フェダーイン・横島

作:NK

第2話




 偶然抱き合ってしまった事件から1ヶ月が過ぎた。
 あれから表面上は何事も無かったように小竜姫も横島も修行を続けている。
 このところ日中は主に身体の鍛錬を行っており、剣術の修行と併せて足捌き等の鍛錬も行っていた。
 当然の事だが、未だ剣術では小竜姫に勝つ事は難しい。
 尤も、試合や修行ではなくこれが生死をかけた殺し合いとなれば、横島は未来の記憶があるため小竜姫より強い。
 何しろどんな手を使っても生き残らなければ意味が無いと骨身にしみているのだ。
 無論、未来の小竜姫もそれはわかっていたのだが、この時代の小竜姫は実戦経験不足なため危ういところがある。
 未だ霊力アップの修行はしていないにも関わらず、横島の霊力は着実に増えており今や霊圧が90マイトに達しようとしていた。
 従って現時点での横島の霊力は、基礎霊力の霊圧が90マイト、チャクラ全開時630マイト、霊力を練り上げて放つ大技の最大攻撃霊力は1,900マイトの霊圧を持つ、というのが公称である。
 いつものつもりで修行場に現れた横島だったが、小竜姫の様子がいつもとは違っていた。

「どうしたんスか、小竜姫様? 何か雰囲気が違うんですけど?」

 嫌な予感がして恐る恐る尋ねる横島。

「来ましたね横島さん。今日は今までと異なり霊力アップの修行を行おうと思います」

 その言葉を聞いた横島は、いよいよここでの修行が最終段階になった事を悟った。
 小竜姫と二人だけの、厳しくても心地よい時間は終わりかけているのだ。
 だがその事を悟られないように、いつものような表情で尋ねる。

「わかりました。それでどういうことをするんですか?」

「あの法円を踏んでください。この修行は霊力を直接鍛えます」

 そう言われてかつての事(未来の事)を思い出しながら法円に近付く横島。
 その時彼はふと気がついた。
 確かこの修行は“影法師(シャドウ)”を抜き出して行う筈だ。
 シャドウはその時点での自分自身の真の姿が現れる。
 そうであれば、自分の正体や実力が小竜姫にばれてしまうかもしれない。いや確実にばれるだろう。
 もし真実を知ったら小竜姫はどうするだろう?
 自分を騙したと言って怒るかもしれない。
 だがここまで来た以上、避けて通るわけにはいかないのだ。
 覚悟を決めて法円を踏む横島。

 ビュウウン

 奇妙な感覚と共に横島のシャドウが抜き取られる。
 それはハイパーモード(アシュタロス戦で美神と合体した時の姿に近いが、胸と臍の部分に文珠(メタリックな色の)が埋め込まれ、体格も良い)になった横島の姿であり、違うのは顔が仮面のように無表情なだけだった。
 手にはかつて使っていた獅吼剣に似た剣が握られている。
 そのシャドウを見て小竜姫は唸った。
 まさか横島がこれ程の霊力を持っているとは思わなかったのだ。
 少なく見積もってもやや低いが自分と同程度の霊格、霊力を持っている。


「横島さん、貴方はまだ実力を全て見せていなかったんですね?
 貴方のシャドウは文字通り貴方の分身です。
 霊格、霊力、その他貴方の力を取り出して形にしたものなのです。
 これだけの力を持っている理由をこの修行が終わったらきちんと説明してもらいますよ」

 そう言うと小竜姫は修行場の方を向き叫んだ。

「ゴーリキ! 出ませい!!」

 その言葉と共に、闘技場の中央からかつての記憶にある剛練武と似てはいるが、レンガを組み合わせたような赤い巨人が現れた。

「始め!」

 小竜姫の掛け声と共に横島は剣を鞘にしまって身体の後ろに廻し、集束霊波砲を放つ。
 様子見なため出力を攻撃霊圧200マイト程度に抑えた霊波砲がゴーリキに炸裂し、轟音と共に姿を消すが横島はすぐに場所を移動する。
 ゴーリキの反撃を警戒したのだ。
 爆煙が晴れると、そこには多少表面を削られたゴーリキが平然と立っており、両手を上げて咆哮する。

「ゴーリキの外殻は非常に強固です。普通の攻撃では傷つけられませんよ。
 力も強いので注意して下さいな」

 先程とは打って変わり、のほほんとした口調で告げる小竜姫。
 防御力は非常に高いと見た横島は、機動性を確認するために素早く動いて接近を試みる。
 ゴーリキはその両腕を振るって横島を叩き潰そうとする。
 だが修行場の地面を抉る威力を誇るゴーリキの怪力も、当たらなければ怖くは無い。
 横島の動きにゴーリキは付いて来れなかった。
 ゴーリキの機動性を確認した横島は一旦距離を取り、相手の出方を伺う。

「さすがです横島さん。戦い慣れていますね」

 感心したように言う小竜姫。
 横島はその言葉を聞きながら、ゴーリキがまだ能力を隠している事を感じ取っていた。
 未だ剣を鞘から抜かずジリジリと動いていく。
 近付いてこないと悟ったゴーリキは一声吼えると両腕をダラリと下げる。
 そして身体からシュウシュウを煙を出すと、その身体が幾つもの岩塊に別れて猛スピードで横島目がけて襲いかかった。
 全てを避ける事はできないと一瞬で悟った横島は、シャドウに沢山のサイキック・ソーサーを作り出させ防御に徹しながらゴーリキの攻撃を冷静に観察していた。
 第1陣のサイキック・ソーサー群を突破された時は焦ったが、第2陣で完璧にゴーリキの攻撃を防ぎきる。
 そして反対側で次々と組み合わさって元の姿に戻ろうとするゴーリキ目がけて、全霊力を足の裏に集めると弾けるように加速して攻撃に転じた。
 左手を前に突きだして霊刀を持った右手を引き、一気に間合いに入り込むと切っ先に霊力を集中させ組み上がったばかりのゴーリキの頭を強烈な突きで破壊する。
 霊的中枢と身体のコアを破壊されたゴーリキは煙と共に消え去った。


「なかなかやりますねぇ。やはりゴーリキでも今の横島さんの敵ではなかったですね。
 冷静にあの攻撃を受けきりゴーレムの弱点を見つけ出したのはさすがです」

 小竜姫が嬉しそうに告げると、横島のシャドウにアーマーが装着される。

「これは防御力がアップしたと言う事ですか?」

 尋ねる横島に頷いてみせる小竜姫。

「そうです。霊波や魔術などの霊体への攻撃に対して、横島さんは今までと比較にならない耐久力を
 手に入れた事になります」

「成る程、そして次の相手はそれが必要な相手と言う事ですね?」

「鋭いですね横島さん。では次の試合を始めますがよろしいですか?」

「はい。それから小竜姫様、この修行が終わったら貴女に俺に関する全ての事をお話しします。
 俺は貴女の敵じゃないです。それだけは信じてください」

 そう言って闘技場の方に向き直り気持ちを切り替える横島。
 その後ろ姿を見詰めながら小竜姫は思っていた。

『はい、私もそうであると信じています。だから終わったら全てを教えてください……』

 それだけを心の中で呟くと、表情を真面目なものへと切り替え闘技場に向かって声を掛ける。

「キマイラ! 出ませい!!」

 小竜姫の声と共に獅子の顔と身体、ワシの羽、蛇の尻尾を持つ魔獣が姿を現した。

「ほぉ……ギリシャ神話に登場する合成獣キマイラですか」

 グルルルル…………

 唸り声を上げながら身体を低くして身構えるキマイラ。
 その爪や牙でシャドウを傷つけられれば、それは直接霊体を傷つけられる事と同じなのだ。

「始め!」

 小竜姫の合図で素早く飛びかかるキマイラ。
 一気に喉元を食いちぎろうと牙をむく。
 だが横島のシャドウは“溜”を作って手に持つ刀を一気に振り抜く。

 ブオォォッ!

 刀の一降りで生み出された衝撃波が真空の刃となって飛びかかるキマイラを迎え撃つ。
 危険を悟り翼を使って上昇し何とかやり過ごすキマイラ。
 そして上から火炎を吐いて攻撃を加える。
 霊力を上げて火炎に耐える横島のシャドウ。
 多少のダメージはあるが戦闘に差し支えはない。

「遠距離攻撃も近接戦闘もこなす万能タイプか……。しかもスピードもあるな」

 自らの武器が剣なので、一撃を交わされて懐に入られればあの牙と爪は脅威となる。
 かといってこちらの遠距離攻撃は相手のスピードで交わされてしまう。
 相手の能力からいって、このまま戦っていれば負ける事はないだろうが勝つ事も難しそうだった。
 僅かづつ動きながらも対峙を続ける横島のシャドウとキマイラ。

「さて、どう攻めようか? 不用意に飛びかかってくればすれ違いざまに切り捨てられるが、そこまで
 馬鹿じゃないだろうし、あまり肉弾戦をやりたい相手じゃないなぁ……。
 それにあの尻尾も何か気になるし」

 隙を見せないようにしつつ攻撃方法を考えている。

「シャドウなら文珠を使わなくても同じような能力を発揮できるはずだ。
 一つルシオラの技を使わせてもらおう」

 そう言うと体勢を低くしてキマイラ目掛けて走り出す。
 剣は鞘に入れてからだの後ろに回し完全に隠している。
 キマイラも迎え撃つべく走り出す。
 間合いを詰めながら右に左にフェイントをかけてどちらから斬撃を繰り出すか読ませない横島シャドウ。
 キマイラはどちらから攻撃してくるか読めないため戸惑ったが、あの態勢からは横に薙ぐ切り方しかできないと悟り体制を低くしたまま突っ込んだ。
 横島のシャドウが剣を鞘走らせた瞬間を見切り、タイミングを外して牙をむき飛びかかる。
 だがその牙がシャドウの喉元を食い破ろうとした瞬間、シャドウの姿が揺らぎ霞むように消滅した。

 グアッ!?

 混乱したまま体勢を崩して着地しようとした一瞬の隙を突いて、ゴーリキに使ったのとは桁違いの威力を秘めた霊波砲が轟音と共に直撃した。
 横島のシャドウは剣を繰り出す瞬間に幻術の自分と入れ替わり、ゴーリキ戦でみせた加速で斜め後ろへと廻りこんだのだ。
 多大なダメージを受けて吹き飛ぶキマイラ。
 そこへ霊波砲を撃ってすぐに再び足の裏に霊気を集めて弾けさせ、加速して一気に勝負を決めようとする横島のシャドウが追い討ちをかける。
 体勢を立て直せないキマイラは、それでも野生の勘で尻尾の蛇をシャドウに向け、その口から毒霧を噴出した。

「やはり隠し玉を持っていたか。だがここは霊波シールドを最大にして一気に倒す!」

 毒霧を物ともせずにキマイラに近付くと、ゴーリキ戦で見せた強烈な突きを放つ。
 その一撃に身体を突き破られたキマイラは、絶叫と共に消滅した。

「倒したか……。しかし毒霧を完全には防げ無かったみたいだな。
 戦えないほどではないが身体が重い」

 剣を鞘に戻したシャドウを法円の傍まで戻す横島。


「凄いですね横島さん。先ほども見せていただいた踏み込みといい、強烈な突きといい、人間レベル
 ではこれ以上の能力を持つ方は少ないでしょう。
 でも一番凄いのは、キマイラの毒霧を浴びせられた時に一瞬で防御と攻撃の判断を下した貴方の
 判断力です」

 小竜姫が嬉しそうに話しているうちに、横島のシャドウの顔にゴーグルのようなものが装着される。

「今回はどんなパワーアップをしたんですか?」

 自分のシャドウを見た横島が尋ねる。

「貴方の敵を分析し弱点を探る能力、具体的には霊気の流れや地脈の流れ、相手の霊体構造など
 を見ることができる能力を授けました。これでチャクラを廻さない普段でも心眼(魔眼とも言う)を
 使うことができます」

「成る程、俺の場合攻撃は今でも能力を高める方法を持っているが、防御や分析の能力がそれに
 比較して弱いという事ですね?」

「その通りです。横島さんの攻撃能力は既に人間のレベルを大きく超えています。
 無論、防御に関しても強力なサイキック・ソーサーを作り出せますが、不意打ちなどの場合
 どうしても見劣りしますから」

 やはり小竜姫は武神であり人に教える能力が高い、と改めて横島は思った。
 これまでの修行を通して、横島の攻守に渡る能力をよく把握している。
 未来の自分はほとんど反則的な能力を持っていたので、これまで自分で修行していた時では気がつかなかった。
 なまじ強かった時の自分を覚えているため、それに何とか近付こうと攻撃面にばかり目が行っていたのだろう。

「やはり小竜姫様は凄いですね。俺じゃあそこまで自分の能力のバランスに気がつかなかったスよ」

 頭を掻きながら素直に小竜姫に感心する。
 そんな横島の姿が、小竜姫は何より好きなのであった。

「いえ、自分の事は案外自分ではわからないものですから。
 それより次の試合を行おうと思いますが大丈夫ですか?」

 ニコニコとしながらも、小竜姫は休む間もなく次の試合を促す。

「はい。多少身体が重いですが何とかなるでしょう」

 横島もこのような状態での連戦に慣れている(未来の記憶で)ため、何と言う事もないように答える。

「では始めましょうか。最後の試合では私がお相手をします」


 そう言ってスタスタと闘技場の方に歩いていく小竜姫。
 あまりにも軽く言われたため、横島は最初言われた内容を理解していなかった。
 法円を踏もうとして慌てて闘技場に立つ小竜姫の方を見る。

「小竜姫様? 貴女自ら俺の相手をするんですか?」

 聞き間違いであってくれ、とちょっとビクビクしながら尋ねる横島だったが、返答は無情だった。

「はい。すでに当修行場で横島さんの修行相手になるのは私ぐらいですから」

 爽やかな笑顔と共に呆気なく答えられる。

「ちょ、ちょっと待ってください。小竜姫様と俺が全力で剣を打ち合ったら、霊体の損傷が洒落に
 ならないですよ?」

「はい。ですから必殺の一撃は寸止めで行います。この修行は殺し合いではありませんからね」

「寸止めですか……。でも俺はそこまで剣術が得意じゃないんですけどね」

 できれば小竜姫とは遣り合いたくない横島はなおもブツブツと呟いていたが、小竜姫は意に返さない。

「何を言っているんですか。横島さんの剣術は相当なレベルです。それにこの試合は剣術の試合
 ではありませんし、やっぱり修行の仕上げは師匠自らつけないとね」

 小竜姫としても、横島の実力が自分に近いものだとわかったため、武神の血が騒ぎ是非とも手合わせしてみたかったのだ。
 それに相手の人と為りは実際に戦って見ればわかる、という武神らしい考えもある。
 小竜姫の意思が固いと知った横島は仕方なくシャドウとのリンクを強める。
 今の自分では小竜姫に勝つためには全霊力を振り絞らなければ為らない。

「わかりました。では小竜姫様、お願いします」

 横島の言葉を聞いて頷いた小竜姫は、角を光らせると自らシャドウの姿になる。
 シャドウを抜き出すのではなく、自分の体外にシャドウを纏わせたのだ。
 元々神族や魔族は霊体が本体そのものであり、霊体の上に皮を被っているような存在だ。
 従って今の小竜姫の姿が神としての真の姿に近いのだろう。
 小柄で一見華奢に見える女性、という姿の裏に秘めた能力が前面に現れた姿が小竜姫のシャドウなのである。

「さすがだ……。あの霊格の高さでは勝つどころか互角に戦う事も難しい」

 そう呟いて一気に戦闘モードへと気持ちを切り替える。

「では始めます」

 静かに告げて剣を構える小竜姫のシャドウ。
 対峙するだけで剣圧とでも言うプレッシャーを感じる横島。
 そうやら小竜姫は本気のようだ。
 下手な攻撃は流されてカウンターを食らうため、こちらからは迂闊に仕掛けられない。
 正眼に構えたまま睨み合う数分が何倍にも長く感じられる。

「攻撃してこなければ勝つことはできませんよ? それとも防御に徹しようと考えているんですか?
 いや…横島さんの事ですから、私の攻撃を誘ってカウンターを狙っているんでしょうね」

 呆気なく意図を見抜かれてしまい動揺が走る。
 一方、小竜姫はというと余裕があるように見えた。

「ではお望み通りこちらから行きます」

 そう言うと小竜姫のシャドウはスルスルと間合いを詰め、流れるように次々と鋭い斬撃を繰り出す。
 カウンターを狙っていた横島だったが、その攻撃の鋭さに受ける事で精一杯だった。
 だが妙神山での修行によって剣術の腕も上がっていた横島は、一見互角に見える戦いを見せている。
 小竜姫としては横島の成長振りが著しかったので嬉しいのだが、生憎シャドウは表情が現れないので気が付かれる事は無い。
 横島との剣の応酬は、小竜姫にとって楽しい一時である事は間違い無かった。


 鍔迫り合いをしながらも戦いは膠着状態になっていた。
 防戦に徹しながら隙あればカウンターを狙おうとしている横島の戦い方は、以外にも堅実で崩す事が難しかったのだ。
 小竜姫はフェイントを交えながら様々な技で攻撃を仕掛けたが、横島は相手が隙を作るまで耐えぬいて反撃の機会を伺う。
 実際に横島から攻撃を仕掛けたのは(カウンターを放ったのは)10回に満たないが、そのどれもが小竜姫をヒヤリとさせるに十分な鋭さを持っていた。
 横島としても打ち合っている間に漸く小竜姫の戦い方を思い出し(これまでと未来の記憶)、その正直で綺麗過ぎる動き故に小竜姫の息をもつかせぬ連続攻撃を読み、防御することができたのだ。
 しかし今の横島では小竜姫の攻撃を読んで受けるのが精一杯で、さらにそれを上回って攻撃するには技とスピードが不足している。
 このままではお互い決め手を欠くと考えたのは小竜姫も同じだ。
 一度大きく押しこんだ後、小竜姫は素早く後退して間合いを取る。
 横島としては逆撃のチャンスだったのだが、小竜姫が退くとは思っていなかったので対応が遅れ攻撃できなかった。
 間合いを取った二人は暫し打ち合いで乱れた呼吸を整える。
 呼吸を整えながら横島は魂に融合している二人と話をしていた。

「次の攻撃で小竜姫様は超加速を使ってくるだろうな」

『今のヨコシマなら意識加速も使えるから互角でしょ?』

『そうですね。今の霊力ならほぼ互角でしょう』

 横島の呟きにルシオラと小竜姫の意識が答える。

「多分その通りだ。そして現時点で唯一の勝機なんだ」

『あら、どうして?』

『何故ですか、忠夫さん?』

「この1ヶ月の修行で俺も小竜姫様もお互いの太刀筋を十分知っている。だからこそ技術で劣る
 俺でもあの攻撃を受けきれたんだ。
 このまま切り結んでもお互い決め手を欠く以上、小竜姫様は俺がまだ知らない技を出してくる。
 今の状態で俺の唯一の利点は、俺が小竜姫様の技をほぼ全て知っているのに対し、小竜姫は
 俺の技の半分は知らないという事なんだ。だから次の一撃で勝負をかける!」

『成る程、その通りですね。
 今の時代の私は忠夫さんが超加速に匹敵する技を使えることを知りませんから』

『でもヨコシマ、それだけじゃないんでしょ?』

 納得する小竜姫とさらに何か企んでいるだろうと尋ねるルシオラ。

「さすがにわかるか……。そうさ、最初に小竜姫様と同じスピードで加速に入り、突きを繰り出す
 瞬間にもう一段スピードを上げようと思う」

『それは良い考えです。思い込みはいけないと今の私にもいい勉強になるでしょう』

 楽しそうに言う小竜姫の意識に苦笑する横島。

「さて、そろそろだな……」

 会話を打ち切って意識を相手に集中した。


 呼吸を整えながら小竜姫は横島の強さを改めて認識していた。
 相手に隙が無ければ、敵が隙を作るまで攻撃を受け続け隙ができるのを待つ。
 そのために様々なフェイントを駆使する攻撃よりも、確実に攻撃を受け流す防御に重きを置く。
 言ってしまえば簡単だが、自分相手にそれを実行しているとは驚きを感じる。
 だがこのままではお互い決め手を欠くことも事実だ。
 横島は自分が超加速という必殺技を持っていることを知らない。
 次の攻撃はそれを用いて一気に勝負をつけよう。
 既に横島の修行という目的を忘れ、純粋に横島との試合を楽しんでいる自分に苦笑するが、ここ何年もこんな機会は無かったのだ。多少は多めに見てもらおう。

『クスッ、私を本気にさせたのがいけないんですよ、横島さん』

 そんな事を考えながら意識を集中して超加速に入る準備をする。
 その時横島がピクリと動いた。
 それは攻撃に移ろうとする初動だ。

 今だ!!

 小竜姫は一気に超加速に入り間合いを詰める。
 だが次の瞬間、小竜姫の顔は驚愕で一杯だった。

「小竜姫様、勝負!!」

 そう言って横島も自分と同じスピードで加速状態に入ったのだ。
 言葉が普通に聞こえる事からそれは確かだ。
 混乱を覚えつつも、今集中を解いたら自分だけ超加速が解除されてしまう。
 気持ちを切り換えた小竜姫は自分の必殺の一撃を繰り出す事に集中した。

 神剣を凄まじい早さで上段に振り上げて打ち下ろす。
 正面から突っ込んでくる横島は、恐らく得意の突きを放ってくるだろう。
 スピードはほぼ互角、自分のほうがやや速い、とこれまでの修行と試合を見た結果から判断している。
 勝負は一瞬!だがおそらく自分のほうが僅かに速い!
 そう信じて剣を振り下ろし始めた瞬間、横島の姿が消えた。
 超加速を解いたのではない。
 自分より速いスピードの加速に入ったのだ、と理解したのは横島が再び姿を現し突きの体勢のまま自分の喉元に切っ先を突きつけた時だった。
 小竜姫の神剣は横島の頭上20cmのところで止まっている。
 驚愕で見開かれた眼で横島を見詰める小竜姫。
 だが自分が負けた事はわかっていた。
 これが実戦ならば、今ごろ自分は死んでいただろう。
 そのままの姿勢で固まる事数分。
 どちらも剣を収めると超加速を解いて通常時間へと戻る。
 剣を鞘に戻し互いに一礼すると小竜姫のシャドウは消え去って肉体へと戻り、横島のシャドウはそのまま残った。

「……すごいですね横島さん。……私の完敗です……」

 少し俯きながらそう告げる小竜姫。

「お約束通り、最後のパワーを差し上げましょう。サイキック・パワーの総合的な出力を上げます。
 これで貴方の霊力は数段上がり、あらゆる点でこれ以上の力を持つ人はごく僅かです」

 小竜姫の言葉が終わると横島のシャドウが光に包まれる。

「凄い……。これで俺の霊力は全体で霊圧150マイト近くまで上がった……」

 自らの霊力を確認しながら呟く横島。
 小竜姫を相手にした修行だけに見返りも大きかったのだろう。
 切っ掛けさえあればもしかして、と思っていたが、今回の修行だけで一気に60マイトも基礎霊圧が上昇するとは嬉しい誤算である。
 一応ここに来るときに到達目標として150マイトという数値を挙げていたが、実際は120マイトぐらいだろうと予想していた。
 何はともあれ、妙神山での3ヶ月以上に渡る修行で予定より大分早く基礎霊力が未来の自分と同じレベルになったのだ。
 しばらく自分の身体をチェックしていた横島は、目の前に立つ小竜姫が落胆しているように俯いているのを見て済まなそうな表情をして近付く。
 今回の勝利は、言って見ればカンニングと言うかイカサマと言うか、相手の技を知っている事を隠して戦ったのだ。
 これも兵法と言ってしまえばそれまでだが、この時点での小竜姫の性格を良く知っている横島としては気まずい。

「あの〜小竜姫様……試合の前に言っていた小竜姫様に秘密にしていた俺の事なんですけど……」

 後ろめたさもあってオズオズと話しかける横島。
 その言葉を聞いて俯いていた小竜姫の眼にギンッと光が戻り、キッとした表情で顔を上げ横島の目を見る。

「そうでした! それを教えていただけるんでしたよね?
 私が超加速を使えることを知っていて、人間なのに超加速を使える理由を!
 そして人間のレベルを遥かに超えた能力を持つ理由を!」

 小竜姫の剣幕につい腰が退けてしまう横島。
 この辺は未来の記憶がかなり影響しているのかもしれない。
 奥さんとは怒ると非常に怖いものなのだ。

「わ、わかりましたから……。少し落ち着いてください、小竜姫様。す、済みませんでした」

 オタオタとしながらも謝って小竜姫を宥めようとする。
 だが小竜姫は横島に対して怒っているというよりも、どちらかというと自分自身に対して怒っていたのだ。
 仮にも武神である自分が、奢りによって横島に負けてしまったことに。

「えっ? 私は別に横島さんに怒ってなんていませんけど……?」

 横島の何となく情けない姿を見て、彼が誤解していることに気がついた小竜姫は苦笑しながらそう告げた。

「はぁ? そうなんですか?」

 考えてみれば、まだ理由を話していないのだから小竜姫が怒るわけは無いのだ。
 未来での経験からか、そこに気がついていない横島。
 この辺、浮気を必死に誤魔化そうとして泥沼にはまる亭主のようだ。

「さて、横島さん。私が納得できる理由を説明してくださいね?」

 笑顔だが眼は全然笑っていない小竜姫を見て背中に冷たい物が走る横島だったが、気を取りなおして懐から双文珠を取り出す。
 込められている文字は『記憶』。

「あら、それは双文珠ですね。記憶? 誰かの記憶なんですか?」

 いきなり出てきた文珠に怪訝そうな表情をしながらも、身を乗り出して確認する。

「えぇ、これは俺の魂に同化・融合している小竜姫様の意識を持った霊基構造のコピー、
 その記憶です。俺はこの時代の横島忠夫であって、この時代の横島忠夫ではない。
 俺の魂の半分は未来から来たんです」

 真剣な表情で話し始めた横島を食い入るように見詰める小竜姫。
 横島はこの時代に来て最初の大きな勝負に出ようとしていた。



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