(はじめに)

 横島は相変わらず横島だった。

 あれだけの経験を経れば多少人格なり変わらない方が不自然なのであるが、それでも彼は変わらず。周囲もまた幾許かの安堵と共にそれを受け入れていた。
 ……少なくとも、須臾の間に戻った否戻り過ぎた、日常に慣れ切ってしまうまでに於いては。

 彼は横島である。横島に恋人が顕れるところ乱ありとまで見られたかも知れない様に、煩悩の無い横島など横島では無い一方で特定の一人との交際を認める女性陣など……
 更には彼は自ら変わる事を封じてしまった。

 故に彼のセクハラは、墓場を以てしても終わる事など無かったのだ。

 これは、漢の浪漫と意地と誇りを賭けて探求を続けた世紀末乃至は一時代の象徴と、神器に拠ってその漢と世界を救った一人の巫女が用いたその神器の、真なる救世伝説の抄録である。




 新世紀救世主伝説 真シメサバ丸

作:Nar9912





(序章)

 漢、横島は悩み苦しんだ。自ららしくある事を選びはしたが、至大なる虚無を前にその信念さえ揺らいだ。

 だが、彼はアイの為に戦い続ける事を決意した!!!

 ……そうセクハラの先にある筈の、刹那の至高、真なる絶対の領域を求めて。




(1)

 美神は困惑していた。長いお別れに於いてはあれ程にもシリアスだった彼が、あまりにも呆気なく元に戻ってしまったからである。
 自らの言動がその一因であっただろう事は半ば以上明白で、故に彼女には日常を取り戻す事が優先されるべき最たるものであった。
 決して金とスリルの為でなく、唯アイ故に日常を続けたのである。

 キヌは躊躇っていた。長いお別れに於いてはあれ程にもシリアスだった彼が、あまりにも呆気なく元に戻ってしまったからである。
 それが彼の強さであり、その強さが他ならぬ失われた彼女への誓いであるとキヌは信じた。
 故に彼女は踏み出す事が出来ず、唯アイ故に日常を続けたのである。


 だがしかし、彼は横島忠夫であり、彼女達は美神除霊事務所のオモロい面々だったのだ!!!




(2)

 神魔が訪れなくなった、パピリオはもちろんあのヒャクメでさえ……鬼門? 何それ? 思い出せないって事は大した事じゃ無いのだろう。

 日常は戻った。戻ってしまったのだ。

 知らない者は変わらぬ彼等に何かあった事さえ気付けなかったのかも知れない。故に自然だった。
 知った者達は無理をしているのかも知れないとのその思考が、疑念を抑え込んだ。

 そうして、横島はセクハラを続けた。

 過去を想起させる者が顕れ、思い出の場に彼女と新たな住人が住まい、それでも尚、変わらない彼。臨海学校での行動も含め、全く変わる事など無い彼。


 彼女達が気付かざるを得なかった事を、責めるのは酷であろう。




(3)

 条件反射。パブロフの犬。摂理真理なべて世の理。

 美神と言えば金、横島と言えば煩悩。そう煩悩はもはや横島の中核であり、たとえ恋人を得たとしても結婚したとしても変わらない。
 他ならぬ横島自身が、それに気付いていなかったとしてもである。

 それでもあまりにも自然なその様に、皆が気付くにそれ程の時は必要では無かった。

 そう、気付いてしまったのだ。

 “彼女”に遠慮する必要など“皆無である!!!!!”との、アイに満ちた切なる現実に。

 人は欲を抑えられない。否抑え切ってしまえばそれは既に人として不自然である。
 人は孤立を嫌うものであるが同時に抜け駆けも嫌うものである。
 だが背徳こそ燃え上がるに足る要素であり理由など無用。

 戦いの時が今、訪れたのだ。

 平和的に公平に共有など論外であり以ての外なのだから。

 て言うか横島にハーレムなど世界の終焉に繋がると大宇宙の意思が宣ったかも知れず。
 不幸の星が似合う男は割りとよくいたりする事の証明であったかも知れず。
 宇宙意思とは意地悪なものとの通説の証左であったやも知れず。

 そうして冷戦の如くあった女の戦いが、盛大なる開幕を遂げたのである。

 可能性は誰にでも有った。
 何故なら、其処に煩悩が有るのだから!!!




(4)

 時は正に原作後。女性陣は争いの炎に包まれた!!

 有史以来最凶、空前絶後、驚天動地、前人未到、誇大妄想、抱腹絶倒の争奪戦の末……

「あっ、腐っても神様なのにあんなに呆気なく倒されて! 私じゃ勝てないのに……」

 大事な家族を腐った呼ばわりする博愛の少女。

「ぃヨォーコォーシぃームァーッ! この私がッ! 兆歩譲ってやっているのにッ!! 逃げるんじゃなーいッ!! あの娘を産んでやるって言ってるでしょーがッ!」

 泣く子も漏れ無く悶絶しそうな極上の笑顔で叫ぶ真に己に誠実と化した美女。

「横島さはーーーん! 来ちゃ駄目ーっ!!」

 お前はもうパニクっている。
 宇宙意思がそうあるのだ、無垢な魂がそうなる事に不合理など無かった。


 …
 ……

 戦いがあった。悲壮な決意があった。いやむしろ、身も蓋も慎ましさの欠片も無かった。

 ……
 …


 彼を巡り争った女性達は力尽きたかにみえた……だが、彼女は負けていなかった!!

 余談ではあるが、美神の敗因は公園に青いワンピースを着ていかなかった事である。
 フラグとは些細な事で立たないもの。人生はノーセーブ&ノーロードなのだ。いや美神家は反則技を持つ限られた家系であるが運や流れ、意地があった。
 せっかくヒミコ様がみてたのに……閑話休題。

 濃い戦いを勇敢に勝ち抜き遂には一時の勝利を得た彼女と、煩悩で悟りを開かんばかりに追い詰められていただろう漢の、戦いの果てにあった束の間の幸せな甘過ぎる日々は、しかしばっさりと省略する。
 乱無くして何がほく……横島か。

「こんな展開だ……こんな展開だからこそ、二人で力を合わせて生きていこう!」

「そんな言葉で、はいそーですねと、言うとでも思ったんですか? ア・ナ・タ?」

 冷たい。
 恐ろしく冷たい。
 生半に温暖化してしまった南極より遥かに冷たい。

 その冷たさに、最後の一言に、存在の根幹から凍え痺れた。彼女の目が、その身に纏った異形を作りそうなオーラが、ただひたすら冷たく怖い。

 色々、真に色々と思い当たる節がある。有り過ぎる。

 そう、横島は煩悩とほんの少しの不純物で出来ていたのだ。不純物扱いされた某悲劇のヒロインが草葉の陰でしかし嘆いて良いやら呪って良いやら迷う程にも。

 現代医学が敗北したままいない様に、横島の煩悩は抑えられたままではいないのだ。結婚という名の牢獄に囚われて尚。
 横島の漢が、恋の病如きに煩悩を奪われる由も無い。
 たかだか魂の牢獄とやらをエンジョイする事も出来なかった魔神が、彼に勝てる道理など無かった。

 詰まるところ、据え膳食わぬは男の恥!!!

 横島家の漢ともあろう者が、その境地を得るに随分と遠回りをしたものだと走馬燈ともいえそうな道程を振り返っている、逃避に走る彼の脳裏に蘇るは鮮烈なる誘惑の嵐。

 それは獣っ娘であり後輩キャラであってツンデレ美女であり、最強たる巫女さんもまた。
 しかしそれでも彼を留める事など出来なかった、ただそれだけの事。

 この命果てようとも、我が生き様に一片の悔い……は、ある。

 俺は死にたくねーーーーー!!!!!

 そう、生き足掻く事こそが横島家の最終奥義。
 形ある奥義では無い。だがその奥義は脈々とその血統に伝承され、一人っ子しか生まれないかも知れない横島家が今に至っても存続しているその事こそ奥義存在の証明である。
 なれば、なればこそ此度の戦いにも勝たねばならない。
 無駄かも知れない、それでも、生きている者は挑む事を諦めてはならないのだ。

 ……その為の煩悩です。

「何を言っているんだおキヌちゃん? 俺にはおキヌちゃんだけだッ!」

 全く以て白々しい事この上無いのだが、それでも押し通す。開き直った者が勝つ。これまでもこの手で勝ってきた。
 敗北はただの一度のみ。無論華々しい連載中の過去は忘れてカウント外である。

「もー騙されませんと言いましたよ。」

 だが彼女は冷たい。微塵も動じる事は無い。
 そのにこやかな笑顔が、そのマネキン人形であるかの様な笑顔が、唯何処までも冷たい。
 心の底まで凍える極寒の雪嵐。いつだったかの偽装結婚式のそれさえ凌ぐ。

 戦況は極めて劣勢である。だがしかし、漢の沽券にいや横島家の家訓に賭けて退く訳には行かない。
 敗北は即ち迷いの中で築き上げた爛れた関係の終焉に繋がる。否連綿と受け継がれてきた横島の歴史が水泡に帰すのだ。
 負ける事など考えられない。
 また立ち上がれば良いだけだ。今はこの劣勢に甘んじているが俺は何度でも立ち上がる!!

 立て! 立つんだ横島!! 宇宙意思もレバーを握って命令している! タオルを投げようとはしていないのだ! ……たぶん。

 て言うかまだ攻撃を喰らっていなくはある。
 攻撃を喰らうのは確定事項ですか? いやひのめを見るより明らかな愚問ですが。それでも、最後に立っている者が勝者なのです。

「……俺が馬鹿だったよ。俺はあの時、二度と悲しませないと決めた筈だったのに。」

 消沈したかの様な形振りを見せて油断を誘う横島である。何処までも姑息! 卑屈! そして漢の浪漫最優先!!!
 戦い敗れた彼女の信条にも似たそれは、凍った鋼に勝る冷たさを纏ったおキヌを僅かに揺らがせる。

 まさか、まさかまさかまさか、あの時のあの慟哭を、またも自ら持ち出してくるとは。今度こそ、私が好きになった彼は、今度こそ真に浮気を止めるのだろうか?

「俺が悪かった。」

 饒舌な彼が、たった一言を伴い唯静かに頭を垂れた。
 穏やかだった。穏やかでひたすら純粋だった。恰も罪業を重ね重ねて初めて得られた悟りを伴った聖人の如く余人には映ったかも知れないまでに。

 だがキヌには分かった。分かってしまった。最前のそれと、やはり殆ど同じ展開と。
 あの直後、殲滅に加わった義母百合子に、同じ手に引っ掛かるなと散々注意されていたのだ。

 今のキヌはあの時のキヌとは違う。
 そう、キヌもまた、既に横島家の人間なのだ!!!

 キヌにはあの戦いでさえ使う事を躊躇った神器があった。
 巫女服を纏い幽体離脱を伴う事でしか制御仕切れなかった神器が。
 最も使い慣れていた彼女自身もその真の扱い方を知らなかった神器が。


 新世紀を迎えた今その神器が、恋の戦いでの最終兵器が、その真の力を発揮する。

 全ての条件が整って、遂に時が満ちたのだから。




(5)

 おキヌの目は彼方の世界、人の謂うところの永遠の世界から帰還した者のそれであったやも知れず。
 女性達の怨念と共に、彼女は伝家の宝刀を、その真の力を解き放つ溜めに入った。
 気取られぬ様に会話を続けよう。大人の世界に汚れてしまった哀しみを抑えながら、全てを笑い飛ばして勝利する為に。
 彼女は嬉しげな、本当に嬉しげな笑顔で言葉を放つ。

「横島さん、知っていますか?」

「?」

 “同じネタが使えるのは2度までだ!!”……って今更な上に誰も知らんがな。

「横島さん、私を知っていますか?」

「??」

 だから同じネタが……はっ、これは詰まり“突撃”しろと?

 いや検索してもアッチのネタしか出ない気が。て言うかこれは確か同人……との天の声も届かずに。

 狂騒なる勘違いが彼のメッキを鮮やかなまでに剥がしていく。

 ここはやはり名前を叫びながらあの伝説ダイブを決めるべきか?
 だがしかし事この期に及んで同じパターンは芸人としてどうかと考えが及んだ横島は、無言。
 いや実の所、状況からあり得ない“突撃”後の妄想が止まらないだけであったが。

「私と言えば……」

「???」

「私は巫女ですよ?」

「????」

 如何なる意味が有るのだろう。横島には訳が分からない。
 が、今の今まで煩悩を抑えながらのメッキの維持に全霊力を籠め魂と存在を結集させさえしていた彼であっても、漸くにして気付いた。

 キヌの小刻みに振るえる下ろした手に、ギラリと光る必殺のシメサバ丸が握られているその事実。

「お、おキヌちゃん? そ、それは流石に俺でも死ぬと思うんだけどなぁ」

 死んでも生きられますとでも返ってくればまだ打つ手はあると、もう手遅れであると漸く自覚していながら、それでも尚、生き足掻こうと無様に卑屈に行動を止めない。
 諦めないその様は一つの漢の生き様であろうが恐らく大抵の男はノーサンキューな人生であろう。

「うふふふふふふふふふ」

 カウントダウンを告げるかの様に、しゃーこしゃーこと研がれてもいない研磨の音が聞こえるかの事態に、幻聴か否かすら確認する気力も奪われ……

 愛する妻が懐妊の歓びに浸っている間に浮気した俺が大馬鹿者だった。次に生まれ変わったら、今度はこの手で育ててやるからな……

 泉下にて嘆いていたかと思いきやしっかり転生プロセスには入っていたが故に迷っていた彼女だが、その反応も含めて余談に過ぎないので省略。実に、実に不遇であった。

 …… やれば出来る。誕生と死は隣り合わせであり誕生は死であり死は誕生である ……

 魔神をも倒した稀代の霊能者が遺した名言の二つとして知られ、後世、その真の意が議論の的ともなった彼の台詞は、この時に浮かんだものであった。
 ヒミコのそれ同様に、伝説なぞその様なものかも知れない。

「間違っていたんです。間違いは正さなければ成りません」

 キヌは何も聞いていなかった否聞こえようと無視された。今回もまたそれ程も怒りが大きいのか。だがキヌは、最前とは丸で異質な彼の鈍い観察眼でさえ間違えようの無い聖女のオーラを纏った。

 何だか分からんが俺は勝ったのか? ルシオラ、生きて君に再会出来るのか?

 ふと思った横島ではあり、実は傍で見ていた被害者の女性(一部)は溜めに失敗したのかと思った。だが……

「時は既に新世紀。人界最高の力持てど二振りに別たれし剣の片割れが力、今、解き放たん!!」

 いきなり、いきなりの事である。
 シメサバ丸が目映いカラスカタルシスの光を放ち、戦巫女の手を借りてその真なる力を籠めた一閃が走った。

 確かにその一撃を受けたと感じた横島の意識が途切れそうになる。真っ白に薄れていく思考の裡に、求め続けた至高の領域を見出したと感じた横島は呟いた。

「神通鞭より凄い。これが、俺の求めていたものか……」

 アンタはシバかれたくてセクハラしとったんかい!と傍らにいた女性の一人が複雑を通り過ぎて尚も呆れた表情と口調で思いを吐き出した事に、しかし、誰も異議を挟まなかった。
 虐待が好きな訳でも無ければ体育会系な訳でも無く、横島家の漢にしか理解の及ばぬ領域が或いは存在するのかも知れないが、どのみち起きてきた事は起きてきた事だったから。

 過去に人生に理由と説明を求めるには、彼女達はまだ十二分にも若いのだから。て言うか仮にも惚れた男がど突かれる事が好きだなどとは、思いたくなかった。

 だがこの一撃には大いなる意味があり、これこそが全てを変えるのである。




(終章)

 その後。

 いつもの医師……アンタ実は下手物専門だろうと疑いたくなろうものである……の許に運ばれた彼、横島忠夫は、煩悩が殆ど常人並との非常識事態に陥っていた。
 だが業界を含めて知人の多くが懸念した霊力の低下は見られず、むしろ上昇してさえいたのである。

 この魔神戦をも上回る奇跡に、シメサバ丸を慎重に慎重を期して鑑定したオカルトGメンの出した結論。
 それこそ、霊刀シメサバ丸の真の姿が、“恋の障害を切り裂く刃”であるとのものであった。

 魔神戦の最たる功労者である血肉の一片までも煩悩で出来ていそうな彼の言動からの影響は、本来、大きくあるものであった。
 故に霊能力との訳の分からない力自体が性嫌悪症対象となって、結果として人口の自然減は元よりGSの霊力低下が生じるとの訪れる筈だった未来。
 だがしかし、その未来は、ただ一降りの刃に拠って、回避されたのである。

 ……
 …


 後に幸せな出産を経て幸福のうちに一生を過ごした伝説の夫妻は自分達に真の幸せを運んできた神の刃を祀る祠を設けたのだった。
 だがそのあまりの参拝客に、その数奇なる刃は、人の世に有るべきで無いと判断され、困った時の妙神山とばかりに寄進される運命にあるのだ。

 人の世が人口減少の危機に陥った時、北より使い手の戦巫女と共に光臨するとの伝説を遺し。

 ……別たれたもう一方の欠片である刃が真逆の効果を持つとは一般には知られざる隠された伝承であり、世界の別のところで事件が起きていたやも知れないがそれは別の話。


(新世紀救世主伝説 真シメサバ丸 了)



ザ・グレート・展開予測ショー』に投稿した“私の名を言って”のリメイク版です。
自身の書き物が展開予測から逸脱しつつあろうと自分で感じたため、投稿先を変えました。
なお逸脱しているとは私の個人的判断であって、GTY 管理人様のご意向ではありません。
ルシオラーなサイトにこんなの投稿して……良いのだろうか??

(管理人の感想)
 ええ、全然かまいませんよ。(笑)
 書く機会は少ないですが、おキヌちゃんや美神がヒロインの話もときどき書きますし、
 最近はGS以外の分野にも守備範囲が広がりつつあります。

 とりあえず、投稿規程に触れなければ、何でもオッケーです。


カウンタ


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