな仮面の美神。

 選べるのなら、シバかれて終わりにしたかった。

 それが偽らざる、その時に於ける彼の心境だったのだが。
 然れどもその思いは、ものの見事に裏切られたのであった。

 赤い仮面を付けた謎の美神。彼女は一体何を思っているのか。
 謎の美神がパチンと指を鳴らせば、其処に集うはシロい仮面と黒い仮面。

 こーなったらもうタマモが青い仮面なのか?そーなんだな?きっとそーに違いない!

 黒い仮面が誰なのかは置くとして。少し許り錯乱気味の横島君は、それでも元気ではあった。

 ……て言うか、こんなネタ、分かる人は果たして居るのだろうか?
 少し許りなどでなく、かなり気になる処ではある。
 まだトリ○ルファイター辺りの方がマシではないか、でも知名度が…など、悩み所なのかも知れない。
 本放送なわけじゃ無いんです、などと自己弁護に走ってみるのもまた良し……なのであろうか?

 それ位にまで錯乱しているのである、現在の横島君は。

 だが其処で彼もおかしいと気付いた。
 謎の美神はネタ的には良いかも知れない。しかし乍ら、あまりにもネタで有り過ぎた。
 まるで其処に、何者かの意思が働いているかの様に。

 そして、その様な意思を持ってこの様な結果を為せる者は、至極限られている。
 何しろ美神は仮にもプロ中のプロ。
 如何に弱点など付かれたにしたとして、不意打ちであったとしても。
 そう簡単に――タブー否デブの呪いに軽く引っ掛かった件を考えれば有り得るが――玩具になるのか。
 答えはそれでも否である。

 ならば誰の仕業なのか、そちらについてはほぼ絞られる。

 それは元祖美神の女こと美智恵。
 そしてもう一人の容疑者にして最も濃い容疑を掛けられるべき、警告もとい傾国のタマモ。

 タマモには、横島のみならず、おキヌをも幻で弄んだ過去がある。
 故に容疑者としては、謎の美智恵よりも尚有力なのだ。
 だがこの場合、この場に来ていない美智恵も容疑が消える訳では無い。

 そう思い至った瞬間、心底からほっとした様な声色で人工幽霊一号が来客を告げた。

「美智恵様がお見えになりました」

 俺までこの変の仮面劇に加えるつもりか?
 一瞬ではあるがそう思った横島ではあったが、美神達へとお札を構えた美智恵に真実安堵したのである。

 ……………
 ………
 ……
 …

 そうして。
 今回の騒動の全て、とは限らないが、少なくとも大体の処は明かされる事となるのであった。

「あら、今日もみんな元気そうね?」

 今は入ってきて欲しくない気も僅かではあるが確実に存在する……誤解の余地があるその状態。
 何と言っても弟子は露出過多で、同僚も露出が多め。否問題はそんな事では無い気もする。
 その上に更なる謎の美神。

 もう駄目かも知れない。

 ふと思った横島ではあり、この期に及んでは八兵衛九兵衛イームヤーム、鬼門にまで神頼みたくもある、
 クーラーくらいメンテナンスフリーの最新型を買えよと思いたくなる、熱帯夜の心境ではあった。
 そう、何時の間にやら随分と時間が経過していた。恐らくはショックで固まった時間が長かったのだろう。

 しかし乍ら入室と同時に見回したにも拘わらず、そんな台詞を吐いてきた美智恵である。

 何処をどう見ればそう思えるのか否ある意味では元気過ぎる程なのかも知れないが。
 何しろ其処に居た者は、
 タキシードな赤い仮面の美神と、
 コートだけを纏った白い仮面のシロと、
 出で立ちとオプションがシロな黒い仮面のおキヌ。

 どう見てもおかしい。いやおかしいのは俺か? ……今日は仮面舞踏会?
 そうか! 俺はきっと、電動ドリルな縦ロールを用意すべきだったんだ。そうに違いない!!」

 何処かに叩き売りしている店が……などと、少し許り、混乱した妄想が漏れつつある横島ではあった。
 だが美智恵は何時も通りだ。出で立ちも態度も。
 態度が何時も通りである時点で、既におかしいと言えなくも無いのではあるが。
 それでも美智恵のこと、事態を既に把握仕切った上でのそれかも知れないのである。
 そう、あの魔神戦に際して、些か運試しに過ぎる行動の殆どが成功してきた時と同様に。

 …

 期待しつつも君子危うきに近寄らずとばかりにじっと待っている横島の頭に、不意に笑劇が走った。
 そう、笑劇であるファルスである、ファースとも言った様な気がしなくも無い。
 脳内に展開されたそれは、そうとしか表現しようが無かった。

 …
 …

 いきなり登場した太付け眉毛のヒーロー、コロコロ西条。彼の後ろに立ってはいけない。
 少々デブってる辺りが本物では無い可能性を如実に示してはいるが、気配は間違いなく彼だった。
 これだけなら、正しく、横島にとっての最上のファルスであった。
 何と言ってもビジュアル的に、さ○がの猿飛な西条であるのだから。

 しかしその傍らに顕れしは、美智恵のチチシリ太股を独占する妖物の鉄仮面を被った、鋼鉄のジーク。
 この時点で、もう無茶苦茶である。
 度重なる攻撃を受けた横島の、容易にレッドゾーンを突破するその精神は、既に臨界に達していた。

 それでも襲い掛かる更なる最兇にして最強たる変人変身形態。
 彼は知らないがアルダーナリシュヴァラとも思える、百合子&大樹な合身ことファイナル百合子。
 彼ばかりでなく知る人皆にとって、ヒャクメ ガ フュージョンな程のショックである。
 その幻……そんな代物が現実に在れば世界はもう終わってる……を認識した瞬間。
 数多の戦いを、形はどうあれ勝利してきた横島の、実は打たれ強い彼の精神は、その意識を手放した。
 レッドゾーンは容易に突破してしまうものの、其処からしぶとい彼の精神が、である。

 尚、その三人を纏めて三莫迦ンと称するらしい事は、全く以て時間の無駄知識なのだ。

 意識が溷濁していく中、こんな事が出来るヤツは?と考えた横島は。
 候補として、公彦,ヒャクメ,タマモを挙げたのであった。

 忘れられる事で名高い彼の名が、やはり其処に無かった事は、最早、大宇宙の公理なのだろう。
 精神と来れば、まず第一に思い出されても良い筈なのに……
 言うまでもなく糸を引いているのは美智恵と断定してもいた辺りは、日頃の行いなのであろうか。

 ………
 ……
 …

 その美智恵であるが、呆気なく意識を手放した横島を、取り敢えず隣室へと運んだのである。
 いや運んだのは愉快な美神達ではあったのだが。

 それが完了した時点で、彼女達に掛かっていた暗示は解けた。だが誰も苦情を発する事は無い。
 何故か。
 詰まりは、彼女達は事前に知らされていたからである。今回の騒動は、一種の実験だったのだ。
 実際には人工幽霊一号さえもが最初から知っており、知らなかったのは横島だけでもあった。

 …その横島は、意識が回復すると同時に、人工幽霊一号が記録していた美智恵達の会話を知る。
 今回の経験が、極楽の手との彼の新たな霊能復活に、何処まで寄与したのか定かでは無い。
 そも彼の霊能がそうある事は、少なくとも戦友の皆が知ってもいた。
 だが其処までとは彼自身をして知らなかった事でもあって。
 それを知った時、更には覗き神とゲーム魔神が天啓を告げた時。
 彼を押し止めていた虚飾が砕け散り、その霊能の本質を表に出す事に躊躇いを抱かなくなっても。
 何ら不思議は無いとの話に過ぎないのかも知れない。
 それはまだ起きてはいない事であり、今の彼は意識を失い眠っているのではあるが。

 暗示が解けた彼女達と美智恵との話は如何なるものであったのか。それは……

 …
 …

 当然ながら自ら笑い種となる彼女達では無い。が、其処は美智恵が為す所業、理由がある。
 彼女は、事務所の女性達に、ある取引を持ち掛けていたのだ。

 …それは事務所の面々が持つ横島への好意を利用したものであった。
 纏めれば簡単な持ち掛けではある。
 「貴女達、季節は夏なのよ? 夏と言えば、恋のアバンチュールでしょう?」
 などと少し許り唐突な出だしでもって。
 一体何をと訝る事務所の面々を、しかしながらそれだけの言で常にも増して注目させ。
 「貴女達も大変よね〜」
 と何処かの女神さまの如く、有り難い…のか?…口調で、
 「傍に居る彼が、あんなに鈍いってのもね〜」
 爆弾発言を投下したのである。
 その後についてはむしろ、秘められたままにしておきたいものであるが。
 誰もが予想する通り、小学生の方がまだマシだと思える程に分かりやすく向きになった娘と。
 好意は明らかに持っているのだが、表に出せないその被保護者兼雇用人と。
 好意が持つ意味は分かっているものの、未だそれを確たる形と為していない彼の弟子と。
 好意と食欲を混同したかにも思えるそれでも好意に似た気持ちを持つ少女とが。
 取った反応は、晴れた星空から突然に、降臨した人騒がせ倦怠期カップルとの一件にも似て。
 笑劇にする事自体が何処かおかしいとは思いつつも。
 質を示すには耐衝撃試験とかするものだそうよ、などと妙にも程がある言われ様にも係わらず。
 皆は何故か美智恵が行った稚拙そのものな誘導で、“笑劇実験”に参加表明と相成ったのだ。
 ……美智恵以外にも警戒すべき存在が其処に居たのだとは、気付く事も無しに。

 斯くして事務所の面々は乗ってしまったのだ。
 この笑劇は、オカGを私物化しているのではとも見える、美智恵の独断専行ではあった。
 あったのだがしかし、傍迷惑な事務所への対策として打ち出された作戦名“タマモんゲットだぜ!”が、
 実行された結果なのであった。
 他に有効な案が無い以上、無謀とも言えるそれでも通るのだ。無理が通れば道理は引っ込むのである。

 だが何故その様な突拍子も無い作戦が行われたのか。
 その点へと言及する前に、まずはその計画の成り行きを見てみよう。

 稲荷寿司を、潤沢な予算に物を言わせて大量に用意。
 その超感覚が仇為して容易に釣られたタマモを、慰労と言う名の罠に掛け、協力を取り付ける。
 タマモにとっても、稲荷寿司と事務所の混乱、どちらも大好物であるが為に、反論は無いだろう。

 足りないどころが十分に充填されてしまう妖力に拠って、無意味な程にもやる気となるタマモに。
 あわよくば霊力源になる可能性が高い獲物を、狩ってしまおうとの想いが生じるのか否か。
 それは定かでは無い否どうあれ計画の実行に於いて何ら問題は無い。

 タマモの幻術は特筆すべきものがあるとは、霊能業界に身を置きタマモの正体を知る者なら自明である。
 しかし人は慣れるもの。
 日常の中にタマモが居る状況が続いた以上は。その幻術を徐々に過小評価しつつあってもおかしくない。
 タマモに対してはその方向からも妖孤としての矜持を突きつつ。
 自身の娘が執着する横島は伴侶と言う名の獲物として悪くないのでは、と唆しもして。
 稲荷寿司、事務所のドタバタ劇特にシロを化かす楽しみそして妖孤の本能を刺激しもして。

 ……これではどちらが化け狐なのか分かったものではないなど思われながらも。

 見る者が感じる仕様も無さとある意味面白さに重点を置いたその計画に、陰の主役として抜擢したのだ。
 その後は既に記した通り。
 妖孤の幻術とオカGの際限無い予算が成したアイテム使用に拠る舞台の上で。
 その注力度合いが為に、最初から了承される事が分かり切っている合意をそれでも取り付けて。
 笑劇を作り上げて、記録するのである。

 無論それにはオカGの予算が投入されるだけの理由がある。
 それは先にも触れた美神除霊事務所が傍迷惑であると言った点。
 傍迷惑極まりない彼らが、しかし笑劇の登場人物となる事を以て、その悪評程に害がある訳では無いと。
 オカルト業界ひいては各国のリーダー達へと示す意味があったのだ。

 もちろん其処に娘を幸せに導いてやりたい気持ちと。
 そう思う事は傲慢でもあるが自分達母娘の為に心へ大きな傷を負った彼に幸せを運びたい気持ちが。
 その老婆心とも言える保護欲にも似た気持ちが、其処にあったのだ。

 ……尤もタマモ同様の、年甲斐もなく、面白ければいいじゃんと言った気持ちも、あるにはあったのだが。
 タマモが持つ同様の気持ちと美智恵のそれとが、渾然一体となって出来上がった真夏の夜の幻。
 二つの霊能が一つになって、現実を浸食する、8な墓の村な祟りに迫る力を幻に持たせた。
 それが、今回の騒動なのである。
 とことん8の字に悪縁がある横島とも言えよう……のの字やはの字には良縁があるかも知れないが。

 …

 事務所の者達が容易に引っ掛かった事は、タマモに対して無警戒であった為でもある。

 当然ながらシロは最初から化かされていた。
 人狼の超感覚はこの際無力である。命の危険など其処に無く、上手くすれば獲物を手に出来るのだから。

 またその所長に於いては、その手の攻撃に弱いだろうシロへの戒めにする気持ちもあった。
 まさか自分まで化かされるとは思ってもおらず、馬鹿騒ぎに付き合って場所代でも請求しようと思った事が、
 油断を招いて敗因となったのである。
 彼女の油断での失敗は頻繁にあるのだが、気付いて直せたなら、横島と逢った頃には直っていた筈だ。
 スリルを求める性向が油断を招くとも言えるが、今回は母への想いがそれを確実としたのだ。

 そしてシロが直ぐさま賛同し、美神まで賛同したなら。
 その計画が、横島へと形はどうあっても強い印象を与えるものとなれば。
 自らがシロルックとなり女子高生の瑞々しい肢体を彼に焼き入れもとい焼き付ける事に繋がるのなら。
 おキヌは巫女である。巫女はトランスするものである。
 そしておキヌもまたトランスするのだとは、とある包丁の件から自明である。
 故に、その機会を与えられたなら、他の面々同様おかしいとは思いつつ、賛同してしまうのである。

 ともあれ、無闇に暑い夏の成せる業であったのか、はたまた宇宙意思のお導きか。
 全員一致で“笑劇実験”に賛同し、既に化かされた頭で、割り振られた役を演じる事となったのだ。

 …

 この様な計画で本当に予算が出るのかであるが。
 美智恵には有無を言わさぬ実績があるのだ、魔神討伐という絶大な実績が。
 そして今回、化かした主要因はオカGのアイテムではなく。
 むしろタマモの幻術であって、故に予算としては微々たるものなのだ。
 如何に最高級なお揚げとは言えど、精霊石ミサイルよりは遥かに安いのだから。

 またそれはタマモを含めた事務所の面々を考慮しての事でもある。
 魔神を倒したメンバーが三人もいる脅威の事務所。
 他はせいぜい二人だけであり、その師である神父は功績から将来は会長となる。

 ……実はもう一カ所二人所属している事務所があるのだが、何故か、左程注目されなかった。

 ともあれその三人への脅威論も業界の内外に存在する。
 だが彼らは人間の法の中にある者で、更に今回の計画で対処の仕様があると判明するのだ。
 そしてタマモについては、事務所が保護している妖怪としか情報は無い。
 故に高々一妖孤とオカGのアイテムに、軽く化かされて莫迦をやってしまう程度が事務所の面々だと。
 その気になれば鎮圧は造作も無く、霊能業界での活躍もあり、放置もまた現実的且つ無害な一手なのだと。
 更にはその際に主力を成したタマモも、名前はどうあれ一介の妖孤に過ぎないと。
 示す意味も、あるにはあったのだ。

 尤も、暑い夏に、少し許り面白そうな出し物を作りたいとの悪戯心が美智恵や西条に、無かったかと言えば。
 無かったと言えばそれは、大嘘になるではあろう事もまた、抗いようのない事実でもあるが。

 ところでこの何処が横島の為か。それは、この後語られるとある反則。
 それを目覚めた彼自身が聞き、彼女達が受け入れたと聞く事に因る、彼の将来に利するものだからである。


(最終話に続く)




その後、遂に明かされた反則とは?
次回最終話、乞うご期待!……って今更なネタではある様な。




(最終話 モンジュが反則)

 横島には余人には無い特殊むしろ特異な能力がある。
 言うまでも無い上に現存する人類では恐らく彼一人だけの能力として、その代表たる文珠があった。

 しかし速さや連続使用性などの面で――凡そ戦いに近い状況では特に――通常の得物たり得ないのも事実である。
 だが、横島は貧乏性とも言える万能性を持っている。
 ほぼどの様な局面であろうと、彼は単独で対応し得るのだ。
 常ならぬ概念を帯びさせて新たな技に昇華しようとも考えた――蘇るので過去形は不適当か――栄光の手。
 その栄光の手即ち霊波刀が、斬ると言う単純にして効果的なGSとして高い素質を表すものではあった。
 何しろ当時の横島でさえ、犬飼に対処出来るのではと美神が考えた程の優れ物だ。
 だがその霊波刀をさえ上回り、彼を反則的に貴重極まりない人材と化した霊能。
 それこそが、言わずと知れた文珠である。

 ところで横島は結構否むしろ非常識な程にも、女性にモテる。
 それは生来の素質即ち大樹の血、百合子の教育に因るものも確かにあったであろう。
 だがしかし、横島が所構わずモテ始めたのは、文珠を会得してからである。
 無論小鳩との偽装結婚式があった、愛子からのバレンタインチョコもその過去にあった事は確かだ。
 そも始まりはとなれば小学生の恋な夏子乃至はあの頃は…な幽霊巫女少女おキヌであっただろう。
 しかし乍ら、同僚或いは少し気になる男の子としての好意を超えた周囲からの愛情は。
 美神の為に戦士である事を自ら選択して、文珠を得た後に集中すると思われる。

 それは所謂、結婚した男性はモテるようになるとのそれに、近しいのかも知れない。
 美神のパートナーで居られる程の莫迦であると自覚した彼へと。
 其処まで女の為に動く事が出来る彼へと。
 周囲が惹き付けられるのは、或る観点からは半ば当然ではあるのだが。




 しかし、実は其処に、反則的な隠れた要因もまた、存在したのである。

 横島忠夫が現存する人界唯一の文珠使いである事が、その原因の一つではあったが。
 文珠に隠された、或る触手もとい特殊な効果を、知る者は少なかったのだ。

 その効果とは何か。それを知る者としては、人間では美智恵が居て。
 少し許りショックを受けて隣室で休んでいる横島を除いた、集まった事務所の面々へと彼女は言ったのだ。

「詰まりね。文珠を使うと、横島君の霊体が、使った霊能者に混じり込むのよ」

 ほんの少しだけどね、言いつつ暢気にお茶を続ける美智恵であって。
 その傍らで、これまで使う機会が無かった事を、キーやんと何故かサッちゃんにも感謝する西条だった。

 そう、文珠は元来、制作者にしか使えない代物なのだ。
 無論その限界を突破する事は可能である。天神こと道真の文珠であれば、他人でも使えたのだから。
 しかし、人間の作る文珠も同様とは限らない。

 にも関わらず美神除霊事務所の面々否女性GSとその卵達が使えていた理由。
 それこそ文珠が横島忠夫の霊力の、即ち煩悩の塊であるとの、事実に因るものである。

 信じられん自分より、綺麗だったり清楚だったり、でも実はそれなりに狭い範囲に入るねーちゃんが。
 ねーちゃんに使われる方が嬉しいのは、文珠に否今こそ明かそうその別名、超横島煩悩極楽塊にとっては、
 当たり前に過ぎる事であり、それは詰まりクラッカーなのである。

 ……無論その呼称はかのサイキック・ソーサーの正式名称の如く、用いられはしないものではある。
 尚その読みは、「スーパー・ヨコシマ・ファンタスティック・ヒーロー・ボール」なのだ。
 噂される処に拠ると、漢数字の一から七までを籠めた七つの文珠を置いて発動させたなら。
 八つの目を持つリトル・ヒャクメ略してヤツメ……略になってない!?……が降臨して。
 願うもの何でも一つだけを覗いてくれるとか何とか。無論ながら、覗くだけ、である。
 その辺りが、噂に妙な信憑性を与えてもいた。
 尤も文珠の場合は、名付ける前に正式名称を伝えられてしまったのであって。
 横島チックなネーミングセンスも、画数が多い方が賢そうだとの理由によって。
 鳴りを潜めざるを得なかった事情も、あったりするかも知れない蛇足である。

 て、“当たり前”の後に“クラッカー”なんて書けば年が……ともあれ。

 実際の処、今更に過ぎる事ではあった。
 横島が霊能を習得した事は、突き詰めるなら、唯ひたすらに女の為である。
 そして未だ開花していなかった横島の霊能を形として顕していた影法師。
 その影法師を思い出してみれば、全てが女に帰着する事は自明。
 ぱんつ取ってくると言えば奇跡を起こす、それが横島霊能。

 その横島霊能の塊である文珠は、本来の使用者たる横島以外のGSが使えば。
 そのGSに対して、クラッキングを行うのである。
 別段悪意で行う訳では無いが、何しろ本能の塊である、遣り様がえげつない事こそその本道だろう。

 そう、文珠は女霊能者……もちろん横島好みの……が使えば発動と共に惹き付ける効果も出して。
 その他の霊能者の場合は適当に、若しくは使えさえせず。時にリバースな効果さえ醸すかも?
 その様に働く代物こそ、横島の文珠なのである。

 言い方を変えるならば、あの影法師が凝縮されたそれこそが、文珠である。
 詰まり、全ては美女の為に、なのだ。

 尤も最初から十分に好意を持っている場合は、大差無い事も多いであろう。
 横島霊能特に文珠の反則は、影法師が彼自身に従わなかった事で以て、一つの証明になってもいる。
 横島の霊能が、時に自身を傷付けてでも女を助ける事も、文珠が影法師の否煩悩の塊である点を考慮すれば、
 むしろ当然なのである。
 それは雄性の本能とも言えよう。命の危機が回避し難い時、雄の本能は子孫を遺す為にこそ活動するのだ。

 ……もう疾うにお分かりではあろうが。
 ある意味で否あらゆる意味で、美神が横島に惹き付けられた事は、自業自得なのである。

 何故ならそも前世に強い絆を結んだ出来事があって。

 今生では雄の生存本能を常に刺激する目に遭わせてきて。

 挙げ句の果てに文珠を習得させる原動力になりさえしたのだから。

 …
 …

 また別の観点から見れば、ルシオラの霊力が混じって作られた、あの二文字入る奇跡の文珠。
 それが、霊体が混じり合うとの証明になってもいる。
 あの文珠は、美神との絆さえ脇に置き、二人の愛が一体化した証と取れるだろう。
 霊体が混じり合う極稀な事態に於いては、互いに少なくとも認め合っていなければ、その力は合一しない。
 その点は同期合体に際して美智恵が美神に、横島を尊敬する様に告げた点もまた一つの証左。
 詰まりはそれが、事務所のメンバーに、他人の霊能である文珠が容易に使える理由である。
 それは横島本人が認める以前に、原動力たる煩悩が認めているからなのだ。

 もちろん一定の親近感なり連帯感が存在すれば、例えば戦友であれば、使えてもおかしくは無いのだが。

 そもそも文珠は霊力にキーワードを用いて一定の特性を持たせるもの。
 そしてそれは発動させた瞬間、解凍され効果を発現するのである。
 世界の法則を、横島の法則で書き換えるとも言えよう。
 それが作業領域たる周囲の霊的空間――その次元が幾つだろうと――に影響を及ぼす事も当然に必要で。
 その作業を為す即ちキーワードを籠めて発動に至らせた行動の主体にも、影響は及ぶのだ。

 尚、其処に意思――念――が入らない場合、投げても不発となるのであって、携帯可能ともなる。
 だが其処に一つの疑問がある。
 仮にも彼の文珠は彼の霊力の塊なのだ。
 それが如何に凝縮されていようと、霊的に通常の世界に於いてどれだけの時間に亘って保持されるのか。
 何時までの期間なり要件を満たしている間に於いて、携帯していられるのだろうか。

 横島本人の霊体内であれば、事実上、無限の時間に於いて保持されるだろう。
 だが例えば他の霊能者に、それが不可能だろうか。
 答えはまず間違いなく、否である。

 繰り返すが、文珠は煩悩の塊なのだ。
 たとえ文珠にとって造物主と言える立場の、制作者たる横島であろうとも。
 野郎の霊体に居るよりは綺麗なねーちゃんの霊体に巣くう方が、文珠即ち凝縮影法師的に望ましい。
 詰まるところ、事務所の面々或いは戦友であれば、その霊体内に文珠を仕舞い込む事は不可能では無かろう。
 当然ながら煩悩集中の対象足り得る女性である事が望ましいのだが。

 野郎が持った場合、文珠は自動的に消滅する、事さえあり得るのだ。
 だが其処は煩悩。仮にそれが結果として女を助ける事になるのであれば。
 覗き神に否ラプラスにさえ劣らぬ眼力――それ即ち霊能が心眼の影響で開花した故か?――で以て。
 気が進まずとも野郎の霊体に、一時侵入する事も躊躇しないだろう。

 ただその場合、侵入した先にある記憶のドアを無断で開いて、秘めたる一夏の思い出という名の火遊びを、
 無惨にも昏い悦びを持って、その恋人に――蛍の群れが文字列を為すなりして――告げるかも知れない。
 それはルシオラサインと呼ばれ、横島の戦友但し男性のみに、恐れられたのかも知れないのだ。

 文珠がある意味で危険極まりない反則的な霊能である事は、今更言うまでも無かろう。

 更に異なる観点からは、横島の性格を反映したものとも言えよう。
 横島の、妙に人懐っこい点が、文珠を含めた霊能にもまた、反映されていると見る事も出来るのだ。
 また未来に於いて蘇る“極楽の手”の、レンズに“鏡”と顕れる理由は、彼の霊能が煩悩の鏡であって。
 特に“極楽の手”が文珠と比してさえ積極的な鏡と化している事に由来する事実は、横島は無視したいだろう。

 …

 まあ、幾億の言葉を以て語るより、

 “美女に侵入したい本能”

 文珠の否横島の霊能が持つ反則を纏めるのなら、それだけで必要十分ではある。

 …

 ところで、文珠の斯様な反則の事実を知りながらも同期合体を奨めた美智恵は……やはり策士と言えよう。
 気をつけよう、甘い言葉と遣り手バ… 検閲により削除 検閲により削除! 検閲により削除!!

 言い訳をさせて戴くなら「……………………美智恵様が怖かった」のである。気を取り直してもう一度。

 気をつけよう、甘い言葉と美神の女。

 もう、お分かりであろう。詰まりは。
 詰まりは美智恵は知っていたのである。文珠を他人が使う事は、横島の霊体の影響を受ける事であると。
 更に言うなれば、それが美女の場合、横島に魅了される道を自ら選ぶ事に繋がるのだと。

 これは美智恵の経緯にも由来する事。彼女と公彦の結婚は、公彦のテレパシーがあってこそ。
 然れどもそれはGSである美智恵に影響は及ぼせど、洗脳には至らなかったと美智恵は信じている。
 事実そうなのだろうが、何かと難儀な娘の後押しにと、少し許り美神スタイルな娘への援護だったのだ。
 この事務所の面子にとっては人騒がせでしかない暑過ぎる真夏の夜の幻計画別名タマモンゲットだぜ!は。

 それが娘以外の女性達をも横島に惹き付けるだろう事など、疾うに承知の上。
 それでも尚勝利を手にする。それこそが正当な美神家の戦いである。
 好きならば戦って奪え。女が強い時代なのだ。それが美神家の戦いなのだ……少なくとも美智恵の脳内では。

 故に、その事実を告げるにも、実にあっけらかんとしたものであった。

「あら、貴女達は横島君の事、好きじゃ無かったの?」

 好きなんでしょ?それにGSだもの、まさか文珠に影響されてなんて情けない事、言わないわよね?と。

 声なき声が、続けて聞こえ兼ねない言い様であった。
 其処まで言われては退くに退けない。事務所の女性達にもプライドはある。
 否むしろ女性GSは須く、女性であるが故のプライドが高いのだ。
 女の身体の魅力を振りまくのは、自身の身体に自信があるからこそ。
 些か該当しない者であれ、横島への好意となれば別物である。

 当然ながら思いっきり該当している某前世憑の娘さんは、こうなっては逃げ道が有ろう筈も無かった。
 霊能の専門家トップクラスのGSと、自他共に認める彼女である。
 その彼女が文珠を使った事は、横島の影響を自ら受け入れると告白したも同然、と。
 仮に自身全くその意識が無かったとしても、無意識即ち霊感が拒否しなかったのである。

 そして遂にその事実が、他ならぬ自らの母親に拠り、白日の下へと晒されてしまったのである。
 ……尤も公然の秘密と言うものではあったのだが、横島にも伝えられる点がこれまでとは異なった。

 それを否定する事は己のGSとしての実力を貶めるにも斉しく。
 彼が好きとの気持ちをどうしても隠したいとの前世の記憶にプロテクトを掛けてしまう程の意思はしかし。
 自らの母の、彼女に比したなら経験豊富と言える女としての先輩に、物の見事に呆気なく、粉砕されたのだ。

 母への想い、GSであってこその自分。
 それを否定するくらいなら、彼に対する好意を認める道を選ぶ。
 傷は浅くは無いのだが、自らその傷を負う事に因って、肉を切らせて骨を断つ。
 今、令子の心境を端的に表すのであれば、正にその諺こそが相応しいものであった。

 そう、それこそ彼にとっては大赤字の人生かも知れない。私の方こそ、赤字の様にも思うけれど。
 でも認めよう、私はそれを望んでいる。彼もそれを、望んでくれている筈。
 ライバルは多いのだ、売り時買い時、時は金なり。
 無理矢理にせよ想いを隠せない状況に追い込まれてしまった以上、戦ってでも勝ち取るのが美神家の遣り方。
 親父を見れば、将来の関係が其処に見える様な気さえする。
 そうだ、妻になったからと言って立場は弱くならない。勝つのは、私だ。

 だから、戦いは――恋の戦いではむしろそれが当然だが――他の女性達との戦い。
 文珠を使えば、下手をすれば否当たり前の様に、神魔とも混じり合う事が出来るだろう横島。
 彼を手に入れる為に、全力を尽くす戦いを始めなければならない。
 幾ら私と彼の絆があるにせよ、流石にもう行動を始めなければならない。
 先ずは雇用者の特権を逝かし活かし、労働環境を改善してしまおう。
 今はまだおキヌちゃんに料理では彼を取られていても。
 私なら何時でも取返しが付く事……タマネギとヤモリさえ使わなければ。

 ふふふふふ……今に見てなさい横島君。この私が、貴方を、雁字搦めに縛り付けてみせるわ!

 などと心中に誓った時、横島の心中には快感とも悪寒とも付かないだが強烈な予感が、過ぎったのである。
 イメージとしては彼女のライバルが為す呪いに斉しい心象風景が双方にあったと言えば、良かろうか。
 煩悩の随まで支配されていると、当の呪いのプロに言わしめただけの事はある……のだろうか。

 その決意の裏に、文珠を使い、あまつさえ同期合体とのあからさまに混じり合う霊能さえ使用した過去のある、
 そしてまたルシオラの亡き後も彼の傍で彼の霊能にずっと接し続けていくだろう混じって当然である自身を、
 母と名指ししたと聞くルシオラの、可能な限り手を尽くし横島が愛した己自身として転生したいと言った、
 切なさの中にもしたたかな魔族の計算を感じた事が、今度はその想いにも負けたくはないと感じた事が、
 更におキヌや同じく文珠を使用可能な立場に居る女性達をも候補として万が一に備えたであろう事が、
 それ等と付随する想いさえ考慮したかも知れない故人のルシオラに負けてはいられないとの想いが、
 大きなウェイトを占めていた事はしかし、記録には残らない方が良いのだろう。


 この後、如何なる物語が紡がれたのか。それはまたの機会に語られる……かも知れない。








 尚、とある可能性が現実と化した世界に於いて。
 質量を持たないエネルギーである霊力には作用しない高重力が為す特異点を。
 カシミア効果な真空から生じさせたエネルギーを用いて閉じ込めた装置が。
 文珠を煩悩の塊からより一般的な霊力と。
 それを作り出した際に制作者の脳裏に強く浮き出ていただろう思いとで。
 属性を染め直して皆が用いる際の悪影響を削除する為でもあったなどとの事情は。
 どちらかと言うと語られない方が良いだろう些末事なのであった。


(朱夏の日々 完 ……白秋の訪れ、予定は未定)




酒を呑みつつ原作を読み…閃け解釈! 迸れ妄想!! 概ねそんな感じで、異聞は出来ました。
最初は、某触手作品へのオマージュの筈だったのに…何処でどう間違えたか、私?

白秋の訪れは……極楽の手とか文珠とか鞭とかタマネギとかヤモリとか肉とか油揚げとか牛乳とか、
多数の食材と触手とオカルトが、ただひたすら飛び交うラブコメに…んなもん書けるかーっ?!
(現時点でネタがありません。と言うよりむしろ青春の錯乱とかになりそうな…)

尚上記は概ね全て酔っ払いの戯れ言ですよ、念のため。


カウンタ


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