フェダーイン・横島

作:NK

未来編 第1話




「オオオオオオ……ッ!」

 すでに致命傷を受け機能停止も目前の究極の魔体だが、その主砲がゆっくりと狙いを定め発射態勢に入る。

 キイィィイイ…

 エネルギー反応の増大に気が付いた横島(美神と合体済み)はその事に気が付き愕然とする。
 あの主砲の威力は桁違いなため、2万マイト近い霊力を誇る今の横島でも防げる物ではないのだ。

「なっ……! こいつ ―― 最後の一発を!!」

 もはや発射を止める事はできず、やむを得ずに耐ショック体勢を取る横島。

 ドカッ!!

 閃光と共に荒れ狂う強大なエネルギーが指向性を持って発射され、その強力なエネルギー弾は東京を目指す。

「結界出力全開!! みんな、何かに掴まれ!」

 東京湾アクアラインの海ぼたるに前線司令部を置いていた西条達は設置した防御結界を作動させる。
 これで敵のエネルギー弾を防げるとは思っていない。
 敵主砲のエネルギーは例え結界の出力を数倍にしたところで、まるで紙のように呆気なく突き破ってしまうだろう。
 全員が覚悟を決めて最後の時を待った。

 しーーーーん…………

 しかしいつまで経っても衝撃波も来なければ身体が消滅もしない。

「どうした……!?」

「ビームが来ないぞ? 一体どういう……?」

 何も起きない事に怪訝な表情をしながら立ち上がり、周囲を見回す西条、美智恵、唐巣達。

「げっ…!?」

 カオスを含む面々は、自分の目を疑った。
 そこにはあり得ない光景が存在したのだ。

 バリバリバリ……バリッ!

 それはまるで自分達を守るかのように立ちはだかる光り輝く巨人……。
 一人は圧倒的な霊力(神気)を、もう一人は周囲のあらゆる物を吹き飛ばしそうな魔力をその身に纏っている。
 その姿は紛れもなくイ○ス・キ○○トとサ○ン(ル○フェル)という神・魔界の最高指導者だったのだ。

『間に合ったようですね……!』

『いや、しかしこら正味の話し、出力が落ちてへんかったら、わしらでも防ぎきれんかったで………!』

 完全にエネルギー弾を防いだ事を確認すると、二人の最高指導者は姿を消す。

『おまえの ―― 罪を許そう、アシュタロス……!』

『そして ―― この戦いで最も大事なものを失った彼の事を頼みますよ………』

 最後にその言葉を残して……。






「終わったのか……? これでアシュタロスのヤツが狙った人類抹殺は防げたのか……?
 ハッ!? これは……強力な霊力が!!」

 合体を解き、全てを終えたという安堵感とルシオラを失ったという喪失感から、魂が抜けたかのように空の彼方を見詰めていた横島が急に表情を真剣な物にする。

「なに、これは……?」

「ま、まさか……上級神族!?」

 その場に居合わせたものの、あまりにも痛々しい横島の姿に声を掛けられなかった小竜姫、ヒャクメ、ワルキューレ、美神も驚いて横島に駆け寄る。

 キイィィイイン!

 前方の空間がゆらりと歪み、姿を現す一人の天使。

「て、天使!?」

「で、では最高指導者の使者ですか!?」

 ヒャクメと小竜姫が驚いたように、相当高い霊格を持った上位クラスの天使が降臨したのだ。

「そうだ。私は最高指導者の命によってやって来たアズラエル。
 人間達には死を司る天使とも呼ばれている」

「じゃあ俺の寿命が尽きるとでも言うのか? 死神の代わりってワケじゃないよな?」

 どこか東洋風の衣装を着て、その輝く翼にヒャクメのような目玉模様を付けたアズラエルに尋ねる横島。

「まあ待て、横島。アズラエル、貴様が最高指導者の命でやって来たと言う事は、横島の魂から
 ルシオラの魂を分離させる方法でもあるのか?」

 元は神であったワルキューレがその人選(?)を怪訝に思い問う。

「そうでした! 確かアズラエル様は人間の肉体と魂に関するエキスパート……でしたね?」

「その通りだよ、竜神王が臣下・小竜姫よ。最高指導者は今回のアシュタロスの乱で格別の働きを
 見せた横島の状況を知り、極秘のプロジェクトを急遽招集された。これは神界、魔界最高指導部
 の許可の元に行われる。
 小竜姫、お前にも緊急帰還命令が仏○様から出されている。同行してもらおう」

 小竜姫はその言葉にさらなる驚愕を見せながらも頷く。
 竜神王を通り越し、自らの系列の最高神からの命令なのだ。普通ではこのような事はあり得ない。

「横島よ、今回の戦いでは真に済まなかった。アシュタロスの妨害霊波によって我らは人界に来る
 事すらできない中、お前には多くの辛い思いをさせてしまった。今すぐに処置を行えばお前の中
 に残っているルシオラの意識を維持する事ができる。そして覚悟さえあるならば、ルシオラを
 再び生き返らせる事も可能だ」

 小竜姫に命令を伝え終えたアズラエルは、今度は横島の方を向いて驚くべき事を語り始める。
 究極の魔体との戦いの前に、ベスパからルシオラ再生の可能性が低い事を暗に告げられていたのだから。

「そ、それは本当なんですかっ!? だったらすぐにでもお願いします!」

 見いだされた希望に縋るように懇願する横島。

「わかった。だが少し待ってくれ。そのために必要なものがまだ来ていない」

 アズラエルがそう言った時、いきなりワルキューレがピクッと反応する。

「おっ、来たようだ。これで全てが揃うわけだ」

 ギュウゥゥウウン!

「はっ!? こ、今度は上級魔族が!」

 そこに新たに空間の歪みが発生し、一人の魔族が姿を現した。

「まっ、まさか……アモン様!?」

 頭にフクロウを形取った兜を被り、カラスの黒い羽を持つ立派な体格の魔族が降り立つ。

「おお、ワルキューレ。どうやら生きていたようだな」

 薄い青い肌をした整った顔立ちの魔族・アモンが口を開く。

「アモン! 確か過去や未来のあらゆる知識を持つという魔族侯爵でしたね……。これ程上位の
 魔族が現れたというのは、やはり魔界最高指導者の命によるのでしょうか?」

「龍神の娘よ、その通りだ。さもなければ私やアズラエルのような上位神魔がこれ程簡単に人界
 に来れるはず無かろう。私が来たのはこれを回収するためだ」

 そう言ってアモンが右手を差し出して見せた物は……淡く光り輝く蛍の形をした霊気の塊だった。

「これは……まさかあの時残ったルシオラの霊破片を集めた物か!?」

 見た瞬間にそれが何であるか理解した横島は、霊格の違いなど無いかのようにアモンに近寄りその蛍を手に取る。

「ほう、良く分かったな。さすがと言うべきか……。残念ながら復活に必要な量の霊破片は手に
 入らなかったが、これだけあれば何とかなる。アズラエル、もう彼の了解は取ったのか?」

 感心したような顔をしてアズラエルの方に意識を向けるアモン。

「いや、説明しようとしていたらお前が来たのでな。これからだ」

「そうか。この成否は時間との勝負だ。早く説明した方がいいだろうな」

「そうだったな。横島よ、結論から言おう。ルシオラという魔族の少女を復活させる事は可能だ。
 だがそれには一つだけ条件がある」

「それは何です!? 俺にできる事なら何でもやります!
 だから、だからルシオラを助けてやってくれ!!」

 必死の形相の横島を見て、その決意を確かめたアズラエルは説明を続ける。

「その条件とはお前が人間である事を止める事だよ。人間である以上、そう何度も粘土みたいに
 ちぎったり、くっつけたりしたら魂が原形を維持できない。だがお前がより高次元の存在になれ
 ば、最大のネックはクリアーされるのだ」



「ちょ、ちょっと待ってよ! それって横島君に魔族になれって言う事!?」

 それまで黙って聞いていた美神が猛然と食って掛かる。

「ほう、確か……美神令子だったな。なぜ横島が魔族になると思ったんだ?」

 アズラエルに代わってアモンがニヤリと笑みを浮かべて問い返す。

「だ、だって……横島君の霊基構造のかなりの部分はルシオラ、つまり魔族のものになったのよ!
 いくらなんでも一度混じり合った魂を完全に分離する事は無理なはず。そうなったら魔族しか
 なるものはないじゃない!」

 これ以上横島に辛い思いを背負い込ませたくない美神は真剣な表情で自らの考えを述べる。

「その通りだ、私の知識を総動員してもこれまでの常識ならそれしか方法はなかった。しかしそれ
 なら神族の協力など必要ない。今回の試みは我らの歴史が始まって以来の新技術を使うのだ、
 美神令子よ」

「すでに神界でのシミュレーションでも成功確率が87%と算出されている、これから横島の詳しい
 生体・霊体データを調べればその確率はさらに上がるだろう。一つだけ約束するが、お前は魔族
 にはならないよ。
 確かに人間ではなくなるが、横島忠夫という人格も間違いなく維持され変化しない」

「だが、成功しても暫くは……そうだな、数年ぐらいは人界に戻る事はできないだろう。成功の確率
 は高いが、君自身の体質や霊質が変わるからね。リハビリや訓練も兼ねてそのぐらいの時間は必要だ」

 二人の神魔は話を終えるとジッと横島を見詰める。
 後は彼の返事を聞くだけなのだ。

「……ルシオラが復活できるのなら、俺はどうなっても構わない。それにアイツが好きだって
 言ってくれた俺という存在は変わらないんだろう?」

「それは約束できるよ。ではルシオラの意識を消さないために術を掛けて構わないかな?」

「ああ…「ちょっと待ちなさい!!」……」

 返事をする横島を遮って詰め寄る美神。

「横島君、あんた本当にそれでいいの!? そうしたら二度とこの世界では暮らせなくなるかも
 知れないのよ! それに……私やおキヌちゃん、知り合いのみんなと会えなくなるかもしれない
 じゃない!! それでもルシオラのために人間じゃなくなる事を選ぶっていうの?」

「美神さん………」

「あんたを連れて帰らなかったら、私……私、なんてみんなに説明すればいいのよっ!?」

「すまんが一つ言い忘れた。
 彼女の、ルシオラの意識と霊力が消える前に手を打たないと全てが不可能になるぞ」

 美神の言葉に彼を待っているだろう人々の顔を思い浮かべていた横島は、アズラエルの言った一言に時間が無いのだと言う事を悟る。
 確かルシオラの意識(残留思念)は2〜3日でそれらが消え去ると言っていた。
 もう時間は残り少ない。
 確かに早ければ早い程、成功の確率は高いのだろう。

「美神さん、済みません。俺は…俺のために自分の命まで投げ出して助けてくれた……愛してくれ
 た女を今度こそ見捨てる事なんてできません。隊長やみんなには上手く説明してくれませんか?
 今度こそ……俺は他の何よりもルシオラを選びます!」

 そう言いきった横島の瞳に浮かぶ並々ならぬ決意を見て取り、これ以上横島を説得する言葉を持たないと悟った美神は項垂れる。

「そう。……そうね、あんたには辛い選択を強いたものね……。
 それにいつかは帰ってくるんでしょう?」

「そうっスね。多分いつかは戻ってきますよ。その時はルシオラも連れてね……」

 その言葉を聞き、美神は掴んでいた横島の肩から手を離し、普段の彼女からは信じられない行動を取った。
 横島を優しく抱き締めたのだ。

「あんたは殺しても死なない体質だもんね。いいわ、男の子が自分の意志で決めた事だもの。
 しっかりとやんなさいよ」

「ありがとうございます、美神さん……」

 そう言って抱き締め返す横島。
 いつもならここでしばき倒す美神だが、今日この時だけは心から愛おしむように抱き締め続ける。
 それは前世たるメフィストの意志も混じっていたかも知れない。
 美神はこれが長い別れになるであろう事を本能的に悟っていた。
 だが、自分はルシオラが現れた時に身を退いたのだ。
 そして横島は、自分をはっきりと愛していると言った魔族の少女のために、新たな道を選ぼうとしている。
 一度恋の戦いから身を退いた自分が横島を止める資格など無いのだ。

 美神をそっと引き離した横島は、強い意志を込めた瞳で二人の上級神魔を見るとその前へと歩み寄る。

「覚悟はできたよ。さあ、俺をルシオラの元へと連れて行ってくれ」

 そんな横島を見て頷き合うアズラエルとアモン。

「わかった。では移動するとしよう。小竜姫、お前も一緒に来い」

「わかりました」

 そう言いながらも、横島の霊体に停滞フィールドを展開するアズラエル。
 この停滞フィールドの中では霊体が過ごす時間が遅くなる。
 フィールドで消滅しつつあるルシオラの意識を保とうというのだ。

「では事後処理をよろしくな、ワルキューレ。私もそうそう人界に来るわけにはいかないからな」

 アモンがワルキューレに事後処理を押し付けると、4人の姿は掻き消えるように見えなくなる。
 残されたヒャクメは事態の推移に付いていけず呆然としたままだ。

「ワルキューレ、横島君はどうなるのかしら……?」

 そんなヒャクメに見切りを付けると、美神はワルキューレに問いかける。

「さあ……私にもどうなるのかさっぱりわからん。
 あれだけの上級神魔が連絡役として派遣されたのだ。何か大きな計画が動き出したんだろうな」

「そう……。あのバカ、帰ってくるかしらね……」 

 美神は横島が消え去った空を見上げたまま、自覚のないままに涙を流していた。
 こうして横島忠夫は人々の前から姿を消したのだった……。






「ここはどこだ?」

 どう見ても何かの研究施設にしか見えない場所で周囲を見回す横島。

「私も初めての場所です。ここはどこなのですか、アズラエル様?」

 同じようにキョロキョロしながら尋ねる小竜姫。

「ここはかつてアシュタロス一派が人間から手に入れた霊破片を培養する技術を検証するために、
 急遽極秘裏に作られた研究施設だ。運営は神族、魔族の最高指導部直轄の研究班によって行われている」

 アズラエルは歩きながら説明する。

「それって本当に極秘施設ってやつですよね? どうして俺なんかをそんな場所へ?」

「ここでしかお前を助け、ルシオラを復活させる事ができないからだよ。アモンが言ったように、
 これまでの技術では不可能なのだ。このアシュタロスが月面でヒドラを培養・誕生させた技術を使う」

「しかし……それでは記憶や意識まで元に戻す事はできないはずです! ルシオラさんは同じ姿を
 していても別人になってしまうのでは?」

 小竜姫が心配そうに尋ねる。
 彼女は、この自分の弟子とも言える横島に好意を持っていたのだ。
 実力から言えば信じられない程の成果を上げてきた横島。
 そんな彼の霊能を最初に見いだし、導いたのは他ならぬ小竜姫なのだから……。

「ええっ!? それじゃあ意味無いじゃないですか!!」

 慌てて横島もアズラエルに詰め寄る。

「慌てるな。だからこそお前の魂に残っているルシオラの残留思念を保持させたのだろう。お前の
 中に残る彼女の残留思念は、お前がルシオラと東京タワーで別れる寸前までの彼女と全く同じ
 コピーというかそのものなのだ。
 そしてこの技術を使ってお前の魂から増幅させたルシオラの魂を、この蛍の形をした霊破片に
 注ぎ込み、その時に一緒に意識をも戻すのさ。
 こうすれば99.9%、お前が知っている、そしてお前を知っているルシオラが復活する」

「だからこそ、意識が消え去る事を防がなければならなかったのさ」

 それまで説明をアズラエルに任せていたアモンが口を開く。

「その通り。そしてお前の魂を操作するのが私というわけだよ。
 これでも私は人間の肉体と魂に関しては仕事柄、エキスパートなのでね」

 話しながら歩いていると、やがて一つのドアの前に到着する。

「おっと、どうやら目的の場所に着いたようだ。さて、ここで最終的な説明と確認を行うよ」

 アズラエルの言葉と共に、目の前の扉が開き圧倒的な霊圧が吹き出してきた。

「「横島、小竜姫、両名を連れてまいりました」」

 アズラエルとアモンが恭しく報告を行う。

「ご苦労でした」

「あんさん達は早速準備にかかってや」

 中から掛けられた声に一礼すると、二人の入室を即す。

「こ、これは一体……」

「竜神王様さえ遙かに凌ぐこの霊格は……やっぱり!?」

 うろたえながらもアズラエルとアモンに即されて中へとはいる横島と小竜姫。
 その部屋の中には光り輝く5人の高位の存在が座っていた。

「よく来ましたね。私が神界の最高指導者です。キーやんと呼んでください」

 正面に位置する一際高い霊格を持つ存在が話しかける。

「キーやん? まさかイ○○・キ○○トですか…?」

 さすがの横島も神妙な態度で確認する。

「そうも呼ばれています。ああ、紹介しましょう。  私の右にいるのが順番にブッちゃんとアッちゃんです」

「横島君、今回の働きは見事だった。
 本来日本を守護する我が眷族の力が及ばなかった事を許してくれ」

「何もできなかったのはワシも同じや。すまんかったな。
 だがあんさんの想い人は必ず助けたるさかい勘弁したってや」

 どういうワケかえらく気さくに話しかけてくる二人も、キーやんに勝るとも劣らない霊格を持った存在である。

「よ、横島さん……。右から2番目の方は我ら仏教系神族の最高神・仏○様です。
 お願いですから失礼の無いように……」

 小声だがかなり焦った口調で耳打ちする小竜姫。
 彼女であってもこのような最上級神に会う機会など滅多にないのだ。

「す、すると……アっちゃんっていうのはア○ー神のことでしょうか……?」

「はい、間違いありません」

 やはりというか何というか……。自分の想像通りだったが少しも嬉しくない事態に焦る横島。

「いやあ……ワシとこのモンがえらい迷惑掛けてしもうた! だがヨコッちが果たした事は並大抵
 の事や無い。それでワシらから今回のお礼をしよう思てな。
 ああ、自己紹介せんですまんな。ワシの事はサッちゃんと呼んでや。隣にいるのはワシの副官を
 務めるルーぼんや」

「初めまして。今回の事は我らの不手際です。色々ご迷惑を掛けてしまいました」

 比較的腰が低そうに見えるが、放つ霊圧は並大抵のものではない。

「ひょっとして……魔界宰相のルキフグさんですか?」

 こちらは小竜姫が教えてくれないので怖ず怖ずと尋ねる横島。

「はあ、そう言う名前でも呼ばれておりますね」

 頷くその存在の正体に鑑み、ここにいるのは正真正銘、神族、魔族の最高指導部なのだ。

 思わず畏まる横島。
 小竜姫はすでに跪き臣下の礼を取っている。
 そんな横島の服の裾をクイクイと引っ張る小竜姫。

「ああ、楽にしてください」

 いきなり後ろに椅子が現れ、キーやんに勧められるままそれに座る二人。

「すでにアズラエルとアモンから聞いたと思うが、君の中の魂を分離させようと思う。君にはまだ
 話していないが、このままの状態が続けば君は霊的拒絶反応を起こして死んでしまう確率が高いんだ」

 二人が腰掛けるのと同時に、ブッちゃんが今回の話の核心を説明し始める。

「霊的拒絶反応?」

「そうだ。君は今、人間としての魂とルシオラという魔族の魂が混じり合っている状態だが、彼女
 の意識がなくなってしまえば魔族因子の制御は難しいだろう」

「無論、起きない可能性だってあるんやが、こればっかりは予測できんのや」

「貴方の人間の魂が、元々異質の存在である魔族の魂、つまり魔族因子を拒絶しようとするんです。
 また、魔族因子の方も人間の魂を取り込もうとします。その攻めぎ合いによって霊体が崩壊して
 しまうのです。これを霊的拒絶反応といいます」

 ブッちゃん、アっちゃん、ルーぼんが順々に説明する。

「その通りなんや。このままではルシオラを復活させたとしてもヨコッちがヤバイっちゅうことや。
 それでわざわざここまで来てもろうたし、そっちの嬢ちゃんも来てもろたんや」

「私……ですか?」

 本来は敵対勢力のトップにえらく気さくに話しかけられて、戸惑いながらも確認する小竜姫。

「そうだ小竜姫よ。横島君を助けるためには神族の者の協力が必要なのだよ。
 その候補者としてお前を呼んだのだ。無論、竜神王には話を通してある」

 重々しく頷くブッちゃん。

「あのー、それがさっきの二人が言っていた俺が人間じゃ無くなるって事と関係してるんスか?」

 なかなか話しに付いていけない横島なのだが、今回は随分と鋭い。

「いやー、察しがはようて助かるわ。単純に言えばそういうこっちゃ」

「先程説明したように、このままでは貴方の霊体は崩壊する可能性が高いのです。しかし、魔族因子
 とちょうど平衡するように神族因子も貴方の魂に融合させれば、横島忠夫という人格に影響を及ぼ
 さなくて済みます」

 最高指導者の説明によると、このままではもし霊的拒絶反応が起きなくても、横島の人格が変わってしまう可能性もある。
 従って人間に比べ遙かに強力な魔族の魂の浸食を抑えるためにも、また魔族の純粋な本能(闘争本能や破壊衝動)を抑えるためにも、神族の魂を横島に融合させようと言うのだ。
 同格ならば力が互いに牽制しあい、暴走を起こすようなことはない。
 さらに、横島に悪影響を及ぼさないために、融合する魂に残留思念を進化させた意識をも持たせるという。
 こうした二重の安全策を取る事で魔族、神族の魂が持つ純粋な本能を相殺しあい、横島の人格に及ぼす影響を最小限にするのだ。



「それが俺が人間じゃなくなるって事の意味だったんですね?」

「そうや。しかしそれ以外にヨコッちとルシオラっちゅう嬢ちゃんを両方とも確実に助ける方法は
 無いんや」

「でもそれって……霊的には凄く強力だけど人間そのものって言う感じがしますけど……」

「いやあ、よく気が付きましたね。ええ、まさにその点が画期的なんですよ、今回の方法は。霊的に
 は貴方は人間じゃなくなりますけど、ある意味進化した人類になると言っても過言ではありません」

 サッちゃんの言葉を補足するルーぼん。なかなか息のあったコンビと言える。

「つまり……私の霊基構造を増幅して魂のコピーを作り、それを横島さんの魂に融合させると言う
 事ですね?」

「頭の回転が速くて助かるよ。何しろ意識を持った霊基構造コピーなのだ。横島君のことをよく知り、
 尚かつある程度の絆で結ばれている必要があるのだよ。そうでなければこれから永い時を一緒に
 過ごす事などできないだろう?」

「魂が融合すると言う事は、心が一つになるという事なんですよ。しかも今回のコピーは特別製で
 本体の魂(オリジナル)とリンクする事ができます。
 文字通り心から相手を思いやり、絆を持っていなければ分裂してしまいます。魔族の魂はルシオラ
 さんですから問題ありませんが、神族側で横島さんと縁の深い方は天竜童子、貴女、ヒャクメさん
 ぐらいです」

 ここまで説明されて横島も小竜姫もようやく事態の全てを把握した。
 元々霊的な存在である神族や魔族にとって霊体が一つとなる事は、人間で言う結婚する事に等しいのだ。
 お互いが愛し合っているというか、少なくとも認め合っていなければ成功などしない。
 つまり神魔族最高指導部は、小竜姫に横島と添い遂げる気はあるかと問うているのだ。

 同じ結論に行き着いたのだろう、横島が珍しく顔を真っ赤にしている。
 無論、小竜姫の顔も真っ赤だ。

「し、しかし……小竜姫様にそんな事頼めませんよ!
 それに俺はルシオラと付き合っていたんです。小竜姫様と二股を掛けるような事は……」

「神族や魔族にとって一夫多妻は珍しい事じゃない。
 それに心が繋がる以上、実質的に夫婦と言っていいだろう」

「で、でもっ! ルシオラや小竜姫様の意志はどうなるんです?」

「ルシオラの意志は既に確認してあるんや。さっきアモンが霊破片を回収した時にな。
 ルシオラに関してはヨコッちも問題ないんやろ? 
 ルシオラはヨコッちが生きていられるならそれでも構わん言うてくれたわ」

「は、はあ……。ルシオラがいいって言ったんですか?」

「はい、しっかりと確認しております」

 意外に手早い魔族サイド。

「後は小竜姫、貴女の意志次第です。嫌なら辞退する事もできますよ?」

 キーやんから問われて悩む小竜姫。
 横島の事は嫌いではない。
 いや、明らかに好意は抱いている。
 しかし愛しているかと聞かれれば、今ひとつハッキリしない。
 これまで修業一筋に生きてきた小竜姫は男女の愛情事に疎く、自分の今の想いを理解しかねていた。
 さらに、ルシオラという存在と一緒になって上手くやっていく事ができるかどうか自信がなかった。

「わたし……わたしは………」

 かなり悩んでいるのだろう。最高指導者の前だというのに自分の世界に没頭している。

「小竜姫様、いいんですよ無理してくれなくても。俺はルシオラが復活してくれればそれでいい。
 霊的拒絶反応だって必ず起きるというわけでもないみたいだし……。俺はもう二度と自分の大事な
 人を俺のために犠牲にしたくないんです。あんな悲しい想いは二度としたくないから……」

 悩み続ける小竜姫に静かに告げる横島。
 その瞳には一点の曇りもない。

「色々俺のためにありがとうございます。でも小竜姫様に望んでもいない俺との結婚を強要する事は
 できません。どうせ一度は死んだ命なんですから、残った時間を精一杯生きられればそれで充分
 ですよ。さあ、ルシオラの復活を始めて下さい」

 そう言って強い決意の籠もった眼差しで最高指導者達を見詰める横島。

「貴方にその覚悟があるのならいいでしょう。
 ではアズラエルを呼びますから一緒に付いていって下さい」

 キーやんがアズラエルを呼ぶべく連絡しようとした時、小竜姫がさっと立ち上がる。

「お待ち下さい。私も決めました。
 横島さんが良いと言ってくださるなら、私も一緒に生きていきたいと思います」

「しょ、小竜姫様?」

 横島が驚いた表情で小竜姫を見詰める。

「横島さん、貴方は私にとって気になる存在でした。
 いつもはバカみたいに振る舞っているけど、本当に重要な局面では必ず期待以上の事を為し遂げ
 てくれる。それに女性に見境無く飛びついているように見えて、実はきちんと相手を選んでいると
 言う事も…。貴方は弱い存在には決して無茶な事をしない優しい人です」

「小竜姫様……」

「自分に正直であけすけで……私は横島さんの傍にいると安らげるんです。その事にやっと気が付
 きました。横島さんの心がルシオラさんに向いている事はよく知っています。でも、私も……私も
 お側に置いてくれませんか…?」

 はにかんだような小竜姫の告白にパニック状態に陥っている横島。
 これまでモテた事などごく僅かしかなく寒い日々を送ってきたというのに、ルシオラに告白されたのを切っ掛けに小竜姫にまで好きだと言われたのだ。
 横島の心中は嬉しさのあまりこのまま押し倒そうとする考えと、何かの罠か夢に違いないという考えが交互に浮かんでいる。

「やれやれ、小竜姫も横島君に好意を持っているとヒャクメの報告にあったが、これでなにも
 問題なく進みそうだ」

 ブッちゃんが漏らした一言を小竜姫は聞き逃さなかった。
 心の中で親友たるヒャクメに仏罰を与えようと決心する。

「どうしたんやヨコッち? かなり精神的に葛藤しとるみたいやな?」

「いきなり小竜姫にまで告白されてパニくってるんやろ。いきなり大モテやからな」

 面白そうに言うサッちゃんとアッちゃん。
 横島の様子は見た目かなり怪しく、表情がくるくると変化しブツブツと何か呟いている。
 そんな横島を不安そうな表情で覗き込むと尋ねる。

「あ、あの…やっぱり迷惑でしたか、横島さん?」

「い、いやっ! ……ちょっと想像もしなかった展開なんで混乱しただけっス」

「やはり私などでは嫌でしょうか?」

 上目遣いで尋ねてくる小竜姫に惰弱な心を鷲掴みにされてしまい、否とは言えない精神状態へとなってしまう。
 無論、横島としても小竜姫は美人だし自分を初めて認めてくれた女性である。
 一緒になる事に全然問題はなかった。

『うぅ……本当にこんな美味しい展開を信じて良いのか?
 だがルシオラも認めてくれたんなら問題ないってことだよな……』

 そう自分の葛藤に結論付けると、意を決したように小竜姫を真っ直ぐに見詰める。

「とんでもないっス!
 小竜姫様だけを選ぶ事ができない俺なんかでいいんだったら喜んで一緒に生きていきます!」

 その姿を見ていた最高指導者達はみな、うんうんと頷いている。
 そこにキーやんに呼ばれたアズラエルがやって来た。

「準備ができたぞ。さあ行こうか横島」

 いよいよルシオラの復活する時がきたのだった。




(後書き)

 横島が未来でどうやって強くなり、どんな能力を持っていたのか?
 また、どうやってルシオラは復活したのか? 等々、フェダーイン・横島でほとんど説明していない部分を補足するのがこの未来編です。
 元々はこちらが本編であり、私が書こうとしていた内容だったんですが、なかなか筆が進まないうちに本編再構成の方に興味が移ってしまったというのが真相です……。
 最初は設定集で誤魔化そうと思ったんですが、ちゃんと実体を持ったルシオラを早く書きたかったのでこういう形を取りました。
 外伝という位置づけで読んでください。


【管理人の感想】
 少し長くなりますが、二次創作小説について、管理人が考えていることを述べます。
 原作の設定(キャラクターの性格や世界観)を尊重した上で、そこに新しい設定を追加した話をサイドストーリー(SS)、そして原作の設定を一部改変、または大幅な変更を行った話はファンフィクション(FF)であると考えています。

 実際にはSSとFFの境目というのはあいまいで、世界観はそのままでキャラの性格だけをいじった話もありますし、あるいはキャラの性格はいじらずに、世界観だけを変更して書く話もあります。
 私の作品の場合、『竜の騎士』と『女子高生大作戦!』は両方ともFFですが、前者は舞台設定をほぼオリジナルにしていますが、キャラの性格はあまりいじってませんし、後者は特定キャラ(横島と美神)のみを変更しています。

 さて、NKさんの『フェダーイン・横島』についてですが、未来編で逆行前の状況が語られています。
 しかし、ここまで世界観を変えるような追加設定をしたり、そのために複数のオリキャラを出したりするなど、個人的にはGSのサイドストーリーとは言いづらい内容を感じました。
 そこでNKさんに、この話はSSなのか、それともかFFなのか尋ねたところ、FFであるという趣旨の返事がありました。

 この先、NKさん独自の解釈によるキャラクターの描写も増えてきます。
 「私が考えているGS美神と違う!」という感想も出てくるかと思いますが、この作品はFFであるという観点も忘れずにお願いします。
 なお管理人は、“『フェダーイン・横島』は、『GS美神』によく似た別の世界の話である”と割り切って目を通しています。

 最後になりましたが、実在する宗教に関する固有名詞は、念のために一部伏字に変えました。
 まあ、前後を読めばすぐにわかるんですけどね。


BACK/INDEX/NEXT

inserted by FC2 system