この作品は、みなさんがご存知の『GS美神極楽大作戦!!』とは少し違う、並列世界での物語です。
漫画としては描かれることがなかった彼らの姿を、稚拙な文章ではありますがここにご紹介したいと思います。
まずは、『GS美神極楽大作戦!!33巻 リポート1「甘い生活!!(その2)」16頁』―――少年と少女が、東京タワーの上で夕焼けを共に眺める場面―――までを先にお読みください。










追記
夕焼けを愛した少女へ、この作品を捧げます。












やあ。
二十歳の誕生日、おめでとう。
すやすやと眠る生まれたばかりの君を眺めながら、父さんはこの手紙を書いている。

二十年後の君は、はたしてどんな人間に成長しているのだろうか?

ペンを片手に、そんな事をぼんやりと想像しながらね。

何をしているのだろうか?
学生?それとも社会人?

恋人はいるのか?
ひょっとして、万が一・・・結婚していたりして?

友人は?
趣味は?
性格は?

夢はある?

二十年の間に、君はどのような道を歩んだのだろう?

何をその手に掴んだ?
何がその手からこぼれ落ちた?

泣いているか?
笑っているか?

何かに傷ついているか?
誰かを傷つけているか?

道に迷ってはいないか?
進む方角を見定めているか?



悩んでいるか?



幸せか?



一生懸命、生きているか?



・・・父さんは、大人になった君に、伝えたいことがあるんだ。

それは、一人の少女の物語だ。
夕焼けが好きだった、一人の魔族の少女の物語だ。

おそらく、君がこの手紙を読んでいる二十年後、世界は彼女を忘れているだろう。

けれど、父さんは決して彼女を忘れない。

確かに彼女は存在したから。
笑ったり、泣いたり、怒ったり・・・精一杯、生きていたから。
父さんは、彼女から比喩ではなくて・・・命を貰ったから。

だから、父さんは、今、こうして、ここにいるのだから。

そして、君が、彼女が守ったこの世界に、生まれてきたのだから。

君にも知っていて貰いたいと思う。
それ以上のことは、別に、何も望みはしない。

君がこの物語を知って、何を思おうと、それは君の自由だ。
ただ、彼女の事を知り、心の片隅で憶えていて欲しい。

命を賭して人を愛し、そして消えていった彼女の事を。

憶えていて欲しい。














GS美神 極楽大作戦!!

〜午前十一時のきみへ〜

作:PP−1

第一話『契り』











「美神さん・・・か」

ぽつり、とルシオラは小さく呟いた。
その声色に、ほんの少しだけ「不安色」の絵の具を混ぜて。

東京タワーの展望室・・・の更に上。屋外。
穏やかな風が、ルシオラと横島を優しく撫でていく。
これだけの高所でこの風なのだから、地上ではほぼ無風といっても差し支えは無いだろう。

両膝を抱えてしゃがみ込むルシオラ。
可憐な顎をその小さな両膝の上にぽつんと乗せて、沈み行く太陽を眺める。

夕陽。
昼と夜の一瞬のすきま。

この街で一番高い赤い鉄塔の上で、最愛の男性とふたりきり。

・・・なのに。
彼女の小さな胸を、不安が締め付ける。
それは、彼女を取り巻く環境の急激な変化・・・居場所がない・・・おそらく、そんな事が原因ではなくて・・・。

(・・・短時間しか見れない・・・昼と夜のすきま・・・か・・・。
 ・・・まるで・・・私の事みたい・・・ね・・・。
 ・・・変なの・・・もう・・・たった一年の寿命じゃないのに・・・)

―――美神令子―――。

悪魔メフィストの生まれ変わり。
横島のそばにいた・・・ずっとそばにいた、ひとりの女(ひと)。
自分が生まれる・・・横島と出会うずっと前から一緒にいた女。
千年の昔からの、縁(えにし)で結ばれた女。



『美神さんにまかせろ・・・!! こーゆー時のこの女(ひと)は無敵だから・・・!!』



ひょっとしたら、自分は横島にとってこの夕陽のようなものなのかも知れない。
美神令子という太陽が光り輝く昼と、その光を受けて静かに月が輝く夜・・・おキヌという優しい娘と。
その狭間にあるほんの少しのすきまに割り込んできただけの存在・・・。

横島が、真実に心から望んでいるのは、もしかしたら・・・。

未だ言語化すらされない、表層に浮かび上がるまでは行かない深層意識での不安。
それが彼女に口を開かせた。

隣に座る横島に向き直る。

「ねえ、ヨコシマは彼女のこと、どう思っ―――――!?」

瞬間、ルシオラは硬直した。

荒い鼻息。
血走った眼。
欲望の迸る手つき。
百年どころか、千年の恋ですら冷めかねない。

少女が小さな胸を痛めている間に、煩悩と下心を丸出しにした横島は彼女の至近距離にまで迫って来ていたのだ。

「きゃーーーーーっ!?」

「どわーーーーーっ!?」

条件反射的に、横島をはたき倒すルシオラ。

「い、いきなり何を・・・!!」

「何って・・・ちう・・・」

・・・横島らしいと言えば、この上ないほどにらしいかも知れない。
そうは思いつつも、素敵な恋を夢見る少女としては一言言わずにはいられない。

「急にそんなんじゃびっくりするでしょ!?
 流れってもんがあるじゃない!! わかんないのっ!?」

「おあずけ食ってる男にそんなの読めるかーーーーーッ!!」

せっぱつまった雰囲気を全身から醸し出しつつ鉄骨に頭を打ちつけだす横島。
その両目からは噴水のように涙がしぶいている。

「ちくしょーーー!!
 どーせ俺はそーゆーキャラなんだっ!!
 『ぐわー』とか迫って『いやー』とか言われて!!
 しょせんセクハラ男じゃーーーーーっ!!」

そのあまりのテンションの高さにルシオラは思わず呆然としてしまった。
いったい、先程まで自分が感じていた漠然とした不安は何だったのだろうか。

知らずして、ルシオラはため息を吐いた。

「も〜〜〜・・・」

けれど、そのため息と共に先程まで胸に巣食っていた不安が吐き出されていくような気がする。
そしてそれと入れ替えるように、温かな感情が、彼女の心をゆっくりと満たしていく。

温かな感情。
優しい気持ち。
それは・・・愛しさ。

彼のこういう部分に心安らいでいる自分が・・・ここにいる。

(そっか・・・私は・・・ヨコシマの優しいところだけじゃなくて・・・。
 バカなところも・・・スケベなところも・・・あけすけなところも・・・全部ひっくるめて・・・)

少女の瞳に優しい光が満ち、口元が自然と綻んでくる。

「ばっかね〜〜〜〜〜!!」

ルシオラは、横島の背中にそっと寄り添った。

「!!」

額から流血している横島を振り向かせる。
その両肩に優しく手を置く。

横島の瞳の中にいる、幸せそうな微笑を浮かべた黒髪の少女がこちらを見返してきた。

「いやなわけないでしょ、ぜんぜん♪」

軽く背伸びをして、唇を重ねる。
触れるだけのキス。

唇に・・・精一杯の想いを込めて。

茜色に染まった世界で、誰にも邪魔されることのない場所で。
ふたりの思い出のアルバムにまた一枚の写真を貼り付ける。

自分は何を不安になっていたのだろうか。
横島に愛されたい・・・望んで欲しい・・・それは確かに本当の気持ち。

だけど―――。

それよりももっと大切なのは自分の気持ちだ。
自分が彼を好きだと思う気持ち。愛しく思う気持ち。

愛されることではなく・・・愛すること。

(恋をしたら、ためらったりしない・・・。
 私が自分で・・・そう言ったんだっけ・・・。
 それはきっと・・・寿命なんか・・・関係ないんだよね・・・)

ルシオラはゆっくりと唇を離すと、ぴとりと横島の胸に頬を当てた。
そっと彼を抱きしめる。

「・・・ほら・・・いやじゃ・・・なかったでしょ・・・」

しかし、横島はぴくりとも動かず何の反応も示さない。
不思議に思い、ちらり、と上目づかいに横島の表情を確認した。

そこには、ただただ呆然と赤面しているだけの少年が一人。

ルシオラはくすりと笑って、もう一度横島の胸に顔を埋めた。
大きく息を吸い込む。
少女の胸いっぱいに広がる、少年の匂い。

「・・・ヨコシマ・・・」

甘えた声で、呟く。

その刹那。

横島がルシオラを抱きしめてきた。
簡単に手折れそうな細い腰と華奢な背中に両手をまわして、きつくきつく、強い力で。

魔族の少女は一瞬だけ目を見開き、そして頬を染め・・・再びその瞳を瞼で隠した。

「・・・ちょっといたい・・・」

「あ・・・わ、わりぃ・・・」

「・・・ううん・・・いいの・・・もっと強く・・・抱いて・・・」

「・・・ルシオラ・・・」

心の中に、穏やかな嵐が吹き荒れている。
胸が切なくて、苦しくて、痛くて・・・幸せで・・・泣けそうなほどに甘い想い。

やがて。
少女の中から時間の感覚が失われ、周囲が闇に包まれた頃。
少年は地上三百メートルでの抱擁をゆっくりと解いた。
ライトアップされていく赤い鉄塔の上、ルシオラはそっと横島を見上げる。
少年の表情は、何処と無く緊張しているように思えた。

「・・・とりあえず・・・一回目・・・だな」

「・・・え?」

横島は、ぎこちなく笑った。

「ほ、ほら・・・約束したろ・・・?
 夕焼けなんか・・・百回でも、二百回でも・・・一緒に・・・って・・・」

「・・・あ・・・」

ふいに、息が詰まる。
どうしてこの男は・・・いつもいつも肝心な所で、彼女の魂を揺さぶるような言葉を口にするのだろう。

けれど、横島の言葉はそれだけでは終わらなかった。

「そ、そこで・・・だなッ・・・!!
 お、お、お、俺としては、で、出来れば・・・夕焼けだけじゃなくて・・・朝焼けも一緒にッ・・・!!」

「・・・え・・・?」

感極まっている少女は、咄嗟にその言葉の真意を理解できない。

(・・・早朝デート・・・?)

きょとんとした表情で小首を傾げ、横島を見上げるルシオラ。
横島は青春真っ只中の少年らしい緊張感をその表情どころか全身から漂わせつつ、口を数回開閉した。

「よ、よ、よーするに・・・ッ!!
 俺の部屋で、ふたり一緒に夜明けのマッターホルンを眺めつつモーニングコーヒーなど飲みませんかッ!?」

臨界点まで達した緊張感によるものか、意味不明な発言をする横島。
丁寧語になってしまっている語尾に、彼の“いっぱいいっぱい”具合が読み取れる。

「・・・ヨコシマの部屋からマッターホルンなんて見えるわけ・・・あ・・・!!」

素朴な疑問を発しかけたルシオラの表情に、見る見るうちに理解の色が広がった。
そして3.74秒の間隔を置いて、その理解の色も首筋から額に向けて赤い絵の具で塗り替えられていく。

(そ、それって・・・つまり・・・そーいうこと・・・よね・・・)

恥ずかしい。
今にも顔から火を噴きそうだ。
かつては自分から誘ったなどと、とても信じられない。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

形容し難い沈黙が二人の間に充満した。
横島もルシオラも、それ以上言葉を繋ぐ事が出来ない。
どちらのものともつかぬ跳ね回る心臓の音だけがやたらと耳につく。

少女の腰を軽く抱き寄せたまま、判決を待つ被告のように緊張している横島。
少年の胸に両手をついて、困惑と羞恥の綯い交ぜになった表情で俯くルシオラ。

それは、世界を征服しようとしていた魔神の部下と、その野望を阻止したGSの姿などではなくて。
何処から見ても、初めての恋に戸惑う、不器用な、世慣れない恋人同士の姿だった。

「・・・私は・・・急がなくても・・・今のままでも・・・十分なんだけど・・・」

やがて、ルシオラは心惑いながらも口を開き、そっと顔を上げ・・・そして、ぎょっとした。

そこには、この世の終わりのような表情で血涙を流す横島の顔。

「・・・はは・・・そーだよな・・・急ぐことないよな・・・。
 ・・・ははは・・・。
 ・・・はは・・・。
 ・・・は・・・。
 ・・・・・・。
 ・・・ぅぅ・・・なんで女はこのせっぱつまった気持ちを理解してくれんのや・・・!!
 そのくせあんな可愛い表情でッ!! あんな可愛い仕草でッ!! あんな可愛い言葉でッ!!
 男の純情を揺さぶるだけ揺さぶりやがってッ!!!
 言われたとーり、せーいっぱい、せーいっぱい流れを読んだのにッ・・・!!
 ちくしょーーー!!
 ヤらしてあげるって、ヤらしてあげるって言ってたのにーーーッ!!」

「“ヤらしてあげる”なんて下品な言葉使ってないわよッ!!」

何処からか取り出したハリセンで横島をしばくルシオラ。

「ああっ!? 久々に口に出してたッ!?
 いー雰囲気だったのに、俺ってば相変わらずなんてお約束の似合う奴なんだッ!!」

世慣れない恋人同士が、一瞬にして絶妙な呼吸の漫才師になってしまった。

どちくしょー、と魂からの叫びと共に再び鉄骨に頭を打ちつける横島。
男の純情というのは煩悩と下心のことらしい。

「・・・はぁ・・・まったく〜〜〜・・・」

どうしてこの男は・・・いつもいつも肝心な所で、いい雰囲気を台無しにしてしまうのだろう。

でも・・・。

半ば呆れつつも、少女は小さく吹きだす。

(・・・この方が・・・ヨコシマらしい・・・よね・・・)

「こら」

「どーせ俺はいつまでたったって・・・へ?」

こつん、とルシオラは小さな拳で横島に優しく拳骨を落とした。

「人の話は最後まで聞きなさいよね」

「・・・?」

「私は・・・今のままでも十分なんだけど・・・」

顔中から疑問符を飛ばす横島を背後から抱きしめて、その背中に額を押し付ける。

(恋をしたら・・・ためらったりしない・・・か・・・)

「ヨコシマが・・・どうしてもって・・・言うなら・・・」

「!!」

頬に熱を感じつつ、小さな、それでいてよく響く声で、ルシオラははっきりと言った。

そうだ。
寿命の長さなど、本当は関係なかった。
明日のことは誰にもわからないのだ。
恋をしたら、誰かを好きになったのなら・・・答えは、少なくとも自分の答えは決まっていたのに・・・。

「ル・・・ルシオラ・・・それって・・・つ、つまり・・・」

「・・・ばか・・・」

呟くと、ゆっくりとルシオラは横島から離れた。

ぎぎぎ・・・と、油の切れたような音を立てて振り返る横島。
妙に慌てたような表情。

「あ、あの・・・」

ルシオラはすっ・・・と横島に近づいてその首筋に手を回すと、耳元に唇を寄せた。

囁く。



「・・・今夜・・・事務所を抜け出して・・・部屋に行くから・・・」



二人の間を静寂が支配する。
三百メートル下方の下界の喧騒もここまでは届かない。

やがてゆっくりと横島の両腕が持ち上がり、そっと少女を腕の中に包み込んだ。

雲の切れ間から零れる月の光が、静かに二人を照らし出す。

「「・・・・・・」」

言葉もなく、ゆっくりと交わされる口づけ。

深く濃くなっていく夜の帳と、煌々と輝く東京タワーの照明。

少年と少女は、まるで化石にでもなってしまったかのように、いつまでも動かなかった。

いつまでもいつまでも・・・動かなかった。










…To be continued.



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