フェダーイン・横島

作:NK

未来編 第3話




「横島、神、魔界の最高指導者がみえたぞ」

「わかりました。すぐに行きます」

 ブッちゃんが去ってから1時間後、ブッちゃんが言っていたとおりキーやんとサッちゃんの来訪を受けた横島。
 すでにこれを予見していつもよりかなりマシな服に着替えていた。
 といっても現在の彼はそれほど衣装持ちではない。
 なにしろ他人の目を殆ど気にする必要のない加速空間で過ごしていたのだ。
 普段の横島は修行時は道着、それ以外はTシャツにジーパン、せいぜいその上にシャツを羽織るぐらいだ。
 そんな彼が修行の際に来ているカンフー服とは異なり、長袍(チャンパオ)馬掛(マーグワ)を羽織って現れたのだ。
 横島が自分でこういう服を手に入れようとするはずはなく、想像通り衣服に無頓着な横島へ奥さんズが贈ったモノである。

「横島さん、久しぶりですね。元気そうで何よりです」

「よおヨコッち! ルーぼん から聞いたけど、修行随分頑張ってるみたいやな!」

 部屋に入るなりえらく軽い口調で挨拶されて戸惑う横島。
 声だけ聞いていれば、この二人が神魔の最高指導者だとはとても思えないだろう。
 それは横島と共にやって来たチャイナドレス姿のルシオラ、小竜姫も同様だった。
 なお、斉天大聖老師は呼びに来ただけで同席していない。

「お久しぶりです。最後にお会いしたのは修行に入る前ですから、主観時間で30年ぶりですね」

 実際の時間では3年なのだが、加速空間で修行していた横島には結構長い時間だった。
 尤も、すでに神魔同様永遠に近い命を手に入れた横島にとって、30年という時間はそれ程長く感じるモノではない。

「斉天大聖から修行が満足のいく形で一通り終わったと報告を受けました。それで様子を見に来た
 のですが……」

「ええ、これからは衰えないように日々鍛錬するだけになりました。この加速空間も数日後には出る
 予定です。まあ、これから暮らすところを確保しなければなりませんが……」

 横島がキーやんに答えたように横島達の修行は一通り終わり、この先どこで暮らすにせよ普通の時間が流れる世界へ戻るべき時が来ていたのだ。

「そうですか。でも貴方が無事こうして生きていて嬉しいですよ。それでどこで暮らしたいですか?」

「そうですねぇ……。さすがに神界や魔界ではまだ暮らしたいとは思いませんね。最終的には
 どうなるかわかりませんが、やはり人界ですね。俺の故郷でもありますし、ルシオラも魔族ですが
 魔界は知らないそうですから。ルシオラにとっても人界は故郷なんですよ」

「そういえばそうですね。ルシオラさん、貴女も人界に住みたいですか?」

「はい。私にとっての故郷でもあり、ヨコシマと出会い守った世界ですから」

 ルシオラの答えに頷くキーやん。
 そして顔を小竜姫に向ける。

「貴女はどうですか小竜姫? 貴女は元々は神界の生まれですが、やはり人界で暮らしたい
 ですか?」

「はい。妙神山管理人の役目を辞した私ですが、私も忠夫さんと出会った人界が好きです」

 3人が全員、人界で暮らす事を希望したので少しだけホッとしたような雰囲気を見せるキーやん。
 そんな様子を見て横島が口を開く。

「お二人の様子から人界で暮らす事自体は問題無さそうですが、何を躊躇っているんです?」

「鋭くなりましたねぇ……。実はお話しがありまして」

「というか、ワシらヨコッちに少し頼みたい事があってな」

 口調は軽めだが、なぜか表情は真面目な二人(尤も顔は光り輝いていてはっきりとは見えない。それはブッちゃんも同じ)を見て、遂に来るべき時が来たと感じる3人。
 神魔の最高指導部に何か思惑がなければ、ルシオラを復活させた上に横島にルシオラと小竜姫の霊基構造コピーを融合させて、神魔共鳴を可能にする等という中級神魔に匹敵する強力な戦士―しかも人間の―を誕生させる筈がないのだから……。

「かなり重大な事のようですね。覚悟はしていましたが、どういう内容でしょう?」

 何となく口を噤んでいる二人に水を向ける横島。
 小竜姫とルシオラは黙っているがどこか心配そうな表情で話の経緯を見守っている。

「何でそう思うのですか?」

「ブッちゃんが先程餞だと言って獅吼剣を俺にくれました。あのような神器を俺にくれると言う事は、
 それがこの先必要となる局面があると言う事でしょうから……」

 尋ね返すキーやんに何でもない事のように答える横島。

「なんや、すでに覚悟済みかいな。それにしても獅吼剣をやるなんてブッちゃんもあんじょう気前の
 良いこっちゃ……」

「ブッちゃんは横島さんに眼をかけていますからね。まあ大変な事だと何となく察しているようなので
 話を進めましょうか」

「そうやな。実はな、ヨコッち……。この前のアシュタロスの事件でワシらは神界、魔界の既存組織と
 独立した指揮系統で動く組織を人界に作ろう思うとるんや」

 キーやんに即されて話し始めるサッちゃん。

「人界に…? 今までの神界や魔界の組織と独立した組織を作る? 何のためです?」

「アシュタロスの事件では、見事に我々は後手に回ってしまいました。冥界のチャンネルを妨害され
 援軍を送る事も出来ず、人界駐留組も霊的エネルギーの供給を止められ能力を発揮できません
 でした」

「ワシらは普通、人界では本来持っとる力の5%ぐらいしか出せんのや。何しろ人界はワシらの
 エネルギー源たる魔力も霊力も極端に薄いさかいな。それに神魔は自界からのエネルギー補給
 を受けなければ、人界では長く存在する事もできん」

 あの時の事を思いだし苦々しげな雰囲気を醸し出す二人。
 確かに一人一緒に戦ったヒャクメは日に日に小さくなってしまい、人間の手で霊的保護を行わなければ小人サイズになって動けなくなっていたかもしれない。
 その事を思い出して頷く横島。

「それは知っています。小竜姫やルシオラから聞きました。50,000マイトの霊力を持つ小竜姫は、
 人界では最大2,500マイトまでしか霊力を発揮できません。それも長時間それだけの出力を出し
 続ける事さえ難しい。小竜姫は妙神山に括られていた代わりに、あそこではずっと最大霊力
 (2,500マイト)で戦う事もできたようでしたが……」

「その通りです。アシュタロスが創り出したルシオラさん達3姉妹は非常に珍しい存在だったのです」

「アシュタロスのヤツは、ルシオラ達の霊体と肉体を調整して、人界で元々の能力の40%まで能力
 を発揮できるようにチューンアップしたんや。だから最初に1年しか寿命がないいう状態だったんや
 が……」

 そう、ルシオラ達3姉妹の本来の魔力は、アシュタロス戦時、霊圧20,000マイト程度だった。
 本当なら小竜姫の半分以下の魔力(1,000マイト程度)しか人界では出せない筈。
 それを8,000マイト近くまで出す事を可能にした代償が、霊体と肉体への負担による極端に短い寿命だった。
 しかし、今のルシオラは復活の際に基礎魔力レベルが上げられ、小竜姫程ではないが40,000マイトの魔力を持つに至っている。
 寿命も普通の神魔族と殆ど変わらない。

 そして特筆すべきは二人とも横島とリンクしているため、人界でも8,000マイトの基礎霊力(魔力)を発揮する事ができる。
 この最大霊力は、人界という限られた環境下ではあるが本来160,000マイトの力を持つ中級神魔と互角。
 つまり人界限定で戦えば、小竜姫もルシオラも自分の3〜4倍の霊力を持つ相手と同等なのだ。
 この二人に、神魔共鳴によって数万マイトで長時間安定して戦う事が出来る横島が加われば、人界ならば余程の大物クラスでない限り倒せる(横島は数十万マイトの神魔に匹敵)。

「そういうことで我々は3界の平和と安定を維持するために、人界に我々最高指導部直轄の、独立
 した指揮権を持ち重大な犯罪を計画している連中の捜査から逮捕、さらには殲滅までを行う
 特殊組織を作って人界での対応を任せたいと考えています」

「メンバーは神界、魔界から選抜して決めよう思ってたんやが、何しろ人界のこっちゃ。ここはトップ
 は人界出身のモンがいいいう事になってなぁ……」

 二人の言葉を聞いてさすがに驚く横島。
 横ではルシオラ、小竜姫も同じように驚いている。

「まさか……そのトップに俺を据えようとしているんですか?」

 嘘だと言ってくれ、と言わんばかりの表情で尋ねる横島。
 だが神魔界のトップは非情にも大きく首を縦に振る。

「何か考えがあるだろうとは思ってましたが………、そう来るとは思いませんでしたよ。小竜姫や
 ルシオラが人界でも普通の神魔族より力を出せるようになったのも、これが狙いでしたね?」

「いや、メンバーはある程度ヨコッちに選ばそう、思っとったわ。まあ、奥さん二人も一緒に行く
 可能性が高い思うとったけどな」

「この任務はなかなか危険ですから、身を守るためには力があった方がいいですからね」

 その答えを聞いて、確かに悪気もないんだろうし、どっちかというと3人が離れなくても済むようにしてくれたんだろうが……と思いながらも何か釈然としない。

「この組織に対する指揮権は、ワシら最高指導部にしかないんや。魔界正規軍の情報部や神族
 情報部なんかとも同格以上や」

「デタントの流れから言って、普段からあまり強力な神魔族が人界に常駐することは避けたいの
 です。その点貴方なら元々人間ですし、神族でも魔族でもありません。まさにうってつけなのです」

 その言葉を聞いて考え込む横島。
 キーやんとサッちゃんもそんな横島を急かさず黙って見守る。
 そんな中、ルシオラと小竜姫は不安そうに横島の横顔を見ていたが、数分で横島は二人に笑顔を向け頷いてみせる。

「わかりました。俺も人界は守りたいですし、貴方達にも恩がある。大役ですが引き受けましょう」

「忠夫さん! 本当にいいんですか!?」

「ヨコシマ! この仕事はかなり危ない相手と戦う事になるわよ!?」

 横島の答えに、最高指導者の前にもかかわらず大声で自分の大事な人の真意を確かめようとする。

「ああ、わかってる。でも人界の事だから知らん振りするわけにもいかないだろう? それにあの
 世界は俺達が必死で守った世界だ。そこをまた外からグチャグチャにされたら腹が立つしな。
 それに俺達が暮らす世界でもあるんだから、あの世界に期待が持てる間は何とかしようと思う」

 気負いを感じさせない声で答える横島に、不安そうだった二人も表情を和らげて頷く。

「そうですか……わかりました。では私もお供します。いいですよね、忠夫さん?」

「独りでなんか行かせないわ!! ヨコシマ、私も一緒に行くわよ!! もう貴方と離れるのは
 嫌だもの!」

 そして、絶対に自分達も一緒に仕事をする、という決意を込めた瞳でにじり寄ってくる奥さんズを断る事など、横島にできはしない。

「ああ、俺の方からお願いするよ。一緒に来てくれるよな? 大事な人とはいつも一緒にいたい
 からな」

「はい!」

「勿論よ!」

 その言葉に嬉しそうに答える奥さんズ。

「やはり夫婦の絆って強いですねぇ……」

「愛の力は偉大やで!」

 何やら他人事のように見ているキーやんと、魔族のくせにえらく似合わない事を言うサッちゃん。
 最初から狙っていたくせに、この辺は役者である。

「それで…具体的にはどういう組織なんです? 話を伺うと警察みたいなモンですか?」

 ルシオラと小竜姫にしっかりと寄り添われた横島が尋ねる。

「そうですね、人間の感覚で言えば警察に近いですが、日本風に言えば昔の火付け盗賊改めに
 より近いですね」

「逆らえば斬り捨て御免やからな」

 なかなかに物騒な事を言う最高指導者達。

「ようするに、任務は三界の現在の平穏を脅かす全てを対象にした人界での取り締まりですか?」

 横島が少し考えてから尋ねる。

「さすがやなぁ……。正にヨコッちが言った通りや」

「そこまでわかっているなら細かくは言いませんが、人界の霊的平和は貴方達の活躍に掛かって
 いると言えます」

「名付けて『特殊命令捜査課』、略称は『特命課』や。取り敢えず主力メンバーはヨコッちが選んで
 ええんや」

その言葉を聞いて少し考え込む横島だったが、すぐに顔を上げて尋ねる。

「じゃあ、神族や魔族からスカウトして構わないんですね?」

「ええ、貴方が選んだ者が同意すれば即座に配属します」

 こうして横島は新たな仕事に就く事となった。
 小竜姫、ルシオラも期せずして人界で暮らしていくための役割を持つ事になる。
 その後、一同は細かな打ち合わせを行い横島を課長へと任命したのだった。






「まさか俺が特命課のトップとはなぁ……。警察で言えば警視正か……。まあ、メンバーはこれから
 集めるとして、大変な事になった」

 キーやんとサッちゃんが帰った後、この30年ほぼ毎日使った修行場で座り込みぼんやりと考え事をしている横島。
 実際は結構やる気満々なのだが、突然の事なので今一実感が湧かないのだ。

「忠夫さん、何を考えているんですか?」

「ヨコシマ、ここにいたのね?」

 そんな横島を覗き込むように声を掛ける奥さんズ。

「何かスケールのでかい話でなぁ……。やる気はあるんだけど、実際にどうやろうかって考えたら
 悩んじゃって……」

「一人で悩んでは駄目ですよ、忠夫さん」

「そうよ。私達がいつも傍にいるんだから、みんなで考えましょう。そのための夫婦でしょ?」

 横島の漠たる不安を吹き飛ばすような笑顔で励ましてくれる二人に、思わず腕を廻し抱き締めようと引き寄せる。

「あっ…! た、忠夫さん……」

「あんっ! ヨ、ヨコシマ……」

 いきなりな横島の行動に、驚きつつも顔を赤らめて嬉しそうな声を出す二人。

「そうだったよな。俺は独りじゃないんだもんな……。いつまでも一緒だよ、ルシオラ、小竜姫……」

 しばらくそれぞれの体温を感じ合っていたが、スッと腕を解くと立ち上がる横島。

「それで……何を考えていたの、ヨコシマ?」

 小首を傾げながら尋ねてくるルシオラの可愛さに思わず押し倒したくなった横島だが、今はそういう流れではないため自重する。

「いや、特命課のメンバーなんだけどさ……。戦闘みたいな荒事は俺や小竜姫、それにルシオラも
 いるけど、この広い世界全体に目を光らせるとなるとヒャクメの存在は欠かせない、と思ってな。
 でもヒャクメの意志って言うのもあるから無理強いはできないだろうし、どうしようかなと考えて
 いた」

「確かにヒャクメの存在は重要ですね。ヒャクメなら居ながらにしてあらゆる所を見る事が出来ます。
 少ない人数で捜査をするには必要不可欠です」

 横島の言葉に頷く小竜姫。

「それに巻き込むようで気が引けるけど、パピリオも一緒に来てくれたらな、と思ってた。パピリオは
 戦闘力も大きいし、眷族がいれば聞き込みや張り込みに人数を取られる事もない。同じように
 ベスパが入ってくれれば鬼に金棒なんだが……。アイツはそこまで俺に気を許してくれないだろう
 な、と思ってね」

 何しろベスパの最愛の存在であるアシュタロスを倒したのは自分なのだ。
 自分とルシオラが復活した後、身体と魂を安定させるためと、膨大な力をコントロールするための修行を行うために神界の加速空間に籠もった横島は、アシュタロス戦後、主観時間で30年前(ルシオラが復活した事を二人に伝え、会わせた時)、25年前、20年前、15年前。10年前、5年前の計6回あの二人と会っただけなのだ。
 パピリオは自分に懐いてくれているのだが、ベスパが実際に自分の事をどう思っているのかはよくわからなかった。
 実際、明日は横島の感覚で5年ぶりに義妹達と会う事になっている。
 尤も、ベスパやパピリオにしてみれば半年ぶりなのだから、横島程長く会っていないと考えているわけでもない。

「大丈夫よ、ベスパはもうアシュ様の事は吹っ切ったみたいだから……」

 20年前に会った頃から、ベスパの横島に対する様子が変わってきたのを思い出しながら答えるルシオラ。
 その前2回は何となく無理しているのがわかったのだが、向こうの時間で1年が経った頃から徐々に横島に対しても身内として接するようになってきたのだ。

「そうなのか? それなら嬉しいけどな……。もし俺がルシオラをあの戦いで失っていたらどうなって
 いたか、自分でもわからないんだ。自分の事を考えると、ベスパの事が気になるんだよ」

「それでしたら、明日会った時に心を開いて話をしてみたらどうですか? きっとベスパさんもそれを
 望んでいると思いますよ」

 小竜姫の穏やかな声は横島の心を普段通りに落ち着かせるに十分だった。

「わかった。ベスパとパピリオには明日話してみよう。断られるかも知れないけど、もし共に戦って
 くれるならルシオラも妹たちと一緒にいられるようになるからな」

 自分達の任務上、魔界正規軍に入っているベスパとの関係は微妙になる可能性がある。
 場合によっては一時的に敵対する事になるかも知れない。
 パピリオの方は再建なった妙神山にその身を預けられており、魔族ではあるが神族拠点での生活と修行を許されている。
 新たに妙神山管理人となった神族と共に暮らしているのだ。

「ベスパ、パピリオ……。会うのは久しぶりね」

 ルシオラが懐かしそうな表情で呟く。
 
「私も久々に虹姫に会えますね」

 小竜姫も何となく嬉しそうだ。
 彼女たちも主観時間で5年間、横島、ルシオラ、ハヌマン以外の人々と会っていなかったのだ(ブッちゃん、キーやん、サッちゃんは別)。






 ビュウウウン……

「5年ぶり……いや、こっちでは半年ぶりの妙神山か……。久しぶりだな」

 感慨深そうに呟く横島。
 チノパンに半袖シャツという格好の横島は、どこから見ても一見、年相応の若者(20歳ぐらい)に見える。
 神魔人となった段階で彼の肉体的な成長は非常に緩慢なものとなり、さらに見た目を能力で変える事すら可能だ。

「ここは雰囲気も見た目もあまり変わっていませんね……。ここに来るとホッとします」

「パピリオはどこかしら? ベスパは元気かしら? えーと、現在位置は……と」

 三者三様の言葉を口にしながら、それぞれの思い出や記憶を反芻する。

「ヨコシマ〜!! ルシオラちゃ〜ん!!」

 歩き出そうとした一行は、声と共に彼方から猛スピードで接近する何かを捉えて注意を向ける。

「あれは……やっぱりそうだよな?」

「ヨコシマの考えている通りだと思うわ」

「10秒後に接触ですよ、忠夫さん」

 ドッカ〜〜ン!!

 横島は小竜姫の言葉を聞き終わるより早く、スッと腰を落として衝撃に備える。
 その横島を直撃する小さい何か。
 衝撃波と轟音と共に、ぶつかってきたモノは横島によって抱き留められた。

「ヨコシマ〜会いたかったでちゅよ〜!!」

 小さな身体で横島に抱き付き、その胸にグリグリと顔を押し付ける緑色の髪に触角を持つ少女。
 ルシオラの末妹、パピリオである。
 外見は中学生になるかならないか、というぐらいに大きくなっていた。

「ははは……元気にしていたか、パピリオ? 少し大きくなったんじゃないか?」

 そんなパピリオの頭を優しく撫でながら、全くダメージを負っていない横島が尋ねる。

「えへへへ〜、身長が3cm伸びたでちゅ。順調に成長してまちゅよ。私がナイスバディになって、
 もう終わっちゃったルシオラちゃんの胸を超えるのもあと僅かでちゅ」

 横島に抱き付き満面の笑みを浮かべながら、地雷を踏むかのような発言をするパピリオ。
 その報いは即座に与えられる。

 ゴンッ!

「痛いでちゅ〜! いきなり可愛い妹を撲つなんて酷いじゃないでちゅか、ルシオラちゃん!」

「全く……姉に挨拶する前に義兄に抱き付くなんてどういうことよ? それに私の胸がなんですって?
 終わったとは言ってくれるじゃない! 今だって順調に成長してるっていうのに」

 目に涙をためながらジト眼を向けるパピリオだったが、ルシオラの見下ろす冷たい視線に首を竦める。
 しかし即座に横島から離れると、今度は姉に抱き付き横島にしたのと同様に頬を胸へと押し付ける。

「大人の姿のルシオラちゃんは、私と違ってもう成長は殆どしないはずでちゅ! だから自他共に
 認める貧乳………あれっ? 昔より少しだけど大きくなってまちぇんか?」

 頬を押し付けたパピリオの戸惑い……それは胸の部分の感触が柔らかい事だった。
 かつてと同じ服装のルシオラだが、胸の部分はその小ささを嫌ったのか外側に硬質素材を取り付けて一見大きいように見せていたはず。
 それがパピリオの頬を優しく迎え入れるかのような柔らかい感触だったのだから……。
 少し驚いたように顔を離しルシオラの胸を凝視する。
 いくら姉妹とはいえ、一緒に風呂に入るでもなく、裸体を見る事など無かったので気が付かなかったが、長姉の胸は昔(3年前)とは違い大きくなっているような……。
 確かに復活後、ルシオラの胸は自分の記憶にある姿より少し大きくなっていたようだった。
 今はその時と比べても、もう少し大きくなっているように思える。
 さらに、ルシオラの身体は相変わらずバランス良くスレンダーであるが、昔に比べ肉感的というか女として男を惹きつける何かを得ていた。
 前回会った時には、自分もまだ成長が始まっておらず、あまりその事を意識していなかったために気が付かなかったのだろう。

「だから大きくなってるって言ってるでしょ! 私の女としての魅力は日々成長しているのよ!」

「むう〜なんででちゅか!? 一体どうやったんでちゅか?」

 少し誇らしげに胸を張るルシオラの言葉に、一瞬悔しそうだったパピリオだがすぐに真面目な表情へと変わる。
 そして口を開き真剣な表情で尋ねるパピリオ。
 自分でもその方法を試そうというのだろう。

「えっ!? そ、それは……パピリオにはまだ早いわ」

「そんなの狡いでちゅ! そうやってルシオラちゃんはナイスバディになる方法を独り占めするつもり
 でちゅね!!」

「そんな事はないけど……これは一人ではできないのよ。私の場合は……勿論ヨコシマが私の事を
 いっぱい愛してくれるからよ………」

 最後の方が小声になってしまったのは、昨晩の事を思い出したからだろう。
 ルシオラも小竜姫も、元々美乳だが決して大きい方ではなかった胸が、形は美しいまま今ではそれなりの柔らかさと質感を持った存在へと育っている。
 さらに身体の他の部分も女らしさを増しているのだ。
 全ては夜間に行われる夫婦間の修行(営み)による成果と言えよう。
 なお、横島は修行の成果もあって非常にタフになっている事を申し添えておく……。

「忠夫さん、今宵は私の事を一杯愛してくださいね……」

 どさくさに紛れてとんでもない事を頼んでいる小竜姫。
 ルシオラがパピリオと戯れている間に、横島の腕を抱き締めて自分の胸を押し付けている。
 逆転され未だルシオラに負けている(と言っても殆ど差はないが)小竜姫としても、この事では譲れないのだろう。

「小竜姫まで……それじゃあ俺が何だか凄いスケベみたいじゃないか……」

「「あら、違うと言うの(ですか)?」」

 横島が上げた抗議の声も、奥さんズの見事にハモッた一言で撃墜される。
 そんな横島を恨めしそうに見つめるパピリオ。

「どーせ俺なんか……」

「やあ義兄さん。久しぶりだね……って、どうしたんだい?」

 その息の合った口撃にいじける横島だったが、もう一人の懐かしい声が聞こえたためにいつも通りに表情を戻して顔を上げる。

「ベスパ! 半年ぶりだな、元気だったか?」

 彼の視線の先には、ルシオラのもう一人の妹であるベスパが立っていた。
 1年ぐらい前から横島の事を義兄と呼んでくれるようになったベスパだが、まだ何となく横島に対してぎこちない態度を取ってしまう時がある。
 アシュタロスの事に関しては横島に対する蟠りが消えたモノの、それは初めて出来た義兄という存在に対する戸惑いから来るもの。

「アタシは変わりないさ。義兄さんも元気そうじゃない。やあルシオラ。姉さんも元気そうだね。
 しかし……随分魅力的な身体になってきたモンだね……」

 こちらはその理由を即座に思いついて溜息を吐く。
 こっちは魔界正規軍に入って訓練を積んでいるため、男なんか作っている暇が無いって言うのにさ……。
 何となく姉を羨ましく思いながらも、それを表に出すことなく姉を見つめる。

「ベスパ、元気そうでよかったわ。私の感覚だと、もう5年も会っていない事になるから
 懐かしくて……」

 そう言って久々に会うベスパやパピリオと嬉しそうに話すルシオラを、暖かい眼差しで見守る横島と小竜姫。

「やっぱり姉妹っていいですわね。ルシオラさんも嬉しそうですし」

「そうだよな……。ルシオラ達って実際は俺よりも若いというか、まだ4歳になってないんだろ?
 いくら頭脳は大人と同じと言っても、普通なら姉妹が離ればなれになるには早いよな」

「そうですね。神族や魔族は成長もゆっくりしていますから、普通は少なくとも百年ぐらいは一緒
 でしょう」

 そんな会話をしているうちに、再会の挨拶も終わったのか3姉妹が近寄ってくる。

「それにしても、半年会わないうちに姉さんはまた能力を上げたようだね。義兄さんにはとっくに
 敵わなくなっていたけど、何だか取り残されるみたいで寂しいね」

「そうでちゅか? ヨコシマの霊力は、ルシオラちゃんが復活した後で最初に会った時と変わって
 いないと思いまちゅが……?」

「見た目の霊力は確かにそうさ。でも身のこなしや立ち振る舞いを見れば、相当修行した事が
 わかるってモンだよ。霊力だって実際はわからないと思うよ」

 首を傾げるパピリオと、横島を頭のてっぺんから爪先までじっくり眺めるベスパ。

「さすがに魔界正規軍の士官ね。ヨコシマの実力に気が付くとは大したものよ」

「ええ。神魔族が見たとしても、普段の忠夫さんは人間として少し高いぐらいの基礎霊力分しか
 見えませんからね。ベスパさんも相当のレベルになったのですね」

 感心したように頷き合うルシオラと小竜姫。

「ここで立ち話も何だから、宿坊に方に行かないか? 幸い今回は少し長く逗留する事ができる
 から、積もる話もゆっくりする事が出来る」

 横島の言葉に頷くと、一行はゾロゾロと歩き出す。
 パピリオの足取りが非常に軽いのは、久々に姉妹と会えたからだろう。
 ルシオラ、ベスパも何となく浮き浮きしているのが感じられ、横島はこれが幸せってもんなんだろうな、と考えていた。






「あら、小竜姫、横島さん、ルシオラさん、いらっしゃい。パピリオが待ちかねていたんですよ」

 建物の中からひょいと顔を覗かせたのは、現妙神山管理人を勤める虹姫(こうき)。
 龍神一族の中では家柄は低い方だが、代々武勇の誉れ高き武神を排出してきた一族の女性で、小竜姫とは神剣の姉妹弟子に当たる。
 格好は小竜姫に似ているが、下げている刀は日本刀風だ。
 年齢は若干小竜姫より上で、緑がかった黒髪に整った顔立ちの美人だが、体格は小竜姫同様小柄である。
 外見上の最大の相違点は、虹姫の頭には小竜姫のような角が無いと言う事か……。
 霊力や戦闘力のレベル的には横島とリンクする前の小竜姫と同程度だろう。
 胸は……加速空間に籠もる前の小竜姫とどっこいというところか……。
 ようするにスレンダーな美人である!

「虹姫、久しぶりですね。妙神山はどうですか?」

「相変わらずよ。最近は修業に来る人間もいないから退屈だわ。貴女、よくこんな退屈なお役目を
 数百年も引き受けていたわね」

 そんな虹姫の答えに苦笑する小竜姫。
 自分でも覚えはあるのだが、こうまできっぱりと言い切る友人程ではない。

「仕方がないわ。この役目は龍神族のポストだから、誰かが就かないと他の一族に取られてしまい
 ますもの……」

「そうね。……でも小竜姫、貴女随分女らしい体つきになったわね……。横島さん、小竜姫の事
 いっぱい愛してあげてるのね」

「ははは……、まあ最愛の妻ですから………」

 僅かに羨ましそうな眼差しで横島と小竜姫を交互に見る虹姫。
 横島としては当然、虹姫ほどの美人に食指が動かないはずはないのだが、ルシオラと小竜姫との夫婦生活に満足しているのか、はたまた二人にしっかりと教育(調教)されているせいか、そのような素振りを見せない。
 まあ、昔に比べれば『美人なねーちゃんだな』ぐらいに思っているだけなので、何ら問題を起こさないのだ。
 久々に会った3姉妹の話は弾み、小竜姫と虹姫も友人同士話が尽きない。
 横島は3姉妹と話したり、小竜姫達と話したりしていたが、さすがに加速空間に籠もって修行三昧の生活だったモノだから話題に付いていくのがやっとだった。

「それで義兄さんはこの後も修行を続けるのかい?」

 ベスパの問いにゆっくりと首を振る横島。

「いや、俺の修行も一段落したんだ。これからは普通の時間の中で暮らしていくつもりだよ。一応、
 人界に3人で住む事になるだろうなぁ……」

「虹姫、住まいが決まるまでこっちで厄介になっていいでしょうか?」

「全然構わないわよ。私も退屈だから丁度良いわ!」

 横島の言葉を受けて尋ねる小竜姫に快諾する。

「じゃあこれからはもっと頻繁に会えるんでちゅね?」

「そうか、姉さん達と一緒に人界に住むのか……」

 横島の言葉を聞いた妹たちの対照的な表情を見て微かに心を痛めるルシオラ。
 パピリオは良いが、ベスパにとっては今と会える頻度はさほど変わらないので寂しいのだろう。

「ベスパ、魔界正規軍の仕事って楽しい?」

「そうだねぇ……、私は元々戦闘を主目的に創られているから、性には合っているけどね。ただ私は
 魔界に知り合いがいないからさ……」

 その少し寂しそうな表情は、ルシオラばかりではなく横島を含めたその場の全員に彼女の本音であると悟らせるには十分だった。

「なあベスパ……。いつかちゃんと訊こうと思っていたんだが……、お前は俺の事どう思っている?
 俺の事が憎くないか?」

「はあ? 私が義兄さんの事を憎む? 何でさ?」

 キョトンとした表情で尋ね返すベスパ。
 横島の質問自体が意外だったらしい。

「いや…その……アシュタロスに止めを刺したのは俺だからさ……。それに二人からルシオラを取り
 上げるような形になっちゃったからな……」

「そんな事を気にしていたのか? 別に恨んでなんかいないよ。アシュ様は自分の願いを叶えたん
 だ。私はアシュ様の願いが叶えられた事で満足さ。そりゃあアシュ様が生きていてくれた方が
 私にとっては嬉しかったのは事実だけど、あの時の状況じゃあ義兄さんを恨んだりは出来ないさ。
 それに……そう思っていたらアンタの事を義兄さんなんて呼ばないよ。アンタは私にとって姉さんの
 旦那であり、義兄なんだから。ようするに身内だってことだよ」

 最後の方は照れが入ったのかぶっきらぼうだったが、その言葉はベスパの正直な思いだった。

「そうか、ありがとうベスパ」

 それがわかった横島も素直に礼を言う。
 ベスパが自分を身内だと言ってくれた事が嬉しかったのだ。

「でも一体どうしたのさ? そんな事を改めて訊くなんて?」

 不思議そうな表情で尋ねるベスパに意を決して話し始める横島。

「今度俺とルシオラ、それに小竜姫は新しい仕事って言うか任務に就く事になってなぁ……。何て
 言うか……そのトップが俺なんだわ。それでメンバーの人選をある程度任されていてな、ベスパと
 パピリオをスカウトしようと思っていたんだ。その前にベスパが俺の事をどう思っているのか確認
 したくて……」

「はあ……そう言う事かい…。私は別に義兄さんの下で働く事に何の抵抗もないよ。それで……
 どんな仕事なんだい?」

「私の事も誘ってくれるんでちゅか? そうすればヨコシマやルシオラちゃん、ベスパちゃんと一緒に
 暮らせるんでちゅか?」

 まずはしっかりと内容を確認しようとするベスパと、姉妹揃って暮らせる可能性に心が向いているパピリオ。
 横島は神魔最高指導部によって告げられた内容を話し始めた。



「へぇ……義兄さんも出世したもんだねぇ……」

「楽しそうだけど、普段は暇そうでちゅね……」

 それぞれの受け止め方をする妹達を見るルシオラの瞳は、なかなかに複雑な感情を宿していた。
 もし二人が承諾すれば一緒に暮らせる事と、妹たちが危険な目に会うのではないかという思いがせめぎ合っている。

「二人とも、これは結構危ない仕事なの。だから嫌なら断っていいのよ。というより私は貴女達に
 危ない眼にあって欲しくないの……」

 一度入ったら容易には抜け出せない世界だろうと思い、自分の正直な気持ちを伝えるルシオラ。
 しかし返ってきた返事は以外に呆気ないものだった。

「だけどさ、姉さん。魔界正規軍だって結構危ない仕事なんだから、私にとっては大した違いはない
 よ。それよりみんなで一緒に暮らせる方が楽しいな」

「どうせそういう事があれば、またこの妙神山が狙われる事になるに違いありまちぇん。そうなったら
 どうせ危ない目に会うんでちゅから……」

 二人の瞳に強い意志を感じたルシオラはそれ以上確認する言葉を持たなかった。

「じゃあ一緒に戦ってくれるのか?」

「勿論さ」

「別に構いまちぇん」

 横島の最終確認に力強く頷く二人。
 特命課はようやく形になろうとしていた。




(後書き)
 漸く横島達の新たな仕事が明らかとなりました。
 今回は説明的な台詞ばかりで反省しています。
 今回正式にメンバーとなったルシオラ姉妹と小竜姫、そして名前の上がったヒャクメが私の考えていた特命課メンバーですが、やっぱり少ないですよね。
 さて、残りのメンバーはどうするか……?
 神族と魔族を同じぐらいの数にしたいのですが、原作に登場する神族って案外少ないんですよ(戦士系は)。
 あんまり多くなると収拾がつかなくなるんで、これだけにするのも楽ですかね。
 今のところ人間サイドのメンバー加入は考えていません。
 何しろ戦う相手がおそらく数千マイトというレベルになりますから、人間ではキツイですよね。
 早く事件編に行きたいんですが、描写は後回しにしてもメンバーは固定させないいけないな……。
 今回登場した妙神山管理人の虹姫は完全なオリキャラです。小竜姫の後釜の妙神山管理人ですね。
 彼女はワルキューレ同様、特命課には入らない予定(今のところ)です。


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