山間の閑散とした街の、外壁も色あせ受付のじゅうたんも薄汚れた、この街を象徴する様なただ一軒のホテル。
山に出没する悪霊の除霊の途中で起きた事故で時間を食い、東京に帰る事が出来なくなった二人は、このホテルに部屋を取った。
かび臭い廊下を案内されついた部屋は、他にいくらでも部屋は空いているだろうに合い部屋、渡したお金で泊まれる部屋はここしか無いのだろうが、横島とシロは戸惑っていた。
ごゆっくり、陰気な顔で去っていく従業員を見送ると横島とシロは顔を見合わせて佇む。
どうせ部屋は空いているのだから、別室にしてくれても良いものを。
横島は思ったが、先立つ物が無いのだから仕方ない。
しかし仮にも相手は女性、だがどうしようかと問おうにも鍵はこの部屋の物しかない。
しょうがない、ドアを開くと部屋からは独特のリネン臭が漂う。
申し訳程度についている机の上にぽうと光る蛍光灯の白色がわずかに部屋を照らし、それがメイクされノリの効いたシーツをしいてあるベッドをかすかに浮かび上がらせ妙に淫靡だ。
いや、こんな事を考える俺だから、そう見えるのかもしれないが―――。
はだしゃつ!
作:あんてな組合
「なあシロ、元気出せって。別にたいした失敗じゃねーんだからさ」
「でも拙者のせいで先生に怪我を……」
無駄に広いベッドの上。
尻尾は主の気持ちを代弁しシュンとうつむき、今にも泣き出しそうに目がうるむシロの隣で、横島が慣れた手つきで包帯を取り替える。
除霊中の事故、処理には時間がかかったがこの仕事にはよくある事で、負った怪我も別段騒ぐほどでも無い。
文珠で治療も出来なくは無いが、放っておけば治る程度ならそんな勿体無い事をする必要は無い。
包帯を巻き終えて隣を見ると、まだシロはいじいじとノの字を書いている。
「いーんでござる、どうせ拙者は先生に怪我をさせた上、包帯一つ任せてもらえない役立たずでござる…」
ああもう全く。
気にすんなってとわざと高い声で慰め、シロの肩にぽんと手を置く。
うなだれていたシロがゆっくりと顔を上げ、横島を見つめる。
あぐらをかくように足を開き、両手で足首を掴んでその手元を見ていたシロは、横島の手に首を傾けると数旬の後、居住まいを正し、やわらかいベッドの上に正座する。
どうした、と横島。
「先生、正直に答えてくだされ。
…拙者は、仲間に怪我をさせるような…足手纏いでござるか?」
その深い蒼色のまっすぐな瞳に少しうろたえながらも、横島は答える。
「馬鹿言うなよ。
今日の除霊も追跡から囮まで全部お前がこなしただろ。
俺は最後のとどめを刺しただけなんだから、むしろ俺の方が楽してたんだぞ」
「拙者はちゃんと先生のお役に立てているのでござるか……」
「ああ。それに、最初から言ってるだろ。
お前に会った時から、俺はお前に教えた事は霊波刀の扱い方くらいだよ。
後はとりもなおさず、お前の実力だ。
…自信持て、シロ。」
横島は今度はぐじゃぐじゃとシロの髪を撫でてやる。
首をすくめ不安げにシロはつぶやく。
「自信を持って…いいのでござろうか」
「ああ、お前は頑張ってるよ。だからもう気にするなって」
そうでござろうか、シロは先ほどの様に横島を見つめる。
蒼色の目はじっと動かず、横島の姿を映しこむ。
ゆっくりうなずく彼の姿に、シロは考えるよりも早く行動に出た。
「先生っ!」
わっとシロは飛び掛って、嬉しさを爆発させ横島の顔を嘗め回す。
尻尾はぶんぶんと跳ね回り、上に下にと忙しい。
「あーあー、わかった!わかったから!」
「先生ぇ〜♪」
こうなったら落ち着くまではもう止まらないのがシロである、横島は顔から首までよだれだらけになって、ようやく解放された。
「先生、大好きでござるよ」
ちょこんと正座はしているのだが、先ほどの緊迫感など微塵もなくふわふわと座っているシロに、これ以上されたらたまらんと横島は言う。
「わかったから…。わかったから、頼むから風呂入ってきてくれ」
横島にとって特に下心も無い、いやどちらかと言うと早くこの攻めから逃げ出したい言葉だったが、シロはぱっと晴れやかに頷くと、バスルームに入っていった。
ふぁさっとかごにシロの着衣が落ちる。
タオルを戸から出し、胸の前でそろえるとノブに手をかけ、キッとした音を立ててドアが開く。
シロはタオルを浴槽のふたに乗せると、シャワーを出す。
なぜだろう、シロはお湯をかぶりきらない位置に立つ。
少しだけ、体に残る横島の匂いを落とすのがためらわれて、足を差し出し2歩3歩、しかし意を決するようにシャワーを浴びた。
頭から降りかかる暖かさが、すべるように落ちていく。
銀色の髪から、白いとは言えない、だけれども夏の日差しを吸い込んだように健康的な肌から。
シロは石鹸を手に取ると、体に塗りつけ、スポンジで伸ばして洗っていく。
汗や疲労が手を伸ばすたびに取れていくのがわかる。
「先生も一緒に入れば、体くらいは流して差し上げるのに。
広いお風呂がもったいないでござる」
独り言なのをいい事に、軽口がふと口をつく。
「ま、先生ならもうちょっと成長すれば、言わずとも覗きにくらいは来るかもしれないでござるが…」
椅子に座ると長い銀の髪の毛を両手で挟んで洗い、水気を落とす。
後に纏めあげ、タオルで巻くとシロは湯船に浸かった。
「最近は多少成長したと思う…けど」
湯船にゆらゆらと映る自身の胸を見ながらシロはつぶやく。
いつかのアルテミス神の力を借りたときとまでは言わずとも、それなりにはなってきていると思う。
「先生の好みは美神どののようなぼいーんでござるかならあ…。
しかし、こればかりは修行でもどうにもならんでござるし」
おもむろに両脇から挟んで上げてみるが、それでも美神には遠く及ばない。
「おキヌ殿には対抗できるかもしれぬでござるが…。
そのような事言ったら、しばらくご飯抜きでござろうし」
バスルームからはシャワーの音が聞こえて、止まる。
湯船にでもつかったのだろうか。
さすがに相手がシロでは覗く気も起きず、横島はベッドに横になって、何をするでもなくごろごろしていた。
ふと、さっきシロがバスルームに入っていった時に何も持っていなかったのに気付く。
「シロ〜、お前着替え持ってきたのかぁ」
シャワーの音がやみ、風呂場特有の反響した声が返ってきた。
「その、日帰りになると思ったので、持って来てないのでござるゥ…」
最後の方は消え入りそうな声に変わっていた。
やはりどれだけたくましいとはいえ女の子、着替えが無いのは恥ずかしいのかもしれない。
しゃーねーなー、と頭をかくと自分の持ってきたワイシャツを脱衣所の着替えを置く籠に入れる。
「とりあえず俺のを貸してやるから。サイズは大きいかもしれないけど我慢しろよ」
今までの経験上、除霊中に服がボロボロになるのはよくある事で。
そのため常に着替えは多めに用意しているので、一枚くらい貸してやっても特別困りはしない。
「ありがとうでござるー」
バスルームから帰ってきたのは、嬉しそうなくぐもったシロの声。
全くあいつ、気持ちよさそうだな。
「…先生はドアに手も触れないでござるか。
覗く気など全く無いのでござろうか?
ま、あれで先生は奥手な所があるでござるからな」
ゆっくりとつかった体を湯船から引き上げると、シロは脱衣室で身を整える。
湯上りのほてった体に、少し冷えた空気がありがたい。
「さて、と…」
さきほど横島が置いていってくれたYシャツを着込む。
「先生の匂いが…。
男の人の匂いがするでござる」
シロにとって、それは心地よい匂いだった。
事務所の女性たちとは違った、少し強くアクのあるすえた様な、特徴のある匂い。決して甘くはないが安心感のある不思議な、自分を包むYシャツの匂いにシロは表情を崩した。
襟首や袖口のやや黒みがかった所に鼻を寄せると、大きく深呼吸する。
「せんせぇの匂いだ・・・」
顔が赤くなっているのを、無言でこちらを見つめていたもう一人の視線によって気づかされる。
恥ずかしさのあまりに頬に手を当てるが、それがまた彼の臭いを鼻先に持ってくることとなり、ひとり幸せのスパイラルに陥るシロだった。
「…しかし、下着はどうすればよいのでござろう」
そう、走り回ったせいで汗を吸い、さすがに風呂上りで再び身につけるにはためらわれた。
「しかたないでござる、シャツだけであがるでござるか。この大きさなら膝まで届くでござろうし。
先生も、さほどには気にされんでござろう」
口にした瞬間、ぐらりと視界が傾いた。
――きにしない?
何の気なしに呟いた、言葉。
『先生はドアに手も触れないでござるか』
『覗く気など全く無いのでござろうか?』
世界が足元から崩壊していく感覚。身体の最奥から湧き上がってくる喪失の予感。
胸が苦しい。上手く息が吸えない。頭の中がぐるぐるだ。
――おんなとしてかれにもとめられていない。
「……せん…せぇ……」
彼。
仲間で。自分の師で。職場の先輩で。もしかしたら、家族で。
父親を失ったばかりの彼女を、拾い上げてくれた人。
強大な敵を前にした時、助けてくれた人。
全てが終わった時、誉めてくれた人。
敵討ちが終わって、する事がなくなって。寂しさに震えていた時に、こっそり抱きしめてくれた人。
大好きな、大好きな……先生。
先生といれば楽しい。
先生がいてくれれば幸せだ。
でも、もし先生がいなくなったら?
不安は急速に膨れあがる。
先生は人間で、自分は狼で。
先生を好きな人はいっぱい居て。
その人達は、自分なんかがいくら成長しても、全然適わないほどに素敵で。輝いていて。
だから……だから……。
「だから先生は、いつか居なくなってしまう……?」
幸せだと感じていたことが、急に怖くなる。
この幸せは、いつか手のひらから零れていってしまうのだろうか。
怖い。怖い。怖い。
それを繋ぎとめる方法を、知らないから。
もう、なにもなかった頃には戻れないから。
だから、怖い。
恐怖が不安を生み、不安が言葉になって口からこぼれる。
「先生……」
ある決心をしてシャツに袖を通す。下着を身に着けず、臍のあたりのボタンだけを留める。まだ濡れた髪とワイシャツの隙間からのぞく控えめなふくらみが、普段の自分とはまるで別人に見えた。鑑に映る自分の姿は、そこはかとなく艶があるように感じられた。いつも過剰なまでのスキンシップをとっているが、恥じらいが無い訳では決して無い。不安と期待で震える身体を抱きしめると、意を決し、横島の下に向かった。
横島が鼻歌を歌いながら今日使った道具のチェックをしていると、脱衣所の扉が開く音がした。
振り返らずに作業を進めてシロが近付いてくる気配を感じていたが特に注意を払っておらず、確認を終えると横島は手際良く道具を鞄にしまっていく。
「おう、シロあがったのか?ちゃんと温まったかぁ。
最近冷えるんだから風邪引くな…よ…」
風呂場から戻ってきたシロを一目見て横島は言葉を詰まらせた。
薄暗い照明に照らされた浮かび上がったシロ。
三つ目のボタンまではだけた胸、シャツが影を落とす内腿、右前に纏められ胸にかかる銀色の髪。
薄いワイシャツは透けて見え、彼女が下着を身に着けていないことは明らかだった。
濡れた銀髪が冷たい輝きを放つのと対照的に、赤い前髪が炎のように情熱的な光を放っている。
それら全てが横島の胸を激しく打つ。
鼓動が激しさを増し、音が聞こえはしまいかと不安にすらなる。
「おい、シロ。その……下着はどうしたんだ、下着は」
やっとのことで声を絞り出す。
吹き飛びそうな理性を、残り少ない師匠としての意地で押さえ込みながら。
自分の貸し与えたワイシャツに身を包んでいるのは良い。
それはわかっていた。
だが少女はワイシャツ以外の物を一切身に着けていなかった。
サイズがあっていない、大き目のシャツの袖に隠れた指先がそっと自分に向けられた所でようやく我を取り戻す。
「ちょ、おま、何を――――って言うか下着とか」
彼は圧倒されていた。自分に少女趣味は無いと思っていた。だがこの時彼には少女が女に見えていた。だから焦っていた。
「先生ぇ」
シロはそっと一歩を踏み出す。
「い、いや、お前、どうしたんだよ」
目のやり場に困りながら少年が一歩下がる。
「先生ぇ……拙者を見てくだされ……」
また少女が一歩、歩み寄る。
「だ、駄目だって」
見つめてくる少女から目を逸らし、また一歩下がる。
「やっぱり……拙者には魅力が無いのでござるか……」
泣きそうに眉を歪め、また近付く。
「そ、そんな事は――――」
――トン――
横島のふくらはぎにベッドが当たり、これ以上逃げ場が無い事に気付かされた。ドッと冷汗が押し寄せてくる。
魅力が無いかって?無かったらこんなに焦ったりするかよ。魅力があるから困ってるんだよ。内心呟きながら、いったい何を考えているのかわからない少女に目を向ける。頭一つ分背が低い少女が、頬を染めながら、上気した顔で自分を見上げていた。
(顔しか見ちゃ駄目だ顔しか見ちゃ駄目だ顔しか見ちゃ駄目だ)
念仏のように己に言い聞かせる。間違えても胸元とか腰周りに目を向けてはいけない。そんな事をすれば自分を抑えきれなくなる事はまず間違いなかった。
ベッドまで追い詰められた横島の胸元にシロの両手が添えられる。その仕草はあまりに艶っぽく、横島の背筋が興奮にぞくりと震えた。
そのまま少女は横島の胸に顔を埋める。どうして良いかわからず、手をふらふらとさせていたが、意を決しシロの肩に手を置く。そのまま自分から引き剥がすつもりだったが、その華奢な感触に思わず心を奪われてしまった。
(やべぇ、俺、滅茶苦茶ドキドキしてる……絶対こいつ気付いてるだろうなぁ……もしかしてこいつもドキドキしてるのか?……ってそーじゃねー!早く引き剥がさないとやばいんだって!!)
内心焦りながらも体に感じる感触から逃れられなくなってしまっていた。
(先生ぇ……温かい……)
彼の心臓の高まりを聞きながら、シロは幸せな気持ちに包まれていた。彼とは対照的に彼女の胸は落ち着いた鼓動を刻んでいた。それはまるで、母の胎内に抱かれているかのように。
(駄目だ駄目だ駄目だッ!しっかりしろ俺ッ!)
精一杯の気力を振り絞り、少女を己の体から引き剥がす。
「あ……」
荒々しく引き剥がされ、少女が驚いたように彼の顔を見上げた。
「良いか、シロ。こういう事は――――」
付き合ってる者同士がする事であってだな、師弟である俺達がする事じゃないんだ。わかったな。と説き伏せるつもりだったのだが、実際には言葉は途中で止まらざるを得なかった。少し強引に引き剥がしたため、ワイシャツが乱れ、大きさこそ控えめだが、バランスの取れた形の良いふくらみが彼の目の前に露わになっていたのだ。
「あっ!ゴメ――――」
慌てていたのだろう。謝ろうとした所で足を取られ、ベッドに倒れこんでしまった。しかも悪い事に反射的に何かを掴もうとし、思わずシロのシャツを引っ張ってしまっていた。
引っ張られたシロが、横島と一緒にベッドへ倒れこんだ。
「いてててて……悪ぃシロ、大丈夫か」
倒れ方が悪かったのが横島が後頭部を押さえながらシロを気遣っている。
「あ、うん……平気で、ござる」
戸惑いと緊張と、そして少しだけれど確かな幸せをカクテルした声で、少女は答える。
倒れる際に引っ張られたせいでシロは横島の上に覆いかぶさっていた。先ほどまでは両手と額でしか感じられなかった彼の温もりが今では彼女の全身を包んでいる。その事に気付いた横島は、緊張に体を強張らせた。
(や、やべ……もう……)
少女の唇の隙間から小さく吐息が零れ、その身体から力が抜ける。潤んだ瞳が真っ直ぐに横島を射抜いていた。火照った肌の甘やかな匂いが鼻腔に香る。
自分の体に押し付けられている肢体の柔らかさと、幸せそうに微笑んでいる少女に、横島の理性はあっけなく崩壊した。
――次の朝――
「先生ぇ、ヒドイのではござらんか?」
横島の隣で目覚めたシロが彼の頬をつつく。
「ヒドイって……そりゃ、痛くしたのは悪かったけど……」
顔を背けた少年に、じとーっとした視線を送る少女。その横顔に照れと焦りを半々に浮かべてはいるが、でも後悔の色が無いのに満足する。
「先生のすけべ、ケダモノー」
「スンマセン、勘弁してください……」
それが嬉しくて。涙が出そうなくらいに嬉しくて。
ついついイジメてしまうというものだ。
(まったく、先生は強引でござるよ……)
半泣きでのたうつ横島を見て昨夜の交わりを思い出し、シロの顔が瞬時に真っ赤になる。
(拙者はただ、先生の温もりを……)
身体で感じたかっただけなのだ。彼の体温を。その温もりを。
彼はいつだって優しい。いつだって温かい言葉をかけてくれる。でも、叶うなら言葉だけではなく、その温もりを自分の身体で感じたかった。彼の存在を、彼がシロの隣に居てくれる事を、肌で実感したかった。喪失の不安を吹き飛ばしてしまいたかった。ただそれだけ、だったのだけれど――
(でも……ま、いっか♪)
少女はくすりと微笑むと、大好きな少年の腕を抱きしめて、その温かさに浸る。
カーテンから差し込む光が二人を照らす。
今日はきっと晴れるのだろう、日に勢いがある。
ちゅんちゅんと早起きの雀が冷やかす様に窓際を通り過ぎ、だけれどもシロは横島のぬくもりに安心しきって、それがまた横島をさめざめとうろたえさせるのだった。
〜fin〜
(管理人より)
この作品は、黒犬さん・丸々さん・純米酢さん・とおりさん計四名の合作です。
『シロ好きの方にお楽しみいただけたら、幸いです』とのコメントを頂いています。
(イラスト掲載の確認が取れたので掲載します。イラストの作者は黒犬さんです)
カウンタ |
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