フェダーイン・横島

作:NK

未来編 第2話




「このシリンダーの中に入ってくれ。この中でお前の肉体から霊体を一時的に分離させ、その中から
 ルシオラの霊基構造を識別・分離・増殖させる。その作業と同時に小竜姫の霊基構造を徐々に
 融合させていくんだ。微妙なバランスを取りながらの作業となるからその間は一時期眠っていて
 もらうぞ」

 アズラエルが人一人を完全に収容可能で透明なシリンダーを前に最終的な説明を行う。
 それを真剣な表情で聞いている横島と小竜姫。

「小竜姫、お前はこの隣のシリンダーに入るんだ」

 頷く横島を見た後、顔を小竜姫に向けて指示を伝える。

「俺が入るシリンダーのもう一つの隣のヤツには誰が入るんスか?」

 自分がこれから命を預ける装置を真剣な眼差しで観察した横島が不意に尋ねた。

「ああ、ここには彼女を入れるんだ」

 アズラエルに代わってアモンがルシオラの霊破片を集めた蛍を見せる。

「じゃあ、こっちのシリンダーの中でルシオラの魂と肉体を再構成するんですね?」
「そういうことだよ。この作業は神族、魔族、そして人間が本当に心を通わせた上でなければ成功し
 ない。技術的にも画期的なんだが、それを除いても神族と魔族にとってこれは画期的な事なんだよ」

 その言葉に励まされるように、各々のシリンダーへと入るべく歩き出す二人。

「小竜姫様、本当にありがとうございます。このお礼は必ず……」
「いいんですよ横島さん。私は貴方を愛しています。
 愛する人を助けるために当然の事をするだけなんです。でも……私の事愛してくださるなら、
 大事にしてくださいね?」

 そう言って横島の手をギュッと握ると、小竜姫は横島から離れシリンダーへと入っていく。

「ええ……。俺は今度こそ必ず大事な人を失ったりはしません……」

 そう呟くと横島もその身をシリンダーへと向ける。
 マスク式のエアーレギュレーターのような物を装着すると、シリンダーに満たされている液体の中へと飛び込む。
 それは暖かく不思議と安らぐような感覚を与える。

『もうすぐだ……。もうすぐ会えるよルシオラ……。でも小竜姫様が一緒でも怒らないでくれよ………』

 最初はシリアスに決めていたが、後半は妙に情けない事を考えている横島。
 しかし、この方法なら愛しい彼女と再び恋人として再会できるのだ。
 そして自分と共に生きていくと言ってくれたもう一人の女性(ひと)……小竜姫。
 こんな自分に……小竜姫だけを愛する事のできない自分などのために、自らの霊基構造を分け与え傍にいてくれると言ってくれた。
 この二人を決して失いたくない。
 もう二度と愛する大事な人を失う悲しみを味わいたくない。

『ルシオラ……小竜姫様……。俺は強くなるよ……』

 その思いと共に横島の意識は暗闇へと落ちていった。



「では始めるとしよう。まずそれぞれの霊基構造を可能な限り識別して分離させよう。そして横島、
 ルシオラ、それぞれの霊基構造は一人の個体を形作るのに不十分だから、必要量だけ培養しな
 ければならない。この操作に1ヶ月はかかるだろう。その間は小竜姫の霊基構造を融合させる事
 はできない。魔族因子の方の操作とコントロールは任せたぞ、アモン」
「ああ。魔族の霊基構造なら俺でも扱える。俺の魔力で抑え込み、その間眠らせる事にするさ」

 アズラエルとアモンはお互いのやるべき事を確認すると、表情を改めて作業へと移っていった。
 神族と魔族の最高指導部が見守る中、極秘プロジェクトはいよいよ本番へと移行したのだった。






『ヨ……マ……シマ…………ヨコ…マ……』
『オ…オレを…呼ぶのは……誰…だ……。この…この声は……ルシ、ルシオラか……?
 ルシオラ!?』

 完全なる無の中に漂っていた横島の意識は、彼を呼ぶ懐かしくも愛おしい声によって目覚めた。
 ガバッと跳ね起きて声の主を探そうとするが、その努力は無用だった。
 彼の視界にはあの戦いで失ったはずの大事な女性の心配そうな表情がアップで映っていたのだから。

『ここは……そうだ! ルシオラ! 本当に……お前…なんだな?』

 静かに起きあがり、そう言ってルシオラに怖ず怖ずと手を伸ばす横島。
 先程まで横島を膝枕していたルシオラは、伸ばされたその手をソッと両手で握りしめる。

『眼を覚ましてよかったわ。私が気が付いたらヨコシマが横に倒れていて、全然眼を覚まさないから
 心配したのよ?』

 手を通して伝わってくるルシオラの温もりに、何も考えられずにもう片方の手を彼女の頬へと伸ばす。
 そして優しく、しかしその存在を確かめるかのようにルシオラの頬を撫で続ける。

『ルシオラ……会いたかったよ。アシュタロスにお前が死んだって言われて、
 ベスパもお前の復活は難しいって言うし、俺の中に残るお前の残留思念も感じられなくなって……
 もう二度と会えないって思ってた。』

 そう話す横島の眼からは涙が溢れる。

『ごめんなさい……。貴方には辛く悲しい選択をさせてしまったわ……。
 でも、私はあの時ヨコシマに生きて貰う事しか考えられなかったの。ごめんなさい……』
『いいんだ……。選んだのは俺自身なんだから……。でも、神族と魔族の最高指導者達が言った事
 は本当だったんだな! こうしてお前にまた会う事ができたんだから』

 そう、目の前の彼女は確かに触れる事が出来、話す事ができる存在だった。
 潤んだ瞳で自分を見詰めるルシオラに、彼は別れる前に言えなかった言葉を口にする。

『ルシオラ……俺はお前を愛している。
 お前は俺にとって、やっぱり世界と同じくらい大事な存在なんだ!
 お願いだから二度と俺の前からいなくならないでくれ!
 そのために俺も強くなるから………必ずお前を守れるぐらい強くなるから!
 だから……一緒に生きていこう!』

 彼女の身体を引き寄せ、両腕でしっかりと抱き締めながら言う横島の言葉を、その身を横島の腕の中に委ねて聞き惚れるルシオラ。

『嬉しい……私も二度と貴方に会えないと思ってた。でも貴方は立派だったわヨコシマ。私にはもう
 貴方に話しかける力も残っていなかったけど、アシュ様の究極の魔体との戦いもヨコシマの中から
 見ていたの。やっぱり私が好きになった人ね。凄いわ……』
『そうか……。約束通りこの世界は守ったよ。まあ、俺だけの力じゃないけどな。それに、だったら
 ベスパが復活したのも知っているんだな? お前の妹たちはみんな無事なんだ。
 後はルシオラ、お前だけだったんだよ』
『ええ、それもわかってるわ。
 アモン様に説明されたけど、本当に私まで生き返らせてくれるなんて……。ヨコシマの事、信じて
 はいたけど正直無理かなって思ってた。でも貴方はコスモ・プロセッサの中でした約束を果たして
 くれたのね。嬉しい………』

 そう言いながら自分の腕を横島の背中に廻して二人はしっかりと抱き合う。

『まあ……その……俺の力ではお前を生き返らせてやれなかったのは悔しいけど、今回ばかりは
 神魔族の最高指導者達に感謝だな』
『そんな事はどうでもいいわ。私には再びヨコシマとこうして会えて、触れ合う事が出来たという
 一点が重要なの。誰の力を借りたって、貴方が自分自身で私を選んでくれたからこそ、こうして
 生き返れたんだから』
『それは俺も同じさ………。それで……ルシオラ…。その……なんだ……えーと……』

 感動的な恋人達の再開シーンだったのだが、不意に口籠もる横島に言いたい事を察するルシオラ。

『ふふふ……言わなくてもわかってるわ。小竜姫さんの事ね?』
『ああ、彼女は、小竜姫様はルシオラと同じように、俺を助けるために自分の霊基構造を分けて
 くれると言ってくれた。そして俺を好きだって言ってくれたんだ。そんな彼女を拒絶することは
 俺にはできない! すまん、ルシオラ……』
『ヨコシマが謝る必要はないわ。そうしなければヨコシマが死ぬかもしれないんですもの……。
 自分の魂を掛けてまで貴方を助けてくれる(ひと)に感謝こそすれ、憎む事なんてできないわ……』
『だけど……俺はルシオラと小竜姫様の両方とも失いたくない、護りたい大事な(ひと)だって思っている。
 こんなの不誠実だよな。ごめん、ルシオラ……』
『そりゃあ……少しぐらい嫉妬はするけど、ヨコシマの事は良く分かっているわ。私一人じゃヨコシマを
 満足させられないかも知れないけど、小竜姫さんと二人なら満足よね?
 こんな美人な奥さんが二人もいれば、絶対に浮気なんかしないわよね、ヨコシマ?』

 ルシオラが怒ってはおらず、小竜姫との事を容認してくれたとわかりホッとしたのも束の間、ルシオラから放たれるプレッシャーにビビりまくる横島。
 それは妻に浮気厳禁を誓わされる夫のようでもあった。

『は…ははは……、イヤダナ、ルシオラ……俺ガ浮気ナンテスルト思ウノカ……?』

 殆ど棒読みで喋る横島だったが、身体を少しだけ離しジト眼を向けるルシオラの前にガックリと頭を垂れる。

『済みません……俺がみんな悪いんです……』

 その姿は浮気が発覚した夫そのものかも知れない。まあ、まだしてなどいないのだが……。

『クスクス……これくらいで許してあげるわ。でもここはどこなのかしら?』

 お許しが出た横島はホッとしながらも周囲を改めて見回した。

『どうやらここは三次元の世界ではないな……。
 これは……そう、深層意識というか精神の世界みたいだ』

 そう断定的に呟く横島に少し驚いたような表情を見せるルシオラ。

『ヨコシマを疑うワケじゃないけど……何でわかるの?』

 正直に尋ねるルシオラに真面目な表情で答える横島。

『ああ、ほら、俺って南極でアシュタロスを文珠でコピーしたろ?
 その時ヤツの記憶とか知識の一部が流れ込んできたんだ。ヤツの頭の中にあった知識に基づけば
 ここは魂というか精神だけの世界に近い』
『じゃあ、今の私達は……』
『ああ、この身体は肉体を持ってはいない。おそらく魂だけの存在なんだろう』
『えっ!? じゃあ、私達本当は死んじゃったままなの?』

 横島の言葉に驚いて尋ねるルシオラに苦笑を向ける。

『違うよ……。ほら、俺達の魂って言うか霊基構造を思い出して見ろよ。俺の人間としての霊基構造
 が圧倒的に足りないから、ルシオラは自分の霊基構造をくれたんだろう? それにベスパの眷族が
 集めたお前の霊破片は復活に十分な量ではなかったんだ。多分、それぞれの霊基構造を培養・
 増殖させた結果、ようやくお互いの個体を形成するのに十分な魂になったっていう事なんだと思う』

 謎解きでもするかの如く現在の状況を説明する横島に、尊敬の眼差しを送るルシオラ。

『凄いじゃない、ヨコシマ! なんだか凄く頭も良くなって物知りになったのね。
 これもアシュ様をコピーしたせい?』
『多分な……。それと魂を再構成する時に流れ込んできた知識を自分の物にしたってことだろう。
 ハハハ……頭が良くなるなんて聞いてなかったけどな』
『へえ〜。いろいろと興味深いわね。この現象は……』

 いきなり好奇心を出してきたルシオラに、本当に彼女が復活したのだと改めて実感する。

『ああ、そうそう。俺と違ってルシオラは身体も再構成しているから、強く願えば再生ボディに望みを
 反映させられるかもしれないぞ』

 そんな横島の一言にルシオラの目つきが変わる。

『じゃあ……胸も大きくできるかしら!?』

 その一言にルシオラがその事を気にしていた事を思い出す。

『あ、ああ……。可能だと思うけど、ルシオラはスレンダーでスタイルも良いからあまりアンバランスに
 胸が大きくても変だと思うけど………』
『ええ、わかってる。下品にならない程度にバランス良く大きくなるようにイメージするわ!』

 そう言って目を瞑り、真剣な表情でブツブツと言い始める。
 そんなルシオラをしばらく優しい眼差しで見詰めていた横島は、フッと新しい気配を感じて視線を向ける。
 そこには…………

『小竜姫様……。そうか、培養が成功して再びルシオラの魂の一部が俺に戻されたという事か。
 それと同時に小竜姫様の霊基構造のコピーも俺の魂に融合したんだ……。
 ここは俺自身の精神世界だったのか………』

 全てを理解した横島は、未だ目を瞑っている小竜姫へと歩み寄る。

『小竜姫様、小竜姫様。起きてください』

 その言葉にうっすらと眼を開ける小竜姫。

『あっ! 横島さん…!?』
『ええ。小竜姫様も俺の魂と融合したんですね?
 これで文字通り、小竜姫様と俺は一心同体になったんですね』

 その言葉に頬を赤らめる小竜姫。
 そんな姿は妙に可愛い。

『そのようですね。ということは、この私はコピーなのでしょうか?』
『いえ、今はまだ本体というか、小竜姫様自身の魂と繋がっているはずです。
 だからまだ本物……ということになるのかな?』

 そこへ一心不乱に胸が大きくなる事を念じていたルシオラが歩み寄ってくる。

『初めまして、小竜姫さん。私がルシオラです。
 あの……妙神山を吹き飛ばしてしまって……済みませんでした』

 自己紹介と共に深々と頭を下げて謝る。
 何しろ彼女が管理人をしていた妙神山修業場を逆天号で吹き飛ばしたのは自分なのだ。

『もうその事はいいんです。私は小竜姫。初めましてルシオラさん。これからは同じ殿方を愛した
 仲間同士ですね』

 そう言ってルシオラの肩に手を置く。
 二人が険悪なムードにならなかった事に安堵しながらも、女同士の話しもあるだろうと気を利かせて離れる横島。
 だが暫くすると、向こうから不穏な単語が耳に入ってくるため思わず聞き耳を立てる。

『じゃあ、横島さんが浮気をしたら私は電撃でお仕置きを……』
『そうですか。貴女が電撃なら私は何にしましょうか……? やっぱり神剣ですかね?』

 どうやら話題は横島の浮気対策となっていたらしい。

『これは……絶対に浮気は出来ない……!』

 横島は改めてその事を自分に言い聞かせる。
 そして霊体の完全な再構成と肉体の強化、魂の定着が完了するまでの3ヶ月間、横島は最愛の二人と3人だけの時間を手に入れた。
 それは魂だけで肉体を伴わない時間ではあったが、3人の絆を深めあい自分というものを見つめ直すゆっくりとした一時を横島に与えたのだ。
 彼の精神は大きく成長し、その間に覚醒後の横島のコアを為す意識を形作っていったのだった。






「爆雷降臨!!」

 ガラガラ……ドガッシャアァァ〜〜!!!

 横島の声と共に強烈な雷撃が6本、横島が上空に放り投げた2個の双文珠によって作り出された魔法陣から放たれる。
 雷は一点に集まって着弾し、ターゲットであった巨石が爆発する。

「見事じゃ! 法術文珠の使い方を完全にマスターしたようじゃのう」

 そう言って肩で息をしている横島に歩み寄る斉天大聖老師ことハヌマン。

「それぞれが2万マイトもある雷撃を、自分の意志で照準し同時に誘導するのは結構疲れるぜ……」

 漸く成功させた事に安堵の溜息を吐きながら、嬉しそうな表情をさせて顔を上げる横島。
 完全に霊体と肉体の再生を終えた横島は、ハヌマンの指導で神界の特殊加速空間に籠もって修行を行っていたのだ。



 新しく生まれ変わった横島がまず驚いたのは、その身に宿る強力な力だった。
 そんな横島に操作を行ったアズラエルとアモンは説明する。
 お前は最初に言ったように人間ではなくなった。
 この3界に同族を持たない神魔人となったのだ、と。
 
 横島の魂には、ほぼ完全な形で意志を持つルシオラと小竜姫の魂が融合している。
 魂の量だけでも普通の人間の3倍であり、融合している魂は強力な神・魔族のものとくれば、その身に強力な霊力が宿るのも当然。
 単純に基礎となる霊力は150マイトになり、神族、魔族と融合してアシュタロスの知識までも手に入れた横島は、霊的中枢であるチャクラを全て自分の制御下で廻す事まで可能としていた。
 それによって横島は自分の霊力を練り上げて7倍まで増幅させる事が可能となり、さらに魂を小竜姫とルシオラの魂と共鳴させることで爆発的なパワーアップを果たす事も出来る。
 このハイパー・モードとも言える魂の共鳴によって、短時間だが10万マイトを超す霊力を発揮できる横島。


 無論、すぐに出来るようになったわけではない。
 再び自分の足で大地を踏みしめてからこの加速空間で20年間ほど修行した結果であった。

「よくぞこれまで苦しい修行を続けてきたな、横島よ。これでお前はワシが教えた格闘術、剣術、
 霊力コントロール、さらには神道系の法術まで使えるようになったのじゃ!」
「ありがとうございました老師。
 おかげで今度こそ俺の大事なヒトを護るだけの力を身に付ける事が出来ました!」
「うむ、後はこれまで教えた事が無意識に出来るようにひたすら反復練習するしかない。
 修行はまだまだこれからじゃぞ」

 このやり取りでわかるように、復活した横島の修行を指導したのは斉天大聖老師であった。
 小竜姫の師匠でもあるハヌマンは、横島に自分の持つ全てを教授したのだ。
 その教えを受けた横島は文珠使いである自分の特性を生かし、その技を自分流にアレンジしていく。
 その結果が先程訓練していた法術文珠だ。
 格闘術や剣術は、魂に融合している小竜姫の霊基構造コピーの助けもあり見る見るうちに腕を上げた横島だったが、これまで未知の領域だった法術(神族が使う術)に関しては苦戦していたのだ。
 法術は神族特有の高速言語を正確に詠唱しなければならず、未知の言語で素早く行う必要もあり、横島はよく間違えたのだ。
 だが、それを予めゆっくりと時間を掛けて組み上げ、文珠に込めてしまうという反則技を思いついた彼は遂に法術も会得する。
 この間、加速空間を使っても地上時間で2年の月日が流れ去っていた。

「おめでとうヨコシマ! 遂に法術文珠に成功したのね!」
「忠夫さん! 遂に極めたのですね!」

 息を潜めて見守っていた最愛の奥さん二人が走り寄って来て抱き付く。
 
「ああ、漸く全ての基礎を取得できたよ。ありがとう、小竜姫、ルシオラ。
 これもサポートしてくれた二人のおかげさ」

 そう言って二人を抱き締め返す横島。
 小竜姫を呼び捨てにしているのは、この20年間で総合力では横島の方が強力になって自信がついた事と、心だけでなく身体も一つになって久しいので良い意味で遠慮が無くなったのだ。
 それぞれの奥さんとの初夜がどのようだったか、またどちらの方が先だったのかは当人達を除いて誰も知らない。
 だが小竜姫とルシオラはそれ以来特に険悪になる事もなく、仲良く横島の妻として彼を支えてきたのだ。
 ちなみにルシオラの胸は、かつてより若干大きくなっている(バスト84cmぐらいでBカップ。以前は82cm)。
 身体を再構成することがなかった小竜姫が、ルシオラに若干抜かされて(小竜姫は83cmのB)少しだけ悔しがったとか、悔しがらなかったとか……。

 横島だけでなく、小竜姫は無論の事、魂と肉体を再構成されたルシオラもこの空間で修行をしている。
 元々ルシオラは、アシュタロスが普通の神・魔族が人界では自分の持つ霊力の5%程度しか使えないところを調整して、無理矢理40%まで力を振るえるように作っていた。
 そのため、極端に肉体に負荷がかかるようになっていた彼女ら3姉妹の寿命は短い物となってしまったのだ。
 それを再構成の際に修正し、元々の霊力(魔力)を2万マイトから4万マイトへと上げ、人界で発揮できる霊力を元の20%まで落とす事で普通の寿命を得る事に成功した。
 無論、これでもまだ本来よりもかなり高いのだが、横島とリンクする事で悪影響が出ないようになっている。
 これは小竜姫も同様で、彼女も人界で元の霊力の16%まで発揮できるようになっていた。

「あー。横島よ……。
 今日はもうゆっくり休むがよい。法術はあまり根を詰めても逆効果じゃからな……」

 眼のやり場を失ったハヌマンは、やれやれと言った表情で修行場を後にする。

「忠夫さん……あの、暫く修行に集中するために……その、おあずけだったので…………」
「ヨコシマ……その…久しぶりに今晩………」

 ハヌマンが去ると同時に、モジモジしながらも赤らめた顔を少し俯かせてお強請りする二人。
 そんな姿に横島が抗することなど出来る筈もなく、汗を流し食事を終えると早々に3人で寝室へと消えていったのはお約束であろう。
 しかし3人でお楽しみとは羨ましいぞ、横島!!


 こうして加速空間での横島の修行はその後10年程続けられる。
 一方、残された人々にとっては3年間という時間に過ぎなかったが、横島を失った事は人々に大きな喪失感を与えていた。






「た、忠夫さん! あの、その……大変です!」

 今日も修行を行うべく、道着に着替えていた横島の元へ慌てふためいた小竜姫が駆け込んできた。
 昼間の、しかも修行前に着替え中の横島の部屋へ乱入する事など滅多にない(夜は別だが)。
 そんな小竜姫がしどろもどろになりながら混乱しているのだ。

「落ち着け小竜姫。さあ、深呼吸して。心を落ち着けて」

 横島の言葉に大きく息を吸い、吐き出す小竜姫。

「それでどうしたっていうんだ?」
「はっ! そうでした! 忠夫さん、すぐに来てください! 仏○様がお見えなんです!」
「なに!? ブッちゃんが? 一体何なんだ?」

 首を傾げながらも、最低限の正装に着替えた横島は小竜姫と共に客間へと向かった。

 広めの客間には光でその姿が覆い隠されんばかりのブッちゃんとハヌマン、そして霊圧に圧倒されているルシオラの姿があった。

「おはようございます。お久しぶりです、ブッちゃん様。今日は一体何事ですか?」

 言葉遣いは丁寧だが、えらくフランクに話しかける横島。
 彼としては最初に会った時の印象が強く、本人からもそう接してくれと頼まれているのでこの様子だが、小竜姫などから見ると怖い物知らずとしか言いようがない。

「君に渡したい物があったのと、修行の成果を知りたいと思ってね。たまたま近くに来る事があった
 ので立ち寄ったのだ」
「それはそれは。いやあ、順調と言っていいと思いますよ。老師が言うには、人間の肉体ではこれ
 以上の霊力アップは難しいようですし、技術の方もかなり身に付けました。
 そうそう、まだ雷系しか使えませんが法術も使えるようになりました。後は魔術もいくつか……」

 答える横島を見るブッちゃんの眼差しは暖かい物であり、まるで自分の子供の修行結果を聞いているかのようだった。

「いや、順調で何よりだ。君が今の存在となって…君の主観時間では30年になるんだな……。
 我々神族にとっては束の間の事だが、君にとっては長かったろう?」
「いや〜、そんな事ないですよ。修行の毎日でしたからあっという間に過ぎてしまったというのが
 実際ですね。それに俺は一人じゃないですから……」

 そう言いながらチラリと小竜姫、ルシオラの方を見る。

「そうだったな。君には美しい奥さんが二人もいるんだったな。それはそうと………奥さん達の関係は
 良好かね? 二人平等にしてやらないと大変だろう?」

 いきなり声を潜めて尋ねるブッちゃん。

「いや……、その…順番にシてますから大丈夫ですよ。それに偶には3人揃って……………」

 こちらも小声で答える横島。

「ふっふっふっ……横島、お主も好き者よのう」
「何を仰います、お釈迦様には敵いませんって……」

 時代劇の悪役同士のような会話をして、ワハハハハ、と大声で笑い出す二人。
 そんな姿に小竜姫は我が夫ながら、その規格外のスケールに感心するやら呆れるやら。
 ルシオラも相手の霊圧を物ともしない夫にしきりに感心している。

「ハヌマンから報告は受けたのだが、無事修行を終えたようで安心したよ。何しろ人間の身体では
 大きすぎる力だったからね。それでご褒美といっては何だが、君に良い物を上げよう」

 そう言いながら一振りの刀を取り出すブッちゃん。
 どこから出したのか? 等と言ってはいけない。仏罰が下るであろう……。
 それは作りも見事であり宝剣といっても過言でない外観をしているが、放たれている霊力は半端ではなかった。

「これは………すごい刀ですね……。神刀ですか?」
「わかるかね? これは獅吼剣という。我が仏教系神族に伝わる神剣の一つだよ」
「し、獅吼剣ですって!? それじゃあ神魔の魂まで滅するというあの神剣ですか!?」

 普段の小竜姫ならこんな無礼は働かないのだろうが、聞こえた言葉に驚き大声を上げてしまう。

「はっ! す、済みませんでした……」
「いや、よいのだ小竜姫。お前が驚いたとおりの物だからな」
「そんな凄い刀を俺にくれるんですか?」
「そうだ。修行を終えた君なら使えるだろうと思ってね。この獅吼剣は最低でも1万マイトの霊力が無い
 と扱う事すら出来ない。君なら神魔共鳴によって軽く5万マイトぐらいに霊力を上げて戦闘を行う事が
 出来る。まあ、上級神魔用の武器として使えばいいだろう」
「そう仰るならありがたく頂きます」

 そう言って恭しく獅吼剣を受け取る横島。
 失礼、と言いながら少し離れると鞘から抜いて確かめる。

「これは………凄いですね……。身体が震えてきますよ」
「へえ〜、これは凄い霊力ね〜」

 ルシオラも興味深そうに眺めているが、横島はそう言って一通り検分すると鞘に収める。

「それで、神魔族の最高指導部は俺に何をやらせようと考えているんです?」

 獅吼剣を小竜姫に渡し、表情を真剣な物に変えて尋ねる。

「ふふふ、察しが良くて助かるよ。それについてはもうすぐキーやんとサッちゃんがやって来るので、
 二人の口から聞いて欲しい。これは私からの餞だよ」

 そう言うとブッちゃんは、楽しかったよ、と言って帰っていった。

「横島よ、お前は最高指導部から相当な信頼を得ているようじゃのう。仏○様が直接来られるなど
 滅多にある事ではないて……」

 呆れたようにハヌマンが首を振る。

「別に思い当たるような事は無いんですけどねぇ……」

 こちらも首を傾げながら答えるが、奥さんズはジト眼で見ている。

「それにしても、まさか獅吼剣とはのう………。これはとんでもない事を押し付けられるかもしれんぞ」
「はあ、でも仕方がないっスよ。あの方々にはルシオラを復活させて貰いましたし、俺の命も助けて
 貰いました。こうして二人と幸せに過ごす事が出来るのは、あの方達のおかげですからねぇ」
「でも私はヨコシマがあまり危険な事に巻き込まれるのは嫌だわ……」
「私だって本心はそうなんですよ、忠夫さん……」

 そう言って肩を竦める横島を心配そうに見つめるルシオラと小竜姫。
 いよいよ彼の運命は動き出そうとしていた。



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