GS美神 極楽大作戦!!
〜午前十一時のきみへ〜
第一話『契り』 (3)
「・・・ヨコシマのことが・・・だいすき・・・って・・・」
少しだけ照れたような、甘い声。
ルシオラはそのまま横島の胸に顔を埋めてきた。
「・・・ルシオラ・・・」
少女が垣間見せた表情。
ひとすじの涙とはにかみの笑み。
横島は、その表情に心臓を鷲掴みにされた。
まるで頭蓋に直接熱湯を注ぎ込まれたかのように、頭の中が熱い。
男の衝動を堪え切れない。
「きゃ!?」
気が付けば、横島はルシオラを自分の下に組み敷いていた。
左腕で少女の肩を抱き、半身で覆い被さっている。
それでも無意識のうちにも彼女を気遣ったのか、体重はほとんど掛けていない。
右掌で、目を見張っている少女の頬をそっと包む。
「・・・そう言えば・・・他にも寝言・・・言ってたよ・・・」
数回瞬きをした後、ルシオラの表情がふわりと柔らかくなった。
横島の中の熱を感じ取ったのかも知れない。
「・・・なんて・・・?」
視線が絡み合う。離れない。
「・・・キスして欲しいって・・・」
横島が半ば熱にうなされたように呟くと、ルシオラは少しだけ笑い、静かに目を閉じた。
「「・・・・・・」」
小鳥がついばむようなキス。お互いの唇を甘噛みする。
少しずつ、ゆっくりと時間を掛けて、唇を重ねる。
周囲の空気が、二人の身体が、徐々に熱を帯びていく。
それは、昨日までの二人の姿ではなかった。
二人の身に纏う雰囲気は、もう少年と少女であった頃のものではない。
深く強く唇が絡み合い、湿った音が響く。
もしかしたら、火傷してしまうかも知れない。
横島の熱くなった意識の片隅を、ほんの一瞬そんな思考が走り抜け、消えていく。
やがて。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そっと名残惜しげに離れる唇を、銀色に光る唾液が繋いだ。
糸を引き、細くなり、切れる。
(・・・まただ・・・)
少女の黒曜石のように輝く瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えながら、横島は思った。
昨夜も感じた狂おしい想い。
おまえの為なら、この命すら惜しくないと、死んでもいいと、自分は今、本気で思っている。
もしかしたらそれは一時の錯覚に過ぎないのかもしれない。
けれど、それにしたところでおよそ自分らしくない。そんな個性(キャラクター)ではなかったはずだ。
これが、心を奪われると言うことだろうか。
自分の下で、瞳を潤ませて真っ直ぐにこちらを見上げてくる少女に、現在進行形で心をちぎられて、盗まれているのだろうか。
だからこんなにも、胸が痛くて、痛くて、痛くて・・・。
彼女が欲しくて堪らない。
「・・・まだ・・・寝言・・・言ってたよ・・・」
「・・・なん・・・て・・・?」
掠れる声で言う横島に、震える声で答えるルシオラ。
「・・・教えて・・・欲しい・・・?」
横島の手が、少女の胸元へ伸びて、彼女の身体を隠すタオルケットの端を掴む。
布地越しに、柔らかな乳房の感触。
ルシオラは小さく笑った。
「・・・なんだか、一晩でずいぶん口が上手くなったみたい・・・」
そうでもないさ、と横島は心の中で苦笑する。
真実に伝えたい言葉は言えないままで、気障な言葉遊びをして曖昧に笑っているだけだ。
「・・・流れってもんがあるからな・・・」
「・・・ふふ・・・よく言う・・・」
「・・・駄目・・・かな・・・?
・・・それとも・・・身体・・・つらい・・・?」
たとえ言葉遊びといえど、気持ちも欲望も本物だ。
やんわりとはぐらかすようなルシオラに、ついつい情けない声で問い掛けてしまう。
経験前に比べて余裕があると言っても、所詮は十代の若者でしかない。
余程横島が情けない表情をしたのだろうか、少女は小さく吹き出した。
両手を伸ばして、横島の頬に触れてくる。
「・・・ふふ・・・駄目じゃないよ・・・。
・・・身体も・・・大丈夫・・・。
ただ・・・もう朝だし・・・明るいから・・・恥ずかしいかなって・・・」
「・・・やっぱり、朝だと恥ずかしい・・・?」
「・・・うん・・・」
可憐に頬を染めて頷くルシオラ。
おそらく、彼女はわかっていないのだろう。
そんな初々しく可愛らしい姿が、余計に横島を燃え上がらせてしまうということに。
「なら、大丈夫」
「え?」
横島は会心の笑みを浮かべると、ずいっと顔を近づけた。
少女の香しい吐息を間近に感じ、心が痺れる。もしかしたら麻酔されているのかも知れない。
「もう、とっくに昼だから」
言いながら、横島は少女の首筋に唇を落としていく。
「え・・・それって・・・。
!!・・・あ・・・や・・・だめぇ・・・。
朝・・・も・・・ひ、る・・・も・・・一緒じゃ・・・ぅん・・・ない・・・の・・・。
んん・・・ぁ・・・ぅゃ・・・ぃや・・・だめだって、ばぁ・・・」
甘く鼻にかかった声。拒否するような言葉とは裏腹に、その両手は横島の頭を掻き抱いている。
熱くなった横島の頭の中にほんの僅かに残った冷静な部分が、少女が自分を受け入れてくれていると、無理強いをしてはいないと、判断した。
接吻の雨を徐々に胸元に近いところに降らせていく横島。
ルシオラの反応を窺いながら、華奢な鎖骨を唇でなぞる。
徐々に荒くなってきた少女の熱い呼気に自分自身を昂ぶらせつつ、横島は彼女を包むタオルケットを取り去ろうと・・・。
「ヨコシマ!?」
「・・・え・・・何・・・?」
「お昼って・・・今何時なの?」
先程までの甘えるような声音は何処へやら、急に慌てたようなルシオラの声に、横島は顔を上げた。
少女の触角の向こうに目覚し時計が見える。
「何時って・・・何で?」
「いいから教えて!」
少しだけ拗ねたような声になってしまう横島。
いよいよこれから、というタイミングだっただけについつい唇を尖らせてしまう。
けれど、ルシオラはそんな少年の様子に構っている余裕はなさそうだった。
「・・・十一時・・・十分だけ・・・」
「どうしよう!!」
「どおぅっ!?」
がばっ、と一息に跳ね起きるルシオラ。そして跳ね飛ばされる横島。
「アイタタタタ・・・・うう・・・これからやったのに・・・」
年季の入った、横島の見事な顔面着陸。
内心で作者への呪詛を唱えつつ、顔を押さえながら起き上がる。
「もう! 忘れちゃったの!?
これ以上は投稿規程にひっかかる・・・じゃなくて!!
私、昨夜は事務所を抜け出してきてるのよ!?
朝早いうちに戻らなくちゃいけないからって、言ったじゃない!!」
「あ」
「目覚まし掛けたはずなのに・・・無意識の内に止めちゃったのかしら・・・。
ああぁ、どうしよう、ヨコシマ・・・?
もう、絶対に私がいないことばれちゃってるわ・・・」
「・・・・・・」
「まずいよね・・・私・・・まだ保護観察中なのに・・・。
ううん・・・それよりも・・・美神さんとかおキヌちゃんとか・・・どう思うかしら・・・」
「・・・・・・」
「なんて言おう・・・一人でいたなんて言える状況じゃないし・・・。
かと言って・・・ヨ・・・ヨコシマと・・・その・・・ひ、一晩一緒にいたなんて・・・。
そ・・・それって結局・・・ヨコシマと・・・あの・・・その・・・ごにょごにょ・・・」
「・・・・・・」
考え込むうちに今更ながら真っ赤になってしまい、俯いて人差し指同士をくにくにさせるルシオラ。
横島が無言のままに近づいて来て、その薄い両肩を力強く掴む。
「・・・大丈夫。
俺に任せて置けよ。皆には俺がきちんと説明するから。
おまえは堂々としてりゃいいさ。俺達、何一つ間違った事も悪い事もしてないんだから」
ルシオラは優しく力強い横島の言葉に顔を上げた。
「・・・いいの? だってそれじゃあおまえが・・・」
「いいさ」
断言して優しく微笑む横島に、ルシオラの瞳が潤む。
やはり、彼女は心のどこかで、恋人の気持ちを不安に思っていたのかも知れない。
「・・・ヨコシマ・・・」
「・・・ルシオラ・・・」
少年と少女の視線が絡んだ。
・・・ように思えたが、横島の視線はルシオラの顔よりも下方に向けられていた。
「・・・?・・・」
不思議そうに横島の視線を辿るルシオラ。
そこには。
一糸纏わぬ自分の上半身。
先程横島と一緒にタオルケットも跳ね飛ばしていたらしい。
「そうだ。そうやって堂々としていればいい。
・・・確かに標準よりは少し小さいかも知れない。
けれど、俺がちゃんと説明してやるさ。
形が完璧なことも、色がきれいなことも、柔らかくてあったかいことも。
もちろん感度だって最高に良好だったさ。
おまえは何一つ恥ずかしがることも不安がることもないんだ」
横島は瞳の中にキラキラと無数の星をちりばめ、最高の笑顔で微笑んだ。
鼻から一筋の血を垂らしつつ。
沈黙。
沈黙。
沈黙。
「な?」
横島のサムズアップサイン。
「きゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!」
絹を裂くような、それでいて一向に悲壮感のない、かなり可愛らしい感じの悲鳴が結構な音量で響き渡った。
「説明すべきはそこじゃないでしょッ!? ってゆーか誰に説明するのよッ!?」
ぺちん!
少女は手で胸を隠しつつも、幻の右平手打ちを完璧な動作で打ち抜いていた。
見事な恥じらいとツッコミのコンビネーションだ。
「い、いや、違う、違うんや!!
最初は本当に、皆には俺からちゃんと言うからって言おうとして・・・!!
でも至近距離で、明るい光の中至近距離で見た生チチが、俺の思考回路を狂わせたんやーーーッ!!」
打たれた頬を押さえつつ、激しく頭を振る横島。
「いったいどーゆー脳の構造を・・・。
まぁ・・・ヨコシマらしいと言えばこれ以上ないくらいらしいけど・・・」
ルシオラは真っ赤な顔で呆れたように呟いた。
ぺたんと内股で座り、恥ずかしそうに横島を睨んでくる。
「は、ははは・・・。 お、俺もそう思う・・・」
横島は少し上を向いて首筋をトントンと叩きながら、愛想笑いを浮かべた。
それでもついつい、横目でチラチラとルシオラを見てしまう。
両腕で隠された胸の谷間。
閉じあわされた太ももと白いショーツ。
少しだけ涙を浮かべた愛らしい顔はもちろん、全身が赤く上気して羞恥の色に染まっている。
当然ながら鼻血は全く止まる気配を見せない。
しかし、大概の場合少女は『スケベ』な異性の視線に敏感なものであり、この場合も例外ではなかった。
ぶつかる横島とルシオラの視線。
声に例えれば『むぅ〜』といった感じで上目づかいに睨みつけてくる少女の黒曜石の瞳。
やましいところだらけの横島としては後ろめたさとバツの悪さについつい後退しかけてしまうが、少しだけ反論したい気持ちもある。
「う・・・。
その・・・。
そ、それにしたって・・・俺たち・・・ほら・・・なあ?
今更生チチ見たからって・・・ビンタまですることはないんじゃないかなー・・・なんて・・・」
途端に、あ、と口を開けて、見る見るその表情を曇らせるルシオラ。
「あ・・・そっか・・・そうだよね・・・。
・・・。
・・・。
あの・・・それは・・・その・・・ごめんなさい・・・。
でも・・・やっぱり・・・いきなりだと・・・まだ恥ずかしいから・・・つい・・・」
「あ・・・いや・・・そ、そーだよな・・・わりぃ・・・。
“そーゆーもん”だって・・・さっきも言ってたもんな・・・ははは」
ルシオラは申し訳無さそうに元気なく俯いてしまい、軽い気持ちで言ったつもりの横島は慌ててしまった。瞬時に鼻血も止まる。
彼女のそんな顔を見たくはない。
いつだって、笑っていて欲しいのに。
なのに、自分で彼女の笑顔を曇らせて・・・。
(なにやってんだ、俺? 相変わらずてめーのスケベ心が満足すればそれでいいのか!?)
やはり女の子はムードや雰囲気を大切にするものなのだ、と横島は思う。
ならば、彼女を大切にしたい自分もそういったものを大切にするべきなのだ。出来る限り欲望を自制して。
横島が煩悩を全開に出来るようになるには、きっともう少し時間が必要なのだろう。
(それに・・・全く恥じらいのないルシオラ・・・ちょっと悲しいもんがあるしな、それは)
前日に比べて信じ難い程の精神的成長を果たしたのか、単に余裕が出来ただけなのか。
邪な視線を無理矢理少女の裸身から引き剥がすと、横島は足元に脱ぎ捨ててあったジーンズを穿いた。
「鍵、下駄箱の上に置いとくから。あ、窓も閉めといてな?」
「え・・・ヨコシマ・・・?」
「俺、先に表に出て待ってるからさ? ルシオラも服着ちゃえよ」
少しだけ驚いたような少女に、横島は悪戯に笑いかけた。
「どした? それとももしかして・・・着替え見せてくれるのか?」
その言葉に、更に顔を赤くして頭から湯気を吹き出してしまうルシオラ。
「ははははは。覗いたりしないから、安心して・・・って俺が言っても信用ないな。
まあ、それはともかくとして。
とりあえずテキトーに朝飯食ってから・・・事務所まで行こうぜ。
大丈夫。『皆には俺からきちんと説明する』って言った辺りまでは正気だったんだから」
横島はGジャンを拾って肩に掛けると、狭い玄関で器用にスニーカーを履いた。
自分のスニーカーの隣にちょこんと置いてある白い小さなパンプスに、口元が自然と綻ぶ。
「それじゃ、下で待ってるから」
「あ、あの・・・!!」
扉を開けて振り向いた横島に、妙に真剣な表情でルシオラが声を掛けてきた。
「ん?」
「・・・あ、あの・・・」
「?・・・どーしたの?」
「・・・そ、その・・・説明って・・・」
「・・・?・・・」
「・・・ううん、やっぱりいいわ!
急いで着替えるから、下で待っててね、ヨコシマ」
しばらく言い淀んでいたルシオラだったが、結局言うのを止めてしまった。
横島はほんの少しだけルシオラの表情を窺ったが、どうやら今はこれ以上言う気はないらしい。
けれど、彼には彼女の訊きたかったことが、何となくわかった。
少しだけ考えた横島は、ルシオラを真っ直ぐに見て、問い掛けた。
「・・・なあ・・・俺とこうなって・・・後悔してるか?」
「・・・え?」
唐突な質問に戸惑う少女に構わずに続ける。
「・・・俺は・・・後悔してない。
・・・って、まあ、スケベな俺が言ってもあれかも知らんけど・・・。
俺は、後悔してない。
初めての相手が・・・おまえで良かったって・・・嬉しいって・・・思ってる」
「・・・・・・」
少女は少年の真摯な視線と言葉を黙って受け止めていた。
互いの瞳を捕えたまま、微動だにしない二人。
部屋の中に、静寂が満ちた。
吹き抜ける風が、二人の髪を優しく梳いていく。
「・・・だから・・・そんなに心配するなよ。・・・な?」
横島は表情を崩すと、笑いかけた。
彼女が少しでも安心するように。
何処か躊躇いがちに、こくんと頷く少女。触角もこくんと頷く。
(あ・・・なんか可愛いかも・・・って・・・こりゃ、べた惚れだな・・・俺)
彼女のほんの些細な仕草すら愛しくて仕方が無い自分。
横島は内心そんな自分に苦笑しつつ、少女に背を向ける。
「よし・・・ほんじゃ、着替えたら下に・・・」
とん、と背中に柔らかな衝撃を感じた。
Tシャツの薄い布地越しに感じる柔らかで温かな双球の感触。
背後から横島の胸に回された、二本の白い腕。小さな手。
「・・・私も・・・後悔してない・・・するわけ、ない・・・」
「・・・ルシオラ・・・」
ルシオラの腕が、横島を抱きしめてくる。
「・・・私も・・・“あなた”で良かったって・・・幸せだって・・・」
横島は、そっと少女の手に自分の手を重ねた。すっぽりと隠れてしまう少女の柔らかな手。
ルシオラが、深く深く息を吐きながら、そっと呟いた。
「・・・少しだけ・・・もう少しだけ・・・このまま・・・」
「・・・ああ・・・」
Gジャンを羽織りながら安普請の階段をカンカンカン・・・と音を立てて降りる。
(・・・俺がしっかりして・・・あいつを守ってやらないとな・・・)
単純な力や霊力ならば、ルシオラのほうが強い。
けれど、そういうことではないのだと、横島は思った。
(・・・いつまでもフラフラといいかげんなままで・・・あいつを不安にさせちゃだめだ・・・)
横島は胸ポケットからバンダナを取り出すと、慣れた手つきで額に巻く。
(・・・それはともかく・・・ど・・・どーやって生き延びればいいかな、俺・・・)
何はともあれルシオラ嬢は朝帰りだ。
以前は『命懸け』だったのはルシオラだったはずだが、今は横島の方が『命懸け』なのかも知れない。ある意味。
「まあ・・・今更誤魔化すわけにもいかないし・・・そんな気も更々ないし・・・な」
きりりと表情を引き締める。
脳裏に早速『ヴァーチャル美神・おキヌ・パピリオ』を出現させてシミュレーションを開始。
『横島クン? 一晩中ルシオラと一緒にいたの? ふーん?』(にっこり)
『横島さん? 一晩中ルシオラさんとご一緒だったんですか?』(にっこり)
『ポチ? 一晩中ルシオラちゃんとナニシてたんでちゅか?』(ジト目)
せめて、せめてパピリオに外見相応の知識しかなければ・・・と思うが、どうしようもない。
「は・・・はは・・・だ・・・大丈夫だよな、俺・・・死んだりしないよな・・・」
横島は持てる経験の全てを総動員して対策を練ったが、どうにも五体満足のままシミュレートが終了しなかった。
カクカクと膝が震える。男はつらいよ。
「まあ・・・泣かれるよりはマシだけど・・・って、まさか・・・そんなわけない・・・よなぁ・・・?」
理屈を言えば、横島はルシオラが一時所在不明になってしまったことについては大いに責任があるが、昨夜のことは横島とルシオラの二人の問題であって、誰かに憚る事は何一つない。
横島は誰かと正式に交際していたわけでもなんでもないのだから。
けれど、それはあくまでも理屈でしかないのも、また事実である。人間関係はロジックではないのだ。
横島は本能的に知っていたのかも知れない。
何かを手放さなければ、何かを掴むことは出来ないということを。
そして、彼はもう既に、選んでしまっていたのだ。
「ここはひとつ・・・あの野郎にでも訊いてみるかな?
あいつ、修羅場の経験とか結構豊富そうだし・・・な」
独り言ちて髪の毛をかき回す横島の視線の先には一台の自動車。
パトランプの付いたジャガーXJR。
扉に施されたマーキングを見れば、オカルトGメンに配備されている車輌らしい。
横島の知る限りあんな高級車に乗っているGメンの人間は一人しかいない。
その、横島が知っているたった一人の男―――西条輝彦は、煙草を吸いながらジャガーのボディに寄り掛かり、面白そうな表情でこちらを眺めていた。
どうやら保護観察中のルシオラの所在不明問題に関しては、心配する必要はなくなったようだ。
「・・・ダッヂヴァイパーだけじゃなかったのかよ?」
これだからブルジョワ階級は、と毒づく横島に向かって、西条が爽やかな笑顔で片手を上げた。
…To be continued.