フェダーイン・横島

作:NK

未来編 第3.7話




「……陽射しが強いな」

「確かに暑いわね。まあ、私は寒いのより暑い方が好きだから問題ないけど。でも泳ぐなんて初めての経験だわ」

「海ですか……。もの凄く久しぶりです(200年振りぐらい)し、人前でこういう格好になるのは初めてですけど……」

 寄せては引いていく波の音を聞きながら、横島は漸く立てたビーチパラソルの影の中、シートの上でサングラスをかけたまま横たわる。
 聞こえてくる周囲の喧噪を聞き流しながら、サングラスで隠した視線は傍らで膝を抱えて座ったルシオラに注がれていた。
 黒いビキニの上に白いパーカーを羽織ったルシオラの姿は、普段下着姿や何も着ていない生まれたままの姿を見ている横島であっても、思わず見惚れてしまうだけの価値を持っている。
 さらに今は、触角を隠して完全に人間に化けているため、非常に新鮮な感じがするのだ。

 そして逆側には、髪の色に合わせたように赤いビキニを身に着け、やはり白いパーカーを羽織った小竜姫が、こちらは少し崩れた格好でやはり遊んでいる人々を眺めていた。
 彼女も巧みに角と逆鱗を隠して人間の姿になっている。
 ルシオラ同様、こちらも眼福とばかりに密かに視線を送る横島。
 先程から、こうして交互に2人の水着姿を鑑賞しているのだ。
 尤も、サングラスで隠しているつもりでも、ルシオラと小竜姫には横島のやっている事などバレバレなのであるが……。

 朝方に到着し一泳ぎした後、彼等3人は日陰の住人となっていた。
 最初に膝ぐらいまで海に入ったルシオラが、波によってバランスを崩しそうになって横島にしがみついたり、胸ぐらいの場所でおっかなびっくり泳いでみたり、波打ち際で遊んでいた小竜姫が大きな波に巻き込まれて助けられたり、等々のドタバタを繰り広げたのはお約束。
 一通り海というものを経験したルシオラと小竜姫は、荷物番も兼ねてお休みタイムとなったのである。
 無論、横島も一緒なのは言うまでもない。

「ねえ、ヨコシマはもう泳がないの?」

「……ん? ああ、別に泳いだって構わないけど、2人はどうする?」

「忠夫さんが行くんでしたら、私達もご一緒しますけど」 

 小一時間ほど日陰で休んでいたルシオラが、抱えていた足を崩して横島を覗き込み問いかける。
 このアングルで眺めるのはもう十分に堪能しただろうと、少し前から頃合いを見計らっていたらしい。
 横島は上半身を起こしながら、ルシオラの問いに問いかけで返す。
 すると即座に、小竜姫がルシオラに代わって返事をした。

 どうやら2人の奥さんからの、今度は3人だけで一緒に泳ごうというお誘いのようだ。
 即座に頷こうとした横島だったが、3人とも泳ぎに行ってしまうとここが空になってしまう事に気が付き一瞬考え込んだ。
 取り敢えず、何やら走っていったパピリオと、それを追っていったベスパの帰りを待たなければならない。

「だけど、ここを空にするわけにはいかないだろ? ベスパとパピリオが戻ってくるまでは動けないぞ」

「……そうね。あの2人ったら、どこまで行ったのかしら?」

「そういえば、ヒャクメもさっきから姿が見えませんね?」

「そういえばヒャクメもいなかったな。どこに行ったんだ、あいつ?」

 小竜姫に言われて、初めてヒャクメの姿が見えない事に気が付いた横島が、よっと声を出して素早く起きあがり周囲を見回した。
 その動きに釣られるかのように、2人の奥さんも立ち上がり、ビーチパラソルの影から出てキョロキョロと顔を動かす。
 すると……何やら向こうの方から連れ立って歩いてくる3つの人影。

「あれ? ヒャクメってパピリオ達と一緒に泳ぎに行ってたのか?」

「さあ…? でも3人揃って帰ってきたんだから、それでいいんじゃないかしら」

「そうですね。荷物番は向こうに任せて、今度は私達が泳ぎに行きましょう」

 横島達3人は、戻って来た事で問題ないと考えていたが、実はヒャクメはパピリオに腕を掴まれ、半ば強制的に連れ出されていたのだった。
 まあ、別に苛められているわけでもないため、ベスパも何も言わなかったのだが、普段運動などあまりしないヒャクメには遠泳は応えたようだ。
 何となくヘロヘロとして足元が危ない。

「ヨコシマ〜!」

「あっ! 待ちな、パピリオ!」

 手をブンブンと振って呼びかけてくるパピリオに、こちらも手を上げて応える横島。
 自分に気が付いてくれた、とパピリオはそこから嬉しそうに走り出す。
 アッという間の行動に、お目付役として一緒にいたベスパも止める暇がなかった。

 元気良く走り寄ってきたパピリオを両腕で受け止め、さらに勢いを利用してその小さな身体をヒョイと持ち上げる横島。
 その光景は、幼女に高い高いをやってあげる父親のようにも見えた。

「楽しかったか、パピリオ?」

「もちろんでちゅ! でもヒャクメが疲れたって言うから、一旦戻って来まちた」

「ははは…。それで、どこまで泳いできたんだ?」

「……えっと、ビーチの端から端まで泳いできまちた」

「そ、そうか。流石だな」

 おそらく、1時間ぶっ通しで泳いだのだろうからヒャクメだってバテてもおかしくないか、と考え少しだけ同情する横島だが、ここは逆に好都合と思いパピリオを降ろしヒャクメに声をかけた。

「疲れただろ、ヒャクメ? 俺達が今度泳いでくるから、荷物番しながらゆっくり休んでくれ」

「そうさせてもらうのね〜」

 へタッと腰を下ろすヒャクメに後を任せ、横島は小竜姫とルシオラを連れて波打ち際へと向かった。






「あ〜気持ち良い。やっぱり海水浴はプールとは違って開放感があるな。こうして波に揺られて浮かんでると、思わず眠っちゃいそうだ」

「クスクス……。忠夫さん、そうやってると昨日TVで見たラッコみたいですよ」

「でも……ヨコシマの言うとおりね。こうやってるのって、結構気持ち良いわよ」

 仰向けに浮かんでいる横島は、入道雲が湧き上がる空をボンヤリと眺めながら、近くにいるはずの2人を捜して顔を動かした。
 左にいる小竜姫は、ゆっくりと立ち泳ぎをしながら顔だけを水上に出して笑っている。
 右側のルシオラは、今回が海水浴初回と言う事もあって、横島の真似をして海面に浮かんでいた。

「取り敢えずベスパ達とも共に仕事する事になったし、ヒャクメもメンバー入りを快諾してくれたので、本格始動の前にこうして海水浴にも来たんだが……。それにしても凄いメンバーだよな。普通の男だったら、もう泣いて喜びそうな美女揃いだし。だけど、到着してしばらくは面倒だったな」

 ポツリと呟いた横島の言葉通り、今回一緒に来たメンバーはヒャクメ、ベスパ、パピリオの合計6人であり、男女比が著しくアンバランスな上、女性はみな美女、美少女揃い。
 周囲の男性陣の嫉妬心を煽るには、十分すぎるメンバーなのである。
 そのためビーチに着いた直後は、海岸で彼女達目当てにナンパしてくる男達を追い払う事に注力しなければならなかった。
 いや、小竜姫、ルシオラ、ベスパ、パピリオの場合は、確実に自力でナンパ野郎共を撃退できるのだが、どちらかというと相手に怪我をさせる事を恐れていた横島だった。
 小竜姫は仏罰を下しそうだし、ルシオラ達姉妹はパワーが落ちたとはいえ、軽く手で押しただけで人間を吹っ飛ばすだけの力を持っている。
 横島も別にナンパ野郎共がどうなろうと知った事ではないが、奥さんや仲間達が面倒に巻き込まれる事は防がねばならなかった。

「ふふふ…。朝から大変だったわね、ヨコシマ。でも、ナンパしてくる連中から守ってくれてありがとう。私、嬉しかったわ」

「私も嬉しかったですよ。でも、昔の忠夫さんみたいな人って結構多いんですね」

「ははは……、それは言わないでくれ、小竜姫。人間、立場が変われば行動だって変わるさ。それにルシオラと小竜姫は俺の大事な奥さんだから、他の野郎共を近寄らせたりしないって。本当は、水着姿を見せるのだって嫌なんだから」

 次々と言い寄ってくる男共を、少しだけ漏らした殺気と迫力で撃退しまくった横島により、このビーチでルシオラ達をナンパしようと言う豪の者は既にいない。
 尤も、ベスパはその冷たい眼差しと、魔界正規軍士官という迫力から、自分で撃退していたが……。
 結果としてヒャクメやパピリオに言い寄ってくる男達も撃退した横島だが、昔と違いルシオラと小竜姫という大事な奥さんが側にいてくれれば、それ以上幸せな事などない上に、可愛い義妹達や部下となるヒャクメに対して不埒な事を考える程欲求不満でもない。
 2人の奥さんのおかげで、普段は凶悪な煩悩を心の奥底に封じ込め、見事に制御できる横島なのである。
 だが、それは逆に奥さんズに対しては、煩悩を抑えなくとも良い、という横島流の理解へと繋がる。
 横島の手からハンズ・オブ・グローリーが、スーッと波によって近くに寄ってきたルシオラの身体へと伸びる。

 ヒョイ、モニュッ……

「うひゃう!?」

 いきなり下からお尻を撫でられ、さらに掴まれてしまったルシオラが素っ頓狂な声を出して身体を震わせ、キッとした眼差しで横島を睨み付ける。
 瞬時に、横島のした悪戯の正体を看破したのだ。
 その視線を受け止めて、ニヤニヤとしている横島。

「…………ヨコシマ?」

「せっかくルシオラが近くに来たから、離れないようにってわざわざ霊力の手を伸ばして掴んだんだよ。何かまずかったか?」

 静かに紡がれる言葉は、未だに伸ばされ自分のお尻に手を添えている横島に、なぜそんな事をしているのかの理由を問うていた。
 だが、悪びれる事もなく、シレッとした態度で答える横島。
 そんな余裕のある態度が、ルシオラの瞳に反撃の意志を宿らせ、即座に行動へと向かわせる。

 ピリッ!

「おわっ!?」

 いきなりクラゲにでも刺されたように、横島は手の甲にチクリとした痛みを覚え、慌てて手を引いた。
 そして今度は横島が、何をしたのか? という視線を向ける。

「あら、どうしたのヨコシマ? そういえば、海ってクラゲとか言う刺す生き物が出るんですってね。気をつけなくっちゃ」

「ちぇっ、そうきたか……」

 無論、横島にはそれがルシオラのお返し(指先に魔力を込めて、麻酔の要領で横島のハンズ・オブ・グローリーに指を当てた)だとわかっていたが、先程の自分の態度を真似るルシオラに文句を言うわけにもいかず、悔しそうな表情を微かに浮かべた。

「…………忠夫さん」

「うん? 冗談だよ小竜……どうしたの?」

 少し低い声音で自分を呼ぶ小竜姫の方に顔を向けた横島は、彼女が自分がやった悪戯を窘めようとしているのだと思っていたのだが……。
 彼の視線の先には、頬を膨らまし可愛らしく拗ねている奥さんの1人がいた。
 そんな小竜姫の様子に、思わず狼狽える横島。

「……私には何もしてくれないんですか?」

「あっ!? い、いや……これは、偶々ルシオラが近くに流れてきたから思いついただけで、別に小竜姫を蔑ろにしたとか、そういうことじゃないぞ!」

「へえ……、じゃあ私は偶々お尻を掴まれたんだ。こんな所で……」

「うっ! い、いや、それは…………はあ〜〜〜すんません、俺が悪戯したのがいけないんです」

 こういう時、お相手が2人いると大変なのである。
 片方だけに構えば、もう片方の機嫌が悪くなるのだから。
 だが、既に付き合いの長いルシオラと小竜姫であるからして、これはじゃれあいのような夫婦のコミュニケーションに過ぎない。
 本気で怒ったり、拗ねたりしているわけではないのだ。

「うふふふ……ヨコシマも反省してるみたいだから、この辺で許してあげましょう、小竜姫さん」

「そうですね。まあ、昔のように他の女性にセクハラしたわけでもないですし」

『……そんな事、2人の前でできるわけねーわな……』

 横島が退いた事で、直ぐに楽しそうな表情に戻る2人。
 そんな光景に、やはり幸せなんだな、という事を実感すると、横島は今度は両手からハンズ・オブ・グローリーを出して2人の腰に絡ませ抱き寄せる。
 要するに、2人揃ってなら構わないと言っているような物なのだから。

「あん♪」

「きゃあ(はあと)」

 今度は2人一緒なため、ルシオラも小竜姫も嬉しそうに目を細め、横島の為すがままに抱き寄せられた。
 そして3人で寄り添い、浮かんで空を見上げる。
 海水に浸かっているため、抱き寄せた2人の体温はいつもより低く感じるが、それでも確かな温もりを横島に与えてくれる。
 それこそが横島の行動と活力を支える、全ての原点なのだ。

「穏やかな毎日か……。本当はそんな平穏で退屈と感じるような毎日を、3人でずっと過ごしていきたいんだけどな」

「そうね」

「そうですね」

 穏やかな表情で浮かぶ3人を、夏の太陽が照りつける。
 だが、3人共海水によってちょうど良い心地よさにクールダウンされているため、気持ちよさそうに眼を閉じて浮かび続けていた。
 特命課の体制が整い、本格的に始動するまでは本来の仕事以外で色々と忙しいだろう。
 それが分かっているだけに、こんな楽しい一時を大事にしたいと考える3人だった。






「あー、やっと見つけたでちゅ!」

「こらッ! 飛んじゃダメだろ、パピリオ!」

 静かな時を過ごしていた横島だったが、身体を立ち泳ぎの姿勢にしていきなり聞こえてきたパピリオの声の方向へと向けた。
 だがあるべき所にパピリオの姿はなく……手を伸ばして口を開けているベスパの姿のみ。

「…パピリオ? 上!? ぐぶっ!!」

 バシャアッ!!

「ヨコシマ!」

「忠夫さん!?」

「あーあ……」

 一瞬訝しげな表所を見せた横島だが、海面に映った影から即座にパピリオの位置を察知して視線を向けた。
 だが……時既に遅く、横島の視界は嬉しそうに飛びついてくる(文字通り飛んでいるが)パピリオの姿で埋め尽くされている。
 色白のパピリオと、黄色いワンピースのコントラストがやけに印象的だった、と横島は後に語ったという……。
 ともあれ、パピリオの見事なフライングボディプレスを喰らい、横島はパピリオ諸共盛大な水飛沫と共に海中へと没した。
 そんな一連の動きを呆然と眺めていた奥さんズだったが、末妹と横島を助けるべく茫然自失の状態からいち早く立ち直り、未だ泡立つ沈没現場に潜ったのだった。



 パピリオにしがみつかれ浮かび上がれない横島を抱え、そのまま高速で水中を進んで背の立つ場所まで戻ったメンバー。
 飛んだらまずいという意識があったためなのだが、泳いでいるように見せかけて空中浮遊の応用で水上に顔を出せば良かったのだと気が付いていない。
 さすがのルシオラと小竜姫も、それ程気が動転していたという事なのだろう。

「ゴホッ、ゲホッ! あー、溺れるかと思った」

「ごめんよ、義兄さん……。私がパピリオを止められたら、こんな事には……」

「いや、まーいいって! 俺もちょっと人間辞めてるから、これぐらいじゃ死にはしないし。ちょっと焦ったけどな」

 小竜姫に背中をさすられながら、飲んでしまった海水を吐き出す横島。
 その横には、パピリオのお目付役を果たせなかったベスパが、申し訳なさそうに項垂れていた。
 パピリオの行動は、姉であるベスパにとっても予想外だったのだ。
 まあ、完全に人間に化けているのに、いきなり海で空を飛ぼうとするとは考えつかないだろう。

「パピリオっ! どうして貴女はそんなに短絡的なのッ!! 今自分がどういう格好でいるかを考えれば、そういう事をしたらどうなるかもわかるでしょ!」

「……わ、悪かったでちゅよ」

「いくらヨコシマだって、チャクラを全開にしたり、ハイパー・モードにならなければ、人間という枠からそれ程外れてはいないのよ! 水の中で呼吸はできないんだから、しがみついたら駄目な事ぐらい少し考えればわかるでしょ!!」 

 その横では、ちょっと目を吊り上げてお説教モードとなったルシオラに怒られ、シュンとなっているパピリオの姿もあった。
 いきなり旦那を溺れさせられたルシオラとしては、例え死なないと分かっていても怒って当然だろう。
 ルシオラの言うとおり、限りなく不老に近くなった横島だが、霊能力を発動させなければ肉体的な機能には普通の人間とあまり変わらない。
 だから水中で呼吸するためには、それなりの能力発動を行う必要があるのだ。

 既に拳骨を一発喰らっているパピリオも、下手に反論すると更に過激なお仕置きが待っていると知っているので、神妙な顔をして聞いている。
 こういう時のルシオラは、かなり長姉としての意識が前面に出てくるので、説教もそれなりに長くなる。
 最早覚悟を決めたパピリオだったが、救いの手は意外なところから現れた。

「みんなダメなのねー! こんな所で長々ともめてたら、注目を集めちゃうのねー。忠夫さんも無事だったんだから、一旦パラソルの所に戻った方が良いと思うわ」

「ケホッ! ……確かにそうだな。よし、一旦荷物の所に戻って休もう」

「そうですね。でも驚きました。ヒャクメがまともな事を言って役に立っているなんて!」

「ちょっと小竜姫! その言い方は酷いのね!」

 遠目で横島達の事を見ていたヒャクメは、横島が無事だった事と、ルシオラが説教モードになった事を見て、周囲の注目を集めないようにすべくやって来たのだが、小竜姫の非常に素直な、しかし失礼な物言いに頬を膨らませて怒って見せた。
 そんな姿はとても可愛いのだが、残念ながら目の前の異性はそれを見ても特に何とも思わないのだ。

「みんなの言うとおりだから、仕方がないわね。じゃあ戻りましょう。でもパピリオ、戻ったらお説教の続きだからね」

「えーっ! …うっ、わかったでちゅ……」

「と、とにかく戻るよパピリオ!」

 非難の声を挙げたパピリオだったが、ギロッと睨み付けるルシオラの前にしおしおと体を竦ませ同意する。
 これ以上注目を集めたくはないベスパは、パピリオの腕をガシッと掴んで引きずるように歩き始めた。
 ベスパとしても、不用意な事をして姉の怒りが自分に向けられては堪らない。
 ここはさっさと話題も場所も変えるべきだと判断したようだ。
 青いビキニを着たスタイル抜群(特に胸が)のベスパと、彼女に引きずられていく幼女にしか見えないパピリオ。
 周囲からはどう見えているのだろう?
 歳の離れた姉妹なら良いのだろうが、ヤンママとその子供、なんて言われたらベスパが切れるだろうな、等と考えるヒャクメだった。
 ちなみに、ヒャクメはいつもの蛇の目柄ではなく、ごく普通のライム色のビキニを着用していたが、黙っていれば十分美女なのだ。

「まあ、これもまた平穏な日々の賜物だよなぁ……」

 少し先を行くベスパ、パピリオ、ヒャクメの後ろ姿を眺めながら、両脇を奥さんズに固められた横島はのんびりと呟くのだった。






「ところで義兄さん。こんなにゆっくりというか、まったりとしていて大丈夫なの?」

「それに、特命課って他にはどんなメンバーを考えているのね?」

 昼食を食べながら、ちょっちょいと人払いの結界を張ったベスパとヒャクメが、チャーハンを食べ終えてレンゲを置いた横島に尋ねかける。
 おそらくずっと尋ねたかったのだろう。
 居る場所にそぐわない真剣な表情で2人に尋ねられた横島は、コップの冷水を一口飲むと話し始めた。
 無論、周囲に極弱い結界が張られている事を確認した上での事である。

「神魔最上層部の話では、直ぐに何かが起きるという事じゃないらしいからな。それに、俺が当初考えたメンバーはこれで全部だよ」

「こんな少ない数で大丈夫なんでちゅか?」

「捜査する事を考えると、例えば張り込みなんかはベスパとパピリオの眷族を使えば、怪しまれずに一度に多数の場所を監視できるだろ。それにヒャクメだっているんだから、そっちの方面はこのメンバーで十分だ。問題は聞き込みとか実際の捕り物だけど、俺にルシオラ、小竜姫、ベスパにパピリオがいれば大抵の相手には後れを取らない筈だ」

「う――ん、そう言われてみればそうだね」

 ゆっくりしていていいのかどうかは別にして、パピリオの質問への横島の回答を聞き、少し考えたベスパは納得したようだ。
 なお、捕り物用のメンバーにヒャクメが入っていないのは、全員当然だと考えているのか誰も突っ込まない。

「それに、いわゆる鑑識としての分析が必要な場合は、私が担当するから大丈夫よ」

「そういえば、そういうところは得意だからね、姉さんは」

「確かに、役割としては揃っているのね」

 最近、妙神山で刑事物のTVを見まくっていたヒャクメも頷く。

「まあ、ちょっとメンバーが魔族側に偏っているから、もう1人ぐらい神族が居てもいいと思ってるけどね」

「そうですね。私とヒャクメしか神族はいませんから。でも普通の神族だと、このメンバー構成をすんなり受け入れないかも知れません」

 小竜姫の言葉を聞いて、確かにその通りだろうとベスパ、パピリオ、ヒャクメも思う。
 ルシオラ達3姉妹は、何と言ってもあのアシュタロスが創った眷族だったし、妹達がこの仕事に就く事を承諾した理由も長姉と義兄がいたから、という極めてプライベートなものが大半を占めている。
 小竜姫はルシオラと共に横島の妻だから当たり前だし、ヒャクメも神族としてはちょっと感覚というか考え方がさばけている。
 このメンバーだから、こういう組織に違和感なく居る事ができるのだ。

「ま、そういうことだ。だからこの旅行中は面倒な事は忘れて、目一杯遊ぼうぜ」

「そういう事なら遠慮しないで遊ぶでちゅ!」

「こら! アンタは少し遠慮するぐらいがいいんだよ!!」

「そうよパピリオ。あくまで人間の範囲で目一杯だからね!」

「……わ、わかっているでちゅよ」

 放っておくと何をやらかすか分からないパピリオなので、すかさず姉2人が釘を刺す。
 その迫力に負けて、僅かにたじろぎなから返事をするパピリオ。
 そんな姉妹の姿を見守る横島と小竜姫の顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。
 こうして、取り敢えずメンバーが集まった特命課は、この直ぐ後から活動を開始したのだった。



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