フェダーイン・横島

作:NK

第3話




「ええ、これは俺の魂に同化・融合している小竜姫様の意識を持った霊基構造のコピー、
 その記憶です。俺はこの時代の横島忠夫であって、この時代の横島忠夫ではない。
 俺の魂の半分は未来から来たんです」


 真剣な表情で話し始めた横島を食い入るように見詰める小竜姫だったが、あまりの内容に理解できないのか首を傾げる。

「………私……の記憶ですか? ………未来の?」

 この反応は当然と言えば当然かもしれない。
 何故自分の霊基構造のコピーなどというモノが存在するのか?
 そもそもそんな事ができるなんて聞いた事がない。
 さらに、何故自分の霊基構造のコピーが目の前の横島の魂と融合しており、あまつさえ意識まで持っているのか?

「はい。未来から来た俺の魂には神族として小竜姫様の、魔族としてルシオラという女性の魂が
 意識を持った形で融合していました。
 無論、未来でも小竜姫様はきちんと生きていましたよ。融合しているのはあくまでコピーです。
 尤も本物の小竜姫様の魂とある条件下ではシンクロして記憶の交換も行えるから、俺の心の中
 にはもう一人の小竜姫様がいて手助けをしてくれたんです。
 混乱するんで未来では滅多に表に出てこないんですけどね」

 わかりますか?と尋ねる横島にフルフルと首を横に振る小竜姫。
 その仕草はなかなか可愛い。

「良く理解できませんが、何故未来の横島さんの魂が時間を遡ってやって来たんですか?」

「それは事故としか言いようがありません。その辺を説明すると長いし複雑なんです。
 もし本当に知りたければこの文珠を握って記憶を見ようと強く念じてください」

 そう言って片手で文珠を小竜姫に差し出す。

「えっ!? しかし私が未来の事をこういう形で知るのはまずいんじゃないですか?」

 そう言って手に取る事を躊躇する小竜姫。

「大丈夫だと思いますよ。俺の魂が逆行してしまった事で、この世界は俺が元いた世界から分岐
 した平行世界になってしまっている筈です。
 だが重大な事件は多少形を変えても必ず起きるでしょう。小竜姫様も必ず巻き込まれますしね」

 文珠を差し出したまま話を続ける横島。

「しかし神界や魔界に平行世界は無いはずです」

「確かにそうみたいですがそれは正確ではありません。より正確に言えば“魂の牢獄”に囚われて
 いる最上級神や、最上級魔の頂点に近い方々はあらゆる次元、あらゆる平行世界に跨って完全
 な形で存在しています。龍神王クラスは実際のところどうなのか俺もよくわかりません。
 だけど上級、中級、下級の神、魔族は各平行世界にそれぞれ存在しています」

 横島の説明に驚く小竜姫。
 そんなトップしか知らないような機密情報を何故横島が知っているのか不思議なのだ。

「驚くのも無理ないですよ。でもこの双文珠に込められている未来の小竜姫様の記憶を見れば、
 全ての謎は解けると思いますよ」

 そう言われて差し出された文珠をおずおずと受け取った小竜姫だったが、未だ躊躇しているのか軽く握りしめているだけだ。

「えーと……反則かもしれませんけど、未来で俺と小竜姫様は添い遂げて夫婦になっていました。
 もう一人のルシオラを含め、俺達3人は結婚して家族だったんです。
 でもこの世界ではそうなるかどうかわかりません。
 俺としてはこの世界でも将来、小竜姫様とルシオラと添い遂げたいと思っています」

 そこまで言うと横島は手に文殊を一つ作り出す。
 込められている文字は『忘』。
 その文珠を小竜姫の空いている手に握らせる。

「もし……その記憶を見て俺がこの世界にいてはいけない存在だと小竜姫様が判断したら、神剣で
 俺を切ってくれて構いません。そして今渡した文珠を使えば見た記憶を忘れる事ができます」

 そう言って横島はその場にどっかりと座り込む。
 いかようにもしてくれ、という態度を見せる横島を見て決心したのだろう。
 小竜姫は双文珠をギュッと握りしめ眼を閉じた。
 その瞬間、双文珠から淡い光が湧き出て小竜姫を包み込む。
 その光景を黙って見守る横島。
 やがて小竜姫の閉じた眼から涙がこぼれ落ちる。
 数十分後に双文殊の光が消えたとき、小竜姫はゆっくりと眼を開け横島をじっと見詰めた。


「……横島さん、貴方は信じられない程大きな試練を与えられ、あまりにも哀しい想いを味わったの
 ですね。我々神族が不甲斐なかったばかりに…………」

 口を開いた小竜姫の口調は悲しみと優しさが混じったものだった。

「そして貴方は人間ではなくなってしまった。だけど貴方は再び愛する人を取り戻し、人界を護る者と
 して戦い続けたんですね。私やルシオラさんと一緒に………」

「はい。そして見て貰ったように古代魔神・パズスとの戦いで未来の俺の霊体の一部が“時の狭間”
 に吸い込まれ、この時代まで逆行してしまったんです。俺は未来の自分の魂と、そこに融合して
 いる未来の小竜姫様、ルシオラの魂と意識を受け入れました」

 その言葉に頷く小竜姫。

「でも今の俺は未来の俺とは違う存在です。勿論、かなりの部分で影響を受けてますし、性格なんか
 も未来の記憶と比べるとかなり変わっちまいました。
 でも俺としてはこの世界を滅ぼされたくないんです。小竜姫様が生きているこの世界を………」

 だから強くなろうとした。
 高校に行かず修行に専念しようとしたのだ。
 それは未来の自分の記憶にあるこの年齢の時には考えられない程強い意思。

「この3年間、俺は二人の意識に助けられ励まされてきたんです。
 勿論すでに別れてしまった未来で一緒だからって、この世界でも同じになる保証は無いし、すでに
 この世界の小竜姫様とルシオラは俺の中にいる二人の意識とは別人だって分かっています。
 俺は例えこの先、俺が小竜姫様やルシオラと結ばれなかったとしても二人には幸せになって欲し
 い。俺としてはとても寂しい事ですが、俺の中にはこの世界の二人とは違う二人の意識が一緒に
 いますから何とかなります……」

 横島の決意と想いを聞いて俯く小竜姫。
 漸く横島を突き動かしている根本が理解できたのだ。
 何故あれ程貪欲に修行を欲していたのか分かった。
 何故あれ程力を欲したのか分かった。
 それは二度と自分の大事な存在を眼の前で失いたくなかったからなのだ。
 そして横島が時折、自分に対してとても懐かしそうな暖かい眼差しをしていた理由も。
 横島は黙って小竜姫の返事を待っている。
 俯きながらも小竜姫の口から言葉が漏れる。

「……私も……一緒に戦います。……いえ、私も一緒に戦わせてください」

 そう言った声は微かに震えていたがしっかりとしたものだった。
 そして顔を上げ横島の眼を真っ直ぐに見る。

「私は横島さんの事が好きです。この2ヶ月一緒に修行をしているうちに、このままずっと一緒に
 いたいと思うようになりました。
 そんな事を考えたのは私にとって初めての事だったので、最初は自分の気持ちが分かりません
 でした。
 それに貴方は人間ですからここでの修行が終わったら元の世界に戻れなければならない。そう
 思って日々大きくなる貴方への想いを抑えていたんです。
 でも未来の私の記憶を見て分かりました。自分の想いを偽ってはいけないと!
 それに横島さんは強い。私は生涯を共に過ごす相手として、自分より強い男性じゃないと嫌だっ
 たんです。だから先程の試合で決心がつきました。
 横島さん、貴方の隣を私の居場所としてくれますか?」

 頬を赤く染めながらそう言う小竜姫の眼は真剣だった。

「ルシオラと小竜姫様はどちらも俺にとって大事な人です。二人とも同じぐらい大事で好きだなんて
 勝手な話なのはわかっています。でも俺の心の中にいる二人のどちらか一人だけを選ぶ事は
 できません。そんな俺でもいいんですか?」

 横島もいつになく真剣な表情で尋ねる。

「はい。この世界のルシオラさんがどう思うかわかりませんが、神族や魔族では一夫多妻は珍しく
 ありません。私は私の想いに忠実であるだけです。
 それに今度は、いえこの先横島さんだけに辛く哀しい思いをさせるわけにはいきません。
 私は武神・小竜姫! その名にかけてこの世界を護ります」

「ありがとうございます、小竜姫様。こんな俺と一緒に歩んでくれるなんて……。
 でも俺も必ず小竜姫様を護って見せますよ。
 だから小竜姫様、これからも修行を宜しくお願いします」

 そう言って深々と頭を下げる横島。

「はい! あのような事が起きると分かれば私も修行に励まなければなりません。
 一緒に頑張りましょう」

 そう言って手を握り合う二人。
 頷く横島は少し恥ずかしそうに小竜姫を見詰めると、そっとその身体を抱き締めた。
 驚いて一瞬身体を硬くした小竜姫だったが、すぐに力を抜いて身を委ね自分も抱き締め返す。
 しばらく二人の身体が重なっていたが、小竜姫が控え目に希望を述べる。

「あ、あの……
 横島さんの魂と融合している私の意識と話してみたいんですが、よろしいでしょうか?」

「構いませんよ。でも二人だけの方がいいでしょう? 俺のシャドウを通して話をしてください。
 俺は離れていますから」

 そう言って横島はシャドウを闘技場の端へと向けた。

「ありがとうございます。ではちょっと失礼します」

 そう言って小走りに離れていく小竜姫の後姿を眺めていた横島にルシオラの意識が語り掛ける。

『あーあ、小竜姫さんだけオリジナルの魂とリンクできていいなぁ……。
 私はこの時期まだ存在すらしていないから当分無理よね』

「そうだよなぁ。ルシオラが生まれるのは1年後ぐらいだもんな。
 それに今後、どうやってルシオラを説得するかが問題だよな。さすがに逆天号で妙神山を吹き
 飛ばさせるわけにはいかんしなぁ……」

 溜息をつきながら答える横島。

『そうねぇ、いきなり横島に倒されてデス・コマンドを解除されたとしても恋愛感情は抱かないで
 しょうね』

「だよなぁ……。何か良い手はないかな?」

『私達が覚醒する直前に基地から攫ってしまえば、最初に見た横島のことがインプリンティング
 されて上手くいくかもしれないわ』

「その手は俺も考えたけど、それってかなり反則っぽいよな」

『うーん、難しいわね……』

「まだ時間はある。これから考えるしかないな」

 意識的に小竜姫の意識とリンクを切っているので、ルシオラとしては久しぶりの二人っきりの会話だった。
 内容が深刻なのに口調が楽しそうなのはそのせいだろう。


「聞こえます?聞こえたら答えてくれませんか、未来から来たもう一人の私」

 シャドウの前に立った小竜姫は、シャドウに向かって話しかける。
 無論、言葉だけ出なく強力な念波も送っている。

『聞こえます。初めまして…になるのね、この世界のもう一人の私。といっても私はコピーに過ぎない
 ですけど』

 横島のシャドウの顔が小竜姫の顔となって答える。

「そんなことはありません。貴女は私、私は貴女。二人とも同じ人を好きになったのですから」

『そうですね。忠夫さんも漸く何も隠さずに相談できる実体を持つ相手ができたんですもの。
 私もルシオラさんもその事を喜んでいたんです。いくら私とルシオラさんの意識が共にいるとして
 も、忠夫さんだって温もりが欲しい時はあるもの』

「そうですね。貴方の世界の横島さんはひどく哀しい思いをしたのですものね……。
 私と違って貴方は長い間横島さんを愛し支えてきたんですね」

『これからは貴方も忠夫さんを支えてくれるのでしょう?
 これから起きることを考えれば、私達も忠夫さんもまだまだ強くならなければいけないのですから』

「えぇ、私の今の霊格、霊力ではルシオラさん達には適いません。最低でも今の3倍の7,500マイト
 程度の霊力は必要でしょう」

『人界でそれだけの霊力を持つことは難しいわ。貴方だって神界に戻れば50,000マイトぐらいの霊力
 を持っているのだから。問題はどうやって人界でそれに近い力を発揮できるようにするかです』

「やはり……その……未来で貴方がやったように…横島さんと夜の営みをするのがいいんで
 しょうか…?」

 真っ赤になって尋ねる小竜姫。

『それが一番簡単だけど、あれは忠夫さんに融合しているコピー霊基構造を介して霊力を共有して
 いたからできた事。もし行ったとしても、今の私では霊体の量の問題で霊力が低すぎてあまり期待
 できません』

「ではどうすれば?」

『一つは忠夫さん自身の霊力がアップすれば私達の霊力もアップします。現に先程パワーアップした
 ために、私単独でも共鳴によって最大3倍程度忠夫さんの霊力を増幅できます。それまでは2倍が
 限界でした。
 もう一つは貴女の霊基構造を分けてもらうこと。でもこれはこの世界のルシオラさんの協力が必要
 です。忠夫さんの魂は私とルシオラさんがバランスを取ることで神魔人として成立していますから』

「それならばおのずと他の方法になりますね」

『その通りです。それにもし一つになる事でパワーアップする事ができても、忠夫さんはルシオラ
 さんが生まれる前に貴女と性交渉を持とうとはしないでしょうから』

「そうですね。貴女の未来と違ってまだルシオラさんは存在していない。
 それはあまりに不公平ですから」

『それでですが、例え増幅率は小さくても未来の時のように私と貴女が同期してリンクすれば、貴女
 の霊力を2倍ぐらいはアップすることができます』

「そうすれば横島さんは最大で霊圧9,600マイト、私は5,000マイトの霊力を人界で揮う事ができるわけ
 ですね。後は自分の努力で少しでもパワーアップするしかないのですね」

『えぇ、霊圧は変わらなくても忠夫さんのように霊気を練り上げ、昇華させることで3倍ぐらいの攻撃
 霊圧を使うことができます。それに神族も魔族も単に自分の霊力を工夫もせずに放つだけです
 から、技を極めることで何とかできるはずです』

「結局私が人間達に与える修行と同じなんですね。私自身が精進して力を手に入れるしかないと
 いうことですか」

『私達は武神・小竜姫です。それぐらいの試練は乗り越えなければなりません』

「その通りです。必ずやり遂げて見せます」

『では私とシンクロしてください。私の記憶が込められていた双文珠に『接続』と念じてくだされば
 できます。一度シンクロすれば今後は特に何もする必要はありません』

「わかりました。では始めましょう」

 そう言うと小竜姫が手に持つ双文珠が光り始め、別々の世界に生きてきた小竜姫の意識は一つになった。





「あっ……小竜姫様同士がシンクロしたな。
 どうやら小竜姫様も俺同様、お互いに影響しあって新しい自分になったみたいだな」

 ピクリと身体を震わせて横島が呟く。
 二人の会話を聞かないようにと意識的にリンクを遮断しているが、さすがに小竜姫同士がシンクロすれば横島にも感覚的にわかる。
 小竜姫が立っている方を見ると、話は終わったのか彼女はこちらに戻ってこようとしていた。
 用事が済んだので自らのシャドウもこちらに向かわせる。

「終わったみたいですね」

 そう言う横島に力強く頷いて見せる小竜姫。

「はい。これで私も横島さんと共に歩んでいけます。まだまだ先は厳しいですが頑張りましょう」

 そんな小竜姫の言葉に笑顔を見せる。

「よかった…。これで小竜姫様とは恋人になれたわけですね。実を言うと不安だったんスよ。
 振られたらヤダなぁとか、手討にされたら哀しいなぁとか」

「一緒に修行をしてきて横島さんが悪い人ではない事はわかっていましたから。でも見せてもらった
 記憶では、貴方はセクハラ大王とか煩悩全開少年とか言われていたのに随分変わったんですね」

 クスリと笑いながら横島をからかう。

「うっ…、それは言わないで下さいよ。今の俺は違うんですから」

 頭を掻きながら情けない表情を浮かべる横島。

「ふふふ…、冗談ですよ。私との試合でインチキをしたお返しです」

「あぁぁ……、その件は申し訳ありません。あの状況ではあれしか勝機がなかったんです。
 済みません、済みません」

 かなり気にしていた事を言われたため、からかわれていると分かっても謝ってしまう。
 この辺は元々の横島と未来での横島であまり差がないと思い、クスクスを笑う小竜姫だった。

「私は別に怒ってはいません。あれが実戦なら横島さんのやり方は何の問題もないんですから。
 私もこれから実戦における駆け引きというものを覚えなければいけません。
 明日から頑張らないと」

 元々熱血気味の小竜姫は、既に明日以降の修行の事を考えている。
 その証拠に背中に炎のようなオーラを燃え上がらせていた。

「明日からすぐに修行再開ですか?
 せっかく恋人になったんですから、ここは一つ温泉で裸と裸の付き合いでも……」

 そう言いかけたが心の中と外から強烈なプレッシャーを感じて口をつぐむ。

「横島さん…。将来のためにやるべき事は沢山あるんですよ?」

『忠夫さん、今は煩悩を全開にするときではない事ぐらいわかっていますよね?』

『ヨコシマ、私が同じスタートラインに立つまでそういう事は我慢するって約束したわよね?』

 続いてとても冷たい口調で次々に責められる。

「あぁぁ〜! 俺だって若いんだからそれぐらい言ったって良いやないか〜!!」

 最近では珍しく歳相応というか、かつての彼本来の性格が出てしまい涙を流す。

「『『あんまり駄々をこねるとお仕置きしますよ(するわよ)。』』」

「……済みません」

 しかしこの一言で止めを刺され渋々謝る。

「ふふふ…、まぁキスぐらいまでならOKです。でもちゃんと流れを読んでくださいね?
 女性はそういう事を重要視しますので」

 可愛そうに思ったのか、小竜姫が飴を持ち出す。

「小竜姫様、それってルシオラの台詞ですよ?」

 ジト眼で睨む横島だったが一言の元に切り捨てられる。

「あら、そんなの当たり前の事ですから別にルシオラさんの専売特許ではありませんよ。
 難しく考えずにこれまで通りに接してくれればいいんです。
 私が好きになったのはそんな横島さんなんですから」

 にこやかに言う小竜姫に逆らえるはずもなく、わかりましたと答えるしかない横島だった。
 かくして大事な絆を手に入れた横島。
 表面上の台詞とは裏腹に、彼も今後のために頑張る決意を改めて固めていた。





「横島さん、美神さんのことは放っておいていいんですか?」

 あれから数日経った朝食の席でふと尋ねられる。
 ここは妙神山修業場の宿坊。
 横島の前にあるテーブルの上には小竜姫が作った純和風の朝食が並んでいた。
 あの時は結構きつい事を言った小竜姫だったが、最後の一線は越えないものの普通の恋人らしいイチャつきを楽しんでいたのだ。
 無論ルシオラの意識の事を考えれば慎むべきなのだが、漸く望んでいた片方の絆を手に入れた横島のためにルシオラが寛大な態度を取っていた為である。
 今後の事を考えればより厳しい修行が待っている以上、精神が張り詰めているだけでは良い結果は出ないと全員が分かっている。
 その代り、定期的に小竜姫の意識は横島とのリンクを遮断して、ルシオラの意識が横島と二人だけで過ごせるように配慮していた。
 横島の場合、肉体という枷がある以上これ以上の基礎霊力アップは難しい。
 神族、魔族因子による霊体共鳴は、この世界のルシオラの協力が得られなければ今のレベルが限界だ。
 となると、これ以上のパワーアップは念法の修行を行って、より高い霊力の練り上げと増幅を可能にするしかない。
 従って今後の方針として、横島は最高霊力での活動時間を延ばすことと念法の修行、小竜姫も同じく念法の修行を通じて攻撃や防御に用いる霊力の効率的な増幅だという事を申し合わせている。
 何しろ未来の横島は肉体的にはそれ程変わらないにもかかわらず、短時間とはいえ100,000マイトの霊圧に耐えて戦闘を行う事ができた。
 現在の最大霊力が9,500マイトであっても、肉体的には何ら危険など無いレベルの筈なのだ。
 目標は9,500マイトで長時間安定して戦えるようになる事。
 そのうち折を見て、斉天大聖老師にも修行をつけてもらわなければならない。
 しかし今はのんびりとした朝の一時である。
 今後の事をぼんやり考えていて、小竜姫はこちらの時間軸では未だ会った事のない美神令子の事を思い出したのだ。

「うーん……。俺達の目的と目標がはっきりしている以上、美神さんの事はアシュタロス派魔族が
 絡む事件以外は放っておいてもいいと思うんですよ。今の俺ではあの人のところにいても修行に
 ならないでしょう。それよりはここで自分の力を伸ばす事の方が重要だと思う……………」

 そこまで話して突然口を噤む横島。

「どうしたんですか横島さん?」

 何だか焦ったような表情で固まっている横島を見て顔を覗き込みながら尋ねる小竜姫。

「あぁぁぁ………俺ってば大呆け!!
 すっかり忘れていたけど、おキヌちゃんは一体どうなったんだーー?」

 頭を抱えながら上を向いて大声を上げる横島。
 そう、美神はいいとしておキヌの事を忘れ去っていたのだ。
 確かおキヌの事件は山にまだ雪が残る春だったような気がする。
 いくら標高が高いと言え、確か途中で天候が崩れて吹雪になりビバークまでしたのだから6月という事はないだろう。
 それに未来の記憶ではバイトを始めて少しした頃だったので、せいぜいゴールデンウィークの前後の筈だ。
 その時期、偶然だが小竜姫と抱き合ったりして喜んでいた自分にちょっと落ち込む横島だった。

「彼女の場合、美神さんとこの段階で会えなければ、人に危害を加える悪霊とされてしまう可能性が
 ありますものね」

『でも美神さんがどんなアシスタントを雇っているか知らないけど、荷物持ちがいなければあんな山奥
 に行く依頼を受けなかった可能性も高いわよ』

 小竜姫が完全に仲間(横島にとっては恋人)になったことから、横島の首にかけられた『伝達』と込められた双文珠を通して外界と会話するようになったルシオラの意識が鋭いところを突く。

「それはあり得るな。
 だけど俺もメドーサの事件までにある程度修行に集中しようと考えていたからなぁ………。
 うっかりしてた」

 今の横島であれば、メドーサと1対1で戦っても遅れをとる事はまずない。
 本気を出せば、天竜童子の事件の時(天竜童子の脱走を阻止できない場合に限られるが)に倒す事だって可能だ。
 ただそうするとアシュタロスが早い段階で強力な魔族を投入してくる可能性がある。
 さらに今後のことを考えると、ゴーストスイーパーの免許は今度の試験で取っておいた方が都合が良い。
 一度表に出てしまえば、何かと柵ができて修行に廻す時間が減ってしまいそうで嫌なのだ。

「うーん、失敗した。これはおキヌちゃんがどうなっているか確認する必要があるな」

 顎に手をやって眉を寄せながら呟く。

「ではまず美神さんの事務所の様子を見てみましょう。
 もしそこにいないようなら人骨温泉に確認に行くという事でどうです?」

 ポンと手を叩きながら言う小竜姫。

『でもどうやって様子を探るの?
 特命課ならヒャクメがいたし、私達姉妹の眷族もいたから簡単だったけど……』

「そうだよな。確かにこんな時、ヒャクメがいてくれたら楽なんだけどなぁ……」

 本来この時点では知るはずのない神族の名を口にする。
 彼女の千里眼はこういう時非常に役に立つのだ(本人ものぞき見が好きだし)。

「それはそうですが、ヒャクメが来たら人でありながら強い霊力を持つ横島さんに必ず興味を持ち
 ますよ。そうすれば横島さんの秘密がばれてしまう可能性もあります」

 小竜姫の尤もな意見に頷く一同。

「それに…もしまだあそこにいたとしても、俺が行っておキヌちゃんを保護したらそれはそれで
 面倒な事になりそうだし」

『そうね。彼女はできれば美神さんと一緒にいた方がお互い良いかもしれないわね』

 未来の自分の記憶を思い出すと、おキヌがいたおかげで除霊が上手くいったことも多かったのだ。
 考え込み始める2人(+1人の意識)だったが、思い出したように顔を上げた小竜姫の一言でガクッと崩れる。

「どうするにせよ、まずは朝ご飯を頂きましょう。冷めてしまいますから。」

 結局小竜姫の一言で箸を動かし始める二人。
 その光景はどう見ても新婚家庭の朝食風景であったという。




(後書き)
 ううむ……実体を持った登場人物は未だに横島と小竜姫のみ。
 ルシオラは横島の魂に融合したコピーの意識体だし、老師は忘れ去られているし、美神とおキヌは漸く名前だけ登場。
 次では誰か他の人物が登場するのだろうか?


【管理人の感想】
 横島は無事、小竜姫をゲットしましたね。(^^)
 しかし、当面はおあずけが決定。はたしてこの状況は、地獄・極楽のどっち!?


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