GHOST SWEEPER MIKAMI
――日と月の間で――
第一話 『距離』 B-Part





 明け方の都心をコブラが疾走する。
 ブラックメタリックのオープンタイプ。言わずと知れた美神の愛車だ。
 彼女が運転するその隣、助手席には、いつもと代わり映えのしないジーンズ姿で帽子――寝癖を誤魔化すため――をかぶった横島。彼は浮かび上がろうとする 帽子を目深にかぶり直しながら、シートに深く座り直した。
 身体を撫でる風が心地いい。
 普段ならば少し寒いと感じたかも知れないが、起き抜けの状態には丁度良いぐらいだった。風に撫でられる度、しっかりと覚醒して行くのがわかる。オープン カー特有の押さえつけるような風圧に身を晒しながら、横島は景色を眺めた。
 明け始めた藍色の空に、色とりどりの光が浮いている。光の帯が左から右へ流れていくのを、催眠術でもかかったかのようにボーっと目に入れている と、

「アンタさ〜、忙しい忙しいって何してんの?」

 不意に投げかけられた言葉に、横島は欠伸交じりで答えた。

「勉強ですよ、勉強。受験勉強です」
「何よ、まだ諦めてなかったの?」
「失敬な」

 驚きを含みちょっと声の高くなった美神に、軽いショックを受けながら拗ねた様に横島は返した。
 そう、横島は大学進学を考えていた。
 アシュタロス事件後、暫く妙神山で修行をつけてもらっていた横島だったが、諸事情により1年あまり出奔。武者修業よろしく世界中を廻った彼は、頼めば 仕事を世話してもらえる――何も美神に限った事ではない――GS界でもちょっとは名の知れた存在になっていた。
 が――、

「大体アンタ、大検落ちたんでしょ?」

 その結果、高校は自然中退。
 現在大検の取得を第一目標に、延長線上の大学合格を目指し勉学に勤しんでいた。

「別に落ちたわけじゃないっスよ。あと理系一つだけです」

 言い訳っぽいなと思いつつ横島は反論する。
 実際、高校二年生までは終了していたので、大検を取る為の試験は四教科で良かったのが幸いした。限られた時間を割り繰りして、あと少しと言う所まで来 ている。確かに今回は“受からなかった”が、大検の試験は年2回。まだ11月がある。得意科目ではないが一教科。勝算はある。
 勿論、受かってやっとスタートライン。こんな所で梃子摺(てこず)っ ていては険しい道だろうが諦めてはいない。

(この二年間いろんなことがあった。まだ漠然としてるけど、色んな物が見えてきたんだ。その為にも大学へ……)

 一人静かに燃えていると、

「ま、アンタの人生だからね。頑張んなさい」
「…………そりゃ、どうも」

 『だったら、呼び出すな!』と言う言葉を飲み込んで、お座成りに返事をする。
 水を注す言葉も、逆立つ感情も今は関係ない。熱い自分を切り離し、クリアーな自分を呼び起こす。
 精神抑制はお手の物だ。がっちがちに仕込まれたから。遠い目をしながら横島は思う。この二年間に得たもの中で一番優れているのは、戦闘技術などではなく 精神的なモノだ、と。
 確固たる自信を持って、会話を世間話にずらしながら――嫌なものは嫌なのだ――車は現場に向かった。





◆◇◆◇◆





「これはまた………」

 横島は驚嘆とも呆れともつかない言葉を吐いた。
 幾分都心から離れた、とある山の中腹辺りに在る駐車場。砂利を鳴らしながら歩く彼の目に映るのは、人間の“業”と“凄さ”を一緒くたにしたような光景 だった。
 整地された道。削り取られた山肌。平地にされた斜面。コンクリートやら鉄骨やらで土台作られた地面。聳え立つ鉄骨の壁。岩や土で作られた小山。積み上げ られた建築資材――などなど。
 山を切り出してホテルかなにか、大型施設の建造が行われていた。
 ――と言っても、今は何の作業もされていない。まぁ、早朝なので当然のような気もするが、それにしても………。
 駐車場には、美神の車の他に黒いセダンが一台あるだけ。作業車などは一台も見当たらず、当然の如く二階建てのプレハブには人気がない。経営難からの開発 中止とも考えられるが、鉄骨や足場などがそのままなのが少々気になる。
 横島は腕を組み、軽く首をかしげていると、

「何してるの、横島クン!」

 10mほど先に行っていた美神が、振り返って呼んでいた。
 どうやら考え事をしている内に遅れたらしい。横島は慌てて後を追いながら彼女の後ろに、細く、馬鹿高い塔のような大きな影があるのに気付いた。それは、 今まで気が付かなかったことが不思議なほど大きい。
 高圧電線塔に近い外観。その中心を走る支柱。四方に張り出されたワイヤー。

(ボーリングマシーン?)

 記憶の中の映像と照らし合わせながら、横島は美神の横に追いつく。
 と、それを待っていたかのように美神は、

「さっさと来なさい」
「……へい」

 言いながらも横島の視線は上向いたままだ。

「ところで、美神さん。今回の仕事って何なんスか?」
「………黙って着いてきなさい。直ぐ分かるから」

 今更と言えば今更過ぎる問いに、美神の返答は素気無(すげな)く 冷 たかった。それどころか薄く怒気すら孕んでいるようで、何となくこれ以上聞くのを躊躇ってしまう。
 まぁ、着いて行けば分かると言うのだから、分かるのだろう。彼女がそう言っているのだから、大丈夫……な筈だ……多分。
 怒られたりするのが嫌な横島は、自分をそう納得させ黙って着いて行った。



 進むにつれ、霊気の様なモノが感じられる………気がする。
 フワフワとすり抜ける、雲や霧・水を掴もうとするような、はっきりとしない不明瞭な感覚――まぁ、霊気・妖気・気配とは本来そう言うものなのだが――に 悩まされながら横島は、まるでペアルックかと思うほど自分と似た格好の女の子と歩いていた。
 勿論、美神ではない。腰まである銀に似た白い髪に、前頭部だけが赤い不思議な髪色をした少女だ。

「センセ。もうすぐでござるよ」
「ん、そうか」

 尻尾を振りながら、満面の笑みで彼女は伝えてきた。
 少女の名前は犬塚シロ。誇り高き人狼族である――はずなのだが、横島を師匠と慕うその姿は、どこか忠犬めいた印象を与える。ま、どちらにせよ、天真爛漫 と言った言葉が良く似合う、闊達な少女だ。
 そんなシロは横島の隣にピタリと着き、次々と話かけてくる。だが横島は慣れたように、彼女を不機嫌にさせぬよう適当に相槌を打ちながら、ぐるりと辺りを 確認した。
 横島のもう一方の隣には、巫女服に身を包んだ女性がいた。
 彼女の名前は氷室キヌ。美神令子除霊事務所の古株で、横島にとっては美神についで付き合いの長い女性だ。
 シロより少し年上の彼女は、艶やかな長い黒髪が良く似合う。清楚で可憐。まさに大和撫子といった感じだ。それは長い付き合いである横島との間を、人二人 分ぐらい開けてある事からも窺い知れた。
 そして、そこから十歩ほど間を空けて着いて来る少女がいる。
 年の頃はシロと同じぐらい。黄色のワンピース姿。金色の髪を後頭部で九つに――ナインテールとでも言うのだろうか――纏め、少しつり気味な切れ長の目が 印象的だ。
 彼女の名前は、タマモ。金毛九尾白面と言う歴史に名を刻む程の大妖怪なのだが、そんな印象はない。狐と言うよりは寧ろ子猫のような、気位が高いくせに好 奇心を押さえられない雰囲気が見え隠れして、ひどく愛らしい印象を受ける。

 美神を含めたこの四人が美神令子除霊事務所のメンバーなのだが、今日は何故かもう一人女性がいた。美神共に先頭を歩く彼女は、結構な美人。栗色のショー トカットで、ビシッと濃紺のリクルートスーツを着こなした、所謂デキる女を体現していた。
 その後姿を――と言うより、尻を眺めながら横島は、

「ねぇ、おキヌちゃん。あの人、何?」

 話しかけてくるシロを遮って、おキヌに顔を向ける。
 『まったく、先生は女子(おなご)の事ばかり』 と、ぶつくさ文 句を言うシ ロを気持ちよく無視して、横島はおキヌの話に耳を傾けた。

「………水戸麻美(みとあさみ)さん。東井建設の クライアントさ んです」
「あ、いや、そりゃそうなんだろうけど……。ごめん言い方悪かったなぁ。……え、ええと、そう言う事じゃなくて」
「え? ………あっ! ご、ごめんなさい。あの人、どうしても除霊を見せろってきかなくて。美神さんも色々言ったんですけど……」
「なるほどね」

 ――確かに、すぐ分かるわな。

 胸中でそう呟きながら、横島は仕事の内容を理解した。
 同時に、美神の気が立っていた訳も。

 素人を除霊に連れて行くなど、冗談事ではない。
 一般人は霊現象に対処できないのだ。霊に対する防禦どころか、逃げる事だって満足に出来ない。そんな人物を除霊に連れて行けば、本人はおろか、こちら だってどんな危険に晒されるか、考える必要もない。
 それにもし、彼女が死んでしまったら――それが美神たちの責任でなかったとしても、とてつもない風評被害が出るだろう。
 核ジャック事件が終わった今でさえ、GSは“高額をせしめる怪しい商売”だ。胡散臭いよりは随分とマシになったとは言え、そんな中で、あることない こと風評が吹き荒れたら、信用ガタ落ち・仕事激減・やがて廃業の素敵コンボ。それがたとえ、日本GS界No.1の美神令子でもだ。
 勿論、GS業界にも影響が及ぶだろう。そうなれば美神の名は地に落ちるし、彼女自身、GSとして一生再起できなくなる可能性もある。
 クライアントの我が侭――だろう、多分――で自分の遣ってきた、以上の事を台無しにされかねない。そりゃ機嫌も悪くなるだろう。
 そこで――
 彼女はしょうがなく保険をかけたのだ。
 つまり横島の仕事は、彼女の――

「つまり、俺は彼女と仲良くすりゃいいんだな」

 “護衛”と言う言葉を、自分勝手に変換する横島。
 うんうんと肯く彼に、シロは噛み付かんばかりに詰め寄る。

「先生! またそのような事を!」
「何だよ、うるせぇなぁ。大丈夫だよ、もう飛び掛ったりなんかしないって。流石に18越えたからな、お縄になっちまう」
「そう言う事を言ってるのではござらん。まったく先生は女子(おなご)の 事ばかり」
「何を言う。とりあえず美人に声をかけるのは男として――」

 当然と続けようとしたところで、

「――横島さん」

 背後から、ぬるりと声が掛かる。
 ゆっくり振り返ると、おキヌが実ににこやかな笑顔を浮かべていた。底冷えするような。

「げ」
「げ、ってなんですか! げ、って!!」
「い、いや、違う。そう、違うんだ!」
「何も違わんでござろう、先生」

 思わず口から吐いて出た言葉を弁解しながら横島は、真っ赤になって問い詰めてくるおキヌやシロをかわす。
 横島はしどろもどろになりながら、更に問い詰めてくる二人に両手を広げあたふたと言い訳していると、その脇をタマモが通り過ぎた。
 彼女は数m程通り過ぎてからゆっくりと振り返って、

「どうでもいいけど、もう着いたわよ」

 そう言う彼女のうしろには青いビニールシートがあった。
 美神とクライアントの女性は見当たらない。おそらく、もう中に入っているのだろう。
 一瞬の空白。せっかくの降って湧いた好機を横島が逃す筈もない。

「ほ、ほら、早く行こうぜ。遅れたら美神さんが――」

 怒るから、と言おうとして、また台詞を遮られた。今度はタマモに。

「――ヨコシマ。あんたがどう動こうが勝手だけど、こっちには絶対迷惑かけないでよね」

 キッと、刺すような視線と言葉。それを残して彼女はシートの中に消える。
 つっけんどんなタマモの言葉に横島が呆然と固まっていると、両脇をおキヌとシロがすり抜けた。二人共さっきの問い詰めが嘘のように、さっさとシートの切 れ目から中へと入って行く。
 独りぽつんと残された横島は、

(んだよ。ちょっとした冗句(ジョーク)じゃない か)

 半分は本気だったような気はするが――それは置いといて。
 切ないような、腹立たしいような、何だか釈然としない気分で横島はシートを潜った。





 ――アイ・キャッチ――
 
 一話目はSPなので、CM2(超爆)
 
 この話は、IEで見てね♪




(管理人より)
 第一話A−Partはテキストで送られた投稿を管理人がHTMLに編集したのですが、B−Partは
 藍月 刀さんがHTMLで投稿しましたので、レイアウトを若干手直ししましたが、基本は藍月 刀さん
 のレイアウトをそのまま使っています。
 見映えに違いがありますが、ご理解のほど、よろしくお願いします。


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